町山智浩『ザ・ホワイトタイガー』を語る

町山智浩『ザ・ホワイトタイガー』を語る たまむすび

町山智浩さんが2021年5月4日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『ザ・ホワイトタイガー』を紹介していました。

(町山智浩)で、インド映画の話に戻りますと、もう日本で公開されている映画で『ザ・ホワイトタイガー』っていう作品がありまして。これ、Netflixで見れるんですけど。1月から配信されているのかな? これがこの間のアカデミー賞でひっそりと脚色賞候補に入ってたんですよ。でもね、誰も話題にしなかったので、その話をしたいんですけども。これ、結構すごい映画なんですよ。で、ご覧になっていない方はぜひ見ていただきたいですけども。これ、『ザ・ホワイトタイガー』っていうのは「白いトラ」っていう意味ですけど。白いトラってものすごい低い確率で突然生まれるものらしいんですよね。すごく珍しいんで。これ、この話の主人公のバルラムという少年は……最初は少年で出てきて、大人になるんですけども。ものすごく頭がいいんで「ホワイトタイガー」って子供の頃に言われ呼ばれるですよ。

(赤江珠緒)神童だ。

(町山智浩)そうそう。そう呼ばれるんですけども。で、彼は現在、大人になってからはインドのシリコンバレーと呼ばれている大都会のベンガルールという街で大企業を経営する億万長者になっていまして。で、中国の首相にメールを書いているんですね。「ビジネスをしましょう」っていう。で、メールの内容が映画になってるんですよ。「首相閣下、私はインドの最貧困層の生まれで、実は小学校にも行ってないんです。その自分がいかにして、これほどの大富豪になるまで成功したのか、それをお話します」って言ってメールに打っていくっていう話なんですね。

で、インドってやっぱり貧富の差がすごいから、こういうサクセスストーリーの映画が多いんですよね。だから、アカデミー賞の話だと、アカデミー作品賞を取った映画がありますけども。『スラムドッグ$ミリオネア』っていう作品で。これも完全にインドで撮られた、イギリスのスタッフによる映画でしたけど。ホームレスの孤児の少年がクイズ番組で勝ち抜いてミリオネア(億万長者)になるっていう話でしたけども。

で、この『ザ・ホワイトタイガー』のバルラムはね、「私がこんなにお金持ちになったのはクイズ番組で勝ち抜いたからではないですよ」とか言ったりするんですよね。そんな風に『スラムドッグ$ミリオネア』のことを言っていたり。あと、ここで紹介したですけど。『パッドマン』という映画もあって。それはインドでは……。

(赤江珠緒)ああ、はい! あの生理用品の。

(町山智浩)そう。インドでは高い輸入品しかなかった生理用ナプキンを、インド国内で生産して、大成功した実在の人物の話でしたね。

町山智浩『パッドマン 5億人の女性を救った男』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でインド映画『パッドマン 5億人の女性を救った男』について話していました。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)あとは『きっと、うまくいく』っていう映画もあって。

(赤江珠緒)ああっ! これは私、すごい好きな映画です!

(町山智浩)いい映画でね。やっぱり貧乏な少年、青年たちが工科大学で成功を目指すっていう話でしたけど。やっぱりね、サクセスストーリーが多いんですよ貧富の差がすごく大きいから。で、そういう映画で主人公たちは逆境にもめげずに一生懸命働いてね。あとは頭を使ってね。

(赤江珠緒)ねえ。ちょっと痛快だったり、明るいところもあったりしてね。

(町山智浩)そうそうそう。つらいことがあると歌ったりね。

(赤江珠緒)踊ったりしてね。うん。

(町山智浩)踊ったりするんですけども。でも、この『ザ・ホワイトタイガー』のこのバルラムも逆境でもめげない少年でね。お父さんが人力車を引っ張る人だったので、地元の大金持ち、大地主の運転手になろうとするんですよ。で、このバルラムは頭のよくて機転が利いて。口八丁手八丁で。おべっかを使ったりとか、いろいろしてですね、その運転手の職を掴んで出世をしていこうとするというね、だからなんか豊臣秀吉みたいなところがあるんですね。豊臣秀吉も最初、本当に織田信長の草履の番からのし上がっていったわけですからね。で、実際にこのバルラムはその雇いの人が足にひざまずいてキスをしたりするようなことをしたりするんですよ。最初に。もうね、すごいの。そのへんがものすごい、もう超格差の世界でね。

