町山智浩 映画『バトル・オブ・ザ・セクシーズ』を語る

町山智浩 映画『Battle of the Sexes』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で1973年に行われたテニスの男女対決を描いた映画『Battle of the Sexes』を紹介していました。

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(町山智浩)今回、『Battle of the Sexes』という映画がアメリカで正式に公開されたんで、その話をしたいんですけども。前回(トロント映画祭レポート)の際も言ったんですけど、「Battle of the Sexes」って言ってもどれだけ我慢できるか? とか、何回できるか? とか、そういう戦いではないですからね。

(海保知里)そうですよね(笑)。

(山里亮太)そういうんじゃないですよね(笑)。

(町山智浩)この「Sex」は「性別」なんで、「Battle of the Sexes」っていうのは「男女の戦い」っていう意味です。これが1973年ですから、いまからもう40年以上前に実際にあったテニスも男女対抗戦なんですよ。で、これは僕も当時、子供だったけど覚えています。この話は。

(海保知里)ふーん。

(町山智浩)これ、ものすごい話題になったんですよ。日本のテレビでもダイジェストを放送するぐらいの戦いだったんですけど。で、これは1973年に男性の過去のテニスチャンピオンなんですけど、ボビー・リッグスという55才のおじさんが、その時の大スターだった女性プロテニス選手のビリー・ジーン・キング……29才なんですが、それに挑戦状を叩きつけて。それで3万人の観衆を集めてアストロドームで行われて。それで、アメリカだけで50万人がテレビ中継を見たという、すごい事件だったんですけど。これ、どのぐらいビリー・ジーン・キングという女性テニス選手がカリスマだったか?っていうと、あの山本鈴美香先生の『エースをねらえ!』に出てきますよ。

(海保知里)へー!

女子テニスのカリスマ ビリー・ジーン・キング

(町山智浩)「コートではー♪」っていうやつですけど。覚えてますよね? 「誰でもー♪」って全部歌うことはないんですが(笑)。『エースをねらえ!』の原作に岡ひろみがどんどん世界に羽ばたいていって出会う人として、ビリー・ジーン・キング選手が登場するんですよ。それぐらいすごいビッグネームだったんですね。その女性は。

(海保知里)ふーん!

(町山智浩)あとね、マイケル・ジャクソンの歌で『Billie Jean』っていう歌があるじゃないですか。

(海保知里)「ビリー・ジーン♪」って。

(町山智浩)そう。あの歌なんですが。歌うことはないんですが(笑)。お互いに、カラオケじゃないんで(笑)。その『Bille Jean』っていう歌も当時は「ビリー・ジーン」って言うと「ビリー・ジーン・キング」だったんで誤解されるって結構話題になっていて。「これはビリー・ジーン・キングのことを歌っているんじゃないか?」と言われるぐらい、とにかくビリー・ジーンと言えばこのキングさんだったんですね。

(海保知里)ふーん!

(町山智浩)で、またこのボビー・リッグスっていう、それに立ち向かった55才のおっさんは、写真を見てもらうとわかるんですけど、キダ・タローさんにそっくりなんですよ。

(海保知里)うーん(笑)。

(山里亮太)たしかに(笑)。似てますね。

(町山智浩)すごいでしょう? これ、浪速のモーツァルトですよ!

(町山智浩)ねえ。あの「とーれとれ、ぴーちぴち、カニ料理♪」の。全部歌うことはないんですよ(笑)。

(海保知里)(笑)

(町山智浩)あの人ですよ。『プロポーズ大作戦』の主題曲とかね。あと、「あーらよ、出前一丁♪」の……って、関係ないんですよ。キダ・タローさんは(笑)。

(山里亮太)「似てる」っていうだけで(笑)。

(町山智浩)はい。そのボビー・リッグスと戦ったんですね。で、これがものすごく話題になったのは、このボビー・リッグスがものすごい女性差別的だったんですよ。

(海保知里)ああ、その男性が。

(町山智浩)そう。これ、ビリー・ジーン・キングさんっていう人はなぜその時、すごく有名だったか?っていうと、まずその全米テニス界の男子プロの賞金と女子プロの賞金額がものすごい差があって。女子の賞金額が男子の15%ぐらいしかなかったんですよ。

(海保知里)えっ、それはすごいですね。

当時のプロテニス界の男女の賞金格差

(町山智浩)ものすごい男女格差があって。それに対して怒りを表明して。そしたらプロテニス界の方が「女性の方が試合はつまらねえだろ? 客も来ないし迫力もないんだから」っていう風に言われたんですよ。

