町山智浩さんが2022年3月22日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『愛すべき夫妻の秘密』を紹介していました。
お茶の間を魅了した夫妻の裏側を題材とした同時期の映画として「タミー・フェイの瞳」「愛すべき夫妻の秘密」を見比べてみるのはいいかもしれない。 pic.twitter.com/HTsb0ftI8d
— たっツん (@kuderenyat) February 2, 2022
(町山智浩)今日はですね、もうすぐ僕が授賞式に出演することになるんですけども。アメリカのアカデミー賞の発表があるんで。それで今回、主演女優賞候補になってる作品を2本、まとめて紹介しようと思うんですね。ひとつはニコール・キッドマン主演の『愛すべき夫妻の秘密』っていう日本語タイトルが付いてる映画で。もうひとつはジェシカ・チャステインっていう女優さんが主演の『タミー・フェイの瞳』という映画なんですけども。この2本、非常によく似ているので、比べて見ると面白いんですよ。で、2つともまず、主演が2人とも美人女優なんですが。ものすごくメイクをして、あんまり美人じゃないし、本人ともまるで似ていない顔にしちゃってるんですね。特殊メイクで。
で、これは両方とも夫婦の話で。実在の夫婦で。この両方の映画の夫婦はですね、両方ともアメリカのテレビで大人気夫婦で。国民的な人気夫婦だったんですよ。ところが、実はその裏ではいろいろあって……という、非常によく似た話がなぜか、ほとんど同時に映画化されたんで。これを比べて見るといいなと思いました。日本でも両方とも配信で見れますので。
(赤江珠緒)そうですね。ディズニープラスで配信中。
(町山智浩)で、まず最初に日本語タイトル、すごい覚えにくいんだけど。『愛すべき夫妻の秘密』という映画について、お話しします。これはね、アメリカで国民的人気だったルシル・ボールという女優さんがいまして。その人のやってたテレビ番組で『アイ・ラブ・ルーシー』という番組があります。これ、音楽聞いてもらうと聞いたことがあると思うんですよ。
(町山智浩)はい。これ、どこかで聞いたことがあると思うんですよ。
(赤江珠緒)あるかな。なんかちょっと旧き良きアメリカみたいなね。
(町山智浩)そうなんですよ。1950年代のテレビ番組なんですけど、サンプリングされて日本の曲にも使われてるんで。結構、聞いたことがあると思うんですね。これ、『アイ・ラブ・ルーシー』という番組はご覧になったことありますか? 聞いたことはある?
(山里亮太)日本でもやっていたんですか?
(町山智浩)日本でものすごい人気だった。僕は子供の頃、夕方6時から放送してました。
(赤江珠緒)そうなんですか。
(町山智浩)これはルシル・ボールっていう女優さん……ルーシーっていう愛称なんですけども。彼女と本物の旦那さんのデジさんという人が夫婦で夫婦の役をやっていたんですよ。だから私生活とそのドラマの中が基本的に同じなんですね。で、ルーシーさんはすごくドジで。いつもドジばっかり踏んでるんですけど。で、旦那さんはすごくハンサムで。ラテンバンドのコンガを叩いてるミュージシャンっていう設定で。キューバ人なんですね。
で、この2人のなんかいろいろあって、勘違いして。「旦那が浮気してるんじゃないか?」と思うと、そうじゃなかったみたいなのを毎週毎週やってる30分番組だったんですよ。で、この『アイ・ラブ・ルーシー』がどのくらい人気かっていうと、アメリカはその当時、夜9時から放送だったんですけども。夜9時にみんなが家でテレビを見れるようにってことでもって、全てのいろんなお店とか。結構夜遅くまでやるレストランとかまで、8時までに店を閉めるっていうぐらいだったんですよ。
(山里亮太)ええーっ!
(赤江珠緒)そんなに?
(町山智浩)そうしないと、従業員が怒っちゃうから。
(赤江珠緒)ああ、従業員が怒っちゃう?
大人気番組『アイ・ラブ・ルーシー』の夫婦
(町山智浩)「見れないじゃないか!」ってことで。本当に国民的番組で。視聴率が60パーセントを超えちゃうという、すごい状況になったんですよ。60パーセントを超えるって、大変なことですよ。これ、レギュラー番組ですよ。紅白とかじゃないんですよ。すざまじい番組だったんですよ。で、この番組がなぜそんなに視聴率がよかったかというと、本当の芸能人夫婦がそのまま夫婦を演じていて。で、途中でこの奥さんのルーシーさんは妊娠するんですよ。本当に妊娠するんです。そうすると、本当にそのドラマの中でも……ドラマっていうか、コメディなんですけど。妊娠して、どんどんお腹が大きくなっていくんですよ。本当なんです、これは。
(赤江珠緒)ああ、ちゃんとリンクして、コメディとしてやっていく?
