町山智浩『37 Seconds』を語る

町山智浩『37 Seconds』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年5月26日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『37 Seconds』を紹介していました。

(町山智浩)ということで、またNetflixを話を今回もさせていただきたいんですが。

(山里亮太)今、映画が公開されていないですからね。でも、ありがたいことにすぐに見れるというね。この嬉しさもありますよね。

(外山惠理)ねえ。毎回見ていますから。お願いします。

(町山智浩)映画館が開いていないからしょうがないんですけども。今回、紹介する映画は日本の映画なんですよ。ただね僕は全然知らなくて。この映画について。Netflixで今、見ていないものを片っ端から見てるんですけど。そしたら出てきたんで。まあ、Netflixは定額だから、最初に見るじゃないですか。見始めて「ああ、日本映画だ」って気が付いたんですよ。

(山里亮太)ああ、そんなに?

(町山智浩)それで調べたら、2月に日本ではもうすでに公開されていて。この映画、『37 Seconds』っていう「37秒間」というタイトルの映画なんですが。2月に公開だったから、その後すぐに外出自粛になっちゃったから。非常に不幸な……せっかく映画館で公開をしたと思ったら、お客さん来なかったという不幸な映画なんですけれども。ただ、これが面白いのは僕もうそうなんですが、Netflixで見てる世界上の人たちはたぶん日本映画だとは知らずにふと見ていると思うんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)だって、全然わからないんだもん。タイトルとポスターしか出てこないから。Netflixって。だから「なんだろう?」って思って見た人が結構いっぱいいると思って。それは逆にラッキーなことなのかなと思いますけど。

(町山智浩)でね、この「37秒間」というタイトルはね、生まれてくる時に37秒間、空気が入らなかった赤ちゃんのお話なんですよ。これは結構重要で、シルヴェスター・スタローンさんはそうですよ。

(外山惠理)ああ、そうだったんですか?

(町山智浩)シルヴェスター・スタローンさん、僕は会って話をしたんですけども。あの人、顔の片側半分が動かないんですよ。麻痺して。彼は生まれる時にちょっと息ができない瞬間があって、それで脳内の麻痺が起こったんですよね。

(外山惠理)そうでしたか。

(町山智浩)それと同じ主人公なんですよ。この『37 Seconds』っていう映画は。主人公はまあ20代の女性なんですけれども、ユマさんという人でね。それで両手両足に非常に重い麻痺があるので普段は車イスに乗っているんですけど。これ演じてる女性も本当にそういう女性なんですね。佳山明さんという人で。これね、全然演技経験がなくて、いきなり素人からオーディションに受かって出演してるんですけど。演技なんてしたことがなかったのに、いきなりこの映画ね、僕bは最初の数10秒を見て「これ、すごい!」と思ったのは、いきなり全裸になってるんですよね。

(外山惠理)へー!

佳山明さんの演技

(町山智浩)つまり、お風呂に入ったり着替えたりすることが自分1人ではできないので、お母さんにやってもらうっていうシーンから始まるんですけれども。いきなりそれですから、すごいもう文字通り体当たりのね、すごい撮影をしてますね。はい。このユマさんっていう人は職業はプロの漫画家なんですよ。で、少女漫画というか、女性向け漫画を描いてるんですけれども、すごい漫画は上手いんですよ。ただ、ゴーストライターなんです。で、見た目のいいSAYAKAっていう女性漫画家の代わりに描いてるんですよ。で、マスコミとかに出る時にはそのSAYAKAという人が出てくるんですね。サイン会とかやるのは。

でも、漫画自体は彼女が描いてるんですよ。で、「車椅子とかで人前に出られない」っていう風に彼女は思っちゃっているというか、そう思わされて育ってきたから、そうなっちゃったんですね。で、この彼女、ユマさんという人はね、しゃべり方がものすごく声がちっちゃくて、聞き取れないようなしゃべり方なんですよ。で、ものすごく礼儀正しくて、周りに気を使いまくりの……「あの、すいません……あの……」みたいな感じなんですよ。だからそれはそうやってずっと育ってきたからなんですよね。

(外山惠理)うんうん。

(町山智浩)居場所がなくて、周りに気を使いながら生きてきたんで、そういうしゃべり方になっちゃってるんですよ。絶対に大きな声を出さないし、人に逆らったりとか、論争したりとかしないでずっと来てる人なんですね、ユマさんという人は。で、ゴーストライターをやってるんですけど、やっぱり自分の漫画を描きたいんですよね。自分の名前で。で、漫画を応募したり、漫画の編集者の人にそれを見せたりするんですけども、こう言われるんですよ。「SAYAKAさんの絵にそっくりだね」って言われるんですよ。

(山里亮太)ああ、そうか!

(外山惠理)本当は自分なのにね……。

(町山智浩)「私が描いているんだ!」ってことは言えないんですよ。で、「これだと売り出せないよ」って言われちゃうんですよ。これはよくあることで。そういうことって普通にアシスタントの人もいっぱいあるんですよね。アシスタントの人って先生に絵が似ちゃうんですよ。すると、「似すぎているからこれはダメだ」っていう場合もあるんですよ。で、彼女はそれですごく困って、「どうしよう?」っていうことで。それで河原だか道端かなんかにエロ本が落ちているんですよ。エロ漫画が。……どうしてエロ漫画って落ちるんでしょうね?(笑)。

(山里亮太)フフフ、そうですね(笑)。証拠隠滅にね(笑)。

(町山智浩)そう。エロ漫画、落ちていがちなんですけども。でね、それを見ると……最近のエロ漫画って、読みます?