(海保知里)ひどい……。

(町山智浩)それに対して、「いや、女子も全然男性に対抗できるし、ちゃんとプロとしてのエンターテイメントでもある」ということを証明するために、自分で女子プロのトーナメントを主催して、それを運営したりとか。すごいお金がない状態でね、インディーズみたいな感じでやって、女性のテニスプロの地位を向上させようとしていたんですよ。

(海保知里)ええ。

(町山智浩)で、それに対してこのボビー・リッグスという男は「女なんかテニスやったって、55の男にだって勝てやしねえんだよ!」って言いまくっていたんですよ。で、自分で英語で「ショービニスト(chauvinist)」っていう言葉があるんですね。ショービニストっていうのは、まあ差別主義者というか、男性優位主義っていう意味なんですけども。

(海保知里)ふーん。

(町山智浩)そのショービニストって書いたTシャツを着て。要するに、だから「男性優位主義」って書いたTシャツを着て。で、さらにそのTシャツにブタの絵が描いてあるんですよ。「女性差別のブタ」っていうTシャツを着てマスコミに登場して、徹底的に女性をバカにすることばかりを言い続けていたんですよ。ボビー・リッグスは。

(海保知里)なんかゲスいですね。

(町山智浩)それで、また面白いのがそれを応援する男性たちがすごく多かったんですよ。当時。で、「俺は女がかわいいと思うけど、それは料理している時とベッドにいる時だけだね」とか言ったりしていたんですよ。で、テレビとかにバンバン出て、そういうことをやって、そのバトルがどんどんヒートしていったということなんですね。で、これね、この映画が面白いのは、このボビー・リッグスを演じるスティーブ・カレルがそっくりなんですよ。

(海保知里)ああ、写真を見ると。ねえ。

(町山智浩)だからキダ・タローとも似ているんで、3人とも同じ顔になっちゃっているんですけど(笑)。キダ・タローさんはそんな差別的な人じゃないですけどね(笑)。関係ないから、もうあまり話題にしない方がいいですね。はい(笑)。このスティーブ・カレルさんはコメディアン出身の人ですね。『40才の童貞男』でかなり大ヒットを飛ばした人なんですけども。この映画の中ではもう、ヌードになったり。そこに写真があると思いますけども(笑)。あと、女装をしたり、もうむちゃくちゃなんですよ。

(海保知里)(笑)

(町山智浩)女装をして……だから、女性に対する嫌がらせとして、女装してスカートを履いてテニスをやったりしていたんですよ。この人は。ボビー・リッグスって。で、また「俺はセクシーだぜ!」とか言いながら55才でヌードになったりとか。まあとにかく、人をイラつかせるようなことばっかりしているんで、めちゃくちゃ面白いんですけど。で、それに対抗するビリー・ジーン・キングを演じるのは、エマ・ストーンなんですね。

(海保知里)はい。

(町山智浩)彼女、去年アカデミー主演女優賞をとりましたよ。『ラ・ラ・ランド』でね。で、ものすごいガーリーな役で、歌って踊ってってやっていたんですけど。やっぱり向こうの役者っていうか、まあこっちなんですけど。その俳優ってすごいのは、「じゃあ、全然違うことをやる!」って全然違う仕事を次に選ぶんですね。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)で、ここでは完全に顔、ノーメイクですよ。

(海保知里)へー!

(町山智浩)エマ・ストーン。もう全然メイクしてないですね。で、ビリー・ジーン・キングさんそっくりになっていますね。あんまりイケてない感じなんですけど(笑)。ただね、しゃべり方だけじゃなくて、テニスそのもの、要するにプレーまでコピーしているんですよ。

(海保知里)えっ、テニスできるんですか?

(町山智浩)この映画のためにこの2人、ものすごい特訓をして。で、実際のテニスシーンはCGとかを使えばいいんですけど、使わないで本当のボールでやっているそうです。

(海保知里)すごい。CGなし。

(山里亮太)もともとテニスの経験者だったからとかではなく?

