PUNPEE エド・ピスコーとの東京漫画ツアーを語る

PUNPEE エド・ピスコーとの東京漫画ツアーを語る SOFA KING FRIDAY

PUNPEEさんがJ-WAVE『SOFA KING FRIDAY』の中で『ヒップホップ家系図』などの作者エド・ピスコーさんが来日した際に一緒に東京の漫画関連の場所を巡った件について話していました。

(PUNPEE)お送りしたのはJASMINE氏 feat. 5lackで『FALLIN’』でした。いいっすね(笑)。世代的に完全にみんないっちゃうっていういいやつ。2000年代初期のR&Bの質感と言うか。日本のR&B感っぽさ、懐かしさもあるっすね。もうかなりリアルタイムで通ってきたエラなので、すごいいいい感じでございました。そこに今度、ホールツアーも行われる弟が参加している曲。今日、発売なのかな? なのでかけさせていただきました。はい。

で、メッセージをまず読みます。先週来たメールっすね。東京都の方。「PUNPEEさん、こんばんは。初めてメッセージを送らせていただきます。唐突ですが本日、神保町で仕事をサボってレコ屋巡りをしていたところ、偶然PUNPEEさんを発見。ドキドキしすぎて一旦はその場を離れましたが、こんな機会ないと思い声をかけたところ快く対応してくださり超感激しました。ありがとうございました。激烈にいい思い出になりました」。そうっすね。神保町の駅で話をかけられた記憶があります。

「……話は変わりますが気になっていることがひとつ。その際、外国から来たご友人を観光案内中ということだったのですが、もしかしてあれはエド・ピスコー氏だったのでしょうか? Twitterで来日中というのは知ってたのですが、その時はテンパりすぎて思いが至らず。もしそうだったのであれば、『ヒップホップ家系図』日本語版を4巻まで持ってるので『愛読してる』とお伝えしたかったです」。はい。

それともう一通、埼玉県の47歳の方。「初メールです。CD-Rほしさに何度もメールを……」。そうですね。読まれた方にはジングルが入ったCD-Rとステッカーをプレゼントしています。「CD-Rほしさに何度もメールを出そうと思いつつ、重い腰を上げられずにいましたが、『Hip Hop Family』のエド・ピスコーさんと一緒に漫画屋を巡っているPUNPEEさんをインスタで見つけ、テンションが上がってメールを書きました。

自分は『ヒップホップ家系図』の日本語版でエド・ピスコーさんを知り、その後に『Hip Hop Family』のフリーコミックブックデイ版、『X-Men: Grand Design』のリーフを買うほどのファンで彼が来日してるとインスタで知ってから日本のアーティストとの交流があるのかと期待していたところにPUNPEE氏が一緒に写真に写ったり、タクシー移動の動画が上がったりと行動を共にしていたので、音楽的にもアメコミ文脈としても適任と思ったところです。大の日本漫画ファンで、特に大友克洋のフリークのエド・ピスコーさんも様々な漫画を入手していたようで楽しい滞在のようでした。この間のエピソードなどをお聞かせてください」。

はい。メッセージ、ありがとうございました。当プログラムのサイトのメッセージ欄から送ってもらえたらという感じでございます。そう。先日、やっと……大変お待たせして待っていた方には。「もう待ってねえよ!」っていう人もいると思うんですけども。去年の5月にスタジオコーストでやった『Seasons Greetings』というライブをやった時のブルーレイが12月18日に発売することが決まって。そのカバーを公開したんですけども。それが今回、このメッセージでも言及してもらっているエド・ピスコー氏によるものという感じでした。

『Seasons Greetings’18』ジャケット

エド・ピスコー氏、紹介をすると『ヒップホップ家系図』というヒップホップのいちばん最初の初期の方からどんどんと物語を漫画で描いていくという。でもでっかい絵本でもないな。絵本にしては難しいかも知れないけど、割とそういうのを独特なタッチの画で描いたものでずっと進んでいくっていう。4巻まででっかいのが出ていて。だいたいビースティ・ボーイズがヒットする直前か直後ぐらいまで、いまのところ描かれているという感じですね。1980年の初期ぐらいまでが描かれている感じ。

