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高橋芳朗 ブリトニー・スピアーズの功績を語る

高橋芳朗 ブリトニー・スピアーズの功績を語るアフター6ジャンクション
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高橋芳朗さんが2021年4月26日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。宇多丸さん、日比麻音子さんとブリトニー・スピアーズのドキュメンタリー『Framing Britney Spears』やブリトニー・スピアーズのポップミュージックに対する功績について話していました。

(宇多丸)ということで、高橋芳朗さん。本日はどのようなお話をしていただけるのでしょうか?

(高橋芳朗)2月5日にアメリカでドキュメンタリー『Framing Britney Spears』が公開になった、そのブリトニー・スピアーズについて、その大反響を呼んでいるドキュメンタリーの内容を踏まえつつ、彼女の功績を振り返ってみたいなと思います。

(宇多丸)『Framing Britney Spears』。ドキュメンタリー。これ、じゃあ日本ではまだ見ることができていない?

(高橋芳朗)日本ではまだ未公開なんですよね。

(宇多丸)なにかしらの形ではいずれ、みたいですね。

(高橋芳朗)そうですね。ニューヨークタイムズが制作をしていて、Huluで放送されているので。

(宇多丸)じゃあ、日本でもいずれ、かならずやるかなっていう気もしますが。

(高橋芳朗)それで実は僕も見ていないんですよ。

(宇多丸)ただ、その反響からどういう内容なのか?っていうのは……。

(高橋芳朗)そうなんですね。なので、とりあげるべきか悩んだんですけど。もうとにかく欧米ですごい大きな反響を呼んでるので、ちょっと今、ブリトニーの周辺で何が起こったのかだけでも紹介できたらなと思って、取り上げようと思った次第です。

(宇多丸)ではまず、ブリトニー・スピアーズさん。基本的な、どんな方なのかっていうのを。日比さんとかにとっては、ちょっとのスターだもんね。

(日比麻音子)そうなんですよ。

(高橋芳朗)彼女の全盛期はもう20年ぐらい前ですから。

(日比麻音子)私、マイリー・サイラスとかのディズニー関連の子役さんというか。それが世代なので、ブリトニー・スピアーズだとちょっとお姉さんだなという印象がありますね。

(高橋芳朗)ブリトニーは1981年12月2日生まれ。アメリカ・ミシシッピー州出身。1998年、16歳の時にシングル『…Baby One More Time』でデビューして、これがいきなり全米1位の大ヒットとなるんですね。それで一躍、世界のトップアイドル。まあポップアイコンみたいになって。以降も次々とヒットを飛ばして、現在までの彼女のレコーディング作品の世界総売り上げが1億枚以上。で、2000年代で一番多くの作品を売った女性アーティストに認定されているという。で、こんな感じでポップミュージックの歴史でも屈指の成功を収めたアイドルと言えるブリトニーなんですけども。現在、多くの人々が思い描く彼女の姿は今、紹介したようなちょっと華々しいものではないかもしれないっていうところですよね。

(宇多丸)日比さんの世代とかは、なんならそういうイメージの方が強いかもしれないですね。

(日比麻音子)そうですね。なんだかいろいろと、「ご苦労された」っていう言い方が合ってるか、わからないけども。いろんなことが取り沙汰されている人だなっていう印象の方が正直、強いです。

(高橋芳朗)そうですよね。きっと、そういうイメージが強いと思うんですけど。ブリトニー、2002年当時、交際していた同じトップアイドルだったジャスティン・ティンバーレイクと破局した時期を境にメンタルのバランスを崩して、度々トラブルを起こすようなるんですね。で、この頃のブリトニーのことを覚えてる方は結構多いと思うんですけど。ラスベガスで酔った勢いで幼馴染みと結婚して、55時間後にもう離婚したりとか。あと突然、ヘアサロンに行って自分からバリカンを使って頭を丸刈りにしたりとか。あと、パパラッチに暴力を振るったりとか。結構いろいろな騒動によってタブロイド紙を賑わせていたんですね。

だから、ブリトニーというと日比さんが仰ったように、この時期のいわゆるお騒がせセレブ的な印象が強いという人が多いんじゃないかなと思います。で、この後、2008年になるとブリトニーはもう正常な判断ができるか疑わしいっていう風に見なされて、入院することになるんですね。で、裁判所の裁定でお父さんのジェイミー・スピアーズが彼女の後見人になるんですよ。で、お父さんのジェイミーがブリトニーの全ての財産と彼女の生活。あとキャリアを管理するようになるんですけど。で、それでお父さんがブリトニーを厳しい監視下において、彼女の自由をはく奪してるんじゃないか?っていう、そういう疑惑からファンの間で「#FreeBritney」っていう、「ブリトニーを解放せよ」っていう運動が起こるんですね。