(町山智浩)まあ、コーチをつけてやったらしいんですよね。でね、最近アメリカ映画って、たとえば前に世界貿易センタービルの2つの間を綱渡りする映画(『ザ・ウォーク』)があって。あれなんか完全にCGでやっちゃっているんですよ。

町山智浩 映画『ザ・ウォーク』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、世界貿易センタービルを綱渡りで渡った男を描く映画『ザ・ウォーク』を紹介していました。 (赤江珠緒)今日の本題をお願いいたしましょう。 (町山智浩)はい。まずちょっと曲を聞いてもらいましょう。は

(海保知里)ああー。

(町山智浩)それでしかも綱渡りができる人にやらせて、その人の顔にジョセフ・ゴードン=レヴィットくんっていう俳優さんの顔をコンピューターで貼り付けているんですね。いま、結構なんでもできるんですよ。顔の貼り付けが可能なんで。ただ、これはやっていないということですね。

(海保知里)ふーん!

(町山智浩)で、これね、もうとにかくコメディーになっちゃっているんですよ。映画自体が。ボビー・リッグスっていう人は要するに半分芸人みたいな人なんで、この試合の会場に来る時もシュガーダディ(Sugar Daddy)っていうキャンディー会社とタイアップして、シュガーダディって書いたでっかいペロペロキャンディーを持って、女の人に囲まれて入ってくるんですけど。で、美女たちに囲まれてシュガーダディっていう飴を持っているっていうのは、これはアメリカ人にしかわからないジョークなんですよ。

シュガーダディキャンディー

(山里亮太)ほう。

(町山智浩)シュガーダディっていう言葉は、お姉ちゃんをお金で囲っているおじさんのことを言うんですよ(笑)。

(山里亮太)へー! それをシュガーダディと。

(町山智浩)シュガーダディって言うんですよ。だから、若い美女に囲まれて彼がシュガーダディとして出てくるっていうのはそういう、「女なんてよ、男に金で囲われてりゃいいんだ」みたいな話なんですよ。

(海保知里)ふーん!

(町山智浩)バカにしているんですよ。で、これ面白いのはシュガーダディっていうお菓子自体を販売していた会社っていうのがあるんですけど、それはロバート・ウェルチっていう人が発明してそれを売っていたんですけど。この人はアメリカで1950年代に猛威を振るったものすごい極右団体の主催者なんですよ。

(海保知里)ええーっ!

(町山智浩)ジョン・バーチ・ソサエティー(John Birch Society)って言うんですけども。ものすごい白人至上主義の反ユダヤ団体だったんですけども。その運営資金はこのシュガーダディを売ったお金で稼いでいたんですね(笑)。

(海保知里)そうやっていたんだ。

(町山智浩)だから今回も(ボビー・リッグスの)スポンサーになったりしているんですけど。お菓子屋さんが右翼をやっているっていう非常に面白い状況が1950年代にあったんですよね(笑)。面白かったんですけど。で、これね、なんでこんなにアメリカで1970年代にこれが大変な騒ぎになったか?っていうと、実はすっごい男女の機会均等の動きが背景にあったんですよ。で、ウーマン・リブっていう言葉、覚えています?

(海保知里)この前ね、お話しましたよね。そうですね。女性の地位向上っておっしゃってましたね。

ウーマン・リブ運動

(町山智浩)そう。「Women’s liberation」の略なんですけども。これ、1970年にアメリカで平等を求める女性たちの全米ストっていうのがあったんですよ。これね、仕事場だけじゃなくて、あらゆるところで……要するに、家庭とかでも主婦も全員ストライキしろ!っていう呼びかけなんですね。「女性がいなかったらどれだけ困るのか、思い知らせてやれ!」っていうことがありまして。なぜそうなっていったか?っていうと、このテニスもそうなんですけど、男女の給料の格差が当時、ひどかったんですよ。

(海保知里)ああー、さっきの賞金だけじゃなく、給料も。

(町山智浩)賞金だけじゃなくて。職場とかでも完全にもう、分けられていて。で、また女性はたとえばその当時は会社でも制服を着ていたんですよ。日本でも、女性だけが制服を着ている会社、ありますよね? お茶くみとかをさせたり。お茶くみ、タイピスト、秘書っていうのしか仕事がなくて。で、結婚をすると退職勧告ですよ。で、結婚をしていて許されていても、妊娠したら退職勧告されるというね。これも日本でつい最近までありますよね? まあ、いくつもまだやっているところもありますが。で、そういうものに対して、まずはっきりと平等を求めて。たとえば、就職における男子だけの採用とか、女子にだけお茶くみで求めるみたいなものは無しにすると。

(海保知里)うん。

(町山智浩)っていうようなことを求めて、これは1972年に男女雇用機会均等法が成立して、勝利を収めるんですよ。で、それからはアメリカでは男子だけ社員募集、女子だけ募集っていうのはできなくなるんですね。で、一応給料の格差もつけちゃいけないっていうことになるんですけども。で、あと、同時にミス・ユニバース反対デモっていうのもありましたよ。これも覚えていますけども。

(海保知里)へー!

