町山智浩『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』を語る

町山智浩『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』を語る アフター6ジャンクション

町山智浩さんが2020年9月28日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』について、宇多丸さんと話していました。

(宇多丸)そして、じゃあ3つ目に行ってみましょう。3つ目、最新ドラマですね。

(町山智浩)はい。怪物よりも怖いのは差別。『ラヴクラフトカントリー』です。

(宇多丸)これもこの間、クトゥルー特集の時にちらりと言いましたけども。じゃあ改めて、熊崎くんから。

(熊崎風斗)はい。『ラヴクラフトカントリー』です。『ゲット・アウト』や『アス』などのジョーダン・ピール監督と『スター・ウォーズ』シークエルシリーズのJ・J・エイブラムスが製作総指揮を務めたドラマです。宇多丸さんからもありましたが、クトゥルー神話の始祖として世界中のファンからも愛されています作家H・P・ラヴクラフトの小説に登場するモンスターをモチーフにした怪物たちが日常に侵食していく恐怖を描いていきます。舞台は1950年代のアメリカ。失踪した父を探す黒人青年がその道中で人種差別という現実の恐怖とモンスターの襲撃という非現実的恐怖に対峙し、悪戦苦闘する様を描くSFファンタジーです。日本では10月24日からスターチャンネルEXにで配信が始まります。

(宇多丸)はい。僕は一足先に2話だけ見させていただくことができて。ちなみにアメリカでは今、何話ぐらいまで行っているんですか?

(町山智浩)6話ぐらいまで行っていますね。

(宇多丸)ということで、この間ちょっとクトゥルー特集の第2弾をやったんですけども。その時もちょっと触れたんですが。改めて町山さんからどういう作品なのかを……。

(町山智浩)はい。これ、主人公が黒人で、朝鮮戦争から帰ってきた英雄なんですけども。喧嘩は強いんだけれどもオタクっていう設定なんですね(笑)。で、SFオタクでSFの漫画とか怪獣物ばっかり読んでいて。現実とか怪獣物の区別がつかなくなってるっていう、まあの僕の友達っていうか……。

(宇多丸)フフフ、町山さんじゃないの?(笑)。

(町山智浩)まあ、俺みたいなんですけども。俺は喧嘩は強くはないんですが(笑)。で、彼が故郷に帰ってくるんですが、差別が酷いわけですよ。1955年っていうのは。そこで最初にバスに乗っているんですが、そこは白人席と黒人席が分かれていて。黒人席に座っている隣りのおばさんがローザ・パークスさんなんですよね。彼女はアメリカの黒人の人権運動のきっかけになったバスボイコット運動を最初にした人ですね。

(宇多丸)ああ、『ゲット・オン・ザ・バス』の。うんうん。

(町山智浩)あのおばさん、そうなんですよ。で、彼女がバスの白人席に座ったことで、そこからアメリカの黒人の平等を勝ち取るための運動が始まったんですが。まさにその始まりを舞台にしています。で、主人公はオタクなんで、H・P・ラヴクラフトが大好きなんですけれども。というのは、怪獣がいっぱい出てきますから。クトゥルーとかね。でも、ラヴクラフトというのはものすごい差別主義者だったんですよ。

(宇多丸)そうですね。はい。

差別主義者だったH・P・ラヴクラフト

(町山智浩)それは後になって分かってきたんですけども。彼が残した書簡とか詩の中に黒人を差別するひどい言葉がいっぱい書いてあって。特にその「ニガーの誕生」という詩があって。それは「白人を神様が作った後に動物を作って。その白人と動物の間に黒人を作ったんだ」という詩をラヴクラフトは書いているんですよ。

(宇多丸)うんうん。なんか彼のその陰謀論とか強迫観念のベースにそういう「自分が生きてきた世界が変わっちゃうんじゃないか。根本から歪められているんじゃないか」みたいな、そういう勝手な妄想というか強迫観念みたいなのがありますもんね。

(町山智浩)はい。だからその頃、まさに黒人が立ち上がろうとしていた時なんですけれども。そのラヴクラフトを恐れていたのは黒人が立ち上がることだったんですよ。

(宇多丸)その自分が見知った世界が変えられてしまう、みたいな。

(町山智浩)そうなんですよ。彼ら、黒人が人権を持ったり、ましてや白人と結婚して混血したりするのが恐ろしくてしょうがなくて。それを「怪物」という形で描いてたのがラヴクラフトのクトゥルー神話だったという風に今現在では読み解かれているんですね。それですごくアメリカ中のSFファンとかホラーファンが困ったのは、みんなラヴクラフトが大好きなんですよ。

大好きだけど、彼ら差別主義者だったことは事実だし。そこからクトゥルー神話が生まれたのも事実なんですね。その、ものすごく困っちゃう状況をどうやって解決したらいいかという風に悩んでるんですね。アメリカ中のSFファン……たぶん世界中上のSF、ホラー小説ファンがそうで。スティーヴン・キングなんかも悩んでいると思います。はい。で、主人はまさにそういう人なんですよ。

