町山智浩『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を語る

町山智浩『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年12月28日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を紹介していました。

(町山智浩)今年、最後ですね。

(赤江珠緒)そうですね。『たまむすび』、火曜日は。

(町山智浩)ということで、今年のベスト映画を選びました。この間まではね、原一男監督の『水俣曼荼羅』がベストだったんですよ。

(赤江珠緒)こちらでもご紹介していただいた。

(町山智浩)はい。水俣病の患者の方々を追ったドキュメンタリーと言うと非常に重いんですけど。非常に楽しく元気になる素晴らしい作品だったんですが。

(赤江珠緒)ものすごい大作で。

町山智浩『水俣曼荼羅』を語る
町山智浩さんが2021年11月16日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で原一男監督のドキュメンタリー映画『水俣曼荼羅』を紹介していました。

(町山智浩)ところが先週、今週になって見た映画がすごいんで。ちょっとベストがどれなんだか、もう分かんなくなっちゃったっていう感じで。

(山里亮太)最後、まくってきましたね!

(町山智浩)まくってきました。で、まずですね、『スパイダーマン』の新作。1月7日公開『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』を見たんですけども。これがね、まさかのね、もうぼろ泣きになりましたよ。

(山里亮太)泣く?

(町山智浩)泣いちゃった。全然予測してなかったですね。で、これはね、スパイダーマンをやってる子がトム・ホランドくんという俳優なんですけども。彼が主演のスパイダーマンの三作目になるんですが。このトム・ホランドくんバージョンはすごい軽い内容だったんですよ。すごくコメディタッチで、非常に影のない、屈託のない感じだったんで。まさかここで泣かせに来るかっていうね、ちょっと愕然としましたけども。で、『スパイダーマン:ホームカミング』が一作目で、『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』が前作なんですけれども。

その前作の最後で、「スパイダーマンの正体がピーター・パーカーという高校生だ」ということがバレて、全米のテレビで報道されてしまうっていうところで終わったんですね。で、そこからどうなるか?っていう話なんですけども。今回は。前半は結構ね、いつものコメディノリで。特にそのピーター・パーカーを演じるトム・ホランドくんが劇中でガールフレンドを演じるゼンデイヤちゃんと実際に付き合っていて。2人は本当にカップルで。私生活でも道端でもイチャイチャしてるんで。そのイチャイチャ感がすごい、もう「若い人っていいですね」っていう感じの映画になってるんですが(笑)。

(山里亮太)ああ、出ちゃっているんだ(笑)。

(町山智浩)そう。出ちゃっているんですよ。ただね、この今回の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』はですね、『スパイダーマン』シリーズっていうのは映画版で超大作で作られるようになったのは2002年からなんです。そこから20年間、『スパイダーマン』を作ってきているわけですけど。全部で7本の映画が作られているわけですが。その全部の総決算みたいな映画だったんです。今回は、もう20年間の『スパイダーマン』の歴史の総決算でした。でですね、まず最初の『スパイダーマン』っていうのはサム・ライミという監督が作った三部作で。主人公のピーター・パーカーをトビー・マグワイアという俳優が演じたシリーズがあるんですけれども。これを便宜上『スパイダー1』と呼びますが。

で、ややこしいんですけども。『スパイダー1』の二作目『スパイダーマン2』に出てきた敵役のドクター・オクトパスという怪人が今回、出てくるんですよ。予告編でもご覧になった人はわかるようにですね、体中にロボットの触手をつけたタコおやじでですね。それで車をバンバン投げながら大暴れして襲ってくるんですけれども。で、予告編を見ているとね、もう1人悪役が出てくるんですよ。それは2代目のスパイダーマンがいまして。これは『アメイジング・スパイダーマン』シリーズと言われているもので。アンドリュー・ガーフィールドくんが演じてるんですけども。

それは『アメスパ』と言われてるんですけど。一般にはね。この『アメスパ』の二作目に敵として出てきた怪人が今回、出てきてるんですよ。それはジェイミー・フォックスというアカデミー賞俳優が演じている電気ウナギ男、エレクトロなんですね。体中からものすごい高圧電流を流す怪人なんですけど。それが出てきてて。その、別のシリーズ……つまり『スパイダーマン』シリーズっていうのはひとつのつながりじゃなくて、その3つが完全に並行して存在するものなんですよ。だから、なんていうのかな? 話がつながっていないんです。