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その後、『X-MEN』をマーベルで。X-MENの結成当時……X-MENが始まったのが1963年なので、そこからのを分かりやすく……だいたい90年代のジム・リーの前のX-MENまで描いているという。これも3巻まででっかいので出ているというね。もう結構、アーティストとしての「エドといったらこれ!」っていうのも定着してる人で。だいたいこういう画を描いて。すごい細かい緻密なところまで描いて。

X-Men: Grand Design
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で、なんかエド特有のダンボールの薄いクラフト紙みたいなのを使って、その上にいろいろと印刷したりとする感じ。だいたいでっかいのを出すんですよね。アメコミのサイズより少しデカいサイズの版のをスペシャル版でカバーを変えて出したりだとか。ちょっとこう、コミックス作家さん、アーティストの中でも結構オルタナティブな感じというか。とがっている感じ。自分の味をもちろん大事にするっていうアーティストの人でございます。

で、自分は『ヒップホップ家系図』をPRESSPOPさんっていう日本の出版の会社から4、5年前に出た時に「うおっ、かっけー! なんだ、この絵は?」ってハマっちゃって。そのヒップホップのオールドスクールの時代から描いていたものでハマって。そこからX-MENを描くことが決まって「うおーっ!」ってめちゃくちゃ上がって。で、なんかいろいろ調べてたらヒップホップとコミックス両方に精通してて。あと、歳もめちゃくちゃ近いんですよね。「なんでこんな近いのにオールドスクールのことを詳しいんだろう?」とも思ったんすけど。

それで、もう自分にとってそのアメコミが好きだったりもするし、ヒップホップももちろんあれなので。そこにいちばん近い人っつったらエド・ピスコーしかいないって思って。絶対に承諾してくれないと思って頼んだら「やる!」って返事が来て。「マジっすか!」って。「でもその代わり、俺は日本の漫画が好きだから。俺が日本に遊びに行った時にはエクスプロールするのをアテンドしてほしい」って言われて。「ああ、全然。いくらでも!」って。で、いろいろ承諾してもらって描いてもらったという感じでございました。はい。お待たせして申し訳ないです。まだ興味のある方は購入していただけたと思います。はい。

今月、エド・ピスコー氏が日本に10月の初めの方に来て。そこからいろいろ回らせていただいて。で、なんで『ヒップホップ家系図』を描こうと思ったかっていうと、結構そこも日本の漫画に影響を受けたらしくて。「日本の漫画ってアメリカと違ってヒーロー物だけではなくて、たとえば『美味しんぼ』みたいな料理の漫画もあれば、将棋の漫画もあるし、バスケの漫画もあるし。いろんな漫画がある。で、ヒップホップの漫画もあっていいと思うんだよね」みたいな感じで。そこから結構得たヒントもあったということを言って『ヒップホップ家系図』を描こうと決めたらしいです。はい。「へー!」なんつって。

で、自分で趣味でイラスト、X-MENとかのをインスタとかにあげてたら、そこからマーベルが興味を持って。「うちでX-MENを描いてみないか?」ってなって。『ヒップホップ家系図』から影響を受けた感じで『X-MEN: Grand Design』っていうのが始まったっていう風に言っていました。その前にも「Marvel Hip-Hop Variant Covers」っつってマーベルでヒップホップのアルバムのジャケットをオマージュしたシリーズで何枚か描いていたりもして。

そこでGhetto Hollywoodっていう自分のビデオを撮ってくれている人もちょっとグラフィティアートを描いたりとかしているんですけど。それでこの前、Ghetto Hollywood。SITEくんにエド・ピスコーを会わせたんですけども。その時に「俺もこのジャケット、描いていたよ」「ええっ!」なんつって話で盛り上がっていたりとかして。その日本とアメリカの漫画家さん、コミック作家……カートゥニストって自分では言っていたんですけども。いろいろと交流をしたのを間近で見れて光栄でした。

で、1曲っすね。『ヒップホップ家系図』のコミックスの中で好きな流れがあって。ブロンディっていう70年代後半にすごいアメリカで人気があったバンドがあって。そのデボラ・ハリーさんっていう女性のボーカルの人が結構ラッパーとかグラフィティライターとか、当時のサブカルチャーの人たちと交流があって。それでファブ・ファイブ・フレディっていう司会者兼ラッパーみたいな人とも仲がよくて。で、ファブ・ファイブ・フレディとも交流があったから、それを歌詞にしたりとかしていたんですよね。

