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Creepy Nuts 木村拓哉にRHYMESTERから学んだことを語る

Creepy Nuts 木村拓哉にRHYMESTERから学んだことを語る TOKYO FM
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Creepy Nutsのお二人が2020年11月1日放送のTOKYO FM『木村拓哉のFlow』に出演。木村拓哉さんにRHYMESTERから学んだことについて話していました。

(木村拓哉)ラップ……大阪で不良ではなかったとさっき、仰ってましたけど。なぜラップだったんですか?

(R-指定)元々、音楽は本当にオトンの……お父さんの影響で。車の中でかかるサザンオールスターズとか、小田和正さんとか、オトンの世代の曲とかを聞いていて。で、小学校ぐらいの時とかも、そこまでいろんな音楽を聞いていたわけではなくて。で、いとこのお姉ちゃんとかがちょっとテレビつけてる時に……そん時が2000年代前半やったんで、ちょっとお茶の間にもヒップホップが流れてたりしてた時期やったんですよね。

(木村拓哉)はいはい。

(R-指定)それで、あんまりその時には興味はなくて。で、小6から中1ぐらいになる境目の時に家族でご飯を外で食べてる時にSOUL’d OUTっていうグループの『1,000,000 MONSTERS ATTACK』っていう曲が流れたんですよ。それで、何を言ってるかはわからなかったんですよね。歌詞は聞き取れなくて。

(R-指定)でも、めちゃめちゃ音がかっこいいし。何を言ってるかわからへんのが逆に気になって。「なんや、この曲?」って調べて。それで「ああ、これはジャンル的にはヒップホップとかラップなんや」ってことでもう急遽、TSUTAYAに走りまして。

(木村拓哉)ほう。

(R-指定)それでもう、お金がないからレンタルですよね。ヒップホップ、日本語ラップって書いてある棚のところに行って、なんとなく見たことのある名前……それこそ「ZEEBRA? 聞いたことあるぞ、テレビとかで」「RHYMESTERも聞いたことがあるな?」みたいなので。それを全部、まとめてレンタルして家で聞きまくったらもうすっかりハマってしまって。なんか、それまで聞いてた歌謡曲とは違ったのが、「この人たちは全員、自分のことを歌ってる!」みたいな。

普通の歌手って自分の名前を言ってから歌ったりしないじゃないですか。でもヒップホップで衝撃だったのが「俺がジブラ」って言ってから歌ったりとか。「俺たちがRHYMESTER」とか言ったりとか。

(R-指定)「自分のことを歌で歌っていいんや!」って思って。それで強烈に興味を持って。かつ、「どうやら『韻を踏む』という行為をしているらしい。なんか面白い、似た響きが聞こえる。これは韻を踏んでるんや!」みたいな。その歌詞の構造と自分のことを歌っていいというジャンルの特性みたいなところに強烈に惹かれて。それでずっと聞きあさっていた時期が中学生ぐらいの時なんですよ。

(木村拓哉)中学生でそこまで行ったんだ。

(R-指定)その影響っていう意味ではRHYMESTERの皆さんも別に不良ってわけじゃないんですよね。なんていうか、やっぱりいろんな日本のレジェンドのラッパーたちの名曲とかを聞いていると、すごいヤンチャでかっこいい人もおるし。それもめっちゃ好きなんですよ。悪いヒップホップとか、いかついヒップホップっていうのも大好きなんですけど。中学生の時に聞いていて「俺と関係ないんかな? 俺の人生とは関係ないか」みたいな。

要は、不良漫画を見て「かっけー!」って思ったり、マフィア映画を見て「渋いな!」と思うけど、「でも自分の人生とは関係ないやん」みたいな。「見るだけのもんや」と思ってたんですけど、RHYMESTERを聞いて、RHYMESTERの曲のメッセージで「ヒップホップは別の不良じゃなくてもやっていい。というか、誰でもやっていい。お前は今、このヒップホップ聞いてかっけー!って思ったよな? その思った感情は正しいから、やってみたらいいじゃん。なぜなら俺たちもそう思ってやってるから」っていうメッセージを歌の中で歌っていて。「えっ、じゃあ俺もやっていいんかな?」みたいに思えたんですよね。

「ヒップホップは別の不良じゃなくてもやっていい」

(木村拓哉)へー! すごいすごい! すごいなあ! 人のアンテナっていろんな電波を拾うんだな(笑)。

(R-指定)フフフ(笑)。

(木村拓哉)それで、松永さんなんですけども。出会いはでも、なんですか?

