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武田砂鉄 大坂なおみの人種差別抗議とツアー準決勝棄権を語る

武田砂鉄 大坂なおみの人種差別抗議とツアー準決勝棄権を語る ACTION
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武田砂鉄さんが2020年8月28日放送のTBSラジオ『ACTION』の中で、アメリカのウィスコンシン州で黒人男性が警官に背後から撃たれたことに抗議して大坂なおみ選手がテニスの試合を棄権した件についてトーク。日刊スポーツに掲載されたコラムを引用しながら話していました。

(武田砂鉄)今週はアメリカのウイスコンシン州で警官による黒人男性銃撃事件というのがありまして。その抗議がアメリカで広まっているわけなんですけれども。大坂なおみ選手がね、この事件の抗議ということで、出場中だったツアーをボイコットするっていう風に表明されて。SNSで「私はアスリートである前に1人の黒人の女性です。私のテニスを見てもらうよりも、今は注目しなきゃいけない大切な問題があると感じてます。いつまで私はこんなことを繰り返さなきゃいけないんでしょう?」っていうことをSNSでコメントを出されまして。

今日ね、また出場をするということを表明されましたけど、これは別に「やっぱり出ます!」っていう単純なことではなくて。これは大坂さんのその表明を受けて、大会自体も人種差別とか社会的な不公正・不公平に抗議するために27日には試合を見合わせていたということで。だから大坂さんのそういった声も受けて、その上で大坂さんが出場することになって。これで出ることによって、また強い抗議の意思を伝えるということらしいですけれどもね。

それで大坂さんのこのTwitterを見てると、「スポーツは政治に介入すべきじゃない」とか、今だにそういうのが出てきて。「政治はあれだけスポーツに介入してるというのに……」なんて僕なんかは思っちゃうんですけども。でも、大坂選手は「やっぱり白人が多いこういう競技だからこそ、議論を始めることができれば……」という風におっしゃっていて。白人がマジョリティーであるテニス界だからこ、自分がメッセージを投じるってことの意味をおっしゃっているわけなんですけども。

これ、僕もTwitterに上げたんですけどね。日刊スポーツの「記者の目」という、テニス担当記者が書いたコラムっていうのがありまして。これ、タイトルはですね、「大坂なおみの棄権、それでもやはり違和感」というタイトルで。

(幸坂理加)うん?

「大坂なおみの棄権、それでもやはり違和感」(日刊スポーツ)

(武田砂鉄)まあ、この方は30年以上前にワシントンDCの大会で「ジャップは向こうに行け!」っていう、まあ非常に差別的で侮蔑的な言い方で言われて追い出されたことがあると。でも、「しかし、当時、記者が感じたのは、差別されたことより、「ここは自分の席」と自己主張できない情けなさだった」「謙虚で耐えることが、日本では男性の美学だった」という。なんだかよくわかんないんですけども。「大坂からの賛同は得られないとは思うが、やはり棄権には違和感が残る。百歩譲って、大会前なら、まだ分かる。ただ勝ち進んでの棄権では、直前の準々決勝で敗れたコンタベイトはどう感じるだろうか」「日本人のように『忖度(そんたく)』しろとは思わないが、この棄権という直接的な行動の陰で、大坂を支えるために走り回っている人がいるのも確かだ」という。もう私はがっくり来ちゃってね。

(幸坂理加)ああ、そういう目線で書きますか。

(武田砂鉄)で、「男性の美学」って書きながら男性を背負って。「日本人のように忖度」とかって日本人も背負って。「負けた選手」の気持ちまで背負うという。で、いろいろと背負っているんだけども、「自分はこう思う」っていうことはおっしゃらないんですよね。そういう、いろんな同調圧力みたいなものを自分のもののように語らないでっていう風に思っちゃうんですけども。

僕が、東京オリンピックにまつわる話なんかしてると、「いや、それでも頑張っている選手がいるんだから、そのことを考えろ」とかってよく言われるんですけど。まあ、それもまた非常に適当な言い方だと思うんですけど。じゃあ、僕も同じように選手の気持ちを勝手に考えてみると……「そういったオリンピックにまつわるいろんな疑惑であるとか、政治利用とか。そういうものを排した状態で選手たちはやりたいんじゃないかな?」って想像しちゃうんですけど。

でも、まあ選手のためにそういったことを言った方がいいのかな、なんて思うんだけども。でも選手のために言葉を勝手に借りるっていうのは結構傲慢な考え方で、それってどうなの?って。ただただ僕は、自分でそう思ったらそう言えばいいと思うんですけど。こういう「スポーツ選手の声」ってすごく都合よく選択されて利用されるっていう感覚がありまして。

