町山智浩 ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』を語る

町山智浩 ケン・ローチ監督作品『家族を想うとき』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でケン・ローチ監督の映画『家族を想うとき』を紹介していました。

(町山智浩)で、今日はちょっとすごい強烈な映画を見まして。僕、強烈な映画ばかり見ていますけども(笑)。『家族を想うとき』というタイトルのイギリス映画についてお話しします。

(山里亮太)タイトル、優しそうですけどね。

(町山智浩)これね、『家族を想うとき』というタイトルで、日本版のポスターを見るとお父さんとお母さんと高校生ぐらいの息子と小学生の娘で仲良く立っているんでね。幸せそうな映画に見えますよね?

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)それで宣伝コピーがね、「毎日、抱きしめて。」っていう風についてるんで。ほのぼのファミリー映画かと思いましたけども、とんでもない間違いですね。地獄のような映画でした。

(赤江珠緒)ええっ、これで?

(町山智浩)はい。これね、原題は『Sorry We Missed You』っていうタイトルで、これは「残念ながらご不在でした」っていう意味なんですよ。これ、宅配便の人が家に来た時に不在の時にドアに貼っていくステッカーです。

(赤江珠緒)ああーっ!

(山里亮太)えっ、それが本当のタイトルなんですか?

(町山智浩)本当のタイトルです。この映画はイギリスの宅配業者になったお父さんの話なんです。でも日本の宣伝には宅配の「た」の字もついてないんですけど。で、これはイギリスのニューキャッスルというスコットランドに近いところ田舎、地方の街が舞台でですね。主人公はリッキーという40ぐらいの男性で高校生の息子と小学生の娘と奥さんがいるんですけど。宅配業者になろうとして、就職試験を受けに行くんですね。そしたら「もううちは社員は雇わないんだ」と言われんですよ。その宅配業者に。「ただ、個人事業主として君と契約することはできる」って言われるんですよ。

(山里亮太)うん?

(町山智浩)「デリバリープロバイダとして契約する」と言われるんですよ。

(赤江珠緒)ああ、正規ではなくて?

(町山智浩)そうなんです。いま、世界中の宅配業者がそうなっているんですよ。そうなりつつあってですね、社員に自分の会社の車を運転させて配達をさせるんじゃなくて、自分で車を持ってきた人と契約をして、その個人の宅配業者との契約で……雇用関係ではなくて、業者と業者同士の契約という関係で宅配業者を雇うんですよ。

(赤江珠緒)下請けみたいな感じですか?

(町山智浩)下請けみたいになるんです。たった1人だけど。で、車は自分持ち。ないしは、その会社がリースする場合もあります。で、それを仕方がないから。仕事がないからそのリッキーさんはその契約をするんですね。それでまず、車がないんですよ。バンがないんで、そのバンを買うために奥さんが使っている車を売って、バンを買います。で、この奥さんは自宅訪問の介護の仕事をしています。だから車がなくなっちゃうとバスで移動するんで、介護も大変になっちゃうんですね。でもしょうがないからその車を売って、バンを買って行くんですけれども。いま、こういった形の雇用が世界的に流行ってるんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)これは宅配ですけども、宅配以外ではウーバー(Uber)とかリフト(Lyft)と言われるタクシーがそうですね。日本にはまだあまり入ってきてないんですけど、昔は白タクって言われたんですが。いま、アメリカとかカナダとか日本以外の多くの国ではウーバーとかリフトと言われるサービスで、普通の人が普段乗ってる乗用車で暇な時にタクシーをやるという形になってますよね。あとはいわゆる民泊。これもエアビーアンドビー(Airbnb)というサービスが日本以外では浸透していて。自宅の部屋の一部とかを民宿として貸し出すというのが流行ってます。

(赤江珠緒)そうですね。

世界で流行する「ギグ・エコノミー」

(町山智浩)こういうのをね、ギグ・エコノミーって言うんですよ。「ギグ」って、ちっちゃいコンサートのことをギグって言うんですね。だからあれでセッションするミュージシャンみたいにその場その場でパッと集まって、パパッとセッションしてその後に解散するという、会社の普通の雇用にとらわれない、働きたい時だけ働いて……っていう仕事のあり方みたいなものをギグ・エコノミーと呼んでいて。これを流行らせようとしているんですね。かなりいろんな業種が。

