町山智浩と宇多丸 ドラマ版『ウォッチメン』を語る

町山智浩と宇多丸 ドラマ版『ウォッチメン』を語る アフター6ジャンクション

町山智浩さんが2020年9月28日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。ドラマ版『ウォッチメン』が描く現代アメリカ社会について、宇多丸さんと話していました。

(宇多丸)今日の特集はエンタメは時代を映す鏡だ。トランプ政権とBlack Lives Matterのアメリカを映したドラマ特集ということで、映画評論家の町山智浩さんにトランプ政権、そしてBlack Lives Matterデモが盛り上がって……「盛り上がって」というのをさらに超えて、ちょっと大変なことになってるというお話、さっき伺いましたけど。現在の状況、影響が大きいドラマを通してアメリカの今というものを解説していただきます。町山さん、よろしくお願いします。

(町山智浩)よろしくお願いします。

(宇多丸)ではここから本編です。現代アメリカを映したドラマ、まず1本目はなんでしょうか?

(町山智浩)はい。フィクションが現実を動かした。ドラマ版『ウォッチメン』です。

(宇多丸)はい。『ウォッチメン』、この番組でもちょいちょい話題にしたりしていましたけども。改めてドラマ版『ウォッチメン』、どんな作品なのか。熊崎くんからご紹介をお願いします。

(熊崎風斗)アラン・ムーアの傑作グラフィックノベル『ウォッチメン』を原作としました全9話のテレビドラマです。舞台は原作の『ウォッチメン』から34年後です。架空の歴史をめぐり、ロバート・レッドフォードがアメリカ合衆国の大統領となっているアメリカです。かつて大虐殺が行われたオクラホマ州タルサでは第7騎兵隊と呼ばれる白人至上主義団体と、彼らに対抗する覆面の警察たちの戦いが激化しているという状況です。

そんな中、シスター・ナイトという名前でヒーロー活動をするアンジェラ・エイバー刑事は友人であり上司のジャッド・クロフォード署長の殺人事件を捜査していきます。先日、発表されました第72回プライムタイム・エミー賞ではリミテッドシリーズ作品賞やレジーナ・キングの主演女優賞など11部門で最多受賞を果たしました。日本では各種動画配信サービスにて配信中。さらにDVD・ブルーレイのコンプリートボックスも発売中です。

(宇多丸)ということで『ウォッチメン』。元のアラン・ムーアのグラフィックノベルのその後の世界というか。それを描いたわけですけど。まさにこれが今の世相をずばり反映した作品であると。この評価の高さももちろんそういう部分なんでしょうけど。

(町山智浩)そうですね。Black Lives Matterっていうのは実は2016年ぐらいからずっと続いているんですよ。映画で『フルートベール駅で』っていう作品がありましたよね。ライアン・クーグラーの。あの事件が一番最初で、さらにもっと前なんですよ。

で(町山智浩)、Black Lives Matterっていう名前が始まったのは2016年の大統領選あたりからなんですね。だからこれはそれと並行して作られた作品なんで。デイモン・リンデロフというこのクリエイターがもう全然原作と離れて、今のアメリカをスーパーヒーロー物の中に無理やりぶち込もうとしてて。ただこれ、そのまま反映しているんじゃなくて、全く裏返しに反映しているという。

(宇多丸)「裏返しに反映」?

現在のアメリカを裏返しに反映する

(町山智浩)だから一番冒頭のシーンが黒人警官が白人至上主義者に射殺されるところから始まるんですよ。でも、これ現実に起こってBlack Lives Matterの人たちが抗議しているのは、白人警官が黒人を殺すっていうことですよね。裏返っているんですよ。で、どうして裏返ってるかというと、1980年代にアメリカではレーガン政権ができて。レーガン大統領が保守回帰というのを始めたんですね。で、白人至上主義者の人たちは「レーガンに戻ろう」と言っていて。ところが、この『ウォッチメン』の世界だとレーガン政権がなかったことになっているんですよ。

(宇多丸)要するに、もっとその前から、ニクソン政権がもっと成功しちゃってる状態のパラレルワールドだからっていう?

