渡辺志保さんが2020年6月22日放送のblock.fm『INSIDE OUT』の中でJ.Cole『Snow On Tha Bluff』とNoname『Song 33』を紹介。この2曲を通じて行われた論争について解説していました。
(DJ YANATAKE)じゃあ、まあちょっとね、最近は大きいヒップホップのトピックがあったので行ってみたいなと。
(渡辺志保)そうですね。J・コールが新曲『Snow On Tha Bluff』っていう曲をリリースしたということで、それが話題になっているんですが。なぜかと言うとこれが「フィメールMC」という風に言うのも……わざわざ「フィメール」って付けるのもどうなの?っていうところはあるんですけれども。「これは女性ラッパーのノーネームに向けた、彼女のことを歌った曲なんじゃないか?」っていうことがざわざわとソーシャルメディア上なんかで広がりまして。
それに対してノーネームも『Song 33』という曲で反論っていうか、まあそもそもビーフでもディスでもないんだけど。反論というか自分の考えをね、彼女なりの考えを歌にしてアンサーしたっていうことがありました。で、そもそもの流れなんですけど、この『INSIDE OUT』でも度々報じている通り、今年の5月25日にミネソタ州のミネアポリスでジョージ・フロイドさんが警官に首を9分近くひざで押さえつけられて息を引き取ってしまった。殺害されてしまった。その後、全米、そして世界時でBlack Lives Matterの運動が広がっているというのがひとつの前提としてある。
それで5月下旬にノーネームがそんな状況に対して、ツイートをしたんですね。その内容が……今、そのツイートは削除されているんだけども。その内容というのが「貧しい黒人たちが身を寄せ合って平和的な抗議活動を行なっているのに、あなたたちが大好きなトップセリングラッパー(売れまくっているラッパー)たちはツイートで発言すらしないんだね」っていう、まあちょっと嫌味っぽいといえば嫌味っぽい発言をTwitterでしたんですよ。
で、それよりも前ですけれども、ノーネームって結構それまでも、彼女はシカゴのストリートで育ったアーティストですから。ポリス・ブルータリティー(警察の暴行)であるとか、あとはこの番組でもかけたことあるかな? 小さい子供が大人になることを待たずに悲しい方法で命を絶たれてしまう。銃殺されてしまうとか、そういったことを常々、曲にしてきた、そういうアーティストではあるという。
渡辺志保と荻上チキ Nonameを語る https://t.co/X7lPwX5eUH
(渡辺志保)ノーネームとしても、その小さな子供までが銃で命を奪われてしまう。そういった風景を、先ほど聞いていただいたような、ちょっと散文詩的な、かつ耳障りのいいような音楽でラップをしているという。— みやーんZZ (@miyearnzz) June 23, 2020
(渡辺志保)で、もちろんこうした運動にも非常に意識が高く。自分で率先して発言したり行動したりしている。それで彼女は自分のブッククラブ……読書会みたいなものを自分で開いていて。毎月課題図書があって。それを読んでオンライン上でみんなで感想を言い合おうみたいな。で、しかもそのブッククラブも全員に向けたブッククラブではなくて「POC(People Of Color)」。まあ有色人種の方たち。そういったPOCn人々に向けたブッククラブを自分で主催してる。そういう前提がまずひとつある。
で、その「あなたたちが大好きな売れてるラッパーたちはツイートすらしないんだね」みたいなことを受けてなのか、J・コールが6月16日かな? 『Snow On Tha Bluff』っていう曲を発表して。その中で、なぜこれがノーネームのこと言ってるんじゃないか?って議論を呼んでしまったのかというと、この後詳しく説明しまれども。リリックの中で「She」とか「Her」とか「彼女」っていう言葉をJ・コールは非常に多様しているんですよね。
「彼女」という言葉を多用するJ・コール
たとえば、最初のライン。「N*ggas be thinkin’ I’m deep, intelligent, fooled by my college degree My IQ is average」っていう。「みんな、俺のことを深いとかインテリとか思っているかもしれない。それはなぜかっていうと俺が大卒だからだよね? でも、それに騙されないで。俺のIQは平均的だ」っていうような、そういう自虐っぽい感じのラインで始まるんですが。
その後に「There’s a young lady out there, she way smarter than me」っていうラインが入って。「あそこにいるヤングレディ。彼女は俺よりも聡明なんだ」っていう、そういうラインなんですね。で、「その『ヤングレディ、彼女』っていうのはノーネームのことなんじゃないか?」っていう風に考えられたということですね。
(DJ YANATAKE)うん。それってさ、本当に称えて言ってる感じじゃなくて、逆にちょっと皮肉っぽく言っちゃっている感じなの?
