宇多丸 西村賢太の訃報を語る

宇多丸 西村賢太の訃報を語る アフター6ジャンクション

宇多丸さんが2022年2月7日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中で作家の西村賢太さんの訃報を紹介。西村賢太さんとの思い出を話していました。

(宇多丸)では、ちょっと改めまして。この時間で訃報と言いますか。いろんなところでも報道されていますけども。『苦役列車』で芥川賞を受賞された小説家の西村賢太さんが5日、本当に急にお亡くなりになられて。54歳、お若いんですけども。メールもいただいておりまして。「作家の西村賢太さんが亡くなられました。僕はタマフル時代のムービーウォッチメンの頃の映画評で『苦役列車』を取り上げられた時、映画を絶賛するメールを読まれました。アトロクもたまにメールしますがこのメールしか読まれたことはありません」。すいません(笑)。引き続き、懲りずに送ってください。

「本当に僕は映画『苦役列車』が好きで本当によかった。西村賢太さんは僕の1個上でなんとも言えない気分にもなります」という方とか。あともう一方。「私がかねてから愛読をしておりました西村賢太さんが急逝されました。ご友人でもあった玉さんをお呼びして追悼特集をお願いします。破滅型の作家は今どき珍しいので」というね。そうなんですよ。この方、よくご存知で。浅草キッドの玉袋筋太郎さん。『たまむすび』でもおなじみの。玉さんと僕、すごい仲がよくて。なんだけど、玉さんの他に仲のいい飲み友達の1人として、西村賢太先生……「賢太先生、賢太先生」っつって。

なので、最近ここ5、6年以上? もっとかな? は、全然お会いできてなかったんですけども。前はよく3人で飲みに行ったりしていたんです。なので、全然お会いできてなくて。「賢太先生、元気かな?」なんて思っている時にこれだったんで、びっくりしたし、悲しいし。玉さんもちょっと、すぐにメールが来たんですけども。っていう感じですね。

西村賢太さんとの思い出

(宇多丸)すごい思い出深いには、それこそ、そうだな。玉さんと賢太先生と飲んでいる時に、その同じ飲み屋になぜか、これも亡くなられてしまいましたけども。評論家の西部邁先生がいて。西部邁先生が玉さんのことを呼び止めて「おい、玉袋くんじゃないか」「ああ、先生、どうも」なんつって。西部先生は僕のことは当然、知らない。で、賢太先生のこともわかんなかったみたいで。「ああ、君らも座りなさい」ぐらいの感じで。

で、ずっと玉さんに「君はね、玉袋なんて名前をつけられて悔しくないのか?」「そこからですか、先生?」なんて(笑)。そんな感じのお話をしたとかね。で、賢太先生とこっちは殊勝に「はい、はい!」なんて。「全然こっち、わかってなかったみたいですね」なんて言いながらね。とか……まあ、でもとにかくこの番組でちょいちょい訃報を伝えることも多くなってきたし。知り合いも多くなってきて。となると、会ってなかったっていうことが本当に悔いになりますんでね。皆さん、ちゃんと会っておいた方がいいですよというのもありますね。

まずは賢太先生、ご冥福をお祈りしたいですし。玉さんと今度、いずれこの状況が落ち着いたら2人で献杯をあげるというか、させていただきたいかなと思っております。ちょっと玉さんのお話も伺いたいですけどね。ということで、西村賢太さんの訃報をお伝えいたしました。

<書き起こしおわり>

高田文夫 西村賢太を追悼する
高田文夫さんが2022年2月7日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で亡くなった西村賢太さんを追悼。西村さんとの思い出を話していました。

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