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荻上チキ 電気グルーヴ作品回収撤回署名活動とバイキング報道を語る

ダースレイダーとプチ鹿島 電気グルーヴ作品回収撤回署名活動を語る 荻上チキSession22
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荻上チキさんがTBSラジオ『Session-22』の中で永田夏来さんらがソニー・ミュージックに対して電気グルーヴの作品回収を撤回するよう求める署名を提出した件と、それを報じるテレビなどのメディアについてトーク。フジテレビ・バイキングを例に出しながらその問題点について話していました。

(荻上チキ)さて、今週はね、この番組でもお馴染みの家族社会学者の永田夏来さんがね、ピエール瀧さんの逮捕の件と、それに伴うメディアを覆った超自粛ムード。これに異論を唱えつつ、具体的にはそのソニーレーベルがね、CDや楽曲を配信停止にしたと。他にもいろいろなものが配信停止になったわけですけども、とりあえず音楽が配信停止になったという件を受けて、世界中から署名を集めて。それをレーベル側に提出するという、そんなニュースがありましたね。

(南部広美)はい。セッションにも来ていただいて、当日お話をいただきましたけども。

ダースレイダーとプチ鹿島 電気グルーヴ作品回収撤回署名活動を語る
ダースレイダーさんがYBS『キックス!』火曜日に電話出演。自身が発起人の1人になり、ソニー・ミュージックに対して電気グルーヴの作品回収を撤回するよう求める署名を提出した件について、プチ鹿島さんと話していました。

(荻上チキ)で、そのニュースをきっかけに昨日、今日といろいろな報道がなされるわけなので、いろいろとチェックしようということで予約録画したりとか、あるいはネットで検索をしたりとかでいろいろと見たんです。あと、ネットの反応とかもいろいろ見たりして。というのは、「なぜ自粛するのか?」っていうロジックがいまいち分からないんですよ。

(南部広美)うんうん。そもそもの。

(荻上チキ)納得できるものがない。

(南部広美)その説明をされてるように見えている言葉たちを見たり聞いたりしても……ということですね。

(荻上チキ)だから、いったい何者なんだろう?っていう、その透明な怪物を見ているような状況なので。

(南部広美)得体が知れないということですか。つかめない。

(荻上チキ)そこで出てくる論者のコメントとか、コメンテーターのコメントとか、誰かの解決とか。あるいはネットの反応とか。そうしたものをいろいろと見て、どんなリアリティーでそういった回収が合理化されるのか?っていうことを見ていこうと思ったんですけど。あんまり理由らしい理由は、そんなにバリエーションがなくてですね。大きく言うと、3つでした。僕なりに見てみたところ。で、ひとつは「反社会的勢力でお金が流れる可能性」というようなものですね。

(南部広美)うんうん。

(荻上チキ)でも、それについては「流れないよ」という一言がまず必要だと思うんです。つまり、過去に購入をした薬物に関する資金がどうなのかはわからないけれども、すでに逮捕された人の音楽を止めたところで、新たに(半社会勢力へ)資金が流入することを抑制することなど不可能である。それはそもそも、すでに逮捕されてる人のCDを買ったからと言って、そのお金を逮捕されている当事者が使うということは困難なのだから、それは無理ですよっていうことですよね?

(南部広美)はい。

(荻上チキ)で、「そういったような金が出所してから新たに出てくる可能性が……」みたいなことを言ったら、それはもう延々に可能性の話っていうのはできてしまうわけですよ。(薬物の)再利用の話とか、そうしてものも含めてね。だからこの話というのはあくまで、「何か危ないものに近づいた。何か怖いものに手を出したい人は、そうしたようなお金の使い道というものをそもそも許すことはできない」という、そういったような感覚というものが常に残っていて。

そのメカニズムを特に考えるわけではなく、「でもヤクザに金が流れた可能性というものを考えれば、いたしかたがない」みたいなことを後付けで合理化しているんだなと思ったんですね。まあ、これはいいです。論理にはなっていないので。で、もうひとつは「社会的制裁」というようなものだったんですよ。これは結構ね、大きなインパクトのあるものというか、多くの人たちがなんとなく、「そうしたようなものは必要なんじゃないかな?」って考えてるところだと思うんですよ。

たとえば、今回。今日のフジテレビのバイキングという番組を見ていたんですよ。その中で、そのタレントの方がおっしゃっていたのがね、「実際に『見てごらん。こういったことをすると、ああいったことになるんだよ』っていうことを言いやすいから、社会的制裁は必要だ」という風に言っていたわけです。それはどういうことなのか?って言うと、要は「見せしめ効果」ですよね。「ああなるよ」っていう。

で、そのような役割をテレビが果たしているというような、ある種の自負というもの。あるいは分析というものがテレビに出てる人たちにはあるんだなと。そういうことだったら、テレビに出てるその方々のお笑いとか言動とか、そうしたものも含めて、多くの人たちに学習機会が与えているという風になるわけですよね。まあ、それに足るような知性にあふれたコメントしているとは私はついぞ、気づかなかったんですけど。