(渡辺志保)うーん、私は五分五分かな?って思った。その慇懃無礼さ。あえて丁寧に敬うように言っておいて、その後ですね、結構失礼なこととか言ってくるから、非常に慇懃無礼なオープニングだなとも思ったし。ちょっとエクスキューズ、言い訳っぽさも感じるなという風にも思ったんですよね。で、ちょっとJ・コールの『Snow On Tha Bluff』について解説していきますと、まずタイトルなんだけど。これ、分かりにくいタイトルだなと思った方もいるかもしれないけど、これ、同じ名前のドキュメンタリー映画があるんですよ。
で、『Tha Bluff』っていうのはアトランタのある地域のことを指すんですけど。その地域っていうのが非常に治安が悪くてドラッグディーラーとかがわんさかいるような、そんなところなんですね。
(渡辺志保)で、この『Snow』っていうのは「雪」じゃなくてあっちの「Snow」なんですけども。で、この『Snow On Tha Bluff』っていうドキュメンタリー映画……まあ反ドキュメンタリー映画なんですけども。たぶんYouTubeで前編・後編で誰かがアップロードしている映像は見れると思うので、最初だけでもちょっと見ていただきたいんですが。めっちゃ怖いの。
「ちょっとドラッグ買いに行ってみようよ!」みたいな感じで大学生が車でザ・ブラフっていうアトランタの地域に行くんですけど。結構なんかイキっている……1人は「ヤバい、ヤバい。ちょっと、あの人がこっちの方を見てるから早く帰ろうよ!」みたいな感じなんだけど。もう1人が「大丈夫だって。こうやってこうやってやれば上手くいくから」みたいな感じでちょっとしゃしゃり出てる女の子みたいなのがいるんですけども。
それで実際にディーラーの人が近づいてきて。「お前ら、なんかいるか? 俺はこんなもんを持ってるぜ」「じゃあ、こういう感じで。これをいくらで買います」みたいなディールがそこで成立して。で、ディーラーの人は「俺の家に物があるから。車に乗って俺の家まで行こうぜ」って。そこで警戒はするんですけど、乗り込んできて。ドラッグディーラーと一緒に車で移動するんだが……その途中で銃を出されて。その様子を一部始終、大学生がビデオカメラで撮っているんですね。
で、「お前ら、何やってるんだ!」っつって、そのビデオカメラを奪われてしまうんですよ。そこから始まるストーリーで。ビデオカメラを大学生から奪ったドラッグディーラーが自分のフッドをドキュメンタリー調に映していくムービーという。で、カーティス・スノーっていう人がそのドラッグディーラーの主人公なんですけど。あまりにも生々しいドキュメンタリーなんですね。
映画『Snow On Tha Bluff』
もうフッドのリアルを映し出してるようなドキュメンタリーで高く評価されただけど、あまりにもうまくできてるから地元の警察が「これ、ちょっと証拠品として調査の資料に使いたい」みたいな。そしたらちゃんと監督の人が「いや、これドキュメンタリーに見えて実は台本があるんです。だからこれがストリートのリアルだと皆さんには見えるかもしれないけど、実はシナリオがあるんですよ」っていう。それが『Snow On Tha Bluff』っていうのの裏の意味なんですよ。
それでJ・コールはこの『Snow On Tha Bluff』の最後に「俺、自分のことを『Snow On Tha Bluff』よりもフェイクなやつな気がしてきたわ(But damn, why I feel faker than Snow on tha Bluff?)」って言うんだけど、たぶんそういうことなんだよね。リアルなストリートを映してるように見えるけど、実際は監督がいて台本があるっていう。それのことを指してるんじゃないかなって私は思ったんですね。まあ、間違っていたらごめんなさいっていう感じなんだけども。
(DJ YANATAKE)なるほどね。でも、いろんな捉え方ができそうだね。
(渡辺志保)そうなんですよ。で、『Snow On Tha Bluff』は結構ね、いつもラッパーがいつも引用している定番のフッドムービーっていう感じもするので。私も誰の曲だったか忘れたけども……ミーゴスだったか、キラー・マイクだったか。誰かのリリックに『Snow On Tha Bluff』の主人公の「カーティス・スノー」っていう名前が出てきて。それで調べてこの映画のことを知ったのね。
なのでまあラッパーたちが好きな映画っていう感じでもあります。というのがもうひとつの前提ですね。で、この一連のやり取りの問題点、私は2つあると思っていて。ひとつは「過激派と穏健派の違い」。というのは、ノーネームはTwitter上でも「Radical」っていう言葉を非常に多く用いていて。一連のBlack Lives Matterであるとか、アメリカの黒人の人権問題に関しては非常に急進的。過激派であるという風にもう、包み隠さず自分のことそういう風に言ってるんですよね。
あと、彼女のツイートを読んでみると「Abolitionism」という単語がよく出てくるんですけれども。これは「奴隷廃止論」とか「Abolitionist(奴隷廃止論者)」というような意味なんですが。本当にそのことを非常にラディカルにツイートしている。発信してインタビューなどでも語っている。で、そのノーネームちゃんが理想とする社会を築くには、資本主義をやめて、富を再分配せねばならないという、ちょっとバーニー・サンダースチックな考え方なのかなと思ったり。ちょっと新しい社会主義的な考え方をしてるのかなっていう風に思ったんですね。
かつ、ノーネームはそのBlack Lives Matterに関しても、私とかは白人対黒人みたいな図式がパッと頭に浮かんでくるだけど。ノーネームに関してはその黒人の中にも当たり前だけれど、いろんなアメリカ黒人がいるわけですよね。たとえばま左派なのか右派なのかというところでも対立するかもしれないし。で、ノーネームがしきりにTwitterでも言っているのは、そのブラックセレブリティーに向けた言葉なんですよ。