(DJ松永)出会いは中学2年生ぐらいの頃ですかね。すごい年上のお姉さんがいる友達がいて。その人はクラブとか行ったりしていて。あと、裏原系のストリートファッションが流行っていた時期なので、そういうのにも詳しくって。そういうのの延長線上でその友達のお姉ちゃんが「こういう音楽があるんだよ」って教えてくれて。それで聞いて、「あっ、かっこいいな」と思ったんですけど。さらにどっぷりハマったきっかけっていうのがラジオなんですよ。

(木村拓哉)ほう!

(DJ松永)当時、まさしくこのTOKYO FMでRHYMESTERが深夜番組で『WANTED!』っていう帯番組をやっていて。

(木村拓哉)ああ、同じRHYMESTERなんだ。

(DJ松永)そうなんですよ。全く一緒で。そこで、『WANTED!』っていうラジオを聞いて「ラジオってめっちゃ面白いな!」ってなって。それで「ヒップホップもめっちゃ面白い!」ってなって。なんかそこから、もうラジオとヒップホップが両方ともめちゃくちゃ好きになるんですけど。なんか、ひとつのラジオ番組をめっちゃ好きになったら、そのパーソナリティーの表現するものは全部好き。そのパーソナリティーの一挙手一投足が全部好きっていう病気になってしまって。

そこでもうRHYMESTERがとてつもなく、どうしようもなく好きになってしまうんですよね。で、もうそれでRHYMESTERの『WANTED!』を聞いて、いろんなヒップホップアーティストがゲストで来るんですよ。ゲストで来いたアーティストも番組を聞いたら速攻でTSUTAYAに走っていって、レンタルでCDを借りて聞いて勉強して……。

(木村拓哉)やっていることが全く一緒なんだね、2人とも!

(R-指定)フフフ、そうなんですよ(笑)。全然違う土地で同じことをしてたっていう。

(木村拓哉)とりあえず、TSUTAYAに走るっていうね。

(DJ松永)TSUTAYAなんですよ。

(R-指定)お互いの地元ってでっかいCDショップというよりかは、近くにTSUTAYAがあって。お互いにお金もなかったからレンタルで聞いていたんですね。

(DJ松永)田舎はまあ、TSUTAYAでしたね。TSUTAYAに助けられて。

(木村拓哉)「TSUTAYA、ありがとう」だね。

(R-指定)ありがとうなんすよ。

(木村拓哉)それでなんで、音楽を聞いて……一緒にやってみるっていうのはわかるんだけども。なんでそこでラッパーではなくて、DJを選んだんですか?

(DJ松永)これは……俺もやっぱりRHYMESTERを聞いてラップをやってみたい。「ステージで客を沸かしてみたい」という気持ちがあったんですけど。すごい目立ちたがり屋なんですけど、やっぱり恥を恐れるから……。

(木村拓哉)フフフ、「恥を恐れる目立ちたがり屋」(笑)。

(DJ松永)今、ラッパーを「恥」と言いましたけど(笑)。

(R-指定)お前な……俺、いつもそのへん、気になるねん!(笑)。

(木村拓哉)あれでしょう? 一緒くたに……「ラッパーに対しての恥」ではなくて、「ラッパーとしてマイクを持った後に……」とか。その、その自分がかく恥でしょう?

(DJ松永)そうです。かつ、プラスしてより失礼なんですけど……「歌詞を書くってちょっと恥ずかしいな」って(笑)。

(R-指定)お前な! 俺、いつもやってんねん、横でそれを(笑)。

(DJ松永)「歌詞を書いてそれを人前で歌うなんて、到底できないな」と思ったんですよ。で、「下に下げたところにDJっていうのがいるな?」ってなって。で、なおかつ、俺はRHYMESTERみたいにラップグループを組みたかったんで。しかもガーッて歌っているラッパーの横で涼しい顔して佇んでDJをやっていたら、よりクールでかっこいいんじゃないか?って思って。「じゃあ、DJやーろうっと!」っていう、すごい浅ましい考えで始めたんですよ。

(木村拓哉)へー! それでDJを。

(DJ松永)そうなんですよ。

(木村拓哉)それで、大会にエントリーして。その間の自分というのはどういう感じでエントリーしていったんですか?

(DJ松永)DJのパブリックイメージで「スクラッチ」っていう……まあ田舎で、地元でDJやってるのって俺だけだったんですよ。ヒップホップを聞いているのも俺だけだったし。で、すごいみんなができなかったことだったから。みんな、俺がスクラッチをできることに「わあ!」って驚いてくれたりだとか、感心してくれたりしたので。なんか「DJが上手い」っていうのは自分のアイデンティティーなんだ、みたいになっていって。で、そのスクラッチ、DJの技術を極めに極めたところがこの自分がエントリーしたDMCっていうDJの大会だったんですよね。

もう本当にスクラッチが異常に上達した人っていうのは、スクラッチって本来はノイズじゃないですか。そのノイズでだけで数分間の演奏を成立させることができるんですけど。で、そういうのを「ターンテーブリズム」って言うんですよ。ターンテーブル上で奏でる音楽なんですけども。「そういうのがあるんだ。じゃあ、その全員、上手いやつが集まるところにエントリーして。そこで一番上手いってなったら、それこそ自分に自信が持てるし。自分の『DJが上手い』というアイデンティティーがより確立されるな」って思って。そこに進もうと思ったんですよね。

(木村拓哉)それで実際に取って。これは、いきなりスーパーサイヤ人になっちゃうね?

