(町山智浩)それで「ああっ!」と思って彼はそこからブルース・スプリングスティーンに夢中になっていくんですよ。でね、これが面白いのはね、そのブルース・スプリングスティーンっていう人はニューヨークの工場街の話を歌ってたにも関わらず、全世界にそういった形で影響を与えた人なんですよ。日本でもすごく影響を受けている人たちが実はその80年代にいっぱいいるんですけど。たとえば浜田省吾さん、ちょっと聞いていただきますか?
(町山智浩)はい。浜田省吾さんの歌は田舎の街の労働者の青年たちの嘆きを歌った歌詞の曲が多くてですね。今のは『路地裏の少年』っていう歌なんですけども。あと、『Money』という歌はご存知ですか?
(赤江珠緒)ああ、『Money』。はい。
(町山智浩)あの歌はすごくて。「金さえあれば何でもできる」っていう歌なんですけど。途中で「何もかもみんな爆破したい」っていうんですよ。あれはブルース・スプリングスティーンの歌にあるんですよ。そのままの歌詞が。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)働くだけでもうなにも行き場がない。何もかもを爆破したいっていう歌詞がそのまま出てくるんですよ。その歌詞にすごく影響を受けているんですよね。で、今、かけないですけども。中村あゆみさんの『翼の折れたエンジェル』とか佐野元春さんの『SOMEDAY』とか。そういった歌はみんなブルース・スプリングスティーンのそのメロディーやアレンジや歌詞の世界にすごく影響を受けて日本で作られたんですよ。
(山里亮太)ちゃんと歌詞がわかっているんだ。
日本のアーティストにも大きな影響を与える
(町山智浩)歌詞を聞いてる人が日本にもいっぱいいたんですね(笑)。ということで、この主人公のジャベドくんはそこから、彼は音楽家を目指したんじゃなくて、物書きになっていくんですよ。で、スプリングスティーンの歌詞の評論を書いたりするようになっていって、最終的にはロック雑誌に原稿を書くようになっていくんですよね。その点でね、僕はもう非常に自分を見てるような気がするわけですよ。
(赤江珠緒)ああ、本当ですね。
(町山智浩)僕、ロック雑誌に原稿を書くところから始まってるんで。編集者としてね。だから世界中にやっぱりそういう影響を与えて。それは音楽じゃない、違うやり方だったりもするんですけども。まあ、それで自分の好きな曲だけカセットテープに入れてミックステープを作ったりするところはまあ、懐かしいんですよね。
(山里亮太)ありましたね!
(町山智浩)それで今、かかっている歌は『明日なき暴走(Born to Run)』っていう歌なんですけども。これは非常に有名な歌ですよね。
(町山智浩)これはブルース・スプリングスティーン最大のヒット曲なんですけど、歌詞は「もうこんな街から逃げ出してやる」って歌なんですよ。で、この主人公のパキスタン系の少年は、「自分はその文学の力で奨学金とかを得て、いい大学に行ってこの街から抜け出してやる」っていうことばかり思ってるんですけども、そのうちに父親とか周りの人たちとの軋轢が生じてきますよね。当然ね。
「なんだ、この街を捨てるのかよ?」っていうことになるじゃないですか。「お前だけよければいいのかよ?」って話になってくるじゃないですか。で、父親と非常に対立していくんですけど、その時にそのブルース・スプリングスティーンの別の言葉。歌じゃなくて、コンサートでいつも言ってた言葉によって彼は目覚めるんですよ。
というのはね、スプリングスティーンはいつもこう言ってたんです。「No one wins until everybody wins.」って言っていたんですよね。これは「全ての人が勝たない限り、誰も『勝ち』とは言えないんだ」っていう意味なんですよ。
で、なぜ彼がこういうことを言っていたのかっていうと、その頃のレーガン政権が新自由主義政策ということで「金持ちはどんどん金持ちになるべきだ。努力した人はいっぱい金持ちになって成功するべきであって、福祉とかにお金を回すと努力とかそういったものは福祉によって殺されちゃうんだ」っていう、そういう主義の政策を取ってたんですね。で、いわゆるその自助努力というか、自業自得というか。
(赤江珠緒)自己責任みたいなね。
(町山智浩)自己責任というか。そういった思想を広めて行ったんですよ。レーガン大統領は。その頃、イギリスでも全くそうで、サッチャー首相が同じことをやってたんですね。まあサッチャーの方が先なんですが。そういったものに対してスプリングスティーンは「そうじゃないんだよ」って言ったんですよ。「誰か貧しい人がそこにいて、自分だけ金持ちになってその貧しい人の横を通り過ぎていったら、自分はつらいだろう ?それは勝ちじゃないだろう?」って言ったんですよ。
「自分だけ自由になっても、自由じゃない人がいて。その横を通り過ぎていったら、自分は自由じゃないんだ」ってことをスプリングスティーンは言って、レーガン政権に対して「ノー」を突き付けていったんですけども。この主人公もそこで目覚めていくんですね。「俺だけ抜け出しても、それは決して俺の幸せにはならないんだ」と。で、これはいい話なんですよ。これは実話で、この原作者の人はね、すごく不思議な名前なんですけど。パキスタン系なんで。サルフラズ・マンズールさんという人が今現在、その自分が生まれ育ったルートンで、そのルートンという街を救うための活動をしてるんですよね。ロンドンから帰ってきて。
(赤江珠緒)ああ、そうなんですね!
(町山智浩)だから非常に、そういうひとつの歌からどんどん大きなことに広がっていく、まあ非常に素晴らしい映画がこの『カセットテープ・ダイアリーズ』で。基本的にミュージカルでね、ラブコメ的なところとかね。彼女と一緒に楽しく踊ったりとか、そういう素晴らしいシーンもありますので。はい。カセットテープを知らない世代にも、スプリングスティーンを知らない世代にも、歌って踊って楽しめる映画です。
『カセットテープ・ダイアリーズ』予告編
(赤江珠緒)でも聞けば聞くほど本当、レーガン大統領が『Born in the U.S.A.』をなぜ使おうとしたのか?っていうのは、もう「はて?」ってなりますね。
(町山智浩)いや、みんな歌詞を聞いてないんですよ(笑)。
(赤江珠緒)でも耳に入ってくるでしょうに!
(町山智浩)聞こえているのに。英語できるだろう?って話ですけども。
(山里亮太)「USA」って入ってる時点でね、「絶対もう褒めてる!」ってなっちゃうっていう(笑)。
(町山智浩)そうそう。そういうものなんだなっていうことがよくわかりました。アメリカ人も歌詞、聞いてねえ!っていう。
(赤江珠緒)今日は『カセットテープ・ダイアリーズ』。TOHOシネマズシャンテほかで7月3日から全国ロードショーとなります。あと『はちどり』とね『SKIN/スキン』も今日はご紹介いただきました。
(町山智浩)はい。よろしくお願いします。
(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございましたした。
(町山智浩)どうもでした。
<書き起こしおわり>