(高橋芳朗)で、この『WAP』と同じ構造を持ったような曲がカーディ・Bと同じようにセックスポジティブな曲をたくさん作っている女性ラッパーのニッキー・ミナージュの『Anaconda』っていう曲なんですね。ちょっとかけてもらえますか?
(高橋芳朗)これは2014年に全米チャートで最高2位になった大ヒット曲なんですけども。この曲は「私の大きなお尻って魅力的でしょ?」みたいな感じで歌っている、自分の体の美しさを称える歌なんですけど。この曲もね、リリース当時に「下品極まりない曲だ」ってさんざん批判されたんですね。で、ここでも同じように男性ラッパーが過激な性表現を行なった曲をあえてサンプリングしてるんですよ。
(宇多丸)これ、サー・ミックス・ア・ロットだよね?
(高橋芳朗)そうです。まさに。サー・ミックス・ア・ロットの1992年の全米ナンバーワンヒットの『Baby Got Back』っていう曲から「俺のアナコンダはいいケツの女にしか見向きしない」っていう歌詞をサビで引用して繰り返し使っているから。
(宇多丸)じゃあ、完全に似ているね。今回のとね。
(高橋芳朗)そうそう。構造的にはすごい似ていますね。
(宇多丸)ニッキー・ミナージュとカーディ・Bは非常に険悪な仲ですが……(笑)。
(宇垣美里)フフフ、そのイメージがすごくありますけども(笑)。
(高橋芳朗)で、さっきも言った通り、このニッキー・ミナージュの『Anaconda』がリリースされた時もその歌詞をめぐって賛否両論が巻き起こったんですけども。今回の『WAP』が『Anaconda』の時と異なっているのは、さっきも言った通り大統領線を目前にしたアメリカの中で、ちょっと政治論争にまで発展をしているんですよね。これ、なぜか?っていうとカーディ・Bは熱心な民主党支持者で、民主党大統領候補のジョー・バイデンだったり、あとはバーニー・サンダースなんかとたびたび対談を行ったりしているんですね。これはYouTubeを検索すればすぐに出てくるんですけども。
(高橋芳朗)で、共和党側としては、ただでさえ、そのカーディ・Bが主張しているようなことは気に入らないわけですよ。まあ、彼らとしては貞操観念に関しては保守的で。それで従順な女性像を理想としているから。で、そこに来て彼女がライバルの民主党のサポーターを務めているとなると、これは格好の攻撃対象になるんですね。
共和党の民主党への格好の攻撃材料に
「民主党はこんな下品なラップをしている女性をサポーターに使ってるんですよ」っていう主張ですよね。で、共和党の主な『WAP』批判、カーディ・B批判としては、まずはカリフォルニア州の下院議員に立候補しているジェームズ・P・ブラッドリー。この人は自分のTwitterにこんなことを投稿していました。「こんな下品な曲を偶然にも聞いてしまいましたが、自分の耳に聖水を注ぎたくなる気持ちです」という。
(宇垣美里)なにを言うてんのよ(笑)。
(高橋芳朗)フハハハハハハハハッ! 「神や強い父親の存在なしに子供が育てられるとこういう事態が起こるのです」っていう。
(宇垣美里)ああ、つらい。今の、つらい……。
(高橋芳朗)「これが女性のロールモデルになるのであれば、彼女たちの将来を不安に思います」と投稿したんですね。
Cardi B & Megan Thee Stallion are what happens when children are raised without God and without a strong father figure. Their new "song" The #WAP (which i heard accidentally) made me want to pour holy water in my ears and I feel sorry for future girls if this is their role model!
