宇多丸『ソウルフル・ワールド』を語る

宇多丸『ソウルフル・ワールド』を語る アフター6ジャンクション

宇多丸さんが2020年12月28日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』の中でディズニープラスで配信中のピクサー映画『ソウルフル・ワールド』を紹介していました。

(宇多丸)ちょっとね、そんな中……熊崎くんも群馬にこもって夜なんかやることないでしょうから。飲み会だのなんだのってないでしょうから。そういうところで、たとえばそういうサブスクリプションサービス的な配信サービスとかで映像を見て時間をつぶすなんていう時に、ぜひちょっとこの年末のビックタイトルとしてピクサーの新作『ソウルフル・ワールド』。これ、ずっと劇場で予告もやってて。まあこれがめちゃめちゃよさそうで楽しみにしていたところ、やはりこのコロナウイルスの感染拡大を受けてディズニーがなんとこれ、完全に配信公開に踏み切ったという。

(熊崎風斗)そういうことなんですね。

(宇多丸)しかも、その前のムーラン実写化は劇場公開を延ばして延ばしてやっぱり配信にしましたけど。あれは有料でやったじゃないですか。で、それの何らかの教訓があったのかどうかわかりませんが。今回はディズニープラスに入っていればそのまま見れるという形になっているんですね。

(熊崎風斗)ほうほう。

(宇多丸)12月25日から日本でも公開になりまして。アメリカと日本で公開になって。でも日本はちょっとね、ディズニープラスは4K仕様じゃなかったりして、いろいろとそういう……「劇場の代わり」というのはちょっとどうなんだ?っていう仕様でもあったりするんだけど。で、それが12月25日に公開になって、この週末に私、見たんですよ。で、もちろんね、監督・脚本がピート・ドクターさん。ピート・ドクターさんはピクサーで名作を手がけてきて。そうですね。監督作としては『カールじいさん』とか。あとは『インサイド・ヘッド』とか。

それで今回の『ソウルフル・ワールド』はテーマ的にもちょっと『インサイド・ヘッド』を彷彿とさせるところがあるのかなっていう感じもありましたけど。まあ、やっぱり期待に違わぬ大傑作で。これ、ぜひ見ていただくに越したことはない。もちろん安定のピクサークオリティーっていうか、久々に……ピクサーのいいところって「よくこんな話、映画にするよね?」っていうところで。

「よくこんな話、映画にするよね?」

(宇多丸)前だったら、『インサイド・ヘッド』だったら脳の動きっていうのを誰の目にも明らかな面白いアクション物として描くとか。『リメンバー・ミー』とかも死後の世界とか。それで今回は……今回もちょっと『リメンバー・ミー』と『インサイド・ヘッド』のその両方の要素があるというか。あるそのジャズミュージシャンを志しながら中学の教師をしている男の人がいて。そこそこの中年手前みたいな……あれ、いくつなんだろうね? 30代ぐらいの男がいて。

彼がその憧れのミュージシャンとセッションミュージシャンってことで急遽、起用されて共演することが決まって。それで「やった!」なんて喜んでいる。それで、よそ見して歩きスマホを……皆さんね、よそ見歩きスマホ、ダメですよ? していると、案の定、ストーンと穴に落っこちちゃって。ここまでは予告で出てますからね。落っこちちゃって……要するに、生死の境というkじゃ、ほぼほぼ「ああ、もうあなたはお逝きなさい。よそ見してうっかりして……」っていう。

で、ここからの描写がめちゃめちゃ面白くて。ぜひ見ていただきたい。あのね、今回ね、音楽をトレント・レズナーとアッティカス・ロスという、要するにナイン・インチ・ネイルズのトレント・レズナーさんが映画音楽をデビッド・フィンチャーのあれからずっとやっていますよね。それで最近、いろんな作品にも音楽をつけたりしていますけども。この2人の音楽が今回はなんていうか、ソウル世界と現実世界っていう。

ソウル世界っていうのは魂だけがふわふわしている世界ね。で、生まれる前の魂がいろんな、その性格付けというか。そういうのを受けて、その準備ができたところで世の赤ちゃんの魂として入っていくっていう、そういうまたとんでもない設定なんですよ。で、またそれを仕切っている人たちの姿は、なんていうかピカソの抽象画の線で一筆書きしたような、そういう抽象画みたいな人たちが仕切っているっていう。その表現とかももう、「ピクサー、すごい!」っていう感じ。「なんて面白いことを考えるんだろう!」っていう感じで。

で、そのソウルの世界は割とふわふわしたパステルカラーで。常にマジックアワーというか、淡い……影はあるんだけど、全体にグワーンとした、あんまりバキッとしてない絵面で描かれているのに対して、現実世界っていうのはすごいバキッと影が立った、なんならそのジャズクラブのシーンとか、ものすごく暗闇の表現とかがバキッと効いた、陰影がすごいはっきりしたエッジの効いた画づくりで。それでまず画づくり的にもすごい差があるわけですよ。

で、音楽もそのトレント・レズナーとアッティカス・ロスの音楽が特にそのね、魂界の時の曲がちょっとテクノ調っていうか、あれでね。それがまた、その無機質な感じと地上に帰ってきた時のこっちはジャズセッションの世界なので。その生音感がある感じとかのその対比もすごいいいですし。あとね、その魂世界で結局、その主人公は実際にはお亡くなりになる手前なので。まあギリギリで「あっちの世界にお逝きなさい」っていう感じで、エスカレーターみたいになっていて。

