町山智浩『カセットテープ・ダイアリーズ』を語る

町山智浩『カセットテープ・ダイアリーズ』を語る たまむすび

町山智浩さんが2020年6月23日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『カセットテープ・ダイアリーズ』を紹介していました。

(町山智浩)それで今日、紹介する映画は7月3日だから再来週の末公開で。もう立て込んでるですよ。

(赤江珠緒)そうですね。そうなりましたね。

(山里亮太)どんどん映画が見れるようになって。嬉しいですね。

(町山智浩)そうなんですよ。だからね、渋滞してるんでね、次々と処理していかなきゃいけないっていうね。でもこの間までは「回紹介する映画がない!」って苦しんでいたんで(笑)。で、紹介する映画は7月3日公開の『カセットテープ・ダイアリーズ』という映画です。

(町山智浩)はい。この歌はご存知ですよね? これは1980年代のアメリカの大ヒット曲でブルース・スプリングスティーンという人が歌った『Born in the U.S.A.』っていう歌なんですね。これ、聞いたことありますよね?

(赤江珠緒)はい。今、聞いてわかりました。

(町山智浩)でも、どういう歌か? 想像してみてください。中身を。

(山里亮太)「アメリカに生まれて、アメリカはすげえだろ!」みたいなね。

(町山智浩)そう。今、山ちゃんが言った通りですよ。「アメリカに生まれた。アメリカ、すげえ!」って言ってる歌だとみんな思ってるんですよ。みんな思ってます。アメリカ人もそう思ってます。

(山里亮太)そうでしょう? えっ?

(町山智浩)歌詞、全然違うんです。「アメリカに俺は生まれたのに、こんなに貧乏で仕事もなくて。ベトナム戦争に行かされて憎んでもないアジア人を殺させられて。戦争から帰ってみたら仕事もなくて。俺はどうしたらいいんだよ? アメリカに生まれたのに、本当にどうしたらいいんだ?」っていう歌なんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(山里亮太)そんなネガティブな感じ?

(町山智浩)超ネガティブです。でもね、アメリカ人も歌詞が聞こえてるのに意味がわかってないです。

(赤江珠緒)なんで、なんで? 同じ英語圏の人なのに?

アメリカ人も歌詞聞いてない問題

(町山智浩)そういうものなんですよ。だって今、ドナルド・トランプ大統領の演説というか、集会が先週の金曜日に行われたんですけど。そこで『Brown Sugar』っていうローリングストーンズの曲を流してたんですよ。


(山里亮太)はい。

(町山智浩)この歌の歌詞は南部の白人の奴隷所有者が黒人の女性の奴隷を買ったら、その奴隷とするのがめちゃくちゃ気持ちが良くて。それでセックス最高っていう歌なんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? その歌詞の歌をトランプさんが?

(町山智浩)そんな歌詞の歌を大統領が自分の演説の時に流してるんですよ。

(赤江珠緒)えっ、それを誰も止めないっていうか……ええっ!?

(山里亮太)わかんないんですかね?

(町山智浩)普通に聞けばわかるんですよ。その通りに話しているんですよ。ニューオリンズの奴隷市場で黒人の女性の奴隷を買って、毎晩セックスして最高っていう歌なんですよ。

(赤江珠緒)なんですか? なんとなく勢いがあればいいみたいな感じなんですか?

(町山智浩)聞いてないんですよ。アメリカ人も歌詞を。

(赤江珠緒)聞いてないの?

(町山智浩)聞いてないんです! だから「『Born in the U.S.A.』は『アメリカ最高!』っていう歌だ」と思い込んだレーガン大統領が1980年代にそれをやっぱり大統領の選挙活動で流してたんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? 嘘でしょう? レーガン大統領?

