町山智浩さんが2026年2月3日放送のTBSラジオ『こねくと』の中でNetflixで配信中の映画『This is I』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、来週10日火曜日からNetflixで配信される『This is I』というですね、はるな愛さんの伝記映画をご紹介します。はるな愛さんはね、松浦亜弥さんの歌の真似をしてブレイクした人ですけども。この映画はですね、72年にはるなさんが生まれてから本当に現在までを追いかける伝記映画なんですよ。
で、彼女は72年生まれなんでね、80年代アイドルブームというのがあったんですけど。本当に名曲が多くてね、すごいアイドルが次々と出たんですけれども。そのアイドルに憧れて、はるな愛さんはアイドルになりたいと思ったんですね。だからね、この映画はミュージカルなんですよ。次々と彼女が好きだった80年代のヒット曲がかかるというね、本当に楽しい映画なんですけど。では、松田聖子さんの『夏の扉』を聞いて下さい。
(町山智浩)これ、本当に松田聖子さん、声とかもいいですしね。これがね、81年のヒットだったんですけど。僕、その時は大学生だったかな。で、このはるなさんはその頃、中学生ぐらいになるのかな? 僕より10歳下だから、そうか。小学生か。で、まあこの真似をして、いろんなのど自慢大会に出るんですね。で、そこからずっと成長して、中学・高校生になるまでをこの歌に合わせて次々と見せていくという始まりもなかなかいいんですよ、これ。
でね、このお父さんとお母さんがいいんですよ。どんなことがあってもはるな愛さん、本名・大西賢示くんのことを守る、愛するということで。それはね、お父さん・お母さんがいい人たちなんですよ。千原せいじさんがお父さんをやっていますね。パンチパーマで本当に悪そうなのが似合ってましたけどね。
で、貧乏なんだけど、本当に温かくてね。だからあの家庭が良かったんですね、すごくね。本当はやっぱり「女の人になりたいんだ」みたいなこと言ったら「なんだ。お前は!
みたいになるじゃないですか。そういう人、多いでしょう? 時代的にね。
それなのに、理解があるんですよ。そこですごく、ものすごく怖い話にならないところもいいですけどね。それでこれ、お母さんのシーンがすごくいいんですよ。本当にいいんですけど。そうか。その辺が朝ドラっぽいんですね。それもあるけど、ただ朝ドラと違うのはミュージカルシーンですよね。
彼女、初めて真っ赤なワンピースを着て、聖子ちゃんカットでね。で、初めて着て嬉しくて踊るところとかも本当に良かったんですけど。大ミュージカルシーンになりますね、大阪でね。で、これね、俳優さんがすごいね。これ、はるな愛さんを演じてる俳優さんがいて、完全に新人なんですね。彼、まだ18歳だそうですよ。望月春希さん。まだ18歳だから、中学生、高校生の役はできるよね。ところが、30代になっていくまで全部、演じていくんですよ。これがすごくて。そのはるな愛さんが、要するに大人になったはるな愛さんを18歳の高校生が演じて、完全に大人に見えるの。
これは普通、できないんじゃない? すごかったですね。あと、うちのかみさんが見ていて、途中で混乱して。「えっ、これ、本当の女の子が男の人を演じてるんだよね?」って最初、言っていたんですよ。だけどちゃんと裸になると胸がなくてね。「あっ、男の子なんだ!」って驚いてましたよ。これもすごかった。
で、その言葉のしゃべり方で営業用っていうか、ショーパブで働いている時のかわいい感じのしゃべり方と、そうじゃなくてシリアスにしゃべる時との使い分けとかも本当にすごくて。この俳優さんはすごいですね。望月さんは。彼、本当は18歳なのに、いろんなことがあった30代に見えるんですよ。すげえと思った。本当にびっくりしましたね。
でね、この映画ね、それではるなさんが子供の頃、いじめられたりしながら、まあ男性ホルモンが出てくることにちょっと苦しむんですよね。どうしても体がごつくなっちゃうから。で、「これは手術するしかない」となってくるんですけど。そこで中森明菜さんの『スローモーション』をお願いします。
(町山智浩)ここでね、そのはるな愛さんが働いてるショーパブで斎藤工さん扮する男性のお医者さんと出会うんですね。それでこの『スローモーション』がかかるんですけど。これ、ちゃんと歌詞が連動してるのがいいんですよ。だから最初のあの『夏の扉』でも「違う人みたい」っていう歌詞が違う人になることを暗示していたりね。すごく歌詞が連動してるところもね、選曲がすごくうまいんですね。
で、『スローモーション』で出会って「私の手術をしてくれない?」って言うんですね。まあ「ボールを取ってくれない?」って言うんですけど。お医者さんは「そんなこと、やったことない」って言うんですね。これ、和田耕治さんっていう名前のお医者さんなんですけど。「1回もしたことないよ」って言うと、しつこくそのはるなさんがまとわりついて。「タマ、取って! タマ、取って!」ってまとわりつくんですね。あのへんもおかしいんですけど。で、まあそこでね、「親の了承を取ってくれと」って言ってね、そこでまた泣けるシーンがあるんですけど。