でも、そうしたようなそのひとつひとつの行動が誰かの教育的な鏡になるということなのであれば、いくつかの問題が出てくるわけです。ひとつは(薬物を)使用してない人に向けて「使用したら、ああなるよ」っていうような形で見せしめで叩くことによって抑止効果が生まれるという論理なのだけれども、まずそこには根拠ないこと。でも、仮に根拠がなかったとしても、そうしたようなことを主張したいということは分かる。

だとするならば、すでに(薬物を)使用した回復途上にある方はどうすればいいのか? 「ああなるよ」っていう風な言葉を吐く人のリアリティーの中には、すでに回復途中にある方などなどの姿というものは目に入っていないんですね。目に入ってないから、多くの当事者や専門家の方と「薬物報道ガイドライン」というものを作って、「当事者のことを考えていない報道をしてるでしょ? そこはなんとかしましょうよ」という風に我々は提案したわけです。

おすすめラジオクラウドSession-22「ピエール瀧・逮捕報道と薬物報道ガイドライン」
こんにちは。文字起こし職人のみやーんです。僕が選んだラジオクラウドのおすすめコンテンツを紹介するコーナーの第42回目。今回は『荻上チキSession-22』の中から「ピエール瀧・逮捕報道と薬物報道ガイドライン」です。俳優・ミ...

つまり、「ああなるよ」ということは「自分」と「あっち側」に線引きがされていて、「あっちに行っちゃいけないよ」っていうリアリティーで世界を分けてしまってる。ということは、テレビっていうひとつの道具というものを、一部の人のものとして独占するということを高らかに宣言することに等しいんですね。「あっち側の人にならないように、こっち側の人だけで見よう」っていう。「あっち側に渡った人のためには放送をせず、こっち側の人であっち側を叩くことによって、こっち側の人のセーフティネットを守っていきましょう」みたいな。そうしたリアリティーなわけですよ。

「じゃあ『回復できるよ』っていうメッセージを伝えることか、そうしたものの役割もテレビは果たすことができるのに、それを放棄していいのか?」っていう問いに対しては、いまのところ答えているものはないんですね。「そんなのは考えなくていいんだ。そんなの、手を出したやつが悪いんだ。犯罪なんだから!」というような反応は想定されるわけですけれども。それに対してはさらに2つ。犯罪だからといって、いまの社会というのは再犯を防ぐためには社会に復帰をしなくていけない。その復帰しやすい社会というものを作っていくこと抜きに「犯罪をこれから減らそう」なんて言うことは無理です。

それはそうですよね? どんどんどんどん、犯罪というものはただでさえ減ってる中で、再犯者率が高まっている。つまり全体の犯罪の中での再犯をした人の割合が高まってるんだから、これから本当に犯罪を減らしたいという風に願ってるんだったら、再犯者を社会復帰させなきゃダメですよ。だけどそれを願っていないんだったら、ただ口だけで「犯罪を減らしましょう」って言ってるだけ。実際にやりたいことっていうのは犯罪者を叩きたいことだと。あちら側とこちら側に分けて、あちら側を叩きたいだけなんだっていうことになりますよね。

(南部広美)そして、見ている人を脅していますよね。

(荻上チキ)それから、あのそういったような人たち……再犯をした人とか、あとは使用した人たちに対して攻撃をする。そのように制裁を加えていくということをするで、「学習効果があるんだ」っていう風に言っているわけですけれども。

(南部広美)学習効果?

(荻上チキ)要は、見せしめ効果としてね。「そういう風にやることによって若い人たちとか多くの人たちの使用などを防いことはできるんだ」と言っているわけなんですが、ここで問題が。そういう風に言ってるコメンテーターの方々、明らかに勉強せずにその発言をしているんですね。何かの根拠があってそういったことを言いっているわけではなく。つまり、いまのそうした風潮がしていることというのは「何かを調べて学問的な議論しよう」というようなモードを大事にするのではなくて。

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明らかに不勉強なコメンテーターたち

あるいは「より良い社会のためにどんな風に変えていくのが大事なのか?」というモードでもなくて。なんとなく「落ちた人を叩くことによって抑止力になってくれればいいな」という願いのもとに番組を作ってるという。そうしたことが浮き彫りになるんですよね。だって、そのことに「効果がある」と立証をしているわけではなくて、「効果があるはずだ」ということしか言われていないんですよ。

(南部広美)その通りですね。

(荻上チキ)ということは、その態度を見て学習することは、要は「不勉強でも適当なことを言っていいんだ。だってテレビでも言っているし」という、誤った態度を子供たちも含めて伝えてしまうことになりますよね? だから、たとえば別の人が「見てごごらん。勉強もせずにテレビでコメントをしても、叩かれないんだよ。だったら勉強しなくていいよ」という学習効果を与えてしまうかもしれない。まあ、悪影響ですよね。

(南部広美)うんうんうん。

(荻上チキ)でも、「だからダメだ」とか「だから放送するな」とか、そうしたような話にはならないわけです。それを問題視してる立場の人……たとえば僕とかね。それはなぜかというと、そのこと自体もひとつの学習機会だけれども、他の学習機会をよりしっかり与えていくことによって、その社会全体をよくしていくということは重要だし。および、そうしたことを規制することとか、そうしたことを叩くことのデメリットの方が大きいとわかっいてるからですよね。