(町山智浩)流していた。で、歌詞が全部聞こえてるんだけど、内容は「アメリカ、仕事がないよ。大変だよ。戦争に行ったのに……」っていう歌詞なんだけど、それをみんな「アメリカ万歳!」って歌っているんだと思って、みんなで合唱してたんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)で、ブルース・スプリングスティーンは「俺の歌を使うのはやめてくれ」って言ったんですけどね。

(山里亮太)フフフ、「そんなシチュエーションのために作っていない」っていう(笑)。

(町山智浩)そう。「全然意味が逆だから」っていう。それぐらい、誰も歌詞を聞いてないんですよ。「でも、歌詞をちゃんと聞くといいよ」っていう映画がこの今回紹介する『カセットテープ・ダイアリーズ』という映画なんですね。で、これは実話なんですけども。舞台は1987年のイギリスで。ロンドンのすぐ近くのルートンという街があるんですけど。そこが舞台です。そこで生活してるパキスタン系の移民の息子、高校生が主人公です。ジャベドくんっていうんですけど。

パキスタン系移民の子供が主人公

(町山智浩)で、その街は東京で言うと川崎とか埼玉とか千葉みたいなところですね。ロンドンからすぐ近くなんですけども、基本的に工場の街で。自動車工場があって。まあ労働者の街なんですよ。そこでま彼が育っているんですけども、はっきり言って仕事が全然ないんですね。工場もあんまり調子が良くなくて。1980年代は。で、貧乏で。しかもお父さんはパキスタンから来たから非常に男尊女卑で。威張り散らしていて。

それで工場をクビになったりしてるんですけど。それで奥さんの内職に頼って暮らしてるのに威張り散らしてて。もうすごくその高校生のジャベドくんにとっては居場所がないんですね。で、そんな時にそのブルース・スプリングスティーンのテープをもらって「これ、聞いたら?」って友達から言われるんですよ。そしたら彼は、その時はもう『Born in the U.S.A.』が大ヒットしてたんで。「ああ、知ってるよ。なんかアメリカ人の右翼が歌ってる愛国ソングだろ?」っていう風に言うんですよ。

「そんな俺、イギリスに住んでるパキスタン人でそんな歌なんか聞かないよ」って最初は思うんですけど。ところが、それを夜中にウォークマンでそのテープをじっくり1人で聞くんですね。そしたら、この歌を聞くんですよ。『Dancing In the Dark』っていう歌なんですが。

(町山智浩)はい。これはその当時、ヒットしていた『Dancing In the Dark』という歌なんですね。で、聞くと楽しそうなダンスをする歌だと思うじゃないですか。ところが、歌詞は全然そうじゃなくて。「俺は夕暮れに起きて、ろくに口もきかずに夜通し働いて。朝方やっと家に帰ってきてベッドに潜り込むだけの毎日だ。とにかくひたすら疲れて、もうんざりなんだ」という歌詞なんですよ。

(赤江珠緒)あら! なんかすごい爽やかなイメージがありますけど、そんな苦しみの労働歌みたいな感じなんですか?

(町山智浩)そうなんですよ。労働者の歌なんですよ。で、この主人公のジャベドくんも働かなきゃならなくなって、学校に行きながら働くんですけど。それでヘトヘトに疲れて帰ってきて、この歌を夜中に1人で聞いて「ああ、こんな歌詞だったんだ!」って気が付くんですよ。その頃、ラジオで散々かかっていて、彼も聞いてたはずなのに、l歌詞をちゃんと聞いてなかったんですよ。

で、「ああ、この歌は俺についての、僕についての歌なんだ!」っていう風に思うんですね。で、それもそのはずで。このブルース・スプリングスティーンっていう人はニューヨークからちょっと外れたニュージャージーっていうところの工場とかがある労働者の街で、その自動車工場で働いているお父さんの下で生まれたんですよ。

(赤江珠緒)ああ、境遇が一緒?

(町山智浩)そう。このジャベドくんと境遇が全く一緒だったんですよ。で、その街では一生懸命働いて暮らしても、大した暮らしができなくて。何と言うか、将来の望みがないということで。「そこから脱出したい」っていう気持ちを歌ってたのがブルース・スプリングスティーンだったんですね。

(赤江珠緒)なるほど!

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