で、もうブロンディはめちゃくちゃ売れてたから。その『Rapture』っていう曲の中で「ファブ・ファイブ・フレディとメシを食って。彼は……」って。本当に身内ノリのラップをして。で、それをファブ・ファイブ・フレディに聞かせたら「なんだよ、この曲。面白いな。ハハハッ!」って言っていたんですけども。結局その曲がめちゃくちゃヒットしたりとかして。その後でサタデー・ナイト・ライブの中でデボラ・ハリーが司会者、ホストができることになった時、ファンキー・フォー・プラス・ワンっていうオールドスクールのヒップホップグループの『That’s The Joint』っていう曲を紹介するんですけども。その流れがすごい好きで。

で、いまでもそのSNL、サタデー・ナイト・ライブで検索をすると動画が見れるんですけども。その時のライブがかっこよくて。普通、DJが後ろにいるんですけども、5人MCがいて、前にDJがいるみたいな。しかもその曲はバンドで録られた曲なのにわざわざDJセットでやったんですよね。DJがかけるっていう。それが初めて見た時にかっこよかったという。1981年の映像なんですけどかっこよかった記憶があるので。『That’s The Joint』をここでかけようと思います。お聞きください。

Funky 4+1『That’s The Joint』

(中略)

『SOFA KING FRIDAY』、引き続きお送りしております。かけたのはブロンディで『Rapture』でした。

いま、前半で話していたエド・ピスコーの『ヒップホップ家系図』に出てくる好きなシーンということでかけさせていただきました。この曲は後にKRSワンにサンプリングされたりとかしていて。ヒップホップが好きな人には馴染みのある曲な気がします。うん。

曲としてもすげえ好きな感じです。はい。エド・ピスコー日本ツアー、いろいろとさsてもらったりしているんですけども。本人は結構、1週間に1回ぐらい動画をYouTuber的な感じで上げていて。たとえば「この『SPAWN』のコミックスが……」みたいな。ひたすら説明をする動画だったりを上げたりしているんですけども。それを日本でもやっていて。「いま、日本に来てこういうことをしているぜ。Ghetto Hollywoodに会いに行って……」とか「講談社に行って……」とか。いろいろと説明をしていたんですけども。

で、日本に滞在中に自分がNHKで『おげんさんといっしょ』っていう星野源さんの番組に出たのも見ていて。「今日、俺生放送でカマすから見ててよ!」「マジかよ! じゃあ、見るよ!」って。それで家で見ていたらしくて。それでNHKでラップをした後にメールが来て。「お前、カマしてたな! NHKで見たけどカマしてたし、番組のホスト(星野源)、彼の曲もよかったし。すげえな! これが滞在中に見れてよかったよ!」みたいな話をしていて。自分の中でテレビでラップが紹介されるっていう部分がさっきのブロンディが『That’s The Joint』を紹介したみたいなところとリンクをしていて。「ああ、おもしれえな。エドの滞在中にこれができてよかったな」って思ったりした感じがありました。

そんな感じでいろいろと回らせてもらっていて。Ghetto Hollywood氏にも会わせたし。あとはヤナギさんのおかげでっとえば講談社だったり集英社にも連れて行くことができて。神保町周りとかも回ることができて。で、本人も完全に動き方を覚えたらしくて。途中からアテンドなしでも、『アフロサムライ』のアーティストのオカザキさんとかとつながったりとかしていて。自分の行動でしていて。「すげえ! 気づいたらもうめちゃくちゃ動いてるな!」みたいな。日本を満喫していたみたいです。

途中から単独行動で日本を満喫

で、その時に自分も講談社のアーカイブのところ、書庫に連れていってもらって。エドと初めて飛行機から東京に戻ってきて話していた時にエドが映画版の『ハワード・ザ・ダック』の話をし始めて。それでいろいろと話していたら、「俺の初おっぱいは『ハワード・ザ・ダック』かもしれない」って言っていて。言ったら、「少年からどんどん成長していく時にどこで女性の胸を初めて見たのか?」っていう話になったんですよ。で、「俺は小学生の時に『ハワード・ザ・ダック』の映画の中で見たのが初めて」っていう話をしていて。まあ「First Boob」みたいなことを言っていて。しかも、アヒルのおっぱいだったらしいんですけども(笑)。