(宇多丸)まあ、だって黒人なんだもんね。

(町山智浩)黒人なんだもん。だけど、ものすごい差別的なやつの書いた小説が大好きなんですよ。

(宇多丸)差別から発した作品なんだけど、その作品自体は好きっていう。

(町山智浩)まあ、そういう問題っていっぱいあるじゃないですか。ラップも……。

(宇多丸)ラップもそうだし。いや、映画監督とかだっていっぱいいますよ。それは。

(町山智浩)いっぱいいますよね。あとからとんでもない人だってことがわかったっていう。

(宇多丸)ヒッチコックとか困ったもんですよ。それは。

(町山智浩)ヒッチコックのセクハラがバレたりしていますけども。その時にそれをどのようにしてファンは……じゃあ、否定すればいいのか? 「キャンセルカルチャー」って言われてるんですけども。「あいつは差別主義者だからもうダメ!」って完全に否定するのか。でも、我慢しながらそれを楽しむのか。という問題に対して、その答えを与えたのがこの『ラヴクラフトカントリー』っていう小説なんですね。これ、原作があるんですよ。

(宇多丸)はいはい。

(町山智浩)それはまさしく、そう言って悩んでる人を主人公にして。彼が戦っていくんですよ。その状況の中で。で、この話は「ラヴクラフトに書かれていた怪物とか陰謀とかが全部事実だった」っていう話なんですよ。その中で主人公はそれと戦うんですが、もっと恐ろしいものが現実のアメリカにはその当時、あるわけですよ。それは差別なんですね。それでこれね、主人公のおじさんがグリーンブックを作っている人っていう設定なんですよ。

(宇多丸)グリーンブックっていうのはまさ映画に出てきた、要するに当時差別が激しいアメリカで黒人が旅行する時に、安心して寄れる店とかホテルとかっていうのが書いてあるガイドブックですね。

そうなんです。その頃っていうのは黒人が入ると殺されるレストランとかホテルがいっぱいあったんですよ。アメリカ中に。でも、それは分からないんですよ。どこにもはっきり書いてないから。だからそれを全部ガイドにして売ってたのがグリーンブックなんですね。で、それを持たないと、黒人はうっかりそれを知らないで黒人お断りのレストランに入ったりするとリンチされたりするような時代で。

しかも、その頃リンチをする人たちっていうのはKKK(白人至上主義団体)のメンバーなんですが。KKKは消防署とか警察の中に大量に入っていたので。だから、あの『ウォッチメン』に出てくる白人至上主義者が警察内部にいるっていう描写は実際にあったことなんですよ。KKKのメンバーっていうのは白人警官の中に実際に多かったから。だから起訴をされなかったんですよ。

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(宇多丸)それとか、この間『ラグタイム』を見返したんですけども。あの中でも消防員たちに嫌がらせをされますもんね。

(町山智浩)そう。あれはなぜかっていうと、消防署の組合と警察の組合がKKKと一体化してたからです。今現在起こってることなんですよ。

(宇多丸)なるほど、なるほど。だからその構造がそのまま続いちゃっているっていうことでもあるんですね。

(町山智浩)そうです。50年代を描きながら、今の話でもある。過去の話でありながら、今の話なんですよ。

過去の話でありながら、今の話でもある

(宇多丸)途中でだからまさに「じゃあグリーンブックのを書き足しにもなるから、その旅するのについていくか」ってなったら、レストランに入って大変なことになっちゃうじゃないですか。

(町山智浩)大変なことになるんですよ。本当に殺されそうになるんですけど。殺されても死体も出なければ、犯人も捕まらないってのはその当時の状況だったんですよ。黒人が白人警官に殺されてもね。それとも戦わなきゃないっていう、両面作戦なんですよ。この『ラヴクラフトカントリー』っていうのは。怪獣も敵だし、白人も敵だし。

(宇多丸)しかも、実際に出てくるっていうか、モンスターたち……まだちょっと僕は途中までなので。ちょっとまだどういう風に転んでいくか、全く分からないから。いかにもジョーダン・ピールらしいっていうか。あのバケモンたちはさっき言っていたラヴクラフトが抱いてた、その差別意識からくる恐怖心みたいな。なんかもうそれの具現化っていうか。

(町山智浩)そう。ラヴクラフト自身みたいな人がそのラヴクラフトカントリーを仕切っているっていうね。黒人の人種的な台頭に対して対抗するための、まあ『ザ・ボーイズ』のストームフロントみたいな人ですよ。超能力の代わりに怪物を使うっていうね。だから全く、全部つながっているんですよ。現実とラヴクラフトと『ウォッチメン』と『ザ・ボーイズ』と。

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(宇多丸)でも今、『ラヴクラフトカントリー』っていうのをやるんだったら……っていうことで。やっぱり彼が差別的であったことに対してどう向かい合うかっていうのをやるべきだと思ったし。すごく納得っていう感じの方向性で。まだ2話しか見ていませんけども。さすがジョーダン・ピールっていうか。

(町山智浩)そうですね。ジョーダン・ピールはものすごくホラーオタクで。すごくオタクでオタクでしょうがないから、ラヴクラフトが大好きなはずなんですよ。

(宇多丸)でも、そのジレンマを作品に昇華していくっていうことですね。

<書き起こしおわり>

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