(町山智浩)そう。で、産むところまで全部やっちゃうんですよ。出産シーンを見せるわけじゃないですけど。ちゃんとコメディの中でも、生まれてちゃんと赤ちゃんができてっていう風になって。だから人のうちの家庭を覗き込むという、一種のリアリティーテレビの元祖みたいなところがあったんですよね。ただ、そうなるとこの2人は私生活がなくなっちゃうんですよね。
(山里亮太)ああ、まあそうですよね。
(町山智浩)で、大変なことになっちゃうわけですけれども。その中で、視聴率60パーセントの中でスキャンダルが起こるんですね。この『愛すべき夫妻の秘密』っていう映画の中では。そのひとつはまあ、よくある話で。この旦那のデジさんが浮気をした写真を撮られて。それがまあタブロイド紙に出ちゃうんですね。もうひとつはこのルーシーさんが、若い頃に共産党に入っていったことが発覚するんですよ。
(赤江珠緒)ほうほう。
(町山智浩)これはね、1950年代に「赤狩り」というのがありまして。かつて、共産党にかかわった人たちを次々と政府が摘発して、議会に呼んでテレビで放送しながら彼らを糾弾するということがずっと行われてたんですね。で、しかもその仲間……「共産党に入っていた仲間の名前を言え」という風に密告をさせて。密告しない場合は刑務所にぶちこむということをやっていたんですね。で、その対象になっちゃうんですよ。彼女が。で、昔……1930年代ぐらいというのが彼女が共産党にかかわった時なんですけど。その頃は共産党はアメリカでは普通の存在だったので。労働組合にかかわっていたおじいさんに誘われて共産党に一時的に入ったんですけど、その後は何もしなかったんですね。
ところがそれをほじくり返されて、大変なスキャンダルになって。その頃、アメリカの大統領の就任式とかよりも視聴率が高かったので、すざまじい状況だったので。「この番組はどうなるか?」という一種のサスペンスみたいなことがこの映画『愛すべき夫妻の秘密』の中で非常に大きなポイントになっているんですけども。これね、こういう夫婦って結構いるじゃないですか。要するに夫婦であること自体を芸能人としてのセールスポイントにしている夫婦。この夫妻は実は、奥さんの方は売れない女優だったし、旦那の方は結構人気のミュージシャンになったんですけれども。ルンバとかマンボがちょっと流行らなくなってきたのと、彼自身がイケメンだったんですが、40代になってちょっと容姿が衰えてきて、人気が下降線だったんですよ。
で、このちょっと人気がなくなってきた夫婦が2人とも40代で。で、この番組でいきなりもうアメリカ人が一番愛する夫婦になったんですよね。そうすると、これ息子さんとかがその後、インタビューとかで答えてるんですけど。「逆に家庭はめちゃくちゃだった」って言ってるんですよ。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)これね、2人はプロデューサーもやってるんですよ。で、要するに毎週毎週話を考えなきゃなんないんですよ。
(赤江珠緒)そうか。ビジネス上の夫婦としての物語の方が進んでいっちゃって、本当の方はしっちゃかめっちゃかになる。
(町山智浩)本当の方は、彼ら自身に私生活がなくなって。プライバシーがなくなっちゃうから、旦那さんは家に帰らなくなっちゃうんですよ。「1人の時間がほしい」みたいなことで。で、実は旦那はすごく女好きだったりしたこともあったんですけれども。逆にその奥さんのルーシーさんの方がこの番組を作ることによって、24時間旦那を離さないでいられるから。それで旦那を出演させたんですけど。最初はすごく大きい問題になって。その頃のアメリカのテレビっていうのはキューバ人である旦那さんを主役にするってことは絶対に許されなかったんですよ。
白人でなければいけなかったんですよ。主人公たちは。で、黒人の主人公っていうのはその当時、50年代にはいなかったし。名前がリチャードとかスミスとかの、WASP系……つまりイギリス系の人以外は基本的に主役はできなくて。ユダヤ系の人とかイタリア系の人もそういう名前に変更しなきゃならなかったですよ。芸名を。
そういう状況の中で、キューバ人の彼を主役に持ってくるっていうんで、テレビ局も大反対したんですけど。彼女が「旦那じゃなきゃ嫌だ」って言って出したら大成功したんですね。すごくラテン系のイケメンな感じなんで、奥さんたちも好きだったんですよ。濃い感じでね。ところがもうひとつ、問題があって。それは妊娠したことなんですね。アメリカの当時のテレビでは、妊婦の人、お腹が大きい人は絶対にテレビに出してはいけなかったんですよ。
(赤江珠緒)出してはいけない?
(町山智浩)出してはいけなかったんです。その頃のアメリカのテレビはキリスト教原理主義的な決まりに縛られていて。で、お腹が大きくなって子供が生まれるっていうと、「じゃあ赤ちゃんはどうやってできるの?」ってことになっちゃうから。アメリカのテレビって今は時間帯ごとに規制が違うんですけど。日本もそうですよね? ところが、その頃はそれがなかったんで、子供が赤ちゃんを作ることに対して疑問を持つような描写、性とかセックスを感じさせるものは一切、テレビに出していけなかったんですよ。当時。夫婦の寝室もベッドが離れて、部屋の左と右に分かれて置かれていたんですよ。当時のテレビでは。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)「どんな夫婦だよ? それじゃあ子供はできねえだろ?」っていうね。でも、そういう時に「いや、お腹が大きくなっていくのを全部、見せさせてくれ」と言ってそれを通したりして。非常に画期的なテレビ番組だったんですよ。当時。ところが、さっき言ったようなスキャンダルで果たしてこの番組を維持できるか?っていう話なんですが。これ、そのルーシーさんを演じてるのはニコール・キッドマンで。
(赤江珠緒)全然見えないですね。
(町山智浩)これ、メイクめちゃくちゃ。で、これルーシーさんというのは目がものすごく大きい、ぎょろっとした人なんですけど。ニコールさんはそうじゃないんですよね。ものすごく目を見開いてますよね。これ、メイクでね。
(赤江珠緒)本当だ。二重というか、なんかね、全然違う目の形になっていて。
(町山智浩)ギョロ目にしているんですよね。まあ、とんでもないで特殊メイクでやっていて、すごく頑張ってるんでアカデミー主演女優賞候補になってますけど。すでにゴールデングローブでは賞を取っているんですね。
『愛すべき夫妻の秘密』予告
<書き起こしおわり>