「お前のは何だ?」って言われた時に「俺はなんだろう?」ってなって。その時に浮かんだのは……最初は『地獄先生ぬ~べ~』かと思ったんですけども。「いや、違うな?」ってなって。「その前に桂正和先生の『電影少女』だ! いや、違うな? 『ドラゴンボール』のブルマの可能性もある……」って。「ブルマだろ?」「そう!」って盛り上がったりしていたんですけども。で、その後に何日かたって講談社さんに行った時に講談社さんの書庫というか、もう全てのアーカイブがほぼある場所につれていってもらって。

エドとヤナギさん……『LOBO』を翻訳して、それを自分が翻訳監修した椎名ゆかりさんという方の紹介もあって、講談社さんを訪問してそこの書庫に行った時、エドは「昔のヤングマガジンが読みたい。『AKIRA』が連載されていた時のヤングマガジンが絶対に読みたい!」って言っていて。見たら、全然単行本と違うから。「うわっ、すげえ!」みたいな感じでエドが言っていて。「Tankobon! Tankobon!」って。あっちのコミックス作家で日本の漫画が好きな人たちはもう「単行本」っていう言葉も知っていて。日本語で。いわゆる「Manga」とか「Hentai」みたいな感じで「Tankobon」って言ったりもするんですけども。

で、その時にコミックボンボンがめちゃくちゃあったんですよね。90年代の。で、自分の最初の漫画の思い出ってコミックボンボンだったんですよね。ガンダムだったりとか。「うおーっ! コミックボンボンだ!」って。90年代の小学1年生ぐらいの時に自分が読んでたコミックボンボンを読んでいたら、なんか温泉のカッパの漫画があって。「あれっ?」って。めちゃくちゃその瞬間に思い出して。「これだ! 俺のFirst Boobはこれだ!」っつってエドに言ったら「ワオッ!」って。それを見せてくれたんですけども(笑)。当時のコミックボンボンって結構女性の裸体とかがその時に出ていて。「すげえな。この時代だからできたんだろうな」なんて話をしたりしていました。

なのでいろいろとエドが来たおかげで面白い場所につながれたりとかして。ヤナギさん、椎名さんをはじめ、みなさんありがとうございました。でも滞在中にやっぱり「ジャケットのカバーをやったのがエド・ピスコーです」って発表できたのがよかったなってすごい思います。というわけで、12月18日のブルーレイの発売も決まったので。SUMMITのホームページで買うとジャケットの形のマグネットがついてくる感じです。

ジャケット、すげえかっこいいんでなんかTシャツとかポスターとかにしたいっすよね。そのうちできたら……っていう感じです。このジャケット、あれがいいですよね。上にレコードのステッカーがいっぱい吊るされているんですよ。あれもエドが描いてくれて。昔、アフリカ・バンバータがDJする時に、自分のかけてるレコードをみんなに見られて知られないためにレコードのステッカー……真ん中のシールを剥がしてて。他のステッカーに貼り替えていたんですよ。全然違う曲のに。で、「ああ、これは◯◯っていう曲だ!」って見て調べて買うと「全然違うじゃねえか!」みたいな感じのをやっていたらしくて。そのブレイクとかか曲を知られたくなかったからっていう。

クール・ハークとかが最初にやってた手法らしくて。それをオマージュして上の方にいっぱいレコードのステッカーをかけさせてもらったっていう感じでした。はい。すごいいい感じのカバーになったと思うので、よかったらチェックしてみてくれたらと思います。というわけで『SOFA KING FRIDAY』Vol.83も終了になります。最後に先日出たBUDDHA BRANDさんのアルバムっすね。『これがブッダブランド!』より1曲かけて……すごい久しぶり。「アルバム、出た!」っていう感じですけども。そこから1曲、かけさせてもらいます。『生きる』っていう曲。めちゃくちゃ前向きな曲。こんなに前向きな曲、いままであったの?って感じですが。それをかけさせて終わろうと思います。あなたの親愛なる隣人の凡人、板橋区のダメ兄貴でした。来週もよろしくお願いします。さよなら、さよなら、さよなら……。

BUDDHA BRAND『生きる』

<書き起こしおわり>

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