(赤江珠緒)これ……自由なようで、ちょっとこれいろいろと問題がありそうですね。

(町山智浩)いろいろ問題があるんです。たとえばこれは「暇な時にやる」っていうことだったらわかるんですけど、このリッキーさんは暇なわけじゃなくて、他に仕事がなくて。フルタイムで働くんですよね。で、本当は社員になりたいのに「社員としては雇わない」って言われてるから、仕方なくそういう形になってるんですが。実際はそういう人たちが多いんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)実際はフルタイムで働きたくて、正式な社員になりたいけどそれでは雇ってくれないから……っていう場合が多いんですね。というのはね、正式な社員として取ったら大変なことになるからなんですよ。

(赤江珠緒)雇い主の方がいろいろと負担しなきゃいけないから?

(町山智浩)負担が巨大だから。昔、佐川急便がそれをやっていて。一生懸命頑張れば月50万円とか収入があるっていう時代がありましたよね。30年ぐらい前ですけど。それで僕の友達の作家の平山夢明さんも作家として売れる前は佐川急便で死ぬほど働いて、金を貯めて小説家になったですけどね。でも、そういうことがいまはできないんですよ。それをやると、会社が潰れちゃうんで。大変だから。あまりにも量が多いから。だから、こういう形で、いくら頑張っても変わらない、昇給とかがないっていう制度にしてるんですね。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)というのはAmazonとか、Amazonだけじゃないですけども、宅配の量って2016年には日本だけで40億個と言われているんですよ。2020年にはそれが60億個まで膨らむと言われているんで、普通に社員として雇ったんじゃ配達できないんですよ。そういうことで、全世界がそういう形の形態になってきているんですね。それでリッキーさん、働き始めるんですけど、これが大変なんですよ。まずね、「1日に最低でも100個運べ」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。100個。はい。

(町山智浩)で、だいたいね、1個1個に配送単価というのがあって。それを運んだ量というのが自分の給料になるんですね。で、これはいろんなところにデータがあるんで、国によって違うんですが。僕は東洋経済とかいろんなので調べて、だいたいの配送単価が日本では1個150円ぐらいらしいんですよ。平均すると。それで1日に100個配達すれば15000円ですよね。それを週休2日ぐらいで……だから月に20日間ぐらい運べば30万円ぐらいになるんですよ。というような計算らしいんですよね。

(山里亮太)100個って……時間も限られているし、結構ね。

(赤江珠緒)場所もそれぞれ違いますしね。

(町山智浩)そうなんですよ。これね、このリッキーさん、まず働き始める前に空のペットボトルを渡されるんですよ。それで「なにこれ?」って言ったら、「トイレに行く暇なんかないからな。それでしろ!」って言われて。で、だいたい1日8時間でなんとか全て配ろうとすると、100個だからひとつ配るのにかけられる時間っていうのは5分弱なんですよ。

(赤江珠緒)うわっ!

(町山智浩)食事も休憩もなしで。で、その5分弱で前の配達場所から次の配達場所に移動して、車を停めて、マンションだったらエレベーターを上がって荷物を手渡しする。それを約5分弱でやらなきゃなんないんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? もう無理な話じゃないですかね?

(町山智浩)そう。渋滞に巻き込まれたらアウトなんですよ。で、無理だから結局8時間では100個、配れないんですよ。だからもう全部配り終える頃には夜の8時ぐらいになっちゃう。それで、配りきれない場合もあるんですよ。さっき言ったみたいに不在の場合。いろんな理由で配りきれない場合、それは稼ぎにならないんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

厳しい配達ノルマとペナルティー

(町山智浩)ならない。あと、この映画の中でも出てくるんですけど、かならず届けるなきゃいけない便っていうのがあるらしいんですよ。日にちを指定されているい場合。で、それはもし配れなかった場合はペナルティーが取られます。お金が引かれちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)それで必死で……たとえば週休2日で働いて30万円っていう稼ぎあるじゃないですか。でも、そこから経費が引かれるわけですよ。自分が働くのに使った経費をそこから引かなくちゃならない。まず車代、自動車保険料、ガソリン代、駐車料金。全部自分持ちなんですよ。これ、もう大変ですよ。

(山里亮太)それは制度としてちょっとおかしい……。

(町山智浩)おかしいですね。業者によってはそれをパックにして、100万円とかで。車1台でその月の自動車のリース料と保険料とかガソリン代とか、そういうのを全部パックで100万円でリースするっていうことをやってる業者もあります。

(山里亮太)お金を払って仕事しなきゃいけないんだ。

(町山智浩)お金を払って仕事をする。だから、そういうことをやっているとどうなってくるのか?っていうと、だんだん借金がたまっていくんですよ。

(赤江珠緒)えっ、そんなに働いてるのに?