(高橋芳朗)で、実際にブリトニーとお父さんの間には確執が生じていて。それでブリトニーはお父さんを後見人から外すために裁判を起こすんですよ。

(宇多丸)すごいな……。

(高橋芳朗)で、その判決が去年の11月に出て。

(日比麻音子)最近のことだったんですね。

(高橋芳朗)そうなんですよ。ずっと、この10年ぐらいこの「#FreeBritney」運動は続いているんですけども。で、去年の10月に判決が出て、ブリトニーの要求は完全には受け入れられなかったんですけど。でも、お父さんに加えてブリトニー自身が指名した第三者の後見人が入ることになったんですね。だから、ブリトニーを取り巻く環境はだいぶ改善されることになると思うんですけど。彼女としてはまだ不服なところがあって、裁判は今も継続中です。で、この一連の動きを追ったのが『Framing Britney Spears』というドキュメンタリーなんですよ。で、このドキュメンタリーでその後見人制度をめぐる裁判の評決が出たところでとりあえず、ドキュメンタリーは終わるみたいなんですけど。

ドキュメンタリーとしては、どちらかというと裁判の行方よりもむしろ、なんで世界のトップアイドルだったブリトニーがこれほどまでの苦境に追い込まれることになったのか?っていう、そこが焦点になってるみたいなんですね。

ブリトニーの凋落の原因

(高橋芳朗)で、ドキュメンタリー中でブリトニーの凋落の原因として挙げられているのが、彼女が晒されてきた女性蔑視(ミソジニー)。あとメンタルヘルスに対する偏見。あと、タブロイド紙、ゴシップ誌の悪質な取材攻勢ですね。で、具体的にはブリトニーの破局について「彼女の浮気が原因だ」っていうことをほのめかしてブリトニーを貶めるコメントをしたジャスティン・ティンバーレイクの言動だったり。ジャスティンはね、ブリトニーと別れた経緯を歌にして大ヒットさせてるんですよ。全米1位になった『Cry Me A River』っていう曲なんですけども。

(高橋芳朗)これ、ミュージックビデオにブリトニーのそっくりさんも登場したりするんですね。あと、テレビ番組とかのブリトニーに対するちょっと屈辱的なインタビュー。「あなたの胸は豊胸しているんですか?」とか。あと、ブリトニーって敬虔なクリスチャンで、「婚前交渉は行いません」って公言していたんですね。そういうことから、「まだバージンなのか?」って問いただしたりとか。10代の彼女にそういうことを平然と聞くような、そういうシーンもインサートされてるみたいなんですけどね。で、ちなみにジャスティン・ティンバーレイクはこのドキュメンタリー放送後に批判を浴びて、長文の謝罪文を公開してます。

で、このドキュメンタリーに対するアメリカのエンターテイメント業界のリアクションも結構すごいことになっていて。もう世代を超えて、たくさんのセレブがブリトニーへの支援を表明してるんですよね。ざっと挙げると、ベット・ミドラー、シャロン・ストーン、サラ・ジェシカ・パーカー、マライア・キャリー、コートニー・ラヴ、マイリー・サイラス、カーディ・B、ケイシー・マスグレイヴス。もう挙げていくとキリがないですけども。で、多くのセレブのコメントに気骨してるのが、そのブリトニーのサポートの表明だけじゃなくて、彼女に対する謝罪を述べているんですね。

(宇多丸)やっぱり今、ヨシくんが言ったようなことって、別に今、明らかにされたことじゃなくて。誰もがもう、みんなの目前で行われ。そして今まで問われてこなかったことだもんね。

(高橋芳朗)正直、僕もそうですけど。日本でもこのニュースを聞いてちょっとうしろめたさを覚える人は結構いるんじゃないかと思うんです。だから向こうでも「#WeAreSorryBritney」っていうハッシュタグが登場したり。「世界はブリトニーに謝る必要があるじゃないか?」ってコメントしてる人もいるぐらいなんですよね。で、ちょっと個人的にすごい印象深かった、エリー・ゴールディングっていうイギリスのシンガーのコメントを紹介したいんですけど。