— James P. Bradley (@BradleyCongress) August 7, 2020
(宇垣美里)非常に保守的な思想、宗教観を持っている方なんですね。
(宇多丸)もう何も隠そうとしていないっていう。
(高橋芳朗)もう1人、これは共和党員として出馬したこともある保守派の政治評論家ディアナ・ロレインという人。彼女もTwitterにこんな投稿しています。「カーディ・Bとミーガン・ジー・スタリオンのこの下品な曲によって女性の地位は100年後退しました。覚えておいてください。バーニー・サンダースは自身の政治キャンペーンにカーディ・Bを起用しました。ジョー・バイデンによって副大統領候補に選出されたカマラ・ハリスはカーディを『ロールモデル』と称えました。民主党はこの堕落した女性を支持しているのです」とTwitterに投稿しています。
Remember, Bernie Sanders campaigned with Cardi B.
Kamala Harris called her a role model.
The Democrats support this trash and depravity!
— DeAnna Lorraine ?? (@DeAnna4Congress) August 7, 2020
(高橋芳朗)で、このディアナ・ロレインっていう人はさんざんカーディ・Bに攻撃を行っていて。その後にファーストレディのメラニア・トランプ大統領夫人がホワイトハウスでスピーチを行なった時に、それを受けてこんなツイートを投稿してるですね。「アメリカにはメラニア・トランプのような女性がもっと必要なのです。逆にカーディ・Bのような女性はもっと少ない方がいいでしょう」っていう。
(宇垣美里)すごいことを言いますね。
(高橋芳朗)で、二度目はさすがにカーディ・Bも黙っていない。彼女も反撃に出るんですね。どんな反撃をしたのか?っていうと、「たしかメラニア・トランプって昔、自分のWAPを使って商売してたよね?」って書いてメラニア・トランプ大統領夫人のヌード写真を投稿したんですよ。もう、すごいやりとりで。この2人の応酬はいまだに、カーディ・BのTwitterを見れば全然確認できるんですけども。
で、民主党側のリアクションも紹介すると、結構大きなニュースになったのはニューヨークの下院議員のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスっていう方にまつわるエピソードで。彼女は2018年に29歳で……当時、史上最年少の女性下院議員になった方ですね。ヒスパニック系の女性なんですけれども。彼女がカーディ・Bのデビューヒット曲、全米1位になった『Bodak Yellow』っていう曲に合わせて踊る動画を投稿したんですね。そしたらカーディ・Bがそれにリアクションして。
「あなたは35歳になったら大統領選に立候補すべきだよ(大統領選に出馬できる資格を取ったら、絶対立候補した方がいいよ)」っていう風にリアクションしたですね。そしたらそのオカシオ・コルテスがまたカーディ・Bに返信したんですけども。それが『WAP』の頭文字を取って「Woman Against Patriarchy」って書いたんですね。直訳すると「家父長制と戦う女性」っていう。「男性優位の社会と戦う女性」みたいな意味になるのかな? つまり、彼女は「WAPはフェミニズムであり、カーディは女性の地位向上のために戦っているのだ」っていう風にTwitterで投稿し、主張したんですね。
Women Against Patriarchy (WAP) 2020 ?