(町山智浩)そうなんです。で、オジマンディアスというお金とすごい頭脳があるスーパーヒーローが……。

(宇多丸)まあ世界で最も能力が高い、人間の最上級みたいなやつが(笑)。

(町山智浩)そうそう。その彼がお金の力を使って俳優のロバート・レッドフォードを大統領にしちゃって。レーガン政権がなくて、保守回帰しないで、さらにリベラルな社会になっているという状態なんですね。

(宇多丸)そうか。ニクソンの後にレッドフォード大統領になって。しかも、そういうのがあってもおかしくなさそうだって思わせるあたりがレッドフォードですね。

(町山智浩)そうなんですよ。で、レッドフォードがずっと何期も大統領をやっていて。その間、ずっとアメリカにとってはやらなければならやらない宿題となっていた「黒人への賠償」までやり始めてるという状態なんですね。要するに、黒人たちを奴隷にしていたことに対する賠償というものをアメリカはまだしていないんですけど。

(宇多丸)今現在では空手形になってしまっている賠償を。

(町山智浩)そうです。で、じゃあそれで世の中はよくなってるかっていうと、そうじゃなくて。それでいられなくなった白人至上主義者の人たちが地下に潜って、そのネットワークを警察内部に作っていたっていうことがだんだん分かってくるんですよ。でもそれって今、アメリカで本当に起こっていることなんですよ。

(宇多丸)えっ! その「警察内部で……」っていうやつですか?

(町山智浩)警察内部に白人至上主義者がかなり入り込んでいて。そのワッペンとかをしているのが次々と発見されているんですよ。

(宇多丸)えっ? 秘密結社みたいな……要するに思想信条としてそっちに触れ気味とかそういう問題じゃなくて、もう結社化している?

(町山智浩)まあ「結社」とまではいっていないですけども。白人至上主義だったりトランプ大統領を支持したりする人たちが作っている独特のワッペンみたいなものがあるんですよね。そういうものを付けてる人がデモ隊鎮圧に参加してたりするのが発見されたり。

(宇多丸)なるほど。でもそれは気持ち悪いな。

(町山智浩)気持ち悪いですよ。ドイツなんかもすごく問題になっていて。ネオナチが軍隊とか警察の中に入ってるのが摘発されたりしてますけど。だからそのアメリカで今、Black Lives Matterの人たちが言っている「警察解体」っていう言葉があるんですね。「Refund the Police」っていうのは警察内部の組合が秘密結社化しちゃって。で、だから警察官が不祥事を起こしても起訴されないのはそのせいなんですよ。

(宇多丸)結構な、我々から見ても「えっ?」っていうようなことをやって。「これはさすがに罪に問われるだろう、やりすぎだろう」って思うようなやつも案外、軽い処分で……昔からそうですよね。ロドニー・キングの裁判とかもそうだけど。「あれ?」ってなってしまうのにははっきりとした理由がひとつあったということですかね?

(町山智浩)そうなんです。警察組合がものすごくお金のある巨大組織になっちゃっていて。警察官は給料からかならず、組合費を出すようになってますから。それで弁護士とかも雇って、次々と警察官を起訴できないような法案を通過させたりとかしてるんですよ。

(宇多丸)へー! 怖い。それこそ、ウォッチメンをウォッチする人がいなくなるような状態?

(町山智浩)そうそう! その通り! それ、俺が言おうとしていた……(笑)。

(宇多丸)フフフ、失礼こきました(笑)。でも『ウォッチメン』の話をしているからしょうがないよ。誰がウォッチメンを見張るのか?っていうね。

(町山智浩)そうそう。警察官っていうのはウォッチメンなんですけども。それを見張る人がいなくなってしまっているというのがアメリカの状況なんですよ。だからすごいドラマなんですね。

(宇多丸)で、元々の『ウォッチメン』が冷戦下だったのを今のすごくリアルな現在進行形の問題っていうところにちゃんと置き換えてやったというのが今回のドラマですもんね。

(町山智浩)そうですね。それでもうひとつはね、歴史からずっと抹殺されていた黒人虐殺事件を掘り起こしてるんですよ。この『ウォッチメン』は。ドラマの軸になってるのが1921年にオクラホマ州タルサで起こった黒人虐殺事件なんですね。これはそのタルサっていう開拓地の街で、要するに南部で奴隷だった黒人たちが解放されて、その人たちがそこに移り住んでビジネスをして大成功をして、お金持ちになったんですよ。それに対して嫉妬した白人たちがその黒人ビジネス街を襲撃して。火をつけて……これ、すごいのはこの『ウォッチメン』で初めて映像化して描かれるんですけども。マシンガンとかを使っているんですよ。

(宇多丸)ねえ。あと、飛行機から掃射したりしていましたよね。

(町山智浩)飛行機から爆弾を落として。それで街を全部焼き払って、それで死体も全部埋めちゃって。それでなかったことになっていたんですよ。その街自体が。

(宇多丸)ああ、完全隠蔽しちゃったんだ。でも結構な規模ですよね? その黒人のウォール街と言われていたグリーンウッドって。

(町山智浩)もう200人から300人殺されてるんですけど。ただ誰も裁かれてないんです。これをやった人たちは。

(宇多丸)これはアメリカ国内でもあんまり取り沙汰されてこなかった歴史ということですか?

