渡辺志保 J.Cole『Snow On Tha Bluff』・Noname『Song 33』論争を語る

渡辺志保 J.Cole『Snow On Tha Bluff』・Noname『Song 33』論争を語る INSIDE OUT

(渡辺志保)で、同じアメリカ黒人でもめっちゃ稼いでもう資本主義のど真ん中に行っちゃってるような黒人の人には結構皮肉というか、ピシャリと厳しい言葉を浴びせることもある。なので同じアメリカ黒人の中で、かつそのBlack Lives Matterという傘の中においてもやっぱいろんな考え方の人がいるんだなっていうことを私はこの曲から感じ取りまして。

片やJ・コールはそれとは反対の考え方なんですよ。リリックの中にも「Just ‘cause you woke and I’m not」っていうラインがあって。「君はwoke(非常に意識が高くて目覚めた状態)だけども、俺は違う」っていう風に自分でもリリックの中でも言っているんですよね。で、これは結構いろんなところでパンチラインとして取り上げてたラインなんですけど。「I look at freedom like trees, can’t grow a forest like overnight(フリーダムは木のようなもの。だから一夜にして森を作ることは無理だ)」と。

それでその後が「Hit the ghetto and slowly start plantin’ your seeds(ゲットーに行って種をゆっくり蒔くところから始めよう)」っていう。まあ、「あまり急ぐなよ。ちゃんとひとつひとつの考え方を聞きながらゆっくりスタートしていこう」みたいな考え方なのかなと思いまして。まず、ここで意見の相違というものがあるわけです。

(DJ YANATAKE)なるほどね。

(渡辺志保)同じBlack Lives Matterっていう風に言っていても、その進み方の度合い、進度っていうのはもちろん人によって違うし。そのどこに重きを置くかっていうことに関してももちろん人によって違う。それがちょっと食い違ってしまったような形なのかなという風にひとつ、思いました。で、もうひとつの問題点。こっちの方がより今、取りざたされてると思うんだけど。いわゆる「トーンポリシングとフェミニズムの問題」っていう風に私は考えていて。

トーンポリシングとフェミニズムの問題

で、「トーンポリシング(Tone Policing)」って日本語のでもたぶんそのまま広まっていると思うんですけど。ちょっと「言い方に気をつけろ警察」みたいな……「ポリシング」って警察の「Police」に「ing」がついて「Policing」なんで。「お前の言い方、論調はちょっと違わないか?」っていう風に取り締まることをトーンポリシングっていう風に言うわけですよね。

ネットで調べたら「話し方を取り締まること。差別や抑圧が問題になっていて、その被害を受けている人たちが声を上げる時にその訴えの内容そのものではなく、話し方や言葉づかい、そして態度を批判することで論点をずらす行為のこと」という。ここまでをまるっとまとめて「トーンポリッシング」っていうことなんですね。

(DJ YANATAKE)「話し方警察」とか?

(渡辺志保)そう。しかも取り締まりられる方……たとえば、ちょっと語気が強くなっちゃうとか。その「取り締まられる方は差別を受けたりしている人、マイノリティーである」というところがポイントなんですよね。で、マジョリティーのちょっと立場の強い人が「そんな言い方しても世界なんて変わらないよ」とか言って。たとえばおじさんがフェミニズムの人に対して「これだからフェミニストは……」みたいな感じで論点ずらしをするみたいな感じのやり取りを私も悲しいですけれども、Twitterとかで見るなっていうのがあります。

で、今回のJ・コールとノーネームの関係はまさにこのトーンポリシングなんじゃないか?っていうことが結構言われてると思う。なぜなら、もうJ・コールが「Tone」って言っちゃっているんだもん。ラップの中で。で、さっき冒頭にね、「彼女の方が僕の何倍もスマートなんですよ」って言っていたラインの後、バババッと続いた後に「But shit, it’s something about the queen tone that’s botherin’ me」っていうね。「shit」がついている。で、この「queen tone」っていうのは「女王様のような口ぶり」っていう。まあ「トーンポリシング」と同じ「トーン」ですよね。

だから「偉そうな口調」。それで「botherin’ me」っていうのは「俺をイラつかせる」っていうことだから。「でも、ちくしょう。あの女王様みたいな偉そうな口ぶりが俺をイラつかせるんだ」っていう風に言っていて。で、ちょっと私もこのラインに一番イラッとしたというか。「えっ、そこに突っ込む?」みたいな感じで考えちゃったんですよ。

で、その後にJ・コールはノーネームであろ女性に対して「自分より意識が高いからって俺より優れた人間だっていう感じでしゃべるな(Just ‘cause you woke and I’m not, that shit ain’t no reason to talk like you better than me)」とか。「全ての答えを知っているんだろう、お前は。でも、じゃあどうやってその答えに辿り着くっていうの? 同じ同胞たちに言うことを聞かせたいのであれば、何でそんな風にアタッキング(攻撃)をするんだよ?(How you gon’ lead, when you attackin’ the very same n*ggas that really do need the shit that you sayin’?)」っていうことを言っていて。