— Alexandria Ocasio-Cortez (@AOC) August 15, 2020
(高橋芳朗)で、この一件を受けて2024年の民主党の大統領候補はカマラ・ハリスとこのオカシオ・コルテスがいいんじゃないか?っていう風な話も今、浮上してきているんですけどね。で、この論争の勢いからしても、まだまだ『WAP』のナンバーワン記録は続くんじゃないかなっていう感じですね。
(宇多丸)そうか。そういう勢いもあるんだな。なるほどね。しかし、さっきのもう論争というよりもさ、もう立場の違いそのものが……もう隠しもしないっていうか。「保守的ですよ、家父長制のなにがいけないんですか?」とか。
(宇垣美里)「女性はついてくればいいのよ」みたいな。
(宇多丸)「昔ながらの女性像、なにがいけないんですか?」っていうね。だからもう、論争じゃないよね。噛み合うわけないじゃん。価値観がもうそもそも……。
(高橋芳朗)しかも、はっきり言ってこれはもう過激な性描写に怒っているわけじゃないよね。
(宇垣美里)そうですね。きっかけにしているだけですから。
(高橋芳朗)もう人種的な話とか経済的な話とかも絡んできてる話だなっていう気がしますけどね。
(宇垣美里)ある意味、そこに入っちゃったっていうか、標的になっちゃったみたいな。
(宇多丸)だってさ、今、こういう文脈で語るとね、「すごい!」って感じになるけども。『WAP』、ちゃんと皆さん、歌詞を……(笑)。これ、褒めも半分ですけど、結構しょうもないからね?(笑)。でも、そのラップならではのさ、言葉遊びも込みながらの、でも「I don’t cook, I don’t clean」みたいなところ、ピリッとしたところも入れながら気の利いたことを言っていくっていう、もう全然それはヒップホップの本分だし。
WAP / Cardi B 歌詞https://t.co/pcjLPoKBxN
— みやーんZZ (@miyearnzz) September 24, 2020
(宇多丸)あと、女性ラッパーがこういう曲を……今までもさ、要するにニッキー・ミナージュもそうだし、過去の歴史でもフィメールラッパーがね、そういう自分をエンパワーメントするようなラッパーっていたし。
(高橋芳朗)リル・キムとかフォクシー・ブラウンとか。
(宇多丸)それもそうだし、古くはソルト・ン・ペパとかMCライトとかクイーン・ラティファとかがいたわけで。で、「それが1位になる時代か!」っていう。
(高橋芳朗)そうね。1位になるっていうのがデカいね。
(宇多丸)だから今までもそのわいせつな歌詞とかが問題になったりっていうのはあるけども。それが1位だっていう。
(高橋芳朗)しかもそれが大統領選ともリンクしちゃっているっていう。
(宇多丸)だからかつてはサブジャンルのあれだったのが、もう本当にど真ん中の象徴として扱われているっていうことをすごく感慨深く感じますね。これはね。
(高橋芳朗)で、これカーディ・B自身は「大きな反響があることは予想したけど、保守派の人たちまでこの曲に夢中になるとは思わなかった」っていうね(笑)。
(宇垣美里)イヤミ(笑)。最高!
(宇多丸)「お前ら、聞きすぎ!」っていうね(笑)。「ちょっとお前ら、聞きすぎだぞ?」っていうね(笑)。
(高橋芳朗)だから彼女は「全然怒る気にはならない。むしろハッピーなぐらいで、みんなもっとこの話題で議論が盛り上がったら嬉しいです」っていう風にコメントしているんですね。
(宇垣美里)お互いの違いがよく見えますかね。
(高橋芳朗)で、ある意味カーディの望み通り、今は結構海外の音楽サイトでこの『WAP』を切り口にした黒人女性アーティストによる性的解放を題材にした曲の歴史を辿る特集とかが結構組まれているんですよね。
(宇多丸)そうだよね。いきなり出てきたわけじゃないもんな。
(高橋芳朗)で、人気音楽サイトのOkayplayerっていうところがあるんですけども。ここでは「Before WAP: The Evolution of Sex Anthems by Female Rappers」っていう。「WAP以前 女性ラッパーによるセックスアンセムの進化」っていう特集を組んでいるんですけども。その起源のひとつとして挙げられているのがさっき宇多丸さんも言っていた女性ラップグループのソルト・ン・ペパの『Let’s Talk About Sex』という曲になります。これは1991年の曲で当時全米チャートで13位になっているヒット曲なんですけど。ソルト・ン・ペパって宇垣さんもご覧になった『ブックスマート』でもかかっています。トリップするシーンで……(笑)。