で、住み込みで働くんですけども、その寝床は地面に直接置いたマットの上に寝るし。月給は……月給ですよ? 4500円とかなんですよ。月給が。で、そこから家族に仕送りするですよね。で、それだけじゃなくてね、雇い主たちは彼に触ろうともしないんですよ。「汚れるから」みたいな感じで。で、たまに触る時は殴る時なんですよ。

(赤江珠緒)うわあ……。

(町山智浩)ところがそこに、その地主の次男のアショクっていうお坊ちゃんが経営を継ぐためにニューヨークへの留学から帰ってくるんですね。留学してたんですよ。で、ニューヨーク生まれのインド系アメリカ人の奥さんを連れて帰ってくるんですけど、この夫婦がですね、アショクとピンキーっていう……奥さんはピンキーっていう名前なんですけど。この2人がね、身分差別が一応ないアメリカで育ったので、このバルラムをちゃんと人間扱いしてくれるんですよ。

で、アメリカチックに握手してくれるし。この次男のアショクはナイスガイなんですね。で、「旦那さま」とか言うと「いや、そんな呼び方はしないでくれ。アショクと呼んでいいよ」とか言うんですよ。

(山里亮太)ほう!

(町山智浩)で、奥さんのピンキーの方も「あなたはそんなに卑屈にならなくていいのよ。私たちは同じ人間なんだから」っていう、アメリカンな感じでね。「アメリカには差別とかないのよ」って言ってね、優しくしてくれて。で、彼らとの間に身分を越えた友情が芽生えていくわけですよ。で、彼らも「バルラムは頭がいいね」っていう感じで。それで「ビジネスをやろう」みたいな話になってくるんですね。そうすると、なんか秀吉と信長みたいな関係になるのかなと思うんですけど……ここまで聞いてと、なんか今まで紹介したような普通のインド的なサクセスストーリーのように聞こえるんですよ。この『ザ・ホワイトタイガー』っていう映画は。

(赤江珠緒)たしかにね。うん。アショクに引っ張ってもらって……っていう。

(町山智浩)そうなんですよ。で、コメディチックなところもあるんですけども……ただ、この映画は決定的に違うんですね。まず、歌や踊りがないんですよ。

(山里亮太)インド映画なのに?

歌や踊りがないインド映画

(町山智浩)全然ないんです。で、あとそういう豪華な金持ちの生活が映っているんですけど。高級マンションとかね。でも、かならずその下のところの道路で裸足で暮らしてる路上生活者の人も一緒にカメラに入れるんですよ。そうやって、なんというか歌って踊って楽しいインド映画が映さないものを映すんですよ。貧しい人たちを。高級なホテルリゾートみたいなところの下のところに物乞いしてる人たちがいるみたいなことを一緒に映すんですよ。で、あとね、このバルラムはね、歯を磨くということを知らなかったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)貧しい人は歯を磨くっていうことを知らないんですね。

(赤江珠緒)えっ、そうなの?

(町山智浩)これ、原作の小説があって。インドで生まれてオーストラリアで大人になった人が書いてるんで。そのへんは本当みたいなんですけどね。それで、ただこの原作が……僕は読んでないんですけども。アカデミー脚色賞にノミネートされたというので、どっちの力かわかんないんですけども。とにかくね、先の予想が全くつかない映画なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)あのね、まずこのバルラムに優しくしてくれるその次男の奥さんのピンキーはですね、すごく優しいんですけど、すごく困る人なんですよ。アメリカから来たから、インドの人と違って、服の露出がちょっと、あれなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、ちょっと強めというか、露出が激しめに?

(町山智浩)そう。胸の谷間とか、よく見えちゃうんですよ。平気なんですよ。アメリカでは平気だから。すると、バルラムはものすごいショックで。「ああっ!」っていう感じで目をおおったりするわけですけども。それで、アショクに「どうしたんだ、お前?」とか言われるんですね。そうすると「いやいや、なんかちょっと、すごく聖なるものを見たんで。あ、そこにある木がブッダが悟りを開いた木なんですよ」とか言ってごまかすんですよ(笑)。

すると「えっ、どこどこ?」ってまたピンキーが身を乗り出して、またおっぱいが見えたりするんで。「ああっ!」ってまたやると「いや、そこのところにあるのが……」みたいな感じで。「それが、聖なる川です」とか言ったりしてごまかしたりして。そのへんはコメディなんですね。で、ある日、次男夫婦がパーティーに行くんで、バルラムが車を運転して行くんですけど。酔っ払った2人が帰りの車の中で突然、夫婦活動をはじめちゃうんですよ。で、旦那の方は「バルラムが見てるから、やめようよ」って言うんですけど、その奥さんのピンキーちゃんはですね、「別にいいわよ」って言うんですね。

(赤江珠緒)あらららら……。

(町山智浩)これはショッキングで。実は彼女もバルラムを人間として見てないことがそこでちょっとわかっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そういうことですね。うん。

(町山智浩)で、それだけじゃなくてこのピンキーは酔った勢いでバルラムの運転を取っちゃって。ハンドルを取っちゃって。で、路上生活者の子供をひき殺しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ!