そこで、やっと取れて。晴れてタマが取れて。そこでプリンセス プリンセスの『Diamonds <ダイアモンド>』がかかるんですよ。
(町山智浩)で、これもちゃんと歌詞がつながってんですよ。要するに「好きな服を着てるだけ 悪いことしてないよ」っていうのは、ただフリフリの服を着たいだけなのっていうね。悪いことなんか、してないでしょう?って。でもね、まあ社会はそれを許さないんですね。それがね、後々で出てくるんですけど。つまりですね、前に『ブルーボーイ事件』という映画を紹介しましたね。あれは東京オリンピックの頃、1964年ぐらいに性適合手術をしていたお医者さんがいて。で、別に犯罪ではないんだけど、無理やりそれを罪にして、警察が起訴したという実際にあった事件でしたね。
で、あのお医者さんの娘さんから僕に連絡があって。「本当に一家がめちゃくちゃになった。めっちゃくちゃに書かれて」って言っていましたね。まあそれぐらい、圧してたんですね。で、あの中で出てくるように別に犯罪じゃないんだけども。「男性が女性になるっていうことで社会の規律が乱れる」っていう理由で逮捕しようとするんですよ。あの映画が怖かったのは、あの『ブルーボーイ事件』っていう事件の後、ずっと日本ではお医者さんたちが性適合手術ができなかったんです。また、逮捕されちゃうから。
ところが、この斎藤工扮する和田先生ははるなさんにこうもう何度もお願いされたんで、とうとうそれを実行するんですね。で、それだけじゃなくて。最初はボールだけを取るんですけど。その後、完全に男性器を女性器にするという手術もするんですね。これ、当時日本で手術例が本当になくて。で、彼もやったことがないんで大変な冒険だったみたいですね。非常に危険だったそうです。それでとうとう手術をするんですけど。つまり、このはるな愛さんって人は日本のこういった性適合手術の医学史上、非常に重要な存在だったってことを知りましたよ。
大変なことだったんですね。彼女の存在っていうのは。そこでとうとう手術をするんですけど。男性器を女性器に作り変える。そこでかかる曲が松田聖子さんの『チェリ-ブラッサム』ですね。これも、歌詞がちゃんと連動してるんですよ。
(町山智浩)「何もかも目覚めてく 新しい私」っていうね。これ、すごいなと思いましたね。監督、なかなかすごいんですけど。脚本もね。この監督はね、前に『Winny』っていう映画を作った人なんですよ。松本優作さんっていう方で。で、『Winny』っていうのは2000年代の初めにあった、ファイル交換ソフトなんですね。それで違法な著作権違反のファイルが交換されたことによって著作権侵害が起こったってことでソフトの開発者が著作権侵害幇助として逮捕されたんですね。
しかし、これは完全に冤罪で。要するに警察は誰かを捕まえなきゃなんないってことで、彼を捕まえたんですよ。「秩序を乱す」っていう理由で。実際は全然、刑事犯罪じゃないのに、実際は。で、大変な追い込まれ方をして。まあたぶん、そのせいだと思ですけどその開発者の方は若くして亡くなられたんですね。それを撮った監督が松本優作さんで、その人がこの映画も撮っているんですよ。
だからこれ、はるなさんの物語であると同時にこの和田耕治さんっていうお医者さんの話でもあるんですね。だからこれ、すごいなと思って。本当に僕、全然その和田耕治さんについて知らなかったんで。大変な人なんだなと思いました。
それで彼、600人以上の手術をするんですね。ところが、それによって警察から嫌がらせ……最終的にはその医療事故を理由に捜査されるという、大変なことになっていくんですけども。まあ、これは本当にこの監督にとっても同じテーマですし。日本という国のなんというか……その『This is I』っていうタイトルははるな愛さんの「アイ」でもあるとともに、「これが私」って意味でもありますよね。だから、本当の私になろうとすることを許さない社会っていうか、国っていうかね。それがまた裏にテーマとしてあって。それで、ここでこの映画のまさにテーマ曲として使われている渡辺美里さんの『My Revolution』をお願いします。
(町山智浩)僕、この歌が流行った時はね、宝島っていうパンクロック雑誌にいましてですね。「何、このうたのおねえさんみたいな歌?」って反発してたんだけど……今、聴くといい歌ですね! だからそういう意味でね、僕自身の思い出もあるし。やっぱりね、このはるな愛さんのその『This is I』っていうね、手術をして男性から女性になろうとするって話なんですけども。でもそうじゃなくて、全ての人にとって本当の人生のゴールっていうのは自分自身になることなんだ。それはもう永遠に続く戦いだし、自分自身とは誰なのか。それに向かっていくっていうことはね、本当にレボリューションなんだと思いました。
その中で亡くなって……戦いの中で戦死してた人も描かれます。だから本当にこれはね、まさか『My Revolution』で泣くという人生になるとは思ってませんでした。だからこれ、『ブルーボーイ事件』と『This is I』は本当に全く二部作のようなので。両方、見ていただきたいと思います。