スポンサーリンク

高田文夫 西村賢太を追悼する

高田文夫 西村賢太を追悼する ラジオビバリー昼ズ

高田文夫さんが2022年2月7日放送のニッポン放送『ラジオビバリー昼ズ』の中で亡くなった西村賢太さんを追悼。西村さんとの思い出を話していました。

(高田文夫)そんなこと言ってゲラゲラ言っているけど、本当だよ。賢太、死んじゃったよ。

(磯山さやか)ああ、そうなんですね。

(高田文夫)まあ、うちとしては笑ってあげるのが一番なんだけどさ。西村賢太くんがさ。まあ、本当に僕と仲良くしてもらったからね。

(磯山さやか)そうですね。

(高田文夫)だから……あの人、文学的に芥川賞を取って。その時に俺と飲んだりなんかしてさ。「でも、果たして石原慎太郎さんは僕のことをどう思っているんだろうか?」って。向こうは本当にお坊ちゃんじゃん。石原家。それで、芥川賞だろう? それで、こっちは逆だから。貧乏の……貧乏をこじらせているんだから。

(磯山さやか)調べれば調べるほどそうですね。

(高田文夫)中学を卒業してからずっと肉体労働だから。貧困だけだからね。その間、唯一の友達が俺のラジオだけだったんだから。たけしさんのオールナイトニッポンをずっと聞いて。それからビバリーだと思うだろう? 普通、マニアは。違うんだよ。その間、2年間『巨匠・高田文夫のラジオで行こう!』っていうのがあったんだよ。夕方に2年間。あいつはそれを全部聞いていて、グッズも全部持っているんだよ。すごいんだよ。『ラジオで行こう!』グッズまで持っているんだよ。全部、あいつは。

(磯山さやか)すごいですね。それほど……。

この世で一番好きなのが高田文夫先生

(高田文夫)なにしろこの世で一番好きなのが俺らしいんだよ。要するに、藤澤清造っていうところに没後、入門しているからね。亡くなっちゃっている先生を尊敬しているんだけど。その人のお墓を建てたい、全集を作りたいっていうので働いていたのよ。それでいろいろと頑張っていたんだけど、生きている人だと俺しかいないんだよ。で、あいつは家族もなんにもいないだろう? 天涯孤独だから。まあまあ、しょうがないんだよ。それでさ、玉袋(筋太郎)と仲がいいんだよ。歳が一緒だからさ。松ちゃん(松村邦洋)と同い年なんだよ。

(磯山さやか)ああ、54歳ね。そうですね。

(高田文夫)それでなんかあると……あいつは鶯谷の信濃路っていう渋い飲み屋があるんだけど。NHKで特集をやったぐらいの渋いところで。24時間、ずーっと開けている店で。だから変な話、明け方に体を張って働いた人が朝から飲んでいるような。そこであいつは昼から飲んでいるんだよ。いつも1人でポツンと。それで俺を呼び出すんだよ。「どこに行けばいいの?」「いや、鶯谷の信濃路で待っていますから」って。いきなりそこに呼ぶなよ(笑)。「店の中で待っていますから。玉さんも追い追い来ます」だって(笑)。

(磯山さやか)仲良しだなー(笑)。

(高田文夫)それで3人でいつも飲んでさ。それで玉と賢太がまた悪いもの同士だから……喧嘩するんだよ、あいつら(笑)。もう小学生みたいで。殴り合いの喧嘩をするんだよ。ボコボコに。俺、間に入って大変なんだから。よけながら飲んでいるんだから、俺なんか(笑)。

(磯山さやか)よく飲めますね(笑)。

(高田文夫)2人で殴り合ってるのをよけながら飲んでいるんだよ? 「まあまあ、お前ら。大人げない」なんつってさ。

(磯山さやか)止めてくださいよ(笑)。

(高田文夫)「お前の小説なんかダメだ!」とかお互いに言い合ってさ。「お前の漫才なんか、なんだ!」とかって言ってさ。小学生みたいなんだよ。それで喧嘩しているんだよ。

(磯山さやか)カオス(笑)。

(高田文夫)すごいんだよ。カオスなんてもんじゃないんだよ。それで、1ヶ月とか2ヶ月俺が行かないとさ、俺のマンションの中の駐車場まで入ってきてさ。玉と賢太が。それで下からさ、「先生! 早く行きましょう!」なんて(笑)。マンションの人がびっくりして。「なんか、お迎えが来てますよ?」なんて(笑)。タクシーに乗ってきちゃうんだから。俺の家の中まで入ってきて。それで飲みに行ったりさ。面白いんだよ、賢太はさ。

(磯山さやか)へー! そこまで。

(高田文夫)ああ、ここに音があるんだって。これが?

