町山智浩さんが2025年7月1日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『顔を捨てた男』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)だから今日はもう1本、映画を紹介します。まず、ちょっと音楽をかけてもらいます。この音楽は僕らの世代にとってはものすごく印象深い映画がありまして。1980年に公開された『エレファント・マン』という映画の音楽なんですけど。
(町山智浩)『エレファント・マン』、ってご存知ですか? これは象みたいな、すごい顔のゆがんだかわいそうな、醜い顔になってしまった実在の人物がいまして。ジョゼフ・メリックという人がいまして。19世紀の終わりのイギリスの人なんですけれども。その人の非常にかわいそうな人生を描いた映画が『エレファント・マン』なんですね。で、『エレファント・マン』というのはまあ、見世物にされていたんですよ。象男として。でも実は本当に普通の優しい人でしたという話が『エレファント・マン』という映画なんですが。
今回、紹介する映画はですね、日本語タイトルがなぜか『顔を捨てた男』というタイトルになってるんですが。これね、原題はね、『A Different Man』っていうんですよ。これ、『A Different Man』っていうのは「違うと男」っていう意味なんですけど。この映画、『エレファント・マン』のパロディなんです。でもなぜかね、ネタバレになると思ったのか、なんかわかんないですけど日本の映画会社は『顔を捨てた男』という、非常にジェネリックなタイトルにしてるんですが。
『エレファント・マン』のパロディ
(町山智浩)これはね、セバスチャン・スタンという俳優さんがいまして。この人は『アプレンティス』でトランプの若い頃をやっていた人ですね。非常にイケメンの俳優さんなんですけど。その人が特殊メイクで『エレファント・マン』みたいな顔の人を演じる映画です。で、これはまあ、病気なんですね。『エレファント・マン』はですね、プロテウス症候群という病気で。背骨まで全部、変形しちゃう病気だったんですけども、この人の場合にはその神経繊維が腫瘍になるというですね。まあ、がんみたいな悪性じゃないんですけれども。で、顔中がどんどん膨れ上がっていくという病気の人が主人公で。で、まあそういう顔なので非常に引っ込み思案で、あまり友達もいなくて、彼女もいない。で、孤独に生活しているんですね。ところが、手術をしてイケメンになっちゃうんですよ。
顔を変えてセバスチャン・スタンになっちゃうっていう話なんですよ。セバスチャン・スタン本人の素顔になるだけなんですけど。でも、非常にニューヨークで寂しく生きてはいるんですが、ところが顔はきれいになって。セバスチャン・スタンの顔になって。それでモテるようになって、不動産でエージェントをやるんですけど。だからトランプと同じでニューヨークで不動産屋をやるんですね。
セバスチャン・スタン、2本続けて不動産屋の話かよ?っていうね(笑)。まあ、非常にハンサムなんでそれを利用して売るんですね。で、まあ非常に今までの孤独な人生に比べるとお金もあるしね、みんなにモテモテの生活をしているんですけれども。道端でですね、あるオーディションをやっていることを見るんですね。小劇団がオーディションをやってるんですよ。その小劇団がやっている芝居は『エドワード』という名前タイトルで。この『エドワード』というのは顔を変える前のセバスチャン・スタンの本名なんですね。役の中の。
で、それは実は彼のアパートの隣人だった女性が、エドワードのことを物語にした芝居だったんですよ。で、実はその女性はですね、唯一そのエドワードになんというか共感を示して。一生懸命に話しかけてくれて。彼の悩みとかも聞いてくれて、仲良くしてくれた唯一の女性だったんですよ。ところが、その女性が実は劇作家で。まあ、かわいそうな隣人の物語としてお芝居をやろうと。で、そのエドワード役のオーディションをやったんですね。
でも、彼は顔を変えたからエドワードという名前を捨てていたんですよ。で、セバスチャン・スタンの顔をして、いきなりそのオーディションに行って。で、まあそのオーディションになんというか、合格するんですが。彼は自分だから、誰よりもエドワードを知ってるからね。で、そのイングリッドという劇作家の女性は「なんでこの人、こんなに知っているんだろう?」って思うんですけども。まあ、でも彼もイケメンだし、好きになっちゃって。まあ、エッチもしちゃったりして、恋人同士になって。しかも彼を主役に抜擢するんですよ。
