町山智浩さんが2025年4月8日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『異端者の家』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)今日はですね、すごいホラー映画で。『異端者の家』という映画をちょっと紹介したいんですね。これはヒュー・グラントという人が主演なんですが。ポスターのこのおじさんなんですが。この顔を見て、どうですか? 怖いでしょう? この人、実はアントニオ・バンデラスと同じ80年代のスターだったんですけど。爽やかな好青年役でラブストーリーにいっぱい出てた人なんですよ。
ヒュー・グラントが主演
ヒュー・グラントは今まででもっともダーク、「異端者の家」監督のインタビュー映像https://t.co/HP6lAa7bVV#異端者の家 pic.twitter.com/L9fcxcQXho
— 映画ナタリー (@eiga_natalie) April 8, 2025
(町山智浩)で、アントニオ・バンデラスは昔、80年代にセクシースターだったんですけど。『ベイビーガール』でダメなおっさん演じてましたが。で、ヒュー・グラントはかつて、爽やかな好青年だったのにものすごく気持ち悪いじいさんを演じてるんですよ。この『異端者の家』で。で、自分は同じ世代なんでね、非常にどっちの映画も衝撃でしたよ。もうね、町山くんもおじいちゃんになりましたと思いましたよ。本当に。でね、この『異端者の家』はアメリカで大ヒットしたんですが。
これはね、モルモン教の宣教師の若い女の子2人が各家庭を訪問するんですね。で、ドアをノックして「モルモン教に興味ありませんか?」とか聞いて回るんですけど、この変な気持ち悪いおっさんのヒュー・グラントに家に入れられて監禁されてしまうって話なんですよ。
これはね、あまりにもちょっと怖いんで。実際にそういうことをモルモン教はやっているんで。危険だからこの映画はもう許せないということで、ものすごく激しく批判してます。ただね、実際に映画を見るとちょっとモルモン教を批判していたり、からかっているような内容じゃないんですね。もっと非常に深い「宗教とは何か?」っていうことを描いている映画でした。
まず、基本的にモルモン教というものについて説明しないとならないんですが。これは正式名称じゃないんです。正式名称はですね、「末日聖徒イエス・キリスト教会」と言います。これはアメリカで始まったキリスト教の分派なんですけれども。モルモンというのは、その彼らが信じる聖書がありまして。モルモン書と言うんですが。それをまとめた人の名前がモルモンという名前なんで。外側からはモルモン教と言われてるんですが、彼ら自身は自分たちのことをモルモンとは呼びません。はい。
で、非常に厳しい戒律があるという風に言われていて。お酒とかコーヒーとかお茶とか、カフェインに入ってるものは飲まないとか。あと、よくからかわれるんですが、自分の体をいじったりしないような特殊な下着を着ているんですよ。で、非常に厳しいという風に言われているんですけれども。18歳から25歳ぐらいの間に宣教師を経験するんですね。モルモン教の人達って。で、これ、主人公の女の子2人はたぶん23、4なんですけど。2人でコロラドの住宅地を回ってモルモン教の宣教しているという話です。
で、ちょっと離れたところにある大きな家をトントントンってノックして……って思ったんですが。そこで暴風雨が来てですね、もうびしょびしょになっちゃうんですよ。で、ドアを開けたらこのヒュー・グラントおじさんが出てくるんですが。彼、笑顔は優しいんですよ。でね、「もう寝ちゃうから、うちに入りな」って言うんですよ。でも、モルモン教の宣教師はですね、非常に危険だからそういう時には絶対に入っちゃいけないっていう風に教えられてるんですよ。
特に女性がいない家には入っちゃいけないって言われてるんですよ。ただ、あまりにも嵐がひどいくて、もうびしょびしょだから家の中に入っちゃうんですね。で、ヒュー・グラントは「奥さんいるから、大丈夫だよ」って言われるんです。それで入っちゃうんですが、入ったらですね、なんとそこはモルモン教を論破する親父の家だったんですね。彼、待ち構えてたんですよ。モルモン教の宣教師が来るのを。
モルモン教を論破する親父
(町山智浩)で、もういきなりね、「モルモン教とか、そういうのを俺はものすごく勉強したんだ。こんなに擦り切れるほどモルモン書を読み込んだんだ」みたいな話になってきて。「ああ、そうなんですか。じゃあ正しい宗教、神の教えを求めてるんですね? モルモン教の始まりの教祖のスミスさんもそうでしたよ」っていう風に言うと、そこが罠なんですよ。モルモン教というのはね、スミスさん……ジョセフ・スミスという人がアメリカで始めたんですけど。いろんなキリスト教の教えを渡り歩いて勉強した結果、なぜかモルモン教というものを始めてしまうんですね。自分で。
