高橋芳朗と宇多丸 Cardi B『WAP』論争を語る

DJ YANATAKE Cardi B『WAP feat. Megan Thee Stallion』を語る アフター6ジャンクション

高橋芳朗さんが2020年9月22日放送のTBSラジオ『アフター6ジャンクション』に出演。カーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンのコラボ曲『WAP』が全米に巻き起こした論争について宇多丸さんと話していました。

(宇多丸)ということで、先ほども名前が出ていました。ラッパー、カーディ・Bの新曲『WAP feat. ミーガン・ジー・スタリオン』。これが物議を醸している話なんですけども。まず、カーディ・B……。

(高橋芳朗)改めて紹介しますと、カーディ・Bはストリッパーからラッパーになり上がったという異色のキャリアを持っていて。ニューヨーク出身の移民二世なんですね。お父さんがドミニカ共和国出身。お母さんがトリニダード・トバゴ出身。今、27歳です。

(宇多丸)ブロンクス出身ですね。

(宇垣美里)えっ、そんなに若かったんですか? もっと……貫禄が。

(高橋芳朗)貫禄がすごいですからね。で、2017年にメジャーデビューして、もう女性ラッパーとして数々の新記録を打ち立てていて。アメリカのTIME誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたこともあったりします。で、共演しているミーガン・ジー・スタリオン。彼女はテキサス出身の25歳。去年ブレイクして、今年ビヨンセとコラボした『Savage』という曲で初の全米1位を獲得しています。

(高橋芳朗)今、最も勢いに乗っている女性ラッパーの1人と言っていいと思うんですけど。彼女が面白いのはテキサスの大学で医療経営学を学ぶ現役の学生でもあるんですよ。

(宇垣美里)ああ、大学生?

(高橋芳朗)そうそう。あと、日本のアニメが好きみたいで。宇垣さん、『僕のヒーローアカデミア』ってご存知ですか?

(宇垣美里)もちろん、もちろん。すごいアメリカで人気なんですよね。『僕のヒーローアカデミア』って。

(高橋芳朗)ああ、そうなんですね。それの轟焦凍のコスプレをして……。

(宇垣美里)ああ、いいですね。いいですね。すごくいいです。すごくいいですね、焦凍くん(笑)。

(高橋芳朗)それで日本のネットニュースでも話題になっていたりしました。

(高橋芳朗)で、今回紹介するそのカーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンのコラボ曲の『WAP』は8月7日にリリースされて8月22日付の全米チャートで初登場1位。リリース初週のストリーミング数が9300万再生で、これは去年のアリアナ・グランデが『7 rings』で記録した8530万再生を上回る新記録。で、その翌週も連続で1位になったんですけど、9月5日付のチャートでBTSの『Dynamite』に一旦首位を奪われます。

(宇多丸)あれもすごい快挙ですよね。

(高橋芳朗)で、BTSが2週連続で1位になるんですけど、その後に9月19日付のチャートで1位に返り咲いて。今週、今日発表になった全米チャートでも引き続き1位です。もう強いですね。返り咲いて2週連続1位は強いですね。

(宇多丸)なんだ……(笑)。

(宇垣美里)その瞬間にパン!っていうんじゃなくて、ずっと人気なんですね。びっくりしちゃった。

(高橋芳朗)でもそれはね、この論争によるところもあるのかもしれないですね。

(宇垣美里)ああ、「話題になっているから聞いてみよう」みたいな。たしかに。禁止されればされるだけ聞きたくなりますし。

(宇多丸)もともとね、そういうお騒がせ娘っていうかね、そういうところもね、炎上上等で盛り上がってきたっていうところもあるからね。

(高橋芳朗)でも、もうこの論争が政治論争にまで発展しているんですよね。

(宇多丸)ほうほう。これはやっぱりご時世も関係ありますか?

(高橋芳朗)そうですね。で、なんでこんな論争が巻き起こっているのか?っていうと、カーディ・Bの所属してるレーベルのアトランティックレコードがもうリリースを怖気づいたほどに歌詞が過激という……。

(宇多丸)どの方向で過激かっていうと?

(高橋芳朗)性的に過激。性描写が過激っていうことですね。

(宇多丸)シモネタです。

(高橋芳朗)そうそう。カーディ・Bが言っていて、これは本当かどうか分からないですけど。アトランティック側がね、「他の曲に差し替えるわけにはいきませんか?」って打診してきたそうですよ(笑)。で、カーディ・Bも「ミーガン・ジー・スタリオンが結構ヤバい歌詞を書いてくるんじゃないか?」って結構心配していたらしいですね。

(宇多丸)「あいつ、やりすぎねえかな?」って?(笑)。よくまあ自分で……。

(高橋芳朗)それでまあ、全編かなり露骨な性描写が繰り広げられているんですけど。タイトルの『WAP』が何を意味してるか? 「W」は「Wet(濡れる)」。「A」は「Ass(お尻)。「P」はこれ、英語では言えないんですけども。女性器を表す単語(「P*ssy」)ですね。つまり「Wet Ass P****」の略で「WAP」という。まあ、超過激な……。

(宇垣美里)がっつりじゃん!っていう。

(高橋芳朗)まあ、そういうことになるんですけども。まあ、ちょっと詳しい話をする前にまず曲を聞いてもらいましょう。ラジオ用にクリーンバージョンにしておきました。もし、そういう環境がある方はミュージックビデオとあわせて見ていただくとより、曲の世界観への理解が深まると思いますので。そちらと合わせての鑑賞をおすすめします。カーディ・Bで『WAP feat. ミーガン・ジー・スタリオン』です。