(町山智浩)ミスコンってあるじゃないですか。ミスコンってあれ、男子コンってないよね? ミスターコンってあんまりないよね?

(海保知里)実は私、女子大だったんですけど、男のミスコンやっていました。主催して、何回かありました。かなり珍しいっていうことでやりました。だから本当それ、レアですね。

(町山智浩)でもそれって、はっきり言って品評会じゃないですか。

(海保知里)それだったので、男性に料理をしてもらったりとか。そこではじめて考えるんです。男性をどう……背が高いとか見た目とかじゃなくて、どうやって内面を見たらいいんだろうか?っていう壁にぶつかったのを覚えています。審査する上で。

(町山智浩)ああ、男性をね。だから男性を見た目だけでランク付けしないでしょう? でも、女性だけ見た目でやるじゃないですか。だからそれは、品評会で値段をつけてやるのでブタとかウシとかと同じ扱いなんですよ。だからこれはおかしいということで、反対する運動がその当時に起こっていて。あと、いくつかでは離婚の時の財産均等分与とか、あと経口避妊薬の認可とか、人工中絶の合法化……それまではアメリカでは犯罪扱いだったんですよ。人工中絶すると女性だけ刑務所にブチ込まれていたんですよ。

(海保知里)ええーっ……。

(町山智浩)それもやっと憲法で合法になるという形で、まあ女性の権利が達成されていった状況だったんで。で、このビリー・ジーン・キングが「Battle of the Sexes」で入場する時にかけていた曲をちょっと聞いてもらえますか? 『私は女(I Am Woman)』っていう歌なんですよ。これが大ヒットするんですよ。1972年に。

Helen Reddy『I Am Woman』

(町山智浩)これはヘレン・レディという人が歌った歌で、この歌に合わせてビリー・ジーン・キングは「Battle of the Sexes」で入場してくるんですけど、これは「私の叫びを聞いて。私は怒りが無視できないほど大きくなっている。私はさんざん打ちのめされてきたけど、もう二度と負けやしない」っていうものすごい女性の権利を歌う歌だったんですね。

(海保知里)うんうん。

(町山智浩)で、これが大ヒットして……っていうところで、その男性たちがものすごく怒っていたわけですよ。

(海保知里)なんで?

(町山智浩)「女が生意気になっている!」みたいな感じで。だから、「Battle of the Sexes」がものすごく当時、盛り上がったんですよ。

(海保知里)へー!

(町山智浩)でね、監督が言っているのは、なんでいまこれを作らなければ行けないのか?っていうと、この「Battle of the Sexes」は実はヒラリー対トランプの選挙戦のメタファーなんだって言っていましたね。

(海保知里)へー!

(町山智浩)っていうのは、トランプっていうのはミス・ユニバースの主催者でもあったし。で、ボビー・リッグスみたいに暴言し放題だったじゃないですか。ねえ。「プッシーつかんでもOKだぜ!」とか。

(海保知里)ええ、言ってましたね。

(町山智浩)で、ヒラリーさんはちょっとメールを自分のサーバーでやっていただけで、それをめちゃくちゃに叩かれて。「刑務所にブチ込め!」って言われたんですよ。でも、トランプはロシアとつながっていたわけですよ。いま、もう判明していますけども。だから、男にめちゃくちゃ甘くて、女に厳しいっていう状況はまるで変わっていないということで、この映画を作らなきゃならないんだという風に監督は言っていましたね。監督はジョナサン・デイトンとバレリー・ファリスっていう夫婦でやっているんですよね。

(海保知里)へー。

(町山智浩)だから映画作りも平等にやっているというところなんですけど。で、この映画は日本公開はまだ決まっていないんですけど、たぶん『Battle of the Sexes』のタイトルで……まあ、エマ・ストーンちゃんが出ていますからね。

(海保知里)絶対にやりますかね。

(町山智浩)公開すると思いますが。でも、基本的にコメディーで、最後にどっちが勝つか?っていう部分は『ロッキー』になりますから。

(山里亮太)『ロッキー』?

(町山智浩)『ロッキー』になりますよ。最後は。

(海保知里)ちょっともう、見たくて仕方ない!

(山里亮太)でも、日本ではまだ……。

(海保知里)今日は本当にあったテニスの男女対決を描いた映画『Battle of the Sexes』を紹介していただきました。町山さん、どうもありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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