町山智浩『コンパニオン』を語る

町山智浩 クインシー・ジョーンズと楳図かずおを追悼する こねくと

町山智浩さんが2025年5月20日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『コンパニオン』について話していました。

※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。

(町山智浩)で、今日の映画もホラーで笑える映画でですね。しかも、そのすごくきつい、まあ『サブスタンス』と同じ男女の不均衡についての映画なんですが。これがですね、もうすぐアマゾンプライムとかいろんなところで配信が始まるんですけれど。28日から。来週水曜日から配信が始まる映画『コンパニオン』を紹介します。音楽をお願いします。

(町山智浩)これ、独特の歌声なんですけど。これを歌っているのはこの主演女優のソフィー・サッチャーさんなんですよ。この女優さんは『異端者の家』の主役のモルモン教の伝道師をやってた女の子ですね。黒髪の方の、メガネじゃない方の人ですね。で、彼女は『異端者の家』でも主題歌を歌ってたんですけどね。こちらでも主題歌を歌ってるんですけど。でね、この歌はすごくなんていうか、まあすごく悲しいような、楽しいようなね、不思議な音楽なんですけれども。この映画はですね、男女の恋愛についてのホラー映画なんですよ。本当にね、ロマンチックコメディみたいな始まり方をします。

前半10分ぐらいはロマコメのようです。このソフィー・サッチャー演じるアイリスというヒロインがですね、愛するボーイフレンドのジョシュ君とスーパーで出会って、一目惚れして恋に落ちて、ということを思い出して。2人でデートに行くというところから始まって。で、『コンパニオン』という文字が非常に美しいピンク色の文字で流れてくるんですよ。それでこの音楽ですから。「うわっ、ロマコメ!」って思うんですけども、この音楽にね、そっくりの音楽があって。これは別の映画なんですけれども。ちょっとその音楽をお願いします。『ローズマリーの赤ちゃん』の主題歌をお願いします。

(町山智浩)これは2つとも主演女優さんが歌っていて。非常になんというか、不安な感じでハミングを歌ってるんですけども。この『ローズマリーの赤ちゃん』という映画はこれ、映画史上に残るホラー映画で。これ、1968年なんですけども。ミア・ファロー扮する若妻が妊娠をするんですが、それが悪魔の赤ちゃんだったっていう話なんですよ。で、これは旦那が悪魔に自分の奥さんと赤ん坊を売り渡して成功しようとするっていう話なんですよ。それでこの奥さん、その『ローズマリーの赤ちゃん』。主役はローズマリーなんですけど、ローズマリーは単に赤ちゃんを産む道具として使われていってしまうっていう話なんですよ。

で、これは怖い話なんですけど、この主題歌をこの『コンパニオン』が模倣しているのには意味があるんですよ。テーマが非常によく似てるんですね。で、この2人はですね、恋に落ちたそのジョシュとアイリスは車に乗ってデートというか、友達の別荘に行くんですよ。豪邸に。で、すごい豪邸が森の中にあって。そこに入ると他にも2組のカップルがいて。その豪邸の持ち主のロシア人の大金持ちとその愛人ががそこにいて。もうひとつ、男性同士のカップルがいて。ただ、人里離れたところでそこで惨劇が起こるんですね。

で、血まみれの世界になっていって、この辺からホラーになっていきます。で、このヒロインのアイリスはその人里離れた別荘から抜け出さなければならなくなるんですけど。という話なんですが、これね、ポスターを見るとこのアイリスの目がおかしいでしょう? もう完全に白目をむいて掟ポルシェ状態になってるじゃないですか。これは途中でアイリスが逃げてる間に気づくんですが。彼女は実はロボットだったんですよ。

主人公・アイリスはロボット

(町山智浩)で、スイッチを切られて白目になってるんです。で、この映画はですね、彼女は実はジョッシュのもとに通販で買われて届けられた恋人ロボットだったことがわかります。これ、『ロボット・ドリームズ』そっくりなんですよ。『ロボット・ドリームズ』最悪版ですよ。これ、そっくりなシーンがあるんですよ(笑)。

あれ、みんなが「本当に泣いた」っていうんですけど、この映画は……要するに最初の思い出があるじゃないですか。あの彼と出会ったっていう。それも実はプログラミングされていた偽の記憶だったことがわかってくるんですね。で、『ロボット・ドリームズ』もそうなんですけど、彼女たちはロボットだから、自分を買ってくれた人を愛するようにプログラミングされているだけなんですけど。自分自身はそれは愛としか考えられないんですよ。感じられないんですよ。で、「プロミングラミングされたんだよ」って言われても、でも完全にプログラミングされているからその人を愛すことを止められないんですよ。

っていう話で、「愛とは何か?」っていう話になってくるんですよ。で、前に紹介した話でですね、『We Live in Time この時を生きて』というこれから公開される映画の脚本家が書いていた舞台劇がありまして。それがその人間の脳がすべてプログラミングされているわけですけど。人間の脳もね。だから愛っていうのは一体何なのか? 脳のただの化学反応とかデータ処理に過ぎなんじゃないか?っていう話をその人が舞台化してたんですけど。それと同じでこれはロボットの話を通して愛とは何かを問いかける物語になってるんですよ。でもこれ、ホラーなんですよ。

