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東野幸治 Sex Pistolsとパンク・ニュー・ウェイヴを語る

東野幸治 Sex Pistolsとパンク・ニュー・ウェイヴを語る東野幸治のホンモノラジオ
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東野幸治さんが2021年4月30日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中でセックス・ピストルズやザ・クラッシュなどパンク、ニュー・ウェイヴのムーブメントについて話していました。

(東野幸治)さあ、そして……前回、ありがとうございます。僕がAC/DCの曲をかけたら、ABCの社内では「東野幸治さん、音楽を語る」っていうことで少し、さざ波程度の反響があったと聞いております。ありがとうございます。

東野幸治 AC/DC『Back In Black』を語る
東野幸治さんが2021年4月23日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中でAC/DC『Back In Black』について話していました。

(東野幸治)それをですね、佐藤くん。いつも目の前に座っている佐藤くんにですね、LINEが来まして。「これは嬉しい。俺も洋楽でしゃべりたことがいっぱいあるんで、ちょっと今日、しゃべらしてください。ついては、いつも1曲ですけど、2曲お願いします」って言ったら「ディレクターに言っておきます」ってなって。それで今日、台本を見たら1曲しか書いてなかったので、「却下されたな」と思って(笑)。

いやー、残念! だから僕が改めて……前回はAC/DCというハードロックをかけたんですけど。ちょっとしゃべらせてほしいんですよ。東野幸治と洋楽っていうことについて。そもそも僕ね、中学校2年生の2学期終わり、冬休みぐらいからクラスメートの子に洋楽とかハードロックとかロックっていうのをちょっと教えてもらって。そこから始めたんですよ。でも当時、ラジカセが家が貧しくてなくて。ラジオぐらいで。テレビも洋楽なんて、そんなに流れてない時代だったんで。『ミュージック・ライフ』っていう月イチで発行されている雑誌。洋楽のロックスターのインタビューとか来日とか、「こんな曲が今、売れてますよ」みたいな記事があって。「面白いな。いろんな人がいてんねんな」と思って貪るように読んで。

洋楽を文章で学んだタイプ

(東野幸治)どっちかと言ったら洋楽を文章で覚えてるっていうタイプなんですよ。で、「このアルバムのこの曲ってええねや」と思って、たまたまどこかラジオで流れたら「ああ、あの時の記事にあった曲や」とか。たとえば小林克也さんの洋楽の番組。『ベストヒットUSA』で流れたら「ああ、この曲か。こんな感じなんや」っていうのを、だから今から40年弱前ぐらいにそんな作業をしてたんですよ。誰もそんな、クラスでもほぼほぼ、『ザ・ベストテン』ももちろん見てたけど、洋楽なんてほぼほぼどメジャーなのしかない時に、たまたまクイーンの『Bohemian Rhapsody』とか『Killer Queen』っていう楽曲を聞いて。「うわっ、すげえな! イギリスってすごい。ロンドンってすごいねんな」って思って。

なんかその、洋楽のイギリスの方のバンドにどんどんどんどんこう夢中になっていくんですね。で、当時イギリスって失業率が10パーセント以上やったんですよ。で、ちょうど僕のなんか変な反抗期が……その中2の後半ぐらいから高1ぐらいのその3年間だけ、俺はものすごい洋楽を聞いたんですよ。で、その頃がちょうど反抗期みたいなんで。で、イギリスが失業率が10パーセント以上で。空はいつも曇っていて。ほんで、みんななんかそういう若者が絶望してるみたいなニュースがあったりとかして。それがちょっとなんかカッコいいみたいな(笑)。

だから言うたら学生運動……70歳ぐらいとか学生運動、東大紛争とか東大闘争みたいなのんで「学生の権利を!」とか「ベトナム戦争はダメだ!」みたいな、あんな流れの、言うたらもう末端の末端の、「失業率10パーセントってかっこええな」みたいな(笑)。アホ丸出しですけど。その時に出会ったのがあのセックス・ピストルズなんですよ。で、そのセックス・ピストルズって『Anarchy In The UK』みたいな。実質3年ぐらいしか活動していなんですけども、全世界的にムーブメントが起こって。その「パンク」っていう音楽のジャンルがね、始まったんですよ。