表現の自由を規制すれば規制するほど、いろんなものを考えることを失っていく。いま、せっかく考える機会があるんだから、それを使えていないのは問題だけれども、それを手放してしまったら、より考えなくなってしまうんですよ。

(南部広美)そうですね。比較ができなくなるわけですもんね。

(荻上チキ)そうですね。あとね、もうひとつ、面白かったというか。そのバイキングという番組でね、芸能レポーターの方がお話になっていたのが、「企業としてそうした対応を取るのは、いたしかたがない。私個人は回収とかはやりすぎだし、配信してもいいと思ってるんだけれども、世の中の空気として、そうした音楽を配信し続けることのコンプライアンスの問題とかにいろいろと配慮するのはしょうがない」っていう話をしていたんですね。

(南部広美)うん……?

(荻上チキ)加えて、この番組では面白いことを言っておりまして。「いつからこんな風潮になったのか?」みたいな、そうしたようなことをみんなで「うんうん」とか言いながら語っていたわけですよ。「お前らだよ。『いつから?』とかじゃないよ。君たちですよ!」って。だから本当にね、「自分がどう思うか」っていうことを主張して世の中に対して訴えていくっていう時に反論を受けるのはとても怖い。だから今日、そのテレビを見ていて思ったのが、もともと今回、多くの署名が集まって。「回収するっていうことはおかしいんじゃないか?」って異論がぶつけられての番組作りだったわけですよ。

そのフジテレビのバイキングっていうのはね。で、これまでは一方的に好き勝手に叩いてきて、ろくにリサーチもしないで放送をやってきたんだけれども、カウンターの言説。カウンターの言い分というのが出てきた途端、今日の放送はね、なんかおとなしかった。で、自分たちが批判対象になることも含めて、コメントがすごくぬるくなっていたんですね。

それでも、さっき言ったような不勉強な姿勢というのは基本的には変わらないんですけど。でも、そうした中で自分の言葉ではなくて、「でも世の中が……」って言うんですよ。「自分はいいけど世の中が……」とか。

(南部広美)「世の中の代弁」っていうことですか?

(荻上チキ)いや、それは主語を避けているだけです。言葉の当事者性を放棄しているだけなんですよ。「世の中が」って言うんだったら、その世の中はどう変わるべきなのかという当事者の言葉。当事者性を持った言葉を口から吐かなきゃいけないですよね。

(南部広美)「その場だ」っていうことですか?

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言葉の当事者性を放棄する「世の中が……」発言

(荻上チキ)そうですね。だからその日常の中で仕事を続ける上で、ハレーションを起こすっていうことは全て「炎上」となり、「そうした炎上を起こすことは悪いことだ」という風に回収されるので、なんとなく想定する世の中に迎合したコメントしかしない。でも、その世の中の風潮がおかしいとか、あるいは刑法の問題とか司法の問題とか風潮の問題、そもそもいろいろな問題がおかしいと思ったならば、異論を述べなくてはいけない。

(南部広美)そうですよね。その異論。「おかしい」って思った人たちが今回、永田さんの呼びかけの署名で数が見えたっていうことなんですよね?

(荻上チキ)そうですね。一部ですけどもね。そうしたようなことも含めて、やっぱり当事者性のない言葉が一人歩きしていった結果、誰も本気で考えてない論理が「世論」として一人歩きしていってしまうことに、「まあ、しょうがないね」って流されていってしまうという、このメディア社会の問題が浮き彫りになり。その先兵となっているテレビとか様々なメディアというのが他人事のように「まあ、世の中がね」っていう風な形で、自分すら責任を取らないという構図が浮き彫りになった。

だから今回のようなその一連の出来事っていうのは、ただ1人のミュージシャンや、あるいは特定のグループの配信の問題やそうした企業の問題だけではなくて、広く社会の問題が問われてるような案件だという風に改めて自覚するに至った次第なんですね。で、僕はこの風潮ははっきりとおかしいと思う。おかしいと思わない人もいるかもしれません。それは今後、議論していきましょう。真正面から「いや、違うと思うよ。おかしいと思うよ」っていう風に言い続けていくので。

で、そうしたようなことを重ねて、じゃあ世の中がどうしていけばよりベターなのかっていうことにたどり着いて行かなくていけないんですよね。

(南部広美)その議論を見て、人々もまた考える機会になりますよね。

(荻上チキ)まあ、そんなこんななので、署名活動を通じてこうした議論というものをより前に進めるようなきっかけを作った人々には本当に敬意しかないですね。

(南部広美)もう議論は始まっているっていうことなんですもんね。

(荻上チキ)あとはそれを真正面からいろいろと議論ができるのかどうか。真正面から受け止めるような度量が社会とメディアにあるのかどうか。そこが問われてるなという風に思いますね。というわけで引き続き、いろいろな問題で……たとえば薬物の問題とか依存症の問題とかメディアの問題とか。そうしたものを取り上げていければと思っております。
(南部広美)続けていきましょう。

<書き起こしおわり>

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