渡辺志保『Sai no Kawara』crystal-zインタビュー書き起こし

R-指定 crystal-z『Sai no Kawara』を語る MUSIC GARAGE:ROOM 101

渡辺志保さんが2020年7月24日放送のbayfm『MUSIC GARAGE:ROOM 101』の中でYouTubeで話題を呼んだ楽曲『Sai no Kawara』を発表したcrystal-zさんにインタビューをしていました。

(渡辺志保)ここからの時間は6月にYouTubeに投稿された『Sai no Kawara』という曲を作られたcrystal-zさんをゲストにお招きします。YouTubeでの再生回数は今、約63万回を超えており、話題を呼んでいる楽曲です。よろしくお願いいたします。

(crystal-z)よろしくお願いします。crystal-zです。

(渡辺志保)というわけで私からcrystal-zさん、ならびに『Sai no Kawara』についてちょっと説明したいと思います。この楽曲『Sai no Kawara』というタイトルですけれども、32歳の男性が音楽の道から大学の医学部を目指す中での努力や苦悩、葛藤が綴られております。来る日も来る日も受験勉強に励み、模試の結果の判定がよかったにも関わらず、目標とする大学には何年も合格できない。最終的に地方の医学部に進学するという、そんなご自身の半生について歌った曲です。

で、覚えている方も多いじゃないかと思いますが、今から2年前の2018年に明るみになった医学部不正入試の問題。これは東京医科大学や順天堂大学など複数の医大で女性や多浪生などの点数を操作し、合否判定に差をつけるなどの不正が明らかになったという、そんな出来事がありました。楽曲でも歌われているのですが、crystal-zさんは年齢による差別があったとして順天堂大学を提訴し、現在も訴訟が続いている状況です。

実は、この楽曲に関して番組宛てにこんなメッセージも前にいただいておりました。ラジオネーム「ジェイク」さんからのお便りです。「いつも楽しく拝聴しております。最近、話題になったcrystal-zさんの『Sai no Kawara』ですが、自分も心に響くものがありました。社会問題の当事者本人がそのことを曲にした事例。しかもとても素晴らしい形で、というのはおそらく日本のヒップホップ史の中でも初めてではないかと思い、ぜひとも志保さんによるインタビューを聞いてみたいと思いました」という風に1ヶ月ぐらい前かな? このお便りをいただいたというところです。

ですので本当、私としても今回、非常に願ったりというか、待ちに待った機会を頂戴することができまして。非常にありがたく思っております。というわけで、ちょっと前置きが長くなってしまったんですけども。改めてここからcrystal-zさんにいろいろと質問していきたいなと思うんですが。まずは元々、音楽の道を進まれてたっていうことですよね?

(crystal-z)そうですね。大学は東京だったんですけど、そこでギター、歌、DTMみたいなのをやったりして。そうですね。そのまま就職せずにバンドをやったりしながらフリーターをして……っていう生活をずっとしてましたね。

(渡辺志保)じゃあ元々、楽曲制作の経験はもうバンバンバンあったっていう感じですか?

(crystal-z)そうですね。いろんな形態の曲を……ギターで作った曲だったりとか、ラップトップで作ったりとか。いろんな曲を作ってましたね。

(渡辺志保)私もこの事件の内容を耳にしたりとか、ラップの内容を耳にしたりで。もしかして歳が近いのかな?っていう風に思ったんですけれども。ラッパー、crystal-zとしてヒップホップにハマっていった……影響を受けたラッパーとか個人的に好きだったヒップホップの楽曲っていうのはどういうところなのかな?って思って。そのへんもちょっと聞いてみたいなと思いますが。

(crystal-z)一番最初に明確に「これがすごい!」ってなったのはブルーハーブのセカンドですね。

(渡辺志保)おおっ、そうなんですね! 

(crystal-z)それを高校の時かな? 聞いて、ぶっ飛ばされて。で、正直それまでラップに対するイメージがあんまり良くなくて。よくあるパターンだと思うんですけど。ロックリスナーにありがちな。それが「こんなに内容が深くて示唆に富んでいる音楽があるんだ!」っていうところで食らって。そこからShingo02とか降神とか。よくある流れですね、はい。

(渡辺志保)そんな中、「ラップをする」ということはあくまでcrystal-zさんにとっては自然な形だったんですかね? 当時を振り返ってみて。

(crystal-z)そうですね。あの曲を作った時もそうですし、そのMVの中にも登場している「クルー」っていうのはヒップホップのクルーで。何曲も出してラジオでもオンエアーされたりして……っていうことがあったので。今のやっている表現の延長線上っていう感じではありましたね。

(渡辺志保)なるほど。で、この『Sai no Kawara』なんですけれども。もちろん事件の当事者として、そして今も係争中の身だはと思うんですけれども。まず、この出来事をラップにしようと思ったきっかけ。そして時期っていうのはいつごろだっただんですか?

