(高橋芳朗)これ、この『I’m A Slave 4 U』から8年後の2009年にジャスティン・ビーバーがデビューするんですけど。で、ジャスティン・ビーバーを筆頭に今ではもうアイドルが最先端のヒップホッププロデューサーを起用することは当たり前になってるんですけど。その流れに先鞭をつけたのがこのブリトニーの『I’m A Slave 4 U』。ここで当時、ヒット曲を量産し始めたネプチューンズがプロデュースを務めています。ネプチューンズはあのファレル・ウィリアムスとチャド・ヒューゴのコンビで。今、後ろでかかってるのが2000年にヒットしたジェイ・Zの『I Just Wanna Love U (Give It 2 Me)』っていう曲なんですけども。
(高橋芳朗)で、このネプチューンズとブリトニーのコラボは当時、ブリトニーの彼氏だったジャスティン・ティンバーレイクのアドバイスで実現したっていうエピソードがあって。で、さっきの『…Baby One More Time』はTLCのために作られた曲だったんですけども。これは元々ね、ジャネット・ジャクソンに提供するはずだった曲なんです。
(宇多丸)へー!
(高橋芳朗)でも、彼女がボツにしたという。
(宇多丸)だから、なんかその時その時の最先端R&Bアーティストのある種、養分をうまく吸収してというか。
(高橋芳朗)そうなんですよ。そのへんの裏話ですごい象徴的なんですけども。当時、すでにヒップホップやR&Bがメインストリームっていうか、もうチャート的なところをほぼ制圧していたんですよね。で、普通のポップスとの境界線が曖昧になり始めていたんですよ。だからこれ、そういう状況から生まれたすごいエポックメーキングな曲と言っていいと思います。
(宇多丸)しかもそれでまたジャネットの曲と思って聞くと……そうなんだろうなー(笑)。
(高橋芳朗)そうなんですよ(笑)。じゃあ、ちょっと聞いてください。ブリトニー・スピアーズで『I’m A Slave 4 U』。
Britney Spears『I’m A Slave 4 U』
(高橋芳朗)はい。ブリトニー・スピアーズで『I’m A Slave 4 U』を聞いていただいております。この曲、これによってヒップホップのクラブでもブリトニーがかかるようになって。ちょっとした衝撃でしたね。
(宇多丸)そうか。この頃からああいう……ハーレムとかでもかかるようになり始めた。
(高橋芳朗)そう。大箱感のあるところで。
(宇多丸)まあ、でもビートは完全に2000年代初頭のネプチューンズビートそのものですね。
(高橋芳朗)モロですね。で、タイトルのつづりがプリンス風じゃないですか。
(宇多丸)たしかに。「For」が「4」で「You」が「U」っていう。
(高橋芳朗)で、これは実施にプリンスがプロデュースしたヴァニティ・シックスの『Nasty Girl』という曲がモチーフになっているそうです。じゃあ、次の曲に行きますね。代表曲で振り返るブリトニーの功績、3曲目は『Toxic』。これは2003年にリリースされて全米チャート最高9位。で、この曲のまあ、セールスとかチャートアクションでは測れない重みのある曲で。インド音楽をサンプリングしたフューチャリスティックなダンスポップで。結構、欧米の硬派は辛口な音楽メディア……たとえばピッチフォークとか、NMEとかローリングストーンとかがこぞって2000年代の最重要曲のひとつに挙げているですね。この曲がここから10年のダンスポップの方向性を決定づけた、なんていう評もあるほどなんですけど。で、面白いのがこの曲も当初はジャネット・ジャクソンのために作られていたという(笑)。
(宇多丸)へー! そうなんだ!
(高橋芳朗)ということなんですよ。でも、やっぱりボツになって、次にカイリー・ミノーグに渡ったんだけど、彼女にも採用されなかった。その結果、ブリトニーに回ってきたという。
(宇多丸)へー! ああ、そう?
(高橋芳朗)そう。で、ブリトニー自身はでも、自分のディスコグラフィーの中で一番好きな曲に挙げているんですよね。まあ今、ブリトニーのキャリアを振り返ったら、これが一番影響力のある曲になるかなって感じがしますね。じゃあ、聞いてください。ブリトニー・スピアーズで『Toxic』です。
Britney Spears『Toxic』
(高橋芳朗)ブリトニー・スピアーズで『Toxic』を聞いていただいております。
(宇多丸)すごい。今、聞いてもかっこいいな。
(高橋芳朗)この曲はかっこいいですね。で、この『Toxic』に関しては最近、ちょっとギョッとしたことがあって。日本だと7月16日に公開予定の『プロミシング・ヤング・ウーマン』。この間のアカデミー賞で脚本賞でしたっけ? 受賞した、性犯罪者への復讐劇なんですけど。この予告編に『Toxic』が使われているんですよ。
(宇多丸)へー!