それでこれ、監督で脚本の人が男性なんですけど。まあ彼の恋人……それは男性か女性か、まだ彼は言ってないんですけども。その恋愛の中で、途中でものすごいその人に執着してしまって。「でも、本当に愛してるのかどうかはふと考えたら、分からなくなった」って言ってるんですよ。これ、わかんないんですよ。で、プログラミングされてただけじゃなくて、この映画の中でこのソフィー・サッチャー扮するアイリスさんが着てる服がすごいかわいいんですよ。なんていうか、今の人が絶対着ない服なんですね。レトロなんですよ。

このヘアバンドとかはって何か?っていうと、これは1960年代にフランスでですね、ヌーベルバーグという映画が流行った時があって。それはジャン=リュック・ゴダールとか、フランソワ・トリュフォーとかが撮っていた、なんというか、おしゃれでアバンギャルドで、すごくポップでカラフルな映画だったんですよ。で、その時にブリジット・バルドーとか、その時の女優さんが着てた服なんですね。この彼女が着ているのは。で、彼女はロボットですから、これを着てるのは誰の趣味で着てるのか?ってことですよ。

誰の趣味でその服を着ているのか?

(町山智浩)これ、気持ち悪いんですよ。これ、自分の好きな服を男が着せてるんですよ。で、彼女はこの彼、ジョシュという自分の持ち主である人の完全に趣味通りの女性として生きてるんですよ。でも、女の人と男の人で、男の趣味にどうしても女の人が合わせるっていうような不均衡性ってないですか?

着る服以外にも食べ物とか、料理とかもね。それは「彼が喜ぶから」ってことでやってるわけで別に支配されているわけじゃないんですけど……この映画では「それは本当かな?」っていう問いかけなんですよ。「それってマインドコントロールされてるんじゃないの? 自分からされちゃってるんじゃないの?」っていうことを問いかけているんですね。これはね、そこから彼女が脱出することはほとんど不可能に近いんですよ。

彼女は逃げられないんですよ。そこから彼女、どうやって逃げられるか?っていう話なんですよ。この別荘、人里を離れているんですよ。脱出できないんですよ。条件が重なっていて。というね、これはすごいサスペンスであって、ホラーであってね、非常に深い男女関係の物語でもあってね。それでもうひとつは、彼女が自分を探す話でもあるんですよ。「自分とは何か?」っていうことですよね。で、ここでね、この映画の中でかかるグー・グー・ドールズの『Iris』という曲をちょっとかけてもらえますか?

(町山智浩)この歌ね、1995、6年にものすごく流行ったんですよ。で、この映画のヒロインのアイリスというのはこの曲から取っているんですけどね。で、この曲って実は別の映画の主題歌なんですね。その映画は『シティ・オブ・エンジェル』という映画で。なんとニコラス・ケイジが天使の役を演じるというんですね、明らかなミスキャストの映画なんですけど(笑)。どこが天使やん?っていうね。ただね、それはメグ・ライアンがヒロインなんですね。天使と恋に落ちる女性として。で、『サブスタンス』でトイレで手を洗わないまま、なんか触った手でエビをつかんで食べてた親父がいたじゃないですか。

あの最悪の親父ね。あれはデニス・クエイドというある俳優さんで、彼とそのメグ・ライアンの間に生まれたジャック・クエイドさんという人がこの『コンパニオン』の主役なんですよ。それがジョシュなんです。お兄ちゃんなんですけども。これ、すごく皮肉で。わざとこの曲を使っているんですよ。しかも、この曲を通販で買ったアイリスが届くところで流してるんですよ。

これは名作の『ベルリン・天使の詩』をハリウッドでリメイクして、本当にただのロマンチック映画にしちゃったっていう映画なんですけどね。で、これはすごい皮肉なことをやっていて。これは映画マニアだと「この曲か! これ、お母さんの映画の曲じゃん!」っていう。で、そこからアイリスっていう名前を取ってたりとか、ものすごくね、いろんな小技の効いた映画なんですね。この『コンパニオン』っていうのは。

でね、しかもゲーム感覚なんですよ。要するに完全にプログラミングされてコントロールを掴まれてしまっているこのアイリスが一体、どうやってそこから抜け出すのか?っていうことですよ。これ、「ああ、この手があったか!」っていう技を次々と出していくんですけど。そういう面白さもあってね、これは傑作ですよ。

それで『サブスタンス』のデミ・ムーアが若くなった人、いたじゃないですか。若い頃のデミ・ムーアを演じた人。あの人はデミ・ムーアの親友の娘さんで、デミ・ムーアの娘さんの友達なんですよ。もう、いろいろ複雑になっていてね、困ったもんだと思いますけど。そういうのも含めてあの面白いので。最近はね、そういうのを調べてもらうとね、キャスティングの裏側とか見ると面白いと思います。ということでね、この本当に深い映画なんだけれども、表面的には超エンターテイメントで、しかも笑えます。

映画『コンパニオン』予告

アメリカ流れ者『コンパニオン』

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