(東野幸治)で、「これ、すごいな! なんか、演奏はめちゃくちゃやけど、すごいんだ」と思っていて。なおかつ、ボーカルがね、ジョン・ライドンという人で。ベースのシド・ヴィシャスっていう、なんかほとんど仕事してへんようなノッポの男前のやつがおって。その人がスターで。で、後に死ぬんですよ。で、それが『シド・アンド・ナンシー』っていう映画になってるんですけども。彼女がナンシーっていう。という、象徴的な存在で。3年ぐらいの活動で解散するんですよ。で、それと同時期にザ・クラッシュっていう、二大パンクバンドがロンドンで席捲して。

ザ・クラッシュには『London Calling』っていう有名な曲があるんですよ。で、アルバムのジャケットがジョー・ストラマーというボーカルの人がエレキギターをステージの床に投げつけるようなジャケットなんですよ。有名なんですよね。

(東野幸治)で、それが二大パンクバンドで。最初、セックス・ピストルズから知ったんやけども。「いやいや、ちょっとクラッシュもええんちゃうか」ってことで、『ミュージック・ライフ』とか音楽雑誌を読みあさっていると、当時「商業ロックなんていけない」という流れがあったんですよ。だから、言うたらあ学生運動のノリですから。CMソングとか、なんかお金儲けの音楽なんてダサいみたいなのがあって。それに感化されているから。だからこそ、パンク。メッセージだ!って思った時に、セックス・ピストルズが好きで、ザ・クラッシュが好きやったんですけど。ある雑誌を読んだら「セックス・ピストルズは作られたパンクバンドだ」っていう記事があって。

「えっ、どういうことや? 嘘やん!」って思って読んでいったら、マルコム・マクラーレンという当時、できるマネージャーがおって。で、ヴィヴィアン・ウエストウッドっていうファッションデザイナーがおって。これが付き合っていて。それが、「失業率10パーセントの不景気と混沌とした若者の魂の叫びをバンドにしたら、ムーブメントを起こせるんじゃないか」っていうことで、セックス・ピストルズは作られたバンドだったっていう。そういうことがわかったんですよ。

「セックス・ピストルズは作られたバンドだ」

(東野幸治)で、オーディションをして選ばれたってなって。「えっ? 嘘! しもた! 俺、完全にハメられた!」と思って。でも結果、すごかったのが、そのオーディションでたまたま選んだシド・ヴィシャスってやつだけがほとんどど素人だったけれども。それが注目されて。彼女がナンシーっていって、ドラッグにハマっていって最後、亡くなったりするんですけども。で、そのシド・ヴィシャスを使って『My Way』っていう歌を歌わせて。それが途中から転調してサウンドが激しくなっていくっていう。で、それが日本のパンクに受け継がれた時に『仰げば尊し』をパンク調で歌うとか。それの走りなんですよ。

(東野幸治)で、そういうのがあって。「うわっ、騙された! いや、あかん、あかん」ってなってザ・クラッシュにどんどんどんどんハマっていって。で、そのザ・クラッシュも結局、パンクロックって売れていくとポップスになったりとか、曲調がガラリと変わっていくんですよ。で、「わっ、裏切られた!」って思って。その後、ニュー・ウェイヴになっていくんですよ。だからポリスっていう、スティングさん。めちゃめちゃ男前な、世界のGショックを流行らせたスティングさん。湾岸戦争の頃、スティングがソロでライブをする時にしていて。「あのおしゃれなかっこええスティングがしている時計、なんや?」ってなったら、カシオのGショック。実は湾岸戦争でアメリカの人が使っていたっていうことで。

あれ、たしか僕の記憶が正しければスティングさんが流行らせたんですけども。そのポリスとか、ザ・ジャムとか、そういうニュー・ウェイヴにどんどんどんどん傾倒していって。で、ジャパンっていうバンドができたりとかしていく流れなんですよ。それで、「ザ・クラッシュの『London Calling』を流してほしい」ってLINEしたら、その曲はカットされていたんですよ。で、今回、流してほしいのはデヴィッド・ボウイなんですよ。