かつて、プロ野球のオーナーさんが選手に向かって「たかが選手が」って言って大問題になったことがありましたけれども。いまだにそういう心情がどこかにあるんじゃないかな。それでNBAなんかでも今回、試合がボイコットされてますけれどもね。でも、それに対してはさほどしか批判が向けてられられてなくて。やっぱりこの大坂さんがハーフで、そして女性だからっていうところが僕は大きいんじゃないかなと思うんですけどね。

奇しくも、そのさっきのコラムには「男性の美学」であるとか、「日本人のように忖度」なんて言葉が出てきて。つまり、「日本人男性」という非常に強いアイデンティティーがにじんでいるんですけど。僕、少し前に元女子サッカー・アメリカ代表のですね、アビー・ワンバックさんという方が書いた『わたしはオオカミ』っていう本を読んで。これ、非常に面白かったんですが。これはバーナード大学の卒業式の祝辞がすごく絶賛されて、そこから生まれた1冊なんですけど。

この「オオカミ」は何か?っていうと、「オオカミというのは世間から『こうあるべきだ』と教えられる以前の生まれながらの自分のこと」という。つまり、「女の子はこうであれ」とか「スポーツ選手はこうであれ」とか、そういう風に強いられてる常識みたいのもの。「それを剥がせばオオカミを取り戻すことができる」っていう風にスピーチでおっしゃっているんですけども。このワンバックさんが強いられてきたことは何か? 4つ、並べていまして。

「ルールを守れ」「好奇心を持つな」「余計な事は話すな」「大きな期待を抱くな」という。これをだからスポーツ選手として、そして女性として抱えさせられてきたっていうところをおっしゃっていて。ワンバックさんはその中でも、そのスポーツ界の男女間の賃金格差みたいのを訴えていくんですね。男子のサッカーワールドカップの優勝の賞金は2018年で3800万ドル。これは女子サッカーの賞金に比べたら19倍だった。でもこれは、そのスポーツ界だけじゃなくて、女性全てに当てはまる話なんですよっていう風にワンバックさんはお書きになっているんですけど。

(幸坂理加)ええ。

(武田砂鉄)で、このワンバックさんが尊敬する方の1人に、この代表チームの監督を務めたピア・スンドハーゲさんという方がいらして。この方が、その最初に顔合わせをした時に「あなたたちは強いだけれども、これからその勝ち方を考えなさい。肉体だけで優位に立ったってしょうがないんだ。いろいろと創造力や確信を持ったり、そういう揺るぎない自信を持ちなさい。美しく勝ってくれ」っていうことを告げた後に、ギターを持ってボブ・ディランの『時代は変わる』っていう歌を歌いはじめて。選手たちも最初は「この人で大丈夫なんだろうか?」っていう風に思ったんだけれども、徐々にそのメッセージが伝わってきたということをワンバックさんは言っていて。

ワンバックさんがある講演会でね、男性から「アビー、悪いんだけども。話す内容を男にも通用するものにしてもらいたい」っていう風に言われたという。で、ワンバックさんは返すんですね。「鋭いご指摘ですね。男性の講演者にも女性に通用する内容かどうか、確認しているならですが」という風に皮肉るわけですね。でもまあ、こういう風にとにかくアスリートが、そして女性が自分で自分の意見を言うことっていうのがいかに大変か、決意が必要かっていうのがこの本を見ると分かるんですけど。

なんか「意見を言うと社会に潰されるんじゃないか?」っていう、その大きな決意が必要になっちゃうというこの状況をやっぱり変えなきゃいけないと思うんですよね。で、今回のこの大坂選手に対する非常にマッチョで全体主義的なコメントっていうのはやっぱりスポーツ選手、とりわけこの女性のスポーツ選手、アスリートにまだまだ大きな決意を必要とさせてしまうというところがありまして。でも、そこにどれだけの勇気が必要か?っていうのはこのワンバックさんの本を読むとすごくわかるんですけども。

女性アスリートに向けられるマッチョで全体主義的なコメント

このコラムにあったような「男性の美学」や「日本人のように忖度」とか、そういう言葉を使って「普通はこんなこと、しないですよね」っていう風に投げかけることがいかに暴力的か?っていうことを僕は改めて思い知らされましたね。でも大坂さんのコメントを見ると、まず最初に「勇気のあるコメントだな!」って思っちゃうんですけども。でもなんでこれ、大坂さんが勇気を必要としなければならないのか?っていうのをこっちが考えなきゃいけないんだなっていうことを僕は思いましたね。だからこのワンバックさんの『私はオオカミ』という本、すごくおすすめですのでぜひ読んでいただけたらと思います。

<書き起こしおわり>

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