(町山智浩)働いてるのに借金がたまっていくんですよ。これ、すごい話でね。これ、この映画『家族を想うとき』の監督はケン・ローチという人で。この人82歳なんですけども。ずっとそのイギリスの労働者階級が実際にどういう生活をしてるのかというのを映画に描いてきた人です。ほっておくとそういうのって描かれないじゃないですか。こういう人たちの生活は描かれないで、なんかチャラい人たちがチャラく恋愛をしていたり、あとはスーパーヒーローが飛んだりしてる映画ばっかりになっちゃうでしょう? あと、ギャングの映画とか。こういう人たちってなかなか映画に出てこないんですね。だから一生懸命ケン・ローチ監督はそういう普通の人たちの生活を描いてきてる人なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)この人が前に撮った映画は『わたしは、ダニエル・ブレイク』というタイトルの映画で。これはダニエル・ブレイクという59歳の妻をなくしたおじさんがですね、心臓病で働けなくなるんですよ。で、生活保護を受けようとすると、「生活保護は一生懸命に就職活動をしたのに仕事につけなかった人にしか支払われないから、就職活動をしろ!」って言われるんですよ。ところが、就職活動をすると「心臓病があるから働けない」って言うと「そんなの、就職できないんだから就職活動にはならないよ」って言われるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? でも、手がないじゃないですか。

(町山智浩)そう。だからどこにも行けなくて全然お金がもらえないままどんどんどんどん体が悪くなって貧困に落ちていくんですよ。それが『わたしは、ダニエル・ブレイク』という映画だったんですけど。これはかなりの衝撃を世界に与えたんですけどね。

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(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、この『家族を想うとき』という映画も実話を元にしていまして。これは2018年1月4日にイギリスでドン・レーンという名前の53歳の宅配配達員が亡くなったんですよ。で、レーンさんはね、糖尿病になっちゃうんですね。この映画のリッキーは違うんですけども。で、このレーンさんはそのイギリスの宅配業者の最大手のDPDっていうところで働いていたんですけども、糖尿病で配達の途中、運転中に意識を失って事故になりそうになったんですね。

で、病院に行ったんですけど、そこで検査を受けて治療を受けてたんで、その日は配達を休んじゃったんですよ。それもちゃんと「病院に行くから」って告知をしてたんですけど。ところが、その宅配会社の方は彼に約2万円の罰金を科したんですね。それがあったんで、彼はもうこれ以上罰金を重ねたくないっていうことで、その後に必死で働いて、病院で治療を受けなかったんですよ。それで、死亡しました。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)それで、これがイギリスで大問題になったので、この家族に取材をしてこの映画をケン・ローチ監督が作ったんですね。これでわかることは、こういったギグ・エコノミーをやっている会社側っていうのはとにかくリスクを背負いたくないんですよ。だからこういうのって労災の問題になっちゃうじゃないですか。でも、労災とかいろんな形で労働者の権利だったりをいろんな形で保護するのは、雇用者・使用者にしかその義務はないんですよね。

(赤江珠緒)こういう事故や病気とか、そういうのも責任を取らないということですか。

(町山智浩)取らないわけです。つまり、この業務においては彼は個人事業主として、言わば一種の経営者として契約してるわけだから。彼自身の健康を管理するのは彼しかいないんですよ。

(赤江珠緒)うわあ……これはもう雇用主の方だけが圧倒的有利みたいなね。

(町山智浩)そう。だって会社は別の会社と契約して、その別の会社の社員の健康には責任はないでしょう? だからこういう形で個人事業主との契約ということに全世界の会社が少しずつ少しずつ変わっていってるんですよ。

(赤江珠緒)これはよくないな……。

(町山智浩)そう。で、働く側は全て自己責任。だからこの死亡した件に関しても裁判に持っていくって言ってますけれども、その業者の側を責める根拠みたいなものは法的にはないんですよ。