彼女ですね、こんなコメント発表してます。「ブリトニーが活躍していた2000年代当時は社会がメンタルヘルスや女性のセクシュアリティーについて議論することを拒んでいた時代であり、女性や少女についてのゴシップを消費することが当たり前になっていた時代。嬉々として誰かを持ち上げたり、引きずり下ろしたりする行為の中に女性蔑視がはびこっていた時代でした。ブリトニーは成功のためにあまりにも大きな代償を払ったのです」という風にコメントをしてるんですけど。

で、このドキュメンタリーは当然、「#MeToo」運動の流れを汲むものでもあるんですけど。ここ数年、その「#MeToo」とか、あとはBlack Lives Matterによって結構アメリカのエンターテイメント業界が自分たちのこの過ちと真摯に向き合おうとしているという、そういう印象を受けていて。たとえば以前、このコーナーでも取り上げましたけど。カントリーバンドのディクシー・チックスがチックスという風に改名をした件だったり。あとは個人的にはジュディー・ガーランドの伝記映画『ジュディ 虹の彼方に』もまあ、そういう過去を省みるような姿勢がちょっと感じられたりもしたんですけど。

(高橋芳朗)で、そういう中にあって、このブリトニーをめぐる一件はもしかしたら最も大きな課題になっていきそうな気配がしていて。というのも、この『Framing Britney Spears』を受けてもう来月にはイギリスのBBCが新しいブリトニーのドキュメンタリーを公開するんですね。

で、これがもう今回のドキュメンタリーに追随するような内容になるみたいなんですよ。で、さらに今、Netflixもブリトニーのドキュメンタリーを制作しているんですね。で、これは『Framing Britney Spears』よりも前から、もう制作に取りかかっていたそうです。これはちょっと、どんな内容になるのか、まだわからないんですけど。でも、いずれにしてもブリトニーの動向に対する関心が今後、さらに高まっていくことは間違いないかなっていう風に思っています。

(宇多丸)なるほどね。これ、でもね、ブリトニーはまさにその代表格だけど、そういうことってさ、もうアメリカのみならず、日本の芸能界とかもさ、不当なバッシングで潰れちゃってとかさ。まあ、本当に他人事じゃないっていうか。全員、他人事じゃないっていう。

(日比麻音子)その中の人だけじゃなくて、それを見ていたまファンなのか、エセファンなのかわかりませんけど。その見ていた人たちの意識っていうのもかなり変えなきゃいけないというか、変わっていく予感がしますね。

(高橋芳朗)問われてきますよね。

(宇多丸)だし、たとえばワイドショー的なものにしても、やっぱり一般視聴者として消費する側っていうかさ。で、「これ、ウケるからやっているんだもん」みたいなさ、その受ける側の責任というのもやっぱりあったりとかさ。

(日比麻音子)そもそも「お騒がせセレブ」っていう言葉が……。

(高橋芳朗)本当にその通りですよ。

(宇多丸)そうよ。「お騒がせ」っていうけど、騒いでるのはそっちだろ?っていうね。

(高橋芳朗)ちょうどそういうカルチャーが広まってきた時に頭角を現してきたのがブリトニーとか、あとはパリス・ヒルトンとか。

(宇多丸)あと、そのジャスティン・ティンバーレイクの暴露ネタ曲とかさ。だから、やっぱりエミネムとかもさ、そういう暴露ネタヒット曲みたいなのが割と風潮としてあった時期でもあったかな。だから、ヒップホップ的なワイドショー感覚みたいなものがポップミュージック界を侵食していた時期でもあって。うん。

『Framing Britney Spears』

(高橋芳朗)そうですね。で、今回のこのドキュメンタリーの放送後のリアクションとしては、ブリトニーへの支援とか反省の表明だけじゃなくて、いかに彼女に影響を受けたのかとか、当時どれだけブリトニーに心酔していたかっていうこととかを語るセレブも結構多かったりするので。ちょっとこの機会にブリトニーの登場と成功がこのポップミュージックにもたらした功績についても振り返ってみたいなと思います。じゃあ、代表曲で振り返るブリトニーの功績として、3曲紹介したいんですけど。

