ハライチ岩井『ピカルの定理』がつらかった話

ハライチ岩井『ピカルの定理』がつらかった話 TBSラジオ

ハライチ岩井さんが2020年8月30日放送のTBSラジオ『新米記者・松本穂香です。』に出演。松本穂香さんと『ピカルの定理』がつらかった話をしていました。

(松本穂香)(一問一答を終えて)いろいろね、気になる回答があるので、ちょっと深掘りしていきたいと思うのですが……私がちょっと気になったのは「つらかった仕事」。コント番組だったっていう。

(岩井勇気)コント番組、フジテレビの『ピカルの定理』っていうのを何年間かやっていたんですけど。知ってますか?

(松本穂香)もうがっつり。高校への時かな? がっつり見させてもらっていました。

(岩井勇気)一応、ゴールデンにも行ったんだけど。あの時は俺、全然楽しくなかったんだよね(笑)。

(松本穂香)ああ、楽しくなかった?(笑)。

やっていて全然楽しくなかった

(岩井勇気)俺たちってコントやっていないし。漫才の芸人だから。コントはそんなにやったことなかったし。もう本当にメインを張っているのが平成ノブシコブシっていう先輩とはピースっていう先輩だったんで。俺らは本当に一番下だったから。で、一番下の芸人って、やっぱり明るいやつとかがかわいがられたりするじゃないですか。で、俺はそういうタイプでもないし。そうなると相方の澤部が結構フィーチャーされていって。俺はもう全然コントとか出てなくて。

(松本穂香)たしかに(笑)。

(岩井勇気)「たしかに」(笑)。俺、イメージないでしょう?

(松本穂香)正直に言うと、「あれ? 『ピカル』って岩井さん、いたっけ?」っていう(笑)。

(岩井勇気)そうでしょう? すげえ悲しいことだけどさ。本当に出ていたコントはほとんどない。端役みたいなので出てたし。メインのコントもそこまで……だからほとんどなかったかな? だし、1回なんかね、過激な演出で柱にガムテープでくくりつけられるみたいな演出があったんだよ。それが「ちょっと過激すぎる」って最終的にオンエアーではCGで消されていたことがあって(笑)。

(松本穂香)フフフ、意味がわかんないですね、それは。

(岩井勇気)俺は本当にムカついてたな。あと、なんか大晦日から正月にかけての年越しの放送があったんだけど。3時間ぐらいやったのかな? で、「『ピカルの定理』でやります!」みたいになった時に、あのね、ピアノの企画があって。「岩井にちょっとピアノをやろそう」って。それで俺、10何年ぐらいずっとピアノをやっていたから。それで「『トルコ行進曲』を今からやって。練習して。番組の終わりまでに弾けるようになってください。ミスタッチは3回まで。これができなかった場合は丸刈りです」って言われたの。

(松本穂香)えっ? なんかあった気がする……。

(岩井勇気)あった気がする?(笑)。そうなんだよ。それで丸刈りになって。俺、ボウズになって。意味わかんなくない? 別に俺がさ、「ピアノ、できますよ!」って言った覚えもないし。「やってやりますよ!」って言ったんだったら「じゃあ、やってみなよ。できなかったらボウズね」っていうならわかるんだけども。向こうが科したお題に対してできなかったらボウズって、地獄しかないじゃん? できたら別になにがあるっていうわけでもないんだよ、あれ。

(松本穂香)たしかに意味がわからないですね(笑)。

(岩井勇気)もうなんか、ムカついちゃってさ。

(松本穂香)しかも「あった気がする」っていう思い出しかない(笑)。

(岩井勇気)そうでしょう? 全然記憶に残ってないんだったら、最悪だよね(笑)。いや、本当にあの時はストレスがたまったね。

(松本穂香)「あれをやってよかったな」っていうことも何も残っていないですか?

(岩井勇気)なんか、そういうのがたまりにたまって最後の方、俺はもう収録の時からすごい文句言ってたの。ずっと。なんかもう、毒を吐きまくってたらそれが今、なんか芸風みたいになったかもしれないですね。

(松本穂香)ああ、じゃあ結果はいい風に?

(岩井勇気)結果はよかったけど、あの番組を「よかった」と俺は言いたくないね(笑)。

あの番組を「よかった」と言いたくない

(松本穂香)ああ、そうか(笑)。がっつり見ていましたよ。

(岩井勇気)ああ、見てたんですね。記憶に俺は残っていなかったけども(笑)。

<書き起こしおわり>

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