(宇多丸)トリップするシーンで『Push It』という曲が……(笑)。
(高橋芳朗)で、女性ラッパーとしてはじめてグラミー賞を受賞したパイオニア的な存在なんですけども。まさにこの曲はそのセックスポジティブテーマソング的内容で。歌詞はこんな内容になっています。「今こそセックスについて話し合おう。興味本位じゃダメ。肝心なところを避けたりしないで。嫌ならラジオを止めても構わないけど、それで私たちが黙ると思ったら大間違いだよ」みたいな感じなんですけども。
他にもですね、「この曲、ヤバくてラジオでかけてもらえないかな?」みたいな歌詞とかもあったりするんですよ。「論争になっちゃうかもしれないね」みたいな。30年前の曲なので。当然はたしかにでも、結構びっくりしましたよね。『Let’s Talk About Sex』ね。覚えてますよね、やっぱりね。
(宇多丸)まあ、だから今の感覚と……だから「ああ、そうだよね」っていうか。まあ91年のことだから。「ああ、そうか。この曲はそういう意味、位置づけだよね」っていう感じで。今、聞いていて「ああ、そうか」と思いました。
(高橋芳朗)で、この曲は当時、すごい評価されて。エイズキャンペーンにも使われたんですね。『Let’s Talk About Aids』っていう風にタイトルを改めたりしてね。じゃあ、ちょっとその曲を聞いてください。ソルト・ン・ペパで『Let’s Talk About Sex』です。
Salt-N-Pepa『Let’s Talk About Sex』
(高橋芳朗)ソルト・ン・ペパで『Let’s Talk About Sex』。1991年のヒット曲を聞いていただいております。1991年って結構ターニングポイントになっていて。安室奈美恵さんとも共演したことがあるR&BトリオのTLCがデビューした年なんですね。で、彼女たちのデビュー曲の『Ain’t 2 Proud 2 Beg』っていう曲があるんですけども。その曲中でメンバーのラップ担当のレフト・アイという女性が結構踏み込んだ性描写、性表現をしていたりもするんですよ。
(宇多丸)TLCはしかも最初からすごくさ、コンドームをこうやっていたりさ。
(高橋芳朗)眼帯代わりにコンドームをつけたりしていましたよね。
(宇多丸)すごく性的なコントロールだったりとかさ。そういうことを堂々と歌うみたいなことを最初からやっていたもんね。そうかそうか。いろいろと節目になった90年代初頭ということで。
(高橋芳朗)そうですね。で、最後に付け加えると、今年はね、女性ラッパーの曲や女性ラッパーが関与した曲が全米チャートで4曲も1位になっているんですよ。
(宇多丸)というか、なんか全体としては全然もうね、女の人のラッパーの方がね。
(高橋芳朗)これは結構画期的な年になったなっていう感じがしますかね。今までは女性ラッパーの曲がヒットするだけでも結構珍しいみたいなところもあったので。あと、カーディ・Bはこの後にニューアルバムも控えてるんですね。で、たぶん大統領選とかを視野に入れたアクションもあるのかな、なんていう気もするし。
(宇多丸)というか、もう意図しなくてもそこに置かれるアルバムに……意図していたとしても、その意図以上にというか。まあ『WAP』も然り。「みんな、聞きすぎ」っていう(笑)。
(高橋芳朗)「さーて、どんなことを歌っているかな?」って腕まくりしているみたいな(笑)。
(宇多丸)でもまあ、本当にすごい面白い立ち位置だね。
(高橋芳朗)カーディ・B自身、絶対に強烈なのを仕込んでくると思いますんで。それはちょっと楽しみだなと。
(宇多丸)それがさ、カーディみたいに暴れん坊タイプっていうかさ。いわゆる昔のラッパーで……だからさっき挙げた中で言うとさ、ラティファとかさ。ああいう、意識高い系のラップをしそうな感じの人がやるんじゃなくて。もう最初から暴れん坊タイプがやるっていうところがね。
(高橋芳朗)フフフ、彼女もでもクレバーですよね。
(宇多丸)うん。本当だね。思った以上にそこはね。
<書き起こしおわり>
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