まず1曲目はデビューシングルの『…Baby One More Time』を紹介したいと思います。この曲は1998年9月にリリースされて、さっき言った通り、全米チャート1位。全世界の総売上が約900万枚。プロデュースを務めてるのが、ポップミュージックの歴史でも一番息の長いヒットメーカーって言っていいと思うんですけど。スウェーデン出身のマックス・マーティンです。テイラー・スウィフトの『We Are Never Ever Getting Back Together』とか去年大ヒットしたウィークエンドの『Blinding Lights』を手掛けたプロデューサーですね。

で、これは元々、R&BガールグループのTLCのために書いた曲らしいんですね。で、TLCが断ってボツにして、ブリトニーに巡ってきたっていう経緯があるんですけど。で、この曲の成功の要因はやっぱりミュージックビデオのインパクトが大きくて。カトリックのハイスクールを舞台にブリトニーがクラスメイトの女の子を引き連れながら廊下でダンスするシーンが有名なんですけど。ポイントはブリトニーの衣装なんですね。で、当初は普通にジーンズとTシャツを着る予定だったのが、ブリトニーが「女子高生の制服に変更したらどうか?」という風に提案をして。これが採用になって、近くのKマートで17ドル出して女子高生の服を買ってきたんですって。

(宇多丸)えっ、そうなの? マジで? じゃあ、ただのコスプレ用衣装みたいな……だからドンキで売ってるようなやつだ?

(高橋芳朗)そうそうそう。で、これが決め手になるんだけども、ブリトニーが踊っている時にシャツの裾が手に当たるのが気になって。あと、もうちょっとかわいくしたいなってことでアレンジをして。胸の下あたりでシャツをぎゅっと結んで踊り始めたんですって。で、監督がこのアイデアを気に入って、ブリトニーと女性ダンサー全員がこの女子校生ヘソ出しルックで踊ることになったんですけど。これが以降のそのブリトニーの清純さとセクシーさが同居したイメージを決定づけることになるんです。

(宇多丸)ある種、相反する要素が同時にあるわけだ。しかも、それがドンキか!(笑)。

(日比麻音子)ねえ、本当だ! でも、元々ご自身が「やってみたい」って思って。「かわいい」と思ってやったことだったということですよね。

(高橋芳朗)結構、真似をした女の子も多いと思うんですけども。で、実際に女優のルーシー・ヘイルさんはこの『…Baby One More Time』のビデオについて「女性がセクシーに振る舞うことに対して気後れする必要なんてないんだということをブリトニーから教わった」っていう風にコメントをしてたりして。あと、ジャーナリズム的なところだと、アメリカのオンラインマガジンの『PopMatters』のエヴァン・ソーディ(Evan Sawdey)さんという人は「ブリトニーはこのビデオによって家族向けのポップアイドルとセックスオブジェクトの間の微妙な境界線を歩むことになった」という、そういう評価を下していたりしてるんですけど。で、この『…Baby One More Time』の制服コスチュームを継承するのが、2002年にブレイクするロシアのt.A.T.u.ですよ。

(日比麻音子)はいはいはい!

(高橋芳朗)あとは2005年から活動を始めるAKB48ですね。

(宇多丸)まあ、そうだね。なるほどね。

(高橋芳朗)で、特にAKB48はブリトニーの影響がめちゃくちゃ大きくて。2009年の『涙サプライズ』。

(宇多丸)あれの廊下で踊るところとか、本当にそうだね。

(高橋芳朗)あのミュージックビデオのオープニング、思いっきり『…Baby One More Time』のビデオをなぞっているんですね。

(宇多丸)そうだね。

(高橋芳朗)ぜひ、ちょっと見比べて見てください。じゃあ、改めて聞きましょう。ブリトニー・スピアーズで『…Baby One More Time』です。

Britney Spears『…Baby One More Time』


(高橋芳朗)はい。ブリトニー・スピアーズで『…Baby One More Time』を聞いていただいております。

(宇多丸)元はTLCに提供された曲って意識して聞くと「ああ、そういう感じだな」って思うよね。

(高橋芳朗)わかりますよね。ラップもできますよね。じゃあ、次の曲。代表曲で振り返るブリトニーの功績、続いては『I’m A Slave 4 U』という曲です。これは2001年9月にリリースされて全米チャートで最高27位。ブリトニーのカタログの中ではちょっと大ヒットとは言えない曲なんですけども。

(宇多丸)そうだね。あんまり売れていないんだ。へー。

(高橋芳朗)でも、今に至るポップミュージックの流れを変えた超重要曲ですね。

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