(赤江珠緒)ああ、それは違うんですね。『アメスパ』と最初の『スパイダーマン』は。

(町山智浩)そうです。世界が全然違って、3人の俳優がピーター・パーカーを演じてるんですけども。それぞれが全然違う。関係がないんですよ。ところが、その関係ないはずのシリーズに出てくる敵役が今回、出てきちゃうんですよ。これ、なんて言ったらいいのか……だから、スーパー戦隊シリーズって互いに関係がないじゃないですか。それなのに、あるスーパー戦隊シリーズの悪役が別のスーパー戦隊シリーズに出てくる感じなんですね。

で、これはまず、『スパイダーマン』シリーズはその前にそういうことを1回、やってるんですね。アニメ版の『スパイダーマン:スパイダーバース』 っていう作品があるんですよ。これ、アニメなんですけども。主人公はピーター・パーカーじゃなくて、ラテン系のアフリカ系の高校生が主人公なんですけれども。そこではですね、その漫画……アメコミのコミック版のスパイダーマンって、いろんなスパイダーマンがいるんですよ。女の子のスパイダーマンもいるし。それで女の子も何人かいて。日系人の女の子のスパイダーマンもいたりするんですよ。あと、おじさんのスパイダーマンもいたりするんですが。それが全部、1ヶ所の世界に出てきちゃうって話がそのアニメ版の『スパイダーバース』 っていう話だったんですね。

で、それはどういう風に説明されるか?っていうと、「パラレルワールドなんだ」っていう風に説明されるんですね。つまり、あらゆる世界の可能性がある。それがみんな並行世界として存在するんだけど、そこにばらばらに存在するスパイダーマンが1ヶ所に集まっちゃったっていう話になっているんですよ。だから、仮面ライダーシリーズって互いに絡み合ってるようで、絡み合ってないじゃないですか。あれと似た感じなんですよ。

ただ時々、仮面ライダーって全員大集合ってやるでしょう? 世界が並行してあるはずなのにね。で、ウルトラマンはひとつながりにある程度、なっていて。それも時々、全員大集合ってやりますよね。あれと同じような感じなんですよ。お祭り感がすごく強いんですけども。ただ、今回の『ノー・ウェイ・ホーム』では悪役がまず、出てくるんですね。いろんな世界の。で、これで一体何をやろうとしてるか?っていうと、「スパイダーマンとは何か?」っていう話になってくるんですよ。

スパイダーマンとは何か?

(町山智浩)というのはね、まずスパイダーマンっていうのは他のスーパーマンとか……スーパーマンは宇宙人ですね。あとバットマンとかアイアンマンは大富豪なんですけれども。そうじゃなくて、スパイダーマンになるピーター・パーカーっていうのは本当にそこらの普通の高校生なんですよ。で、それが突然すごい力を持ってしまったっていう話なんですね。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)主人公のピーター・パーカーは科学者を目指して勉強している高校生なんですけど、両親を亡くして貧乏なんですよ。で、クラスではスパイダーマンになる前は全く目立たない存在だったんですね。特にその原作とか一作目だと、いじめられっ子なんですよ。暗くて。まあ、両親を亡くしているから暗いわけですけどもね。で、もう本当に目立たない存在だったのが突然、スパイダーマンとしての力を身に付けてしまうっていう話なんですが。スパイダーマンシリーズの敵、悪役もだいたいそんな感じなんですよ。っていうのは、たとえばそのドクター・オクトパスという怪人は、元々はピーター・パーカーと同じような科学者だったんですね。それがタコみたいなマシンを身につけて、戦車みたいなパワーを身につけるんですけども、そのパワーに心を乗っ取られちゃうんですよ。つまり、全能になるから。