なぜデヴィッド・ボウイかっていうと、話が最初に戻りますけど。クイーンの『Bohemian Rhapsody』を最初に聞いた時は衝撃で。「ロックオペラ」って当時、言われてたんですけど。「なんちゅう曲や! すげえな!」と思って。もちろん、ライブなんて……まあ、日本が好き来てたりしたけど。お金もないし。宝塚の少年が阪急電車に乗って梅田に行って、そっからどこに行っていいかわからないし。行けないし。周りにそんなクイーンが好きなの、いてないし。で、なんか雑誌を読むとフィルムコンサートみたいなので、映画館のところでそのイギリスとかアメリカとかどこどこでやったライブの模様を。今で言うたら、映像ですよね。YouTubeでよく流れてる映像みたいなんで、それをみんなで見るっていうフィルムコンサートとかはあったりするけど。勇気がないから行けなかったんですよ。

で、そのクイーンの曲をいろいろ遡って聞いてたら、『Under Pressur』という曲があって。かっこええなって思って。今で言うフィーチャリング。だから2人で歌っていて。「もう1人は誰だ?」ってなったら、デヴィッド・ボウイが歌ってたんですよ。

(東野幸治)で、「デヴィッド・ボウイ。うわっ、めっちゃかっこええやん!」ってなって。ちょうど俺が中学3年ぐらいの時に、ちょうどそのニュー・ウェイヴの頃に……話がまた戻りますけど。『Let’s Dance』っていうアルバムを作って。めちゃめちゃ好きなアルバムで。その時に、そのアルバムの中に入ってた『China Girl』っていう曲が好きで。だから2曲、今回はザ・クラッシュの『London Calling』とデヴィッド・ボウイの『China Girl』をリクエストしたら、デヴィッド・ボウイの『China Girl』が当選したということなんですよ(笑)。

いや、このデヴィッド・ボウイさんもかっこいいし。当時、だからそのイギリスのそういうニュー・ウェイヴの波を全身に浴びた……で、高校に行ったら、そのイギリスのロックが好きなメンバーが3、4人集まるですけど。全員がだから、その音楽に影響を受けすぎて。やる気ない。元気ない。だからいつも「だるい、だるい」って言って音楽を聞いてる感じやったんですよ。で、それから10年後、そいつに会ったらその時の自分をすごい後悔してました。「一生懸命やるのは恥ずかしいと思った自分を悔いる。なんでダラダラしてたんやろう? あの貴重な時間をもっと頑張ったらよかった」って言ってるんですけど。その頃によく聞いてたんですよ。で、今回はそのデヴィッド・ボウイさんの『China Girl』をぜひぜひ聞いてください。お願いします!

David Bowie『China Girl』

(東野幸治)さっきのピストルズのお話の続きじゃないですけど。曲、流れている間、佐藤くんに言いましたけど。セックス・ピストルズの設定をまんま、日本の漫画で上條淳士さんという方が書いた『TO-Y』。これを読んだら、セックス・ピストルズってこういうことで作られたんだなっていうのがわかるんで。もしも良かったら、読んでほしいと思います。

(東野幸治)あと、あれです。フレッドペリーのポロシャツを僕、よく着るんですけど。それは当時のそのロンドンのニュー・ウェイヴとか、あのへんの時代の音楽のファッションというのに対しての僕のリスペクトっていうのを……珍しく僕、ファッションについて語りました(笑)。フレッドペリーが当時、流行っていたんです。ほんで、あれですよ。マルコム・マクラーレンっていうセックス・ピストルズのマネージャーとヴィヴィアン・ウエストウッドが……ヴィヴィアン・ウエストウッドで今でもやってるブランドで。ゴスロリっぽいやつなんですけども。それがセックス・ピストルズを作ったんですよね。もうコンセプトを作って。

で、これで当たったから、次はね、アダム&ジ・アンツっていうバンド……イギリスで海賊みたいなファッションさせて歌うバンドを作ったんですよ。そのコンビで。完全に。で、その海賊ファッションが後ろに沢田研二が日本でシングルを出す時に真似たりして。で、ちょっとビジュアル系というか。男性が化粧をするっていう流れに行くんですよ。僕の知ってる、覚えてる、うる覚えの知識だと、たぶんそんな感じでございますから。で、その後にそれが、だんだんメイクしてデュラン・デュランとかになってくるんですよ。

<書き起こしおわり>

東野幸治 昔、好きだったアーティストのライブで感じたことを語る
東野幸治さんが2021年4月30日放送のABCラジオ『東野幸治のホンモノラジオ』の中で昔、好きだったアーティストのライブに行った際に感じたことを話していました。
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