(町山智浩)で、この地主一家はこのバルラムをひき逃げ犯にしようとするんですよ。で、ここからどうやってバルラムが大企業の経営者になったのか?っていうことなんですよ。ここから先はもう、全く予測不能の展開が延々と続くんですよ。これ、すごいんですよ。全くわけがわからないんですよ。「どうなるの、これ?」っていう。でね、これは監督と脚色はラミン・バーラニという人なんですけども。この人、イラン系のアメリカ人なんですね。

(赤江珠緒)ああ、インドの人が撮ったんじゃなくて?

(町山智浩)インドじゃないんですね。で、この人はね、アメリカの大学を出て映画を作り始めた人なんですけど。常にアメリカンドリームの闇とか格差社会を描いてきた人なんですよ。ずっと。で、この人はすでにハリウッド映画もちゃんと撮っているんですよ。ハリウッドの俳優たちを使って。で、それがね、結構すごい映画で。『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』という映画をこの前に撮っているんですね。

これがね、ものすごい映画だったんですよ。これね、2008年にアメリカでサブプライムローンが崩壊して、金融危機が起こった時があるんですね。リーマンショックと日本では言われてますけど。ひどいローンを銀行とかローン会社が貧しい人たちにどんどん組ませて。お金を貸し付けておいて、それが返せないとなると、その人の家であるとか財産を奪っちゃうというね、そういうひどいことがあったんですけども。

で、この映画の主人公はアンドリュー・ガーフィールドという『アメイジング・スパイダーマン』に出ていた人なんですけども。彼が若いお父さんで、銀行からの借金を3ヶ月滞納したせいで、ずっと子供の頃から住んでいた家を差し押さえられちゃうんですよ。で、路頭に迷うんですけど。モーテルに暮らさなきゃならなくなるんですけども。そうすると、その彼を家から追い出した業者がいるんですが、それが「もし君が金を儲けて家を取り返したいと思うんだったら、俺のところで働かないか?」って言うんですよ。

それで、雇われて彼は自分がやられた追い出し屋をやることになるんですよ。で、自分のように借金を抱えちゃった人たちのところに行って、強制的にそれを叩き出すという仕事をやって……という。この監督、ラミン・バーラニという人はその格差社会の中で虐げられた者がさらに他の人を虐げていくというものを描いていくんですよね。

(赤江珠緒)うーん……闇が深い。

ラミン・バーラニ監督の作風

(町山智浩)『ザ・ホワイトタイガー』はインドが舞台なんですけど、だからこれ、アメリカを舞台に同じような映画を撮っていた人なんですよ。だから、「インドだ」っていうことは関係なく、世界中のどこでも起こりうる話として描いているんですね。たとえば、この貧しい主人公が運転士として金持ちの家に入り込むという話は『パラサイト』がそうでしたよね? あれもアカデミー賞を取っているんですよね。

町山智浩『パラサイト 半地下の家族』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でポン・ジュノ監督の『パラサイト 半地下の家族』を紹介していました。 2020.1.10公開 #tama954映画『パラサイト 半地下の家族』オフィシャルサイト: pic.twitter.com/...

(町山智浩)で、あとは村上春樹さんの小説が原作の韓国映画で『バーニング』っていう映画があったんですよ。あれもすごい金持ちのボンボンとすごく貧乏な青年との間に不思議な友情が芽生えていく話だったんですよ。で、友情の中でまた嫉妬もあって……という、すごい複雑な怖い映画だったんですが。『バーニング』っていうのは。それとも近くて。このアショクというお金持ちのお坊ちゃんは最後まで本当にいい人なんですよ。でも、まあその美しい奥さんをもらって、バルラムの中には「この野郎!」って気持ちもあるんですよね。これね、たぶんなんですけども、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』がヒントになっていると思うんですよね。『太陽がいっぱい』、見ました?