で、ここでそのジョセフ・スミスという人が問題になって、モルモン教がアメリカで非常に迫害された理由というのがあって。その話をヒュー・グラントがするんですね。「一夫多妻、やってただろう?」って言うんですよ。君たちが。僕もね、実はモルモン教の総本山の方に正式に取材に行って。モルモン教の教団の中に入ったことあるんですけど。3日間、徹底的に彼らの話を聞いて、質疑応答とかをしていったんですが。一番問題なのは、一夫多妻なんですよ。
で、モルモン教が始まった頃は彼らは何十人もの奥さんを持っていたんですね。で、モルモン教側としてはそれはそういう神の教えがあって。「モルモン教の信徒を増やすため、子供をたくさん作るために奥さんをたくさん持てという神のお告げがあったんだ」っていう風に正式には答えてるんですよ。「でも、ある段階でそれが必要なくなって。ある程度、人数が増えたんで一夫多妻をやめたんだ」というのが正式な答えなんですけども。そういう答えをするとこのヒュー・グラントはですね、「それは嘘だろう?」って言うんですよ。「ジョセフ・スミスは若いメイドに手をつけて、それが奥さんにバレたから『神のお告げがあった』っていう言い訳をしただけだ」って言うんですよ。
で、とにかくすごく知っていて。モルモン教について詳しくて。モルモン教を論破しようとするんですよ。この2人を。で、ところが彼はそれだけじゃなくて。モルモン教だけじゃなくてですね、すべての宗教を論破し始めるんですよね。さっき、モルモン教っていうのはキリスト教を勉強した人が始めたって言ってるところから、「じゃあキリスト教のパクリなんだろう?」って言うんですよ。「ところが、君たちは知っているかね? キリスト教も所詮、ユダヤ教のパクリなんだよ」って言うんですよ。「イスラム教もやっぱりそうなんだ。みんな、ユダヤ教のパクリなんだ。それはバーガーキングみたいなもんだな」って言うんですよ。
「マクドナルドの真似をしてウィンディーズが出てきただろう?」みたいな話をするんですよ。そこがね、この映画の面白いところで。「なんの話をしてるんですか?」とかいう話になってくるんですけど。ここでね、この映画のその宣教師の役をやっている女性がいるんですが。その彼女、ソフィー・サッチャーが歌ったこの映画の主題歌をちょっと聞いてほしいんですが。『天国のドア』です。はい。
(町山智浩)これはこの間、紹介した『名もなき者』ですね。ボブ・ディランが72年にヒットさせた『天国のドア』のカバーなんですけど。マジー・スターという人の2005年のヒット曲『Fade Into You』というのをちょっとかけてもらえますか?
(町山智浩)これ、このマジー・スターが『Fade Into You』をヒットさせた時にすでに「ボブ・ディランの72年の『天国のドア』のパクリじゃないか?」って言われたんですよね。で、この映画の中ではこの主題歌をソフィー・サッチャーが『天国のドア』をマジー・スターの『Fade Into You』のアレンジで歌うっていうことをやってるんですよ。これ、いろんな歌っていうのはやっぱりみんな、影響されてパクリだったり、似てたりするんですよ。カルチャーってそういうもんなんですよ。
で、パクリだなんだって言っていても、そこには、たしかにキリスト教はユダヤ教からできたかもしれないけども。だからパクリじゃねえか?って言うのはちょっと違うんじゃないかって話なんですよ。ところが、このヒュー・グラントはそれでマウントをかけてくるわけです。「あれはあれのパクリだ、あれはあれのパクリだ」って。
で、ロックファンにはそういうやつがいっぱいいるんですよ! 俺はそういうやつです。僕自身を見た気持ちでしたよ。だから娘とかと曲を聞いていても「ああ、これは◯◯のパグじゃない?」とか言うんですよ。もう本当に娘に嫌われるんですけど。娘が大好きで聞いている曲とかを「あれ? これ、◯◯のパクリじゃない? そっくりだよ」とか言うと、本当にもうすごい嫌な顔をするんですけど。このマウント親父なんですよ。ロックオタクとか映画オタクにいっぱいいるんですよ。「あれ、◯◯のパクリじゃねえか?」っていう。それを宗教でもやってくるんですよ、このヒュー・グラントは。
ヒュー・グラントに自身の姿を投影する
(町山智浩)僕なんて、この塊みたいなもんですから。これで仕事してますから。映画評論とかね。「あれは◯◯の影響だ」って。でも、それがいかにいやらしいことかというね。本当に……恐怖映画でしたよ。ホラーでしたよ。
それで、この男が一体なんでそんなことをしているのか? モルモン教の人とか、女性を論破して……彼は自分の宗教を始めようとしてるんですよ。はっきり言うと、女の人を監禁して一夫多妻みたいなことをしようとしてるんですよ。このジジイは。地獄ような世界ですよ。これはこれはすごかった! だからどんな結末かっていうのは、言えないですけど。でも要するに「宗教って一体、何のためにあるのか?」というところに行くんですよ。本当に大事なものは宗教にとっては何なのか? 人はなんで祈るのか?と。深い映画でした。これはちょっとすごかったです。