(山里亮太)そうか。そういうところを上手いこと使っているな。

(町山智浩)でもこれ、日本でも個人事業主に全部していこうという動きはすごくあるんですよ。で、これで「働けば働くほど儲かる」って言われても、さっきのような状況だと本当にその週休0日で必死に働いてやっと40万円を超えるとか、そういう世界ですよね? でも上辺だけでは「そうやって金を稼げば車を増やして、あなた自身が新しい宅配会社として独立できるんですよ!」みたいなことを売りにしてるんですけども。それは不可能に近いんですよ。数字的にね。しかも、トラッキング(追跡)をするマシーンを持たされるんですよ。で、どのくらいの効率で配ってるか、本部に全部チェックされんですよ。GPSがついていて。で、「お前、休んだだろう?」とか「メシ食っただろう?」みたいなことを責められるんですよ。「だから遅いんだよ!」って。

(赤江珠緒)これ、タイトルの『家族を想うとき』だとどんなに優しい映画がかと思ったら、めちゃくちゃでしたね。

(町山智浩)この映画、『家族を想うとき』なんて全くないんです。この映画の中では。家族を想えないんですよ。2人とも……奥さんの方も介護に歩いていくから大変なんで、家に帰ることができなくて。それで子供たちは放ったらかしになって「スーパーで買った冷凍食品を勝手に食べて!」みたいな状況になるんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)で、親子の会話、家族の会話がほとんどなくなっていくんですよ。そうすると、お兄ちゃんの方はグレてしまって。万引きとかをして。で、娘の方は親があまり構わないもんだから精神がおかしくなっていって、不眠症とか夜尿症になっていくんですよ。

(赤江珠緒)悪循環ですね!

(町山智浩)もう最悪なんですよ。で、ペナルティーをどんどん科されていくもんだから借金がかさんでいって、お父さんは全く休めなくなるんですけども。で、そうなるといちばん怖いのは、事故ですよね。で、これ普通、人が働くと労働時間っていうのはあまり長くしてはいけないんですよね。法定労働時間とかがありますから。でもこれはもう関係ないんですよ。ノルマを果たさなきゃいけないから、いくらでも働くんですよ。で、成績が悪いといつ解雇されるかわからない。

(山里亮太)で、さらに悪いことがあったら自己責任という……。

(赤江珠緒)日本でもなんかもう「終身雇用は古いんだ!」みたいな風潮がちょっと強まったりしましたけども。でも、社員は消費者でもありますもんね。社員がちゃんと生活が成り立ってないと、自分たちが作ったものも世の中で売れていかないですよね。

(町山智浩)いまにそうなりますよ。だからこうやって労働者を搾取し続けると、おっしゃった通り、みんな貧しくなって消費をする人もいなくなりますよ。大変なことになるなと思いますね。

(山里亮太)ねえ。全然いま、日本でも起こっていることなわけですよね。この状況は。

日本でも起こりつつあること

(町山智浩)そうなんです。普通、病気の場合は病欠ができるようになっているじゃないですか。会社の場合は。でも、この場合はできないんですよ。業者として契約をしているから。もちろん、最低賃金も守られないし、労働時間の上限も守られないし、不当解雇もあるし。昇給・昇格はないし、福利厚生はゼロなんですよ。

(赤江珠緒)そうなると、経済はどんどん悪くなっていきますね。

(町山智浩)そう。だからいまに消費する人もいなくなるんだろうと思いますよ。だから企業の上の方の人たちで自分たちが儲けるつもりでいるけども、そのお客さんもいなくなっちゃうよ?

(赤江珠緒)そう。いなくなると想う。

(町山智浩)ねえ。というような、恐ろしい映画がこの『家族を想うとき』で。でも『家族を想うとき』じゃあ伝わらないよ!っていう。

(赤江珠緒)ねえ。原題の『残念ながらご不在でした』の方が伝わるけども。

(町山智浩)ねえ。もうちょっと映画会社、考えてほしいと思いました。でも、素晴らしい映画でした。これ、日本では12月に公開ですね?

(赤江珠緒)12月13日公開ということです。これはいろんな国で身につまされる……。

(山里亮太)日本もまさにそうですね。

(町山智浩)もう涙ボロボロでしたよ。

(赤江珠緒)わかりました。町山さん、ありがとうございました!

(山里亮太)ありがとうございました!

(町山智浩)どうもでした!

<書き起こしおわり>

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