(赤江珠緒)見ました。

(町山智浩)あれ、アラン・ドロンがものすごく美しいくて、頭もいいんだけども、ものすごく貧乏な若者でね。ところが、その金持ちのボンボンとすごく仲良くなるですよね。で、金持ちのボンボンに気に入られて、「俺の服、着ていいよ」とかって着せてもらったりするんですよね。そのへんもね、この映画にもそっくりの描写があるんですよ。

(赤江珠緒)あれはまた、衝撃的な終わり方ですけどね。

(町山智浩)そうなんですけど。彼はどんどん、そのアショクが好きになって。それで2人でゲームをやったり。この『ザ・ホワイトタイガー』のバルラムっていうのはずっと金儲けしか考えてこなかったから、友達が誰もいないんですよ。で、生まれて初めての友達がこのアショクなんですね。金持ちのボンボンの。だから、これはすごい切ない話ですよ。

(赤江珠緒)本当ですね……。

(町山智浩)ねえ。そこまで話しても、どうしてこのバルラムが大金持ちになったのか、全然わからないわけですけども。これ、ヒントはね、なぜかインドのシリコンバレーと言われるところがあるか?っていうと、そこも実はアメリカとの関係で。まあ、アメリカの奴隷みたいなところなんですよね。だからうちのカミさんとかもこっちのIT系で働いてますけど。彼女たちがずっと働いて、夜、みんな仕事が終わるじゃないですか。5時ぐらいに。それが終わると、その後にその仕事を全部、インドが引き継ぐんですよ。

(赤江珠緒)ああ、ちょっと下請け的な感じってことですか?

(町山智浩)そうなんですよ。シスコシステムズとか、みんなそうなんですよ。シリコンバレーの会社って、他の業種と違って24時間、フル回転してるんですよ。昼間はアメリカで働いているんだけど。それで全部仕事を整理して、インドとかに下請けとして出すんですね。すると、インドの人たちがものすごい低賃金でガーッと働いて、翌朝までにそれを仕上げてくるっていう感じなんですよ。だから、すごく早くて生産性も高いんですけども。それはインドの低賃金に支えられてるんですよね。シリコンバレーっていうものは。だから搾取の構造がアメリカとインドの中にもあるわけですよ。それが。

(赤江珠緒)ああ、そういうことか。

(町山智浩)そう。で、この映画の中で非常に大きくなってくるのが、コールセンターなんですよ。コールセンターってアメリカのIT系が、日本で言うところの問い合わせサービス。苦情とか。そのITとかハイテク関係の苦情は全部、インドで受けてるんですよ。

(赤江珠緒)インドで1回、受けるんですね。

(町山智浩)インドに全部電話が流れて。インドで全部、苦情を受けるんですよ。で、24時間サービスだから24時間、動いてるんですよ。そのインドのシリコンバレーでは。絶えず誰かが働いてるんですよ。で、そこで大きいのは苦情があった場合にその苦情をそこで押さえて、シャットアウトして上であげなければ点数が上がるっていうシステムなんですよ。

(山里亮太)ああ、なるほど。

(町山智浩)で、要するにアメリカでのトラブルを全部、インド人たちに尻拭いさせてるんですよね。コールセンターシステムって。で、それはIT関係だけじゃないんですけども。だから、本当に朝から晩まで働いているんですけども。インドの人たちが。それが実は、このバルラムがお金持ちになったことと関係してくるんですよ。

(赤江珠緒)へー! それを聞いても難しいな。そのすごろく、上がりまでは行かないな、みたいな。

(町山智浩)そうそうそう(笑)。これ、ものすごいアクロバットな話なんで。まあ、ご覧になるといいんですけども。まあ、すごいヘビーな話ですけどね。前半、全然ヘビーじゃないかと思っていたら、ヘビーになっていくんですけども。

(赤江珠緒)でも、なんか聞いてるとたしかにその感情も複雑ですね。簡単に割り切れないというね。

(町山智浩)簡単には割り切れないんですよ。そう。これはすごいですよ。この監督はまだ、そんなに注目されてないですけど。まあ、すごい映画を撮るので。またやっぱりね、イラン系の人ということでね、そういうそのアメリカのマイノリティーの名監督が生まれるだろうなって思いましたね。で、聞いた人は全然、「一体どうなるの?」って思っていると思いますが(笑)。それはNetflixで見れますので(笑)。

(赤江珠緒)ラミン・バーラニ監督の『ザ・ホワイトタイガー』でございます。

(町山智浩)さすが脚色賞と思いました。

(赤江珠緒)そうですか。ラミン・バーラニ監督のアメリカの作品は『ドリーム ホーム 99%を操る男たち』。そして今回が『ザ・ホワイトタイガー』という作品です。わかりました。じゃあ、楽しみに見させていただこう。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした!

『ザ・ホワイトタイガー』予告

<書き起こしおわり>

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