隠蔽されたタルサ黒人虐殺事件

(町山智浩)そうなんです。もうひとつ、ローズウッド虐殺事件と並んで、これはもうアメリカの知られざる歴史だったんですけども。今回の『ウォッチメン』というドラマはまずそこから始まって、そこに帰っていくという。「白人至上主義者の黒人に対する暴力っていうのはもう今も続いているんだ」という話になっていて。で、これで知らなかった人たちはみんな初めて、そのタルサ大虐殺を知ったんですけども。それで6月に大規模な追悼が現地で行われるはずだったんですね。6月19日に。で、それにトランプ大統領はなんと自分の政治集会をぶつけてきたんですよ。

(宇多丸)よりによって……。

(町山智浩)トランプさんの政治集会っていうのはその地域の白人至上主義者がいっぱい集まるんですよ。

(宇多丸)もうさ、それが公然と……っていうのもすごい話だけど。

(町山智浩)それを黒人虐殺の追悼の日にぶつけてきたんですよ。

(宇多丸)それはトランプ側としては分かった上での嫌がらせチックなことなんでしょうか?

(町山智浩)トランプさんは「いや、知らなかった。ごめん」って言って翌日に延ばしたんですけども。

(宇多丸)翌日っていっても……。

(町山智浩)「翌日」っていうのもあれだし、「知らなかった」っていうのも問題で。あのね、「黒人のシークレットサービス、ボディガードに教えてもらった」って言ってましたよ。

(宇多丸)それ、すごいな……。まあ、でもね、「知らなかった、ごめん」って言って。それで実際にやったんですか?

(町山智浩)翌日にやりましたね。マスクなしで。それでタルサ市は「来ないでくれ」って言ったんですよ。なぜなら、トランプさんが集会をやると、マスクしない人が一斉に集まって来るから。

(宇多丸)ああ、そうか。新型コロナウイルスの感染が……嫌なGoToキャンペーンみたいになっちゃうから。だから「来ないで」って。

(町山智浩)「感染者が爆発するから来ないでくれ」って言ったんですけども、まあ集会をやって。それでトランプ大統領の支持者だった人がそこに来て、感染してなくなりましたね。ハーマン・ケインっていう実業家の人が。

(熊崎風斗)ええっ!

(町山智浩)すごいですよ。自分の支持者を感染させて殺しちゃったんですよ。トランプ大統領。ただね、この『ウォッチメン』のおかげでいろいろと、そのタルサのことが注目されただけじゃなくて、その埋められた人たちを発掘する作業がもう始まっています。

(宇多丸)そうか。やっぱりそういうところから出てきたりするんですか?

(町山智浩)出てきてますね。で、もちろんその遺族の人たちに賠償するというのもずっとタルサ市が続けてるんですよ。これ、『ウォッチメン』の中にも出てきますよね。遺族の人に賠償をする制度が。だからそういう形で現実を動かしているドラマが『ウォッチメン』ですね。

(宇多丸)改めて注目されるようになったっていうことですもんね。これね。

(町山智浩)そうです。

(宇多丸)ということで『ウォッチメン』、普通に見ても面白い作品でしたけど、やっぱりそういう裏付けがあるということですね。

(町山智浩)はい。リアルタイムでアメリカが起こっていることをドラマは映画よりも早く反映していて。映画って3年から4年ぐらいかかるんですよ。企画から公開まで。配給というものがあるので。ただ、ドラマだと結構作ってすぐに出せる。すぐ出しっていうのができるんで、早いんですよ。

(宇多丸)あと、やっぱり(ケーブルテレビ局)HBOのドラマってすごいっすよね。なんかね、本当に。テーマといい、攻め方といい。『チェルノブイリ』とかも本当にすごいなと思ったけど。ということで『ウォッチメン』を推していただきました。これ、日本でもソフトとかでも全然見られるので。いろんな形で見てください。

<書き起こしおわり>

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