Cardi B『WAP feat. Megan Thee Stallion』

(高橋芳朗)はい。カーディ・Bで『WAP feat. ミーガン・ジー・スタリオン』を聞いていただいております。

(宇多丸)ボケッと聞いてると「言ってるじゃねえか!」みたいな感じがするけども(笑)。

(宇垣美里)びっくりしちゃった(笑)。

(高橋芳朗)一応、言い換えているっていうね。これ、日本のワーナーミュージックが作った歌詞対訳つきのミュージックビデオがYouTubeにあがっているんですけども。もうほとんど伏せ字になっていて何を言っているのかがわからないようになっているんですよ(笑)。そこがまた面白いんですけども。

(宇多丸)うんうん。

(高橋芳朗)で、この歌詞をめぐってどんな論争が起こってるのか?っていうと、まず否定派は当然「歌詞が下品すぎる。こんなわいせつな歌詞を歌うなんて言語道断である」という風に言ってるんですね。で、肯定派は「いや、これはフェミニズムであり、女性のエンパワーメントなんだ」という風な意見が出てるんですね。ちょっと補足をすると、カーディ・Bはこの曲の中で「私のWAPに全てを捧げなさい。私は料理も掃除もしない。それでもどうやってこの富を手に入れたのか教えてあげる」みたいにラップをしているんですね。

で、ミーガン・ジー・スタリオンの歌詞を見てみると「私のWAPがほしいなら、私の大学の授業料を支払ってね」みたいなことをラップしてたりするんですけど。要は、この曲は女性が主体的にセックスを楽しむことを主張している、まあセックスポジティブというか。性的開放についての曲であり、ひいては「この体は私自身の所有物であって、男のものでも、他の誰のものでもない」っていう。そういう主張するフェミニズムなんだっていう、そういう意見が出てるんですね。で、この論争の経緯を追っていくと、まず最初は音楽業界から始まったんですよ。

ラップグループのグッディー・モブのメンバーのシーロー・グリーン。全米ナンバーワンヒットも放ったことがあるような有名なラッパーですけども。彼がこの歌詞を批判したんですね。こんなこと言ってたんですけども。「今の音楽はモラル的に失望させられるものばかりだ。アダルトコンテンツはもっと場をわきまえるべき。カーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンが自立した女性像や女性の立場から性表現を打ち出そとしていることはよく理解しているつもりだが、ここまでやる必要があるだろうか?」っていう風に疑問を呈したんですね。

で、このシーローの批判に対して今度はカーディ・Bとかミーガン・ジー・スタリオンと共演したことがあるシティガールズっていう女性ラップデュオが反論をしたんですね。で、まずメンバーのJTがこんなことを言っています。「今、男たちは女性たちが主導権を握り始めていることに恐怖を感じているのだと思う。昔はヒット曲を生み出すためには男と一緒に曲を作らなければならなかったけれども、今は女性だけでそれが可能になった。私たちはただ自分たちの体やセックスのことについて話してるだけなのに、何をそんなに恐れているのだろう?」と。

で、もう1人の片割れのヤング・マイアミっていうメンバーはこんなことを話しています。「女性ラッパーがセックスを歌うことに対して批判する連中にはただ「黙れ!」と言いたい。男性ラッパーは何十年も前からそういうことをラップしてきたくせに、いざ私たちがセックスについて語り始めたらなぜ、それが問題になるのだろう?」という風に反論をしているんですね。まあ、「男たちは保守的な価値観をもっとアップデートするべきだ」みたいなことを主張してるわけなんですけど。

で、このシティガールズの声を受けてシーローは後で謝罪をしているんですけどね。で、これは本当にもうシティーガールズの指摘通りなんですよ。男性ラッパーの過激な性表現とか、女性蔑視にあたるような性表現っていうのはこれまでにさんざん行われて。かつ、それが容認されてきたんですね。で、この件については以前にアリアナ・グランデも同じ指摘をしていて。

2015年に彼女がインスタグラムに投稿したメッセージを一部紹介しますと……「女が『セックスを好きだ』と言うとあばずれ扱いをされるのに、男の場合は『ボスだ、キングだ、色男だ』とはやし立てられる。女がセックスに対しておおっぴらに語ると辱めを受けるように、男が女性を『ビッチだ、売女だ』とラップすると称賛される。こういうダブルスタンダードとミソジニーは一向になくなることがない」っていう風に言ってるんですね。

(宇多丸)はい。

ラップのミソジニー的構図を逆手に取る曲

(高橋芳朗)で、実はこの『WAP』っていう曲はそういうラップミュージックにおけるそのミソジニーみたいな構図を逆手にとったようなところがあって。この曲で「Ho in this house♪」っていう男性の声がイントロでループされているんですけども。これね、Frank Skiの『Whores in This House』っていう1992年のエレクトロヒップホップ系の曲のサンプリングになるんですね。

(宇多丸)うんうん。

(高橋芳朗)で、タイトルを直訳すると「この家には売春婦(あばずれ)がいるぜ」みたいなそういう意味になるんですけども。つまり、この『WAP』という曲は男が作った昔ながらの女性蔑視的な価値観にあえて乗っかっていったっていう……。

(宇垣美里)「だから何?」みたいな。

(高橋芳朗)そうそう。確信犯的な作りの曲と受け取れると。「君たちが歌ってきた通りの女を演じているのに、なんでそんなに怒っているの?」っていう。そういう風にも受け取れるんですね。

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