で、しかもそのピーター・パーカーと同じで事故で肉親、妻を失っていて。自分のその妻を失ったことの悲しみと怒りが暴走して、そのスーパーパワーと一種結合をしてですね、ニューヨークを大破壊する怪物になっちゃうんですよね。ドクター・オクトパスっていうのは。これ、スパイダーマンももしかしたら、そうなったかもしれないわけですよね。あとエレクトロという怪人は元々、電気の配線工事労働者の人で。やっぱりピーター・パーカーみたいな感じで気が弱くて、非常に影の薄い男で、孤独で。しかも孤独だから、世間に対する怒りを秘めていた男なんですよ。それが高圧電流を操る超能力を身につけたことで、その自分を無視してきた世間に対する復讐を始めるんですね。

だからスパイダーマンの敵というのはみんな、もしかしたらスパイダーマンがなってしまったかもしれない人たちなんですよ。スパイダーマンも貧しさや不幸や孤独を背負った少年なんでね。で、もし彼がスパイダーパワーに心が負けて、その自分の怒りや欲望を満足させるためにパワーを使ったらどうなったか?っていうのがスパイダーマンの敵なんですよ。

(赤江珠緒)じゃあ、一歩間違えば自分もそうだったという思いがあるんだ。なるほど。

(町山智浩)そうなんです。それが他のスーパーヒーロー物と『スパイダーマン』が決定的に違うところで。スパイダーマンの敵は大抵、鏡に映ったスパイダーマンのダークサイドなんですよ。で、それを今回、すごくテーマとしてはっきり打ち出しています。だからサンドマンっていう体が砂になって、いくらでも大きくなったり流れたりすることができる流動体人間がいるんですけれども。そのサンドマンが前に登場した時にね、「俺は悪い人間じゃないんだよ。運が悪かっただけなんだ」って言うんですね。それはスパイダーマンの敵にみんな、共通するところなんですよ。

で、そのへんをね、今回の映画はグイグイ突っ込んで行くんですよ。でね、ただじゃあなんでピーター・パーカーがそのスパイダーマンになったのに、その能力を自分のために使わなかったか?っていうと、彼には父親代わりに自分を育ててくれたベンおじさんっていう方がいまして。その人が死ぬ前にね、「偉大なパワー、すごいパワーを持ったものにはそれだけの責任が伴うんだ」という言葉を残すんですよ。それが彼の心の中に突き刺さって、彼は悪の道に進まないんですね。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う」

(町山智浩)ただ、今までのどのスパイダーマンも、そのベンおじさんであるとか、親友を失ったり。トビー・マグワイア版の『スパイダーマン』では親友を失うんですけれども。で、『アメスパ』のアンドリュー・ガーフィールドは愛する人を失っちゃうんですけれども。そうやって、もうスパイダーマンになったが故に、愛する人を次々と失っていくんですね。だから悲劇の物語でもあるんですよ。

で、そうしたスパイダーマンの20年間の歴史みたいなもの、ドラマを今回の『ノー・ウェイ・ホーム』は全部、受け止めるんですよ。見事に。で、その今までずっとつなががってきたスパイダーマンの悲しみであるとか、そういったものをがっちり受け止めて。しかもそれをね、ものすごく優しく切ないやり方で美しく着地させるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)もう、本当に涙がボロボロ出てきて。

(赤江珠緒)どこにどういう風に着地すればいいんだろうな? ねえ。

(町山智浩)それをご覧になってくださいよ!

(山里亮太)ねえ。今までの敵が総出演で、どんちゃん騒ぎのド派手な映画になるのかなと思いきや。

(町山智浩)前半はコメディなんですよ。

(山里亮太)すごいですね!

(町山智浩)そう。そこからものすごく切ない展開に行くんで。まあ、すごいですね。ただ一作目の『スパイダーマン』と二作目とアンドリュー・ガーフィールド版の『アメスパ』は見ておいた方がいいと思います。そうしないと、彼らが背負ってる悲しみが一体何なのか、わからないんですよね。それはぜひ、見ておいてください。

『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』予告

(町山智浩)ということで『ノー・ウェイ・ホーム』がもう今年のベストなんですが……もう1本、ベストがありましてですね。それが、劇団ひとりさんが監督した『浅草キッド』なんですよね。

町山智浩『浅草キッド』を語る
町山智浩さんが2021年12月28日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『浅草キッド』を紹介していました。

<書き起こしおわり>

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