向こうに……これ、表現しづらいな。白黒でブワーッて銀河みたいになってるところに人々がエスカレーターでフーッと飲まれてくわけです。そうすると、向こう……あちらのあの世に行くっていう。で、皆さんは観念してあの世に行っているわけですけど。そのね、あの世に行く瞬間の音とかがもう微妙なね(笑)。で、主人公がその音を聞いて「ギャーッ!」っつって(笑)。「やだー!」っつって。もうその絶妙な音とかね。

(熊崎風斗)聞きたい(笑)。

(宇多丸)ぜひ、これは作品を見てください。とかね、あとは合間合間でたとえば、その魂の世界も、その魂が現世で生きていても、そのあるものに……たとえば芸術でピアノを弾いたりして忘我の境地に至ったりすると、ゾーンに入る。そうすると、それは生きていながらにして魂の世界に入り込んじゃうっていう、そういう設定がひとつあるんですけども。それと紙一重の存在として、亡者になってしまう。

あるものに取り憑かれてしまって……たとえば、株を売り買いして運用をしていた証券マンが「運用、運用……」って暗い存在になっちゃっているというくだりがあって。で、そこで、その世界に通じてる男がいて。その人に「いやー、俺も実は一時期、亡者になってしまったことがあるんだよ」「えっ、何でそうなったの?」っていう。ここのね、一言の答えとかもう最高! だからこれ、爆笑です。本当に。ギャグも効いているし。まあ、本当に質は高い作品でした。

なんだけど……ちょっと2、3、今回の公開形態に関してまだまだ、配信を今、コロナウイルスの状況で仕方ないから。あんまり配信でやることそのものにいまさら文句も言わないけど。ただその……「言わないけど」じゃないんだよね。まずね、ちょっと皆さん、ぜひ見るんだったら、さっき言ったように特に現世の陰影の表現がものすごいバキッとしている作品なので。やっぱりご自宅の環境をできるだけ暗闇に……要するに、映画館向けの画づくりをものすごくしているんですよ。はっきりと。

映画館向けの画づくり

(宇多丸)だから僕、ちょっと昼間に見ちゃって。「ああ、なんか画面反射しちゃっていてこれ、結構台無しだな」って。そういう感じであったんですよ。だからね、できるだけ映画館に近い環境を……今回は本当に配信を目的として作られてないので。もう本当に画づくりが映画館向けなので、やっぱりご自宅の環境をできるだけいい感じにして見てあげてほしいなと。それはちょっとかわいそうだなと思いましたし。

あとね、これはちょいちょいこの文句を言ってる人いますけど。まあディズニーのあれって劇場公開時に日本語吹き替え版と英語の原語の字幕版があるじゃないですか。で、吹替え版の方とかは、タイトルとか、あとその劇中に出てくる文字表現ですね。それが日本語に置き換えられてたりするじゃないですか。見たこと、ありますよね。

(熊崎風斗)わかります。

(宇多丸)で、前からそのフォントとかがちょっと、そのディズニー・ピクサーの作品で……ちゃんと気を遣ってるところもあるんだけど。その書き文字であるべきところでものすごいゴシック体でガーン!っていかにもフォントっていう感じだったり。というか、普通にたとえば最初に「ウォルトディズニーピクチャーズ提供」って出たりするんだけど。そのフォント自体が「うわっ、気を遣ってねえ! ただのフォントだ!」って。

で、この間僕が推薦図書で推した『SF映画のタイポグラフィとデザイン』という本を紹介しましたけども。やっぱりね、こういう文字の要素1個取ったって映画の世界をね、ひとつ間違えれば台無しにしてしまうし。本当に大事な要素なわけですよ。つまり、その映画に関わってる人の1個1個の努力をナメるなよ!っていう感じがちょっとしちゃって。で、日本語に置き換えるにしても、もうちょっとそのフォント的に気を遣うとかしてくれないと……っていう。

で、しかも今回の僕、英語の原語版で日本語字幕が出るバージョンを選択して見ているのに、画面はその吹替版のやつと変わんない。選択できないんですよ。だから、その終わった時のエンドロールが思いっきり日本人キャストのエンドロールが始まるんですよ。それで「えっ?」って。俺、「この主人公を誰がやってんだっけ?」ってなっちゃって。ジェイミー・フォックスか……みたいな。まあ、日本語吹替はハマケンがやっているんですけども。

だから、そういうところでちょっとチグハグよね。それはね。だし、やっぱりそれって配信で公開するっていう方式で……つまり「配信」という方式をちょっとナメてない? つまり、「配信だからこの程度でいいだろう」じゃないけどさ。ちょっとおかしくない? だからピクサーぐらい隅から隅まで気を遣っているアート作品というか、そのエンターテイメントという名のみんなが力を合わせて作っているものに対して、ちょっと作り手の個々のディテールとかに対して配慮がないんじゃないのか?っていう気が僕はしました。

(熊崎風斗)最後の部分で。

(宇多丸)ただ、作品は素晴らしいです。本当に。なのでディズニープラスでやっぱり見るしかないわけだし。今、『マンダロリアン』もありますから。だからディズニープラスに入るのはもう必須だと思いますよ、それは。思うよ。思うけど、だからこそ言わせてもらうけど。どうせそれで儲かることは必須なんだから。ちょっとディズニーさん、その志の部分というのを捨てると、いずれどれは首を絞めるじゃないですか?っていうことは言っておきたいかな。

ただ、本当に『ソウルフル・ワールド』は本当に素晴らしかったです。あとはぜひ、皆さん……エンドロールも、もうかわいいんだ! あの魂っ子たちのお遊びの様子も本当に最高だし。エンドロール、最後の瞬間まで楽しめますので。ぜひぜひ見てみてください。

『ソウルフル・ワールド』予告

<書き起こしおわり>

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