で、「こんなにも何もかも俺は手に入れたぜ。顔を手術してよかったぜ!」と思っていると、そこに前のエドワードと同じエレファント・マンの顔をした人が現れるんですよ。で、その人はオズワルドっていうんですが。「この芝居、僕も出ようと思って。僕本人、こういう顔だし。だからオーディションに出ようと思ったんだけど……もう役が決まっているようだったら、いいよ」って言うんですよ。ところが、話してみると彼はめちゃくちゃ面白いんですよ。このオズワルドという人は。
顔はエレファント・マンと本当に同じ感じなんですけれども、とにかく話がうまい。教養がある。ユーモアがある。で、人の話もうまく聞く。しかも、いろんな才能があって。あらゆる楽器が弾けて。それで格闘技までやっていて、スポーツも万能で。で、モテモテなんですよ。このオズワルドは。それで彼は言うんですよ。『エドワード』のこの芝居の役はよく書けてはいるけれども。でもこのエドワードっていうのはあまりにも内向的だね。まあ、顔がこういう形になっちゃったからしょうがないと思うけども。僕を見てごらんよ……みたいな話になってるんですよ。明るくて。しかも彼、友達がいっぱいいるんですよ。
で、だんだんそのオズワルドという、そのエドワードの過去の顔をした人にすべてが乗っ取られていってしまうんです。これ、まだ前半しか言ってないんです。これ、後半で大変な展開になってくるんですけど。実はね、この何でもできる心のイケメンみたいな人を演じる人はアダム・ピアソンという人で。この人、本当にこういう病気の人です。特殊メイクではなくて、本当にエレファント・マンの顔をしている人なんですよ。病気で。でも、この人自身の本当の性格なんです。これが。
これ、エドワード、めちゃくちゃかわいそうなんですが。このアダム・ピアソンっていう人は何の仕事をしているか?っていうと、俳優でもあるんですけれども。そういう障害があったり、コンプレックスのある人の心をほぐしてあげて、ポジティブに生きる生き方を一緒に手伝ってあげるという仕事をしている人なんです。そういう仕事のプロなんですよ。だからこの『顔を捨てた男』っていう映画の音楽は『エレファント・マン』の音楽を真似しているところもおかしいんですけど。今、バックにかかっていますが。
ドストエフスキーが元ネタ?
(町山智浩)これは実はね、言っちゃうとあれなんですが。ドストエフスキーにそっくりな話があるんですよ。まあ『ドッペルゲンガー』というタイトルなんですが。主人公は非常にまあ、お金もあるんですけども。なんというか、心のねじくれた男でですね。人が嫌いで、なんかうじうじしてたんですけれども。それはまあ、いろんなもののせいにしながら人を憎み、人を遠ざけて暮らしてきたそんな彼の前に、彼と全く顔が同じ人物が出てきて。で、その人はものすごく心が明るくて、友達を作るのがうまくて。で、性格だけが違うんですよ。で、だんだん周りの人たちはこの明るいバージョンの彼のことしか話さなくなって、暗いバージョンの主人公を忘れていくっていう話なんですよ。
これ、ドストエフスキー自身がそういう人だったんだと思うんですけど。それがたぶんね、元にあると思うんですけど。これはね、恐ろしい映画でね。『サブスタンス』っていう映画とも非常によく似ています。あれも実は自分との戦いですよね。見た目に苦しんでいる人の話なんですけれども。だからこれね、すごく……なんというか、「人は見た目じゃないよ」とかいう人がいるけども。「そんなことはないよ」って言うと、この役を演じるアダム・ピアソン自身が本当にこういう人だから。「ポジティブに生きなきゃ、しょうがないだろう」っていう人なんで。だからこれね、もう反論ができないんですよ。この映画。
これ、すごい映画でね。僕、飛行機で見たんですけど。びっくりしましたけどね。「うおっ!」って思ってね。でね、これね、『ストレンジ・ダーリン』と『顔を捨てた男』の2本ともね、実は発端部しか話してなくて。後半、どうなるかを全然言えてないんですけど。まあ、保証します。とにかくあっと驚く展開が延々と続きます。映画紹介屋にとっては本当に苦しい映画ですね(笑)。どうしようと思いましたよ。本当に(笑)。