で、本当にこれはちょっと、うーん。そういうことを受けた方にしか分からないかもしれないけど。その男性の人が女性に向かってそういう風にトーンポリシングっぽいことを言うと、結構女性としてはもう全てが、ピラミッドがガチャガチャガチャッて崩れてくるような気持ちになるっていうか。「えっ、そこから? そのトーンのことを言ってるの?」みたいな。だからちょっとノーネームの反論も私は分かるという気がしました。

それでちょっと話が飛んでしまうんだけれども。ノーネームの一連のツイートを見てJ・コールが「これはもしかして僕のこと言ってるじゃないかなって思うんだよね」っていうのもリリックの中で言っていて。「だからこういう曲を書いたんだよね」っていう風に本当に自分のことを丁寧に正直に説明してくれながら、そういう「クイーントーンが気に入らない」ということを言ってたりとか。「彼女は素晴らしい人で」とか「自分はまだまだ意識が足りないな」みたいなことをつらつらとラップをしてる曲なんですけれど。

でも、たとえば元々、ちょっとイラッとしたノーネームの一連のツイートがあります。じゃあ、そのツイートをしていたのがジェイ・Zみたいな大物ラッパーだったら、果たしてJ・コールのそれに対してイラッとしたのかな?って思うし。たとえば同じ男性のインディーの頑張ってるラッパー……ビッグ・クリットとかがこういうことを言った時にも「あの上から目線、ムカつくんだよね」って思ったのだろうかと。私はちょっとそこが気になりましたね。

それで今、「Solidarity」っていう言葉も非常にBlack Lives Matter関連で見る言葉ではあるんですけども。「連帯」とか「団結」っていう意味ですけども。みんながこのSolidarityを必要としている時、ノーネームの反論の通りだけど、その「She」っていう特定の女性を攻撃する必要があったのかどうか。私はそこにすごく疑問を感じるところではあります。

(DJ YANATAKE)うん。なるほどね。そうか。まあ、J・コールもだからもちろんノーネームだけじゃなくて。やっぱり同じようなことをいっぱいみんなからも言われてたんだろうし。で、それに対して曲だったから曲でそういうアンサーの仕方をしちゃったところなのかな? うん。

(渡辺志保)で、英語ってちょっと残酷だと思うんですけど。その三人称の代名詞として「He」とか「She」とか、やっぱりその男性・女性をはっきりさせちゃうのも残酷だなと思ったし。日本だったら「あいつが」とか「あの人が」って言ってもそれが女性なのか男性なのかは分からないけど。やっぱり英語だと「He」「She」「Him」「Her」みたいなところで性別とかジェンダーが明るみになってしまうという。

で、ノーネームもその後に『Song 33』っていう曲を出してアンサーしたわけなんですけれども。私、「なんでこんな時にJ・コールは1人の女性を個人攻撃するような曲を出しちゃうんだろう?」って思ったんだけども。ノーネームは逆にそれを「女性全体の問題」みたいな感じ、トーンで返したわけなんですよね。で、最初のラインがですね、「I saw a demon on my shoulder, it’s lookin’ like patriarchy」っていうラインで始まるんですけど。

「私の肩に悪魔が乗っかっている。それはpatriarchyみたいに見える」っていう。で、この「patriarchy」っていうのは「家父長制」っていうことなんですよ。で、家父長制もたぶん男性だったらあんまり気にならないのかもしれないけど、やっぱり私も家父長制が非常に重苦しいなって感じてしまうことは非常に多くて。やっぱり家父長制度って本当に「男性がリーダーである。男性が絶対的なこうピラミッドの頂点にいるべきである」みたいなことがその家族という単位でも証明されてしまうことですから。

女性全体が抱えている問題

まあ、それを狭苦しいなっていう風に感じることは非常にあるんですね。だからそれを1行目にもってくるノーネームに対して、非常に勇気があるなとも思ったし。それはイコール、1人の個人だけではなくて女性全体が抱えている問題として彼女が反論したいんだなっていうのも非常によく分かった。その後も彼女のラップの中にたとえば「Toyin」っていう人名が入ってくるんですけども。これは「Oluwatoyin Salau」さんっていう19歳の女性で。ついこの間、彼女もBlack Lives Matterの活動家だったんだけど、行方不明になって。暫くして遺体で発見された。しかもその性的暴行を受けた形で遺体で発見されてしまった。

で、このOluwatoyin Salauさんに関してもケラーニとかが声明を発表したりもしているんですけれども。黒人女性をめぐる問題で最近こんなこともありました。その後にもですね、「It’s trans women bein’ murdered and this is all he can offer?」っていうラインがあって。トランス女性、トランスジェンダーの女性が相次いで殺されるという事件も今、アメリカで相次いでいて。「そんな状況なのに、それしかやることがないの?」っていう風にこのJ・コールに語りかけているところもある。

だからやっぱり黒人、同じBlack Lives Matterであるとかアメリカの黒人という枠の中でも、やっぱりそこで女性と男性でだいぶ立場が違うでしょうし。やっぱりそこのブラック・ウィメンっていうかね、「黒人女性の」っていう風にそこにフォーカスした際に、やっぱりノーネームがそこに対して、もしかしたら必要以上に感情的になってしまうこともあるだろうし。「これだけはこういう風に言っておきたい」っていうこともたくさんあるだろうなっていう風に思いましたね。

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