楽曲制作のきっかけ

(crystal-z)うーん。まあ、最初に事件を聞いた時に、それぞれの大学から電話がかかってきたんですけど。それに結構ゾッとして。その自分が感じたゾッとした感情をなるべく原液のままというか、薄めずに聞いてくれる人に伝えたいなと思って。で、5分の曲にまとめて……っていうのが最初のきっかけですかね。自分が最初に感じた衝撃というか。まだ事件全体は自分の中では消化しきれてないんですけど。

(渡辺志保)うんうん。「ゾッとした」っていう風に今も仰ってましたけれども。そのお電話で内容を聞いた時の率直な感想っていうのはどういったものでしたか?

(crystal-z)ニュースでは事件のことは見ていて。「ああ、でも自分もこの学校を受けたよな」とかっていう風に他人事のように受け止めていたものが、次の日ぐらいに電話がかかってきて。それは授業中だったんですけど。うん。なんか……まあ現実感がないというか。自分の中でも「年齢があって、そういうことをされてるじゃないか?」みたいなことを感じることはそれ以前ももちろんあったんですけれども。

それを自分のものとして信じてしまうと、言い訳というか……まあ、そうは信じたくないし、信じないようにしてきたみたいな部分があって。よく、パラノイア的な妄想のひとつでそういうものってあると思うんですけれども。そういう、実は自分不正の被害者で、それのせいで……みたいな風に想像はしないようにしてきたのが現実になって。それでゾッとしたっていく感じですかね。

(渡辺志保)なるほど。で、その「原液のまま、薄めずに」っていうことですけれども。リリックはすらすらと浮かんできましたか?

(crystal-z)アウトラインは割と……1日ぐらいで書けたかなっていう感じはありますね。結構リリックは早く書ける方で。それでディテールを詰めていくのにかなり時間を要したっていう感じですかね。

(渡辺志保)そうなんですね。まさに、そのネットで話題になっているのも、この楽曲に込められたディテール……あと、イースターエッグとかって言いますけれども。ちょっと隠しネタというか。そういったところを、たとえばYouTubeのコメント欄でも非常に細かく読み解いていらっしゃる方がいたりとか。

ブログで記事にしていらっしゃる方なんかがいらっしゃるかと思うんですけれども。私がまず、その「ゾッとした」っていう言い方はちょっと変かもしれないけど、インパクトを受けたのはその曲のタイトルですよね。『Sai no Kawara』っていう。全く報われないことを指すような、そういった言葉だと思うんですけれども。タイトルはどういう風に思いついたんですか?

(crystal-z)タイトルはまあ……そのイースターエッグの中にも含まれていることなので、あんまりはっきりとは言わないようにしてるんですけど。言える範囲で言うと、まあMVに描かれている川は神田川なんですけど。それの南側に予備校がいっぱいあって。自分は予備校は通ってなかったんですけど、模試とかは受けに行っていて。それで川の向こう側には医大……順天堂だったり、他にも自分がお世話になったっていうか。

「お世話」にはなっていないですね。勉強させていただいた大学さんがあって。その川のこっちの岸ではそういうことがあるって知らずに石を積み続けてる再受験生がいて。まあ、もちろんその『Sai no Kawara』の「Sai」はその「再受験生」の「再」でもありますし。まあ、いろんな意味を込めたんですけど。で、その川を渡っていくにはその積んだ石を崩していく鬼がたくさんいて。だからその川は自分にとっての『8 Mile』であり、『The Wall』でもあるっていう感じですかね。

(渡辺志保)なるほど。そのフックにおける歌詞……たとえばその頭文字をつなぎ合わせると大学の名前になっているとか。そういう説明の仕方って合っていますかね? 「順調じゃなくていいから 天才じゃなくていいから 堂々巡り……」っていうそこのフックの歌詞であるとか。

(crystal-z)そうですね。

(渡辺志保)その細かい……さっきもね、「アウトラインは出来たけど、細かいディテールを詰めるのに……」って仰っていて。このいくつもいくつも、何層にも、それこそ石のように積み上げられたリリックの裏側の意味っていうか。そこはどんな風に意識して書かれたのかな?って思って。

(crystal-z)元々、そういうのが好きっていうのもあるんですよね。ブルーハーブの『未来世紀日本』っていう曲があるんですけど。そのフックとか今、この曲リリースしてから聞いてみたら結構影響を受けてるのかなって思うところもあって。フックが曲全体を通して聞いた後に、新しい意味が生まれてくるっていう構造だったりとか。そういうギミックが凝っている曲っていうのが好きというのが元々あって。今までも、発表はしてないですけど、自分が個人的に作ってきた曲の中にはそういうものが多いですね。

(渡辺志保)この曲、そうやってリリックを書いて完成して、リリースをするのに「もしも自分だったら……」って考えた時、これはすごく勇気のいることなんじゃないかなとまず思ったんですね。そのあたりの葛藤とか迷いっていうのはありましたか?