(DJ松永)フフフ(笑)。そうですね。

(木村拓哉)北海道大会でまず「あれ、俺、テクニックがついたかも?」ってなって。それで全国大会に出て、やってみたら「あれ? 俺、頭が金髪になってね?」っていう。

(DJ松永)「あれっ?」って。そうですね。はい。

(R-指定)で、たしかに日本を取って世界に行くまでの間にすごい、「なにが」とは言えないんですけど。その進化した感みたいな。それでポンポン……って行って。気づいたら、今まで普通にすごいDJだっていうのは大前提やったんですけど、今まで横にいたやつが次の日には世界一のやつになってるみたいな。あれはすごい変な感じでしたね。

(木村拓哉)まあ、今っぽく言うならば「サイヤ人」じゃなかったのかな? 今っぽく言うならば、1日にして「柱」になったような感じかな?

(R-指定)『鬼滅の刃』や(笑)。

(木村拓哉)そういう感じなのかな?

(R-指定)まあ、そうですね(笑)。

(DJ松永)でも、取るまでに結構時間はかかったんですけどね。最初にエントリーしたのが2009年とか10年とかだったので。そこから結構負け続けて、2019年に取ったんですよね。

(木村拓哉)世界大会を取るっていうのはは何が必要なんですか?

(DJ松永)これ、何だろうな?

(木村拓哉)だっていろんな……もちろんアメリカとかからも来ているだろうし、イギリス……地元ロンドンからもエントリーしていると思うし。どんな人たちだった? その世界大会にいた人たちって。

(DJ松永)もう本当に、それしかやってないような人たちですね。それだけ……「仙人」みたいな人たちの集まりなんですよ。やっぱりそのDMCというターンテーブリズムの大会の世界って技術が発展しすぎちゃっていて、音楽業界の中でもすごい異質な存在になってるんですよ。もうちょっと昔は音楽業界と近かったんですよ。だからターンテーブリズムを極めたら音楽業界でも認められるような存在だったんですけど、もうマニアックになりすぎて、誰にも理解されないような世界になってしまったから。

もうみんな、そのDMCの数分間のルーティン……演目のことを「ルーティン」って言ってるんですけど。ルーティンを作るために、1年間費やしてるんですよ。逆にそれ以外をやっていたら、その数分間のルーティンが作れないんですよ。だからDMCってもう音楽業界で売れるとか、有名になるとかじゃなくて。「DMCで勝つ」という発想しかない、本当に俗世間から離れた仙人みたいな人たちしか、ターンテーブリストにはなれなくて。

それで、それまでの日本2位という戦績は俺、不服だったですよ。これから一生、その不服な最終戦績を背負って生きていくのが俺、マジしんどくて。「いや、俺はもっと上手いんだ。どうだ!」っていう、そういう肩書きを持っていないと俺はもうダメだと思っていて。それが呪い、十字架みたいになっていて。その呪いを解くために、大会に出ないと……っていう使命になっていって。それで、2016年に2位になった翌年、2017年にも大会に出たんですけども。でも、その数分間の演目を1年でまた作るのって難しくて。

一度、自分の引き出しを全部開けることになるわけで、その次のはもうその焼き直しみたいなものになってしまって。似てるようなもの、劣化版みたいになってしまって。その2017年には順位をひとつ落として日本3位になってしまうんですよね。それでめちゃめちゃ落ち込んで、地元新潟にDJの師匠がいるんですけど。

(木村拓哉)師匠!

新潟の師匠・DJ CO-MAからの教え

(DJ松永)師匠。師匠は2006年の世界チャンピオンなんですけども。師匠のところに行って。もう結構ボロボロになった状態で相談しに行ったら「お前、もう5年ぐらいは大会に出るな。今、もう1回ルーティンを頑張って1年かけて無理やり作っても、お前の手癖でしか作れないし。審査員にお前の手癖はバレてるから、それだと順位を落としていく一方だ。1回、出るのはやめて、お前の積み上げたもの。正解みたいなものを1回まっさらにする。そんな何も考えない時間を設けろ。そしてかつ、自分のスキルの底上げに数年間、費やせ」って言われたんですよね。

(木村拓哉)すげえな、師匠!