(磯山さやか)2011年3月9日に……。

(高田文夫)これは貴重だよ。彼が芥川賞を取って、脚光を浴びて。で、変な話ですけども、東日本大震災の直前ですよ。それでここに来ているんだよ。だから11年にあいつ、賞を取って俺と会って。で、激動の1年間があって。暮れには談志がなくなって。で、翌年の12年にお前がこの番組に入ってきて。

(磯山さやか)1月に入って。

(高田文夫)それで俺が4月に倒れて。それであいつがオタオタするんだよ。12年。そのへんの日記が全部あるんだよ。ダーッと6冊、7冊。俺、昨日ずっと読んでいたんだよ。俺、自分で記録がないからさ。俺のことを克明に書いてあるんだよ。「こういうことを言われた」とか「どこでメシを食った」とか「このライブに行った」とかさ。それがすごかったね。じゃあ、ちょっと音を聞いてみましょうか。西村賢太です。

2011年3月出演時の音源

<西村賢太さん出演回音源スタート>

(高田文夫)よく飲みに行くけど、飲み屋で知り合った友達とか、できないの?

(西村賢太)いや、もう寄せ付けないんで。

(増田みのり)でも今の感じだとなんかにこやかで……。

(高田文夫)1人で飲み屋で飲んでいるの? でも意気投合する人がいるでしょう?

(西村賢太)そういうのがないんですよ。

(高田文夫)野球の話とかしてさ。「おお!」なんて。

(西村賢太)話しかけられても、寄せ付けないです。自分で垣根を作っちゃいますね。

(高田文夫)でも、そうやって1人で飲んでられるものなの?

(西村賢太)その方が楽しいんです。

(高田文夫)周りに喧騒があっても。横と横とでしゃべっていても平気なの?

(西村賢太)平気です。

(高田文夫)はー。じゃあ、つるんで飲みに行くことはあんまりしないんだ。

(西村賢太)まあ、あんまりないですね。

(高田文夫)結局、同棲はあの人だけですか? 小説上で1回、同棲を始めて……。

(西村賢太)素人ですか? 素人は……。

(高田文夫)あの人だけ?

(西村賢太)いや、4人です(笑)。

(高田文夫)結構行ってるじゃないのよ(笑)。ちょっと、「素人ですか、玄人ですか?」って(笑)。玄人は数え切れない?

(増田みのり)でも、女性としては衝撃的な表現があったりするじゃないですか。その人の思い出を語る時に。ねえ。その女性が読んだりしたら「ちょっと……」って。

(高田文夫)女性の目とか気にします? 自分の書くものに対して。

(西村賢太)いや、書いている時は気にしてないですね。でもまあ、いかんせん支持は得られませんね。

(高田文夫)絶対にそう思いますよ。支持は得られない。ダメだと思いますね(笑)。男性ファンはたまんないけどね。一発で。うん。

(西村賢太)だから女性の支持を得られていたら、今はもうちょっと部数が行っていると思うんですけどね。倍ぐらいは。失敗しました(笑)。

(高田文夫)アハハハハハハハハッ!

<音源おわり>

(高田文夫)そうなんだよな。いろいろとあって……だから『苦役列車』で芥川賞を取って。それで『苦役列車』が文庫本になって。その時の解説を石原慎太郎さんがきちんとやっているのよ。それで今度、はじめて出した随筆集『一私小説書きの弁』っていうのがあって。それでさ、震災の10日後とか15日後に俺が書いたやつが載っているのよ。解説:高田文夫って。

(磯山さやか)そうなんです、そうなんです。

(高田文夫)「今、こんな揺れているのに賢太のやつ、原稿を発注しやがって。この忙しいのに……」なんて。解説がリアルなんだよね。新潮文庫でね。

(磯山さやか)先生が揺れながら書いているという解説がものすごく面白いんで。最後の2行、グッと来ちゃいましたけども。

(高田文夫)最後、ジンと来たね。「賢太、長生きしろよ」って書いていたんだよね。そこから10年で死んじゃったよ……っていう。

「賢太、長生きしろよ」

(磯山さやか)ここから10年で賢太さん……あ、先に泣いちゃった……。

(高田文夫)「賢太って先生の子供ですか?」なんて(笑)。「ブンタ、ユウタ、賢太の3兄弟か?」みたいな(笑)。

(磯山さやか)先生って人を呼ぶ時に後輩もそうですけども。名字で呼ぶことが多かったりするんですよね。私が見ている中では。そこで下の名前で「賢太」って呼んでいるということは、やっぱり愛があるのかなって思って。それが相まって、すごいジンと来ちゃったんですよ。

(高田文夫)でもなにしろね、あいつは俺のことを尊敬してくれるんだよね。きちんとリスペクトっていうか。ちゃんとしているし、それをちゃんと書いてくれるんだよ。それが嬉しいんだよね。きちんと「高田先生はこう言った」とか「こういうことをしてもらった」とか。それをちゃんと書くじゃない? そういうことが作家としては大事じゃない? 嬉しいんだよね。だから、たぶんね、石原慎太郎さんもちゃんと書いてくれたんだと思うよ。だから今回、たぶん慎太郎さんが亡くなって。「あ、大変だ!」ってことで自分も逝ってさ。たぶんお供でさ。桃太郎の鬼退治じゃないけどさ、キジみたいな気持ちで逝ったんじゃない?

(磯山さやか)できるかな? がんばってほしいですね(笑)。

(高田文夫)がんばってほしいね。そういうわけでございます。ご冥福をお祈りします。

(磯山さやか)お祈りいたします。

<書き起こしおわり>

タイトルとURLをコピーしました