(高橋芳朗)で、どうやら劇中でも使われてるみたいなんですけど。ちょっとかけてもらっていいですかね? これがね、映画作曲家のアンソニー・ウィルスっていう人によるカバーで。ちょっと奇っ怪なクラシック調のアレンジになってるんですよ。ちょっとかけてもらえますかね?
(高橋芳朗)ちょっとテンポが落ちているのでわかりづらいかもしれないですけども。ちょっとスリラー調の『Toxic』といいますか。これ、ちょっとトレイラーを見た時に驚いたんですけども。やっぱり性犯罪者への復讐劇っていう映画の題材を踏まえての、このタイミングでのこの選曲ですよ。
(宇多丸)ああ、そうか。
(高橋芳朗)まあ、『プロミシング・ヤング・ウーマン』はアメリカでは去年の12月に公開されたんですけど。ブリトニーの後見人をめぐる裁判の、さっき言った判決が出た直後なんですね。だからキャリー・マリガンがブリトニー・スピアーズのかたきも討ちに来たような構図になるというか。この予告編自体がすでになんか、そういうブリトニーが浴びたミソジニーに対する痛烈なメッセージになってるようなところもあるかなと思ったりもしましたね。
(宇多丸)しかし、すごいね。これ、リアレンジすると、なんかこんなに怖いのかっていう。
(高橋芳朗)そういう流れで最後にもう1曲、聞いてもらいたいんですけども。ロサンゼルス出身のマリアズっていうバンドによる『Baby One More Time』を。
(宇多丸)マリアズは何度もね、ご紹介いただいていますね。
(高橋芳朗)このコーナーでも取り上げていましたけども。これももちろん、ブリトニーのデビュー曲のカバーで。2019年の作品なんですけども。これ、当時ブリトニーがお父さんによって強制的にメンタルヘルス施設に入れられたことが判明したタイミングで発表してるんですよ。たぶん、「#FreeBritney」の意味を込めて急遽カバーしたんだと思うんですけど。で、現状ブリトニー自身のカムバックはまだ当面、厳しいと思うんですね。で、彼女は2017年からもう人前でパフォーマンスを行なっていないし、今も引き続き係争中であることを考慮しても、たぶん難しいだろうなと思うんですけど。
ただ、さっきの『プロミシング・ヤング・ウーマン』での『Toxic』だったり、マリアズの『Baby One More Time』のカバーだったり。「#MeToo」運動だったりとか、フェミニズムとかの流れを踏まえて、ブリトニーの楽曲をいろんな形で聞く機会はこれから増えてくるんじゃないかなという気がしてたりします。今、彼女の曲を流したり歌ったりするだけ、ちょっとなんか意味というか、メッセージを帯びてくるようなところがあるので。
(宇多丸)それだけ、でも『Framing Britney Spears』のインパクトっていうか。
(高橋芳朗)しかもこの後、2本ドキュメンタリーがまだ続くわけなので。
(宇多丸)みんなの考え方をちょうどガッとひっくり返したっていうか。ちょっとこれ、早く見たいな。
(高橋芳朗)ちょっと、じゃあこのマリアズのカバーも聞いてみてください。ザ・マリアズで『Baby One More Time』です。
The Marías『Baby One More Time』
(高橋芳朗)はい。ザ・マリアズでブリトニー・スピアーズ『Baby One More Time』のカバーを聞いていただいております。
(宇多丸)ちょっとアンニュイな感じで。かっこいい。
(高橋芳朗)すごいいいカバーですね。これは。で、さっき、アメリカのエンターテイメント業界が自分たちの過去の過ちと向き合おうとしている印象を受けるという話をしましたけど。このブリトニーの件の教訓が生かされているのか、分からないんですけども、最近だと若くしてスターになったビリー・アイリッシュを同じように10代の頃から芸能界で活動しているジャスティン・ビーバーとかアリアナ・グランデが率先してケアしていたりするような状況があって。これはすごい良い傾向だなと思うんですよね。
まあジャスティン・ビーバーもかなり、ブリトニーと近いような目にあったところがあるわけなんですけども。で、そういった意味ではね、ブリトニーもこういう状況になる前から実はマドンナがね、結構サポートしてたんですけどね。でもちょっと……マドンナもたぶん自分と重なるところがあったんじゃないかなと思うんですけど。ちょっとそこがね、残念だったなっていうか。だから今後ちょっとまず、その来月に発表になるBBCのドキュメンタリーに注目って感じですかね。
(宇多丸)はい。あとね、ちょっとその根本になったドキュメンタリー、なんとか……HuluだったらHuluでもいいけど。日本公開も。そうなると当然、要するに全部他人事じゃないっていうか。ブリトニーに関しては、あれだけども。日本の芸能界だって全く無縁な話じゃないですからね。
(日比麻音子)間違いない。見るべきですね。
(高橋芳朗)はい。
<書き起こしおわり>