(DJ松永)でも、まさしくそうだなと思って。それで1年間、大会には出ず。それでも、無理やり2019年に出てしまうんですけどね。もう、つらすぎて。最終戦績が3位っていうのが。でも、Creepy Nutsとしての活動は軌道に乗っているから、いろんなメディアに出て、プロフィールを紹介されるんですよね。そこで「DJ日本3位の松永さん」って言われるのがマジで恥ずかしく! 「いや、もっとできるはずなのに……」っていうのを思った状態で「日本3位」って言われるのがしんどすぎて。もう本当、具合が悪くなってくるんですよ。そんな呪いを解きたくて解きたくてしょうがなくて、半ば無理やり2019年の大会に出て、奇跡的に取ったっていうことが起きたんですよね。

(木村拓哉)でもそれを取れたから今、こうやって笑ってられるじゃない?

(DJ松永)いや、本当にそうです!

(木村拓哉)でもその師匠がすごいね。

(DJ松永)そうですね。本当にその人にいろいろ全部、教えてもらったんで。

(木村拓哉)その人は普段もDJをされてる人なんですか?

(DJ松永)いや、その人は……俺から見ても超天才なんですよ。本当に努力もした上に、元々持ちあわせたセンスみたいなものも素晴らしい人なんですけど、新潟で農家の息子なんですよ。

(木村拓哉)来てる!

(DJ松永)その人は魚沼産コシヒカリを作ってる人なんですよ。

(木村拓哉)マジ!?

(DJ松永)マジで。で、もう山奥で。俺はその人の家に行ってDJを習っていたんですけども。携帯の電波も入らないような家に住んでる人で。それでもう、農家の長男なんで、「農家をやらない」という選択肢がない人なんですよ。だから、もう泣く泣くその人はDJを隠居しているような状態なんですよ。

(木村拓哉)今はお米を作っている?

(DJ松永)お米を作っています。その人にずっと教えてもらって。その人も仙人みたいな人で。

(木村拓哉)へー! 話を聞いているだけだと、もうフォースを身につけるか否かみたいな感じだね。

(DJ松永)そうです、そうです。

(R-指定)でも、まじでDMCの人はそんな感じやんな?

(DJ松永)そういう領域というか。本当に……。

(木村拓哉)新潟にヨーダがいるんだね。

(DJ松永)ヨーダ、いますね。

(木村拓哉)うわっ、すごいなー! まあ、いろんな過去はあったけど、まあ笑えている。そして、生きているという。

(DJ松永)本当に、生きている。本当、そうですよ。

(木村拓哉)まあ、これからに向かって、Creepy Nutsの2人がいてくれていることに「ああ、よかった」って思うんですけども。毎回、ゲストの方に「人生の1曲」っていうのを伺っているんですけども。今週はR-指定さんの人生の1曲を伺いたいと思います。どの1曲になりますか?

(R-指定)そうですね。先ほどもお話しましたRHYMESTERというグループの『ザ・グレート・アマチュアリズム』という曲がありまして。これは「全然不良じゃない、僕みたいなやつがラップしていいのかな?」と思ってた中学生時代の自分に「いや、お前もラップしていいんだぞ!」っていう風にRHYMESTERが肩を押してくれた曲というか。その曲の中ではRHYMESTERほどのベテランで、すごい一線級のスターの人たちが「こちとら素人」って歌うんですよね。「ノイズだらけのアナログレコード 回れば本気モード しゃべくり倒すこちとら素人 気にしねトチろうと」っていう。その、間違えても気にしない。こちとら素人だからしゃべくり倒すぞ!っていう。

で、「スタイルはスレスレ非合法 ぐらいの逆転の思考法」っていう。これはまさしくヒップホップのことで。そのサンプリングの文化だったりとか、ちょっとヤンチャなやつらもおるようなこの文化。非合法ぐらいの逆転の思考法、逆転の発想こそがヒップホップのかっこよさなんだっていうことを言って。「偉大なるアマチュアど素人 止まらない初期衝動」ってサビが終わるですけど。

「偉大なるアマチュアど素人」って言えるのってものすごい素晴らしいなというか。この、「ホンマにヒップホップが大好きで、俺もかじってやってるんですよ!」みたいな。そこのやってる、夢を追っかけてるやつらさえも肯定してくれるというか。それで「止まらない初期衝動」っていう。だから「その初期衝動のまま、やっちゃえばいいんだ」っていうのを俺は言ってもらえた気がして。なので、うん。人生の1曲やなって思っていまして。

(木村拓哉)まさに、そんな感じですね。それがあったからこそ今、ここにいるという。

(R-指定)そうですね。

RHYMESTER『ザ・グレート・アマチュアリズム』

<書き起こしおわり>

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