(crystal-z)うーん……まあ、ありましたね。正直。でもそれは曲を作りながら考えてきたことでもあって。たとえば、最終的な形としてはさっきチラッと言っちゃいましたけど。あの別にどこの大学を責めてるというわけでもないですし。ただ自分がここ数年やってきたことをそのまま曲にして。最後にチラッとサンプリングを入れたっていう形になってるっていう。

まあ、ご協力いただいて。そういう形になってるんで。別に自分が特定の団体だったり、事件だったりを非難したりという構造にはなっていないんで。フックもたまたまそういう感じになっちゃって……という形なので。そういうのは考えながらリリースしたんで。最終的にはもう「行っちゃえ!」っていう感じですかね?

(渡辺志保)うんうん。で、その曲のリリース前後でご自身の中でたとえば……まあ今もね、係争中であるということはもちろんなんですけれども。自分の中でちょっとすっきりしたなっていうか、区切りがついたというか。そういった気持ちの変化っていうのはありましたか?

(crystal-z)それは結構ありましたね。リリースして割と反響をいただいて。コメント欄とか、DMとか、結構反響をいただいて。そういう自分のパーソナルな経験が……あの曲も1人で全部作って。カラオケって1人で録ったりしてっていう。ものすごいみじめでせせこましい世界から、急にそれが世界に受け入れられて。で、何十万人もの人が自分の追体験というか。そういうのをしていただいて。その感想も目に見える形でいただいて。そういうもので、自分の中で消化しきれていない事件の部分というのが少し消化できたような気持ちになってますし。まあ耳目もいい形で集められたのかな?っていう風には思いますね。

(渡辺志保)中でも、いろんなリアクションが届いたのかなと思うんですけれども。すごく印象に残っている、聞いた方からの言葉であるとかメッセージっていうのはありましたか?

(crystal-z)結構数限りなくあるんですけれども。一番はMVの中にも描いてある、EVISBEATSさんから直接のレスポンスをいただけたことが……。

EVISBEATSからのレスポンス

(渡辺志保)ちょっと私から補足説明というか、補足質問させてほしいんですけども。MVの中に、なんていうか、机の上になにか……「この絵は何の意味なんだろう?」って思った絵。私もちょっと気づいたところがあって。これはもしや、日本語ラップの有名な曲のジャケ写かな?って思うものがあって。それがEVISBEATSさんが手がけられたある有名な楽曲のジャケットになってるっていうところですが。そのEVISBEATSさんご本人からもレスポンスがあったっていう?

(crystal-z)そうですね。元々、ものすごいファンで。韻踏合組合の頃からAMIDA……AKIRA期からずっと好きで。ソロになってももうめちゃくちゃ素晴らしいですし。もうライブもすごい行っていて。それで、前にメールのやり取りを何度か、妻がしたことがあって。何を考えてるかわかんないですけど、妻が「大ファンです」みたいなメールを送ったら、まさかの返信が返ってきてっていうのが3、4年前ぐらいにあったんですよ。

それで、すごい長文で返信いただいて。もう本当に音源から想像される通りの仏様のような方で。それで、もう音楽的にも人間的にも、そんなに話したことがあるっていうわけではなんですが、本当にリスペクトするアーティストの方を思って。それであそこの場所にあのヴァイナルを置いたっていうのはまた特別な意味があるんですけど。

(渡辺志保)はい。

(crystal-z)で、そのレスポンスを……一応リリースした直後とかに直接メールを。以前にもしたことがあったんで、メールをお送りさせていただいた時に、割とすぐに反応がいただけて。「すごい曲ですね」って言ってもらったたりとか。「すごい人間力ですね」みたいなことを言ってもらって。1ヘッズとして、あのエビスさまから「すごい人間力」という墨付きをいただいて。「それを胸に俺はこれから生きていこう」って思いましたね(笑)。

(渡辺志保)すごい! めちゃめちゃ励みになりますね。なんだか聞いているこっちも涙が出そう。

(crystal-z)そうですね。その時、1人でスケボーしていたんですけども。ちょっともう号泣でしたね。さっき言ったみたいにカラオケでみじめに1人で作って。「ああでもない、こうでもない」って。誰に添削をしていただけるわけでもないですし。なんか1人でやってきたものが、インターネットの力を使って一番届いてほしいところに一番最初に届いたな、みたいな実感をその時に得て。まあ今、話していても結構グッと来ちゃうんですけども。その瞬間、その1再生が100万回再生ぐらいの価値が自分としてはあったっていう感じですかね。

(渡辺志保)なるほど。本当に、ある意味報われたっていう感じがするような出来事なんですかね?

(crystal-z)そうですね。はい。

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