(山里亮太)最近、エロ漫画は見ないな。

(町山智浩)見てない? まあ、外山さんはもちろん読まれないですよね? あのね、今のエロ漫画ってめちゃくちゃ絵が上手いんですよ。絵も少女漫画とかアニメとかのタッチに非常に似ていて、かわいい絵で。しかも昔はエロ漫画って絵が汚くて、下品で。あと非常に男っぽい漫画が多かったんですよ。昔はね。でも、今は全然違いますよ。はっきり言って少年漫画誌のアベレージレベルよりも高かったりしますよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)めちゃめちゃ上手い。だからそれを見てこのユマさんは「私、こっちなら行ける!」と思うんですよ。こっちだったら別に「絵が似てる」とか言われないから。で、そのエロ漫画に持ち込みをするんですけど。そしたら、やっぱり絵が上手いから「すごいね。これ、もういきなりもうデビューできるよね」みたいに女性編集者に言われるんですけど。「ただ、これはちょっとそのセックスの部分がリアリティーがなくない?」って言われるんですよ。で、「失礼だけど、ユマさんは今までセックスの経験ありますか? じゃあ、恋愛の経験は?」みたいな話になってくるんですよ。で、「私はもうエロ漫画を描くしかないんだけど……じゃあ、もうセックスをするしかないわ!」っていうことで、車椅子セックスを知るために歌舞伎町に乗り出していくっていう話なんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)すごい……これでまだ映画の前半30分もないぐらいなんですけど。その後、どんどんどんどんいろんなことが起こっていくんですよね。これはね、いわゆるその身体障害者の人を主人公にした映画のタブーみたいなものを真正面から描いてる映画ですね。これね、監督はHIKARIさんという女性なんですけれども、アメリカで映画監督として勉強して、それで日本でこの『37 Seconds』という映画を撮っているんですね。だからすごくそのへんのエンターテイメントのバランスというか、スピード感みたいなものもあってね、面白いですよ。単純に面白いです。

(外山惠理)へー! 本当、今のところまでが30分だったらあっという間にね。本当にスピード感がありそう。見てみたい!

(町山智浩)どんどんガンガン行くんですよ。でね、こういうのってすごくね、大きな映画会社からはなかなか出てこない作品なんですよ。どうしてかっていうと、差別してたりするわけじゃないんですよ。別に。「どのくらいのお客さんがいるか?」っていうマーケティングをやるからなんですよ。数。そうすると、一番多いのはどのくらいか、みたいな話になるんですよ。すると、身体障害者の人のための映画っていうのはその数を調べてマーケティングすると、作られなくなってしまうんですよ。永遠に。「そういう人ってどのぐらいいるの?」みたいな話になっちゃって。だから、マイノリティーの人すべてが大手の映画会社のマーケティングからは全部こぼれ落ちるんですよ。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)これはね、大変なことで。その代わりに、難病物ばっかり作るんですよね。

(外山惠理)うんうん。

大手映画会社のマーケティングからこぼれ落ちる作品

(町山智浩)そう。こういう変な歪みみたいなものがあって。でもそこからはみ出してくるような映画っていうのは、たとえばこれはNetflixっていう海外資本みたいなところですよね。そういったところからしか出てこないんですよ。日本の映画会社のシステムからは出てこない。だって、そうじゃないとお金が集まらないんだもん。マーケティングをかならずやるんでね。だからね、マーケティングからは何も生まれないなと僕はいつも思ってるんですけども。でね、またここで一番大きい問題が「お母さん」なんですよ。彼女をそういう風にさせてしまったのは、このお母さんが「こういう子になってしまったのは私が悪い」みたいなのと、お父さんがいないんで、お父さんがいないから全ての愛をそのユマさんに注いでいて。そのために、その彼女の成長を阻んできたってことがわかってくるんですね。

(外山惠理)はー!

(町山智浩)でも、そういう問題は別に身体障害とかと関係ない問題で、誰にでもあることだし。この彼女自身が自分自身として生きるために旅に出ていくんですね。そこから、お母さんの元からどんどん離れていこうとする話なんで。それって、前に紹介した『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』とかもそうなんですけども。人がその自分の殻を破って出て行くって話は別に誰にでも通じる話なんで。

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(外山惠理)うん。

(町山智浩)全て、いろんな人、人間はみんなバラバラなんだけども、その根底にある部分っていうのはやっぱりひとつなんでね。そこに向かっていく話になっていくっていうことをね、マーケティングばっかりで映画を考えているような人たちにも考えてほしいなと思うんですけども。

(山里亮太)そうか。それで言うと、またミニシアターとかも早く復活をしてね。

(町山智浩)そうなんですよ。ミニシアターはそういう映画、マイノリティーのための映画を上映してくれるところがミニシアターなんですよ。そのミニシアターが今、非常に危険な状態にあるんですよ。全く政府からの援助を受けられなくて。

(山里亮太)たしかに。映画館はやるかも……みたいな話は聞きますけど、そっちのミニシアターとかの話はまだ全然、話に出てこないですね。

(町山智浩)だってミニシアターはみんな、借りてやってるから家賃を払わなきゃいけないんだけども、東宝とかの大きい映画館ってのはみんな自分の土地の自分の持っている不動産で映画館をしているから、要するに上映しなくても一銭も損をしないんですよ。でもミニシアターはその間に家賃を払わなきゃならないんです。だからもう、これは皆さんにミニシアターを応援してくださいという。いつもの結論ですけども。

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(外山惠理)そうですね。

(山里亮太)名作が生まれるためには。

(町山智浩)ということで『37 Seconds』はね、ミニシアターでも上映が再開します。Netflixでも見れますけど、できたらミニシアターの方でご覧ください。

(外山惠理)はい。町山さん、ありがとうございました。

(山里亮太)ありがとうございました。

(町山智浩)はい。どうもでした。

<書き起こしおわり>

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