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ヤマザキマリ ルネッサンス画家と現代漫画家の共通点を語る

ヤマザキマリ ルネッサンス画家と現代漫画家の共通点を語る 荻上チキSession22
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漫画家のヤマザキマリさんがTBSラジオ『荻上チキSession22』にゲスト出演。荻上チキさんと著書『偏愛ルネサンス美術論』の話をしながら、ルネッサンス時代の画家たちと現代日本の漫画家との共通点などについて話していました。

(南部広美)今夜は漫画家のヤマザキマリさんをゲストにお迎えして、ヤマザキマリ流ルネッサンス巨匠列伝と題してお話を伺ってまいりましょう。

(荻上チキ)はい。いま手元に1冊の本があります。集英社新書から発売の『ヤマザキマリの偏愛ルネサンス美術論』ということで。美術に関する本をね、ヤマザキさんがお書きになっているということなんですけども。この本のスタイルというのが、それぞれの美術家の方々。有名な方々のキャラクターに注目して、その人たちがどういうタイプの画家だったのか?ということに迫っていくという、ある意味フェティッシュというか、恋愛感というか、情愛というか。いろんな感情にまみれた1冊になっておりますね。

(ヤマザキマリ)ちょっとマニアックな感じがしないでもないですけどね。

(荻上チキ)はい。どうしてこの1冊、お書きになろうと思ったんですか?

(ヤマザキマリ)先ほども言いましたように、私、イタリアにちょっと美術のことで留学してましたけども。まあ、その油絵をやっていたり、美術史をやっていく上で、絵を描くということがすごく特殊なことというよりも、ものすごく職人的なものであったということから、ひとつの興味を持つようになって。

(荻上チキ)はい。

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ルネッサンス時代の画家たちと現代の漫画家がシンクロする

(ヤマザキマリ)その後に、私はまあ、漫画家という職業に就くわけなんだけど、漫画家をやり出してから、『これってもしかして、ルネッサンス時代の画家たちと同じシステム?』っていう。そういう、なんて言うかな、ものすごくシンクロすることに着眼するようになっていったんですよ。まあ、それもあるんですけど、やっぱりルネッサンスっていう精神性ですね。もともと、古代ローマとかも好きだったんですけど、やっぱり古代ローマに興味を持った人たちがいた時代であった。

(荻上チキ)はい。

(ヤマザキマリ)ルネッサンスっていうのは復古っていう意味のフランス語になりますし。イタリア語だとリナッシメントっていうんですけど。やっぱりその、人間がものすごくやっぱり活性化できていた時期。そして、ものすごくやっぱり精神的生産力が旺盛だった時期っていうのを取り戻そうじゃないか。暗黒の中世時代と呼ばれている鬱屈した、生産性が下がっていた時代から、また芽を吹き出させようっていうひとつの大きな動きですよね。

(荻上チキ)はい。

(ヤマザキマリ)それは、ものすごくやっぱり勇気をもらえることであり。そしてその、海外っていうものがひとつの力となって、ひとつの経済力とつながって、大きくゴーッ!っと時代を築き上げていく。

(荻上チキ)大きな市場にもなり。

(ヤマザキマリ)だっていまの漫画業界ってすごいじゃないですか?海外で翻訳されている本の、それこそ7割、8割はほとんど漫画だって言われてますけども。それだけ、やっぱり経済を動かす力がある絵っていうのが存在した時代は、この時代の、ルネッサンス時代のイタリアか、またはいまの漫画業界っていう。これは面白い。そういう見解でルネッサンスっていうのを解釈していったら、たぶんみんなにとってもっと敷居の低めの、入りやすいものになるんじゃないかな?と。

(荻上チキ)ああー。

(ヤマザキマリ)古代ローマもそうやって結局、敷居をお風呂にすることによって、みなさんにとって古代ローマが身近なものになっていったじゃないですか。今度は漫画ではないんですけど。ルネッサンス時代に生きた人たちっていうのは、まあいまのたとえば漫画家の誰それさんと似たような感じなんだよって。締め切りを守らない人もいれば、いろいろ気難しい人もいれば、アシスタントは引っこ抜かれるは・・・とか。

(荻上チキ)人気の売れっ子で王道ばっかりやる人もいて。

(ヤマザキマリ)そういう人もいれば、もうぜんぜん売れなくてもいいやってやっているような作家もいると。そのへんの見解をうまくピックアップしてひとつの本にまとめると、たぶんルネッサンスっていうひとつの時代に対するいろんな方の見方が変わるのかな?っていう。

(南部広美)たしかに。身近になりました。

(荻上チキ)たしかに、最近は漫画家漫画って結構書かれているじゃないですか。手塚治虫さんの話とか、この漫画家さんの伝記を描くとかいうのもいっぱいあるし。『バクマン。』みたいに漫画家を目指すのが漫画になっちゃうみたいなのもありますけども。そういった観点に美術家を置き換えて見てみると、そういうもんだったんだよ、実は当時もって・・・

(ヤマザキマリ)そうです。で、私、基本的にすごく漫画読みだったわけでもないし、漫画家になりたかったわけでもないわけですよ。ただ、絵で食べていけないから、苦しんでいた時に、同じクラスのイタリア人に『漫画、描いてみればいいんじゃない?』って。その人、漫画オタクだったんですけど。『漫画を描いてみたら、日本ではお金にちょっとなるみたいだよ』って言われたんですよ。

(南部広美)あ、そうだったんですか?同級生発?

(ヤマザキマリ)同級生発。それで、『あ、そうなの?』って言って、はじめて。私、それこそ本当に手持ちの芸大生とかが置いていったつげ義春とか。本当に、参考にしていいんだか悪いんだかわかんないような漫画を見ながら・・・

(南部広美)つげさんを参考に?

(ヤマザキマリ)つげさんを参考に漫画を描いて。杉浦日向子さんとかそういう漫画を真似をして描いて送って。『うわっ、この変ちくりんな漫画家はなんだ?』ってことで。変ちくりんさだけでデビューさせてもらったというか。

(荻上チキ)以前、この番組にもね、つげさんはお電話で出ていただきましたけども。

(ヤマザキマリ)聞かせていただきました。いま、ちょうどつながるなと思って。そうなんですよ。参考にさせていただいて描きましたけども。でもやっぱり、そういう美術史と接した人間じゃないとたぶんわからない世界観かもしれないと思ったんですよ。この漫画家との共通点。

(荻上チキ)なんか敷居が高くて高尚なことを考えていて・・・みたいなイメージはありますよね。クラシックに対するイメージ。

(ヤマザキマリ)そう。だからつい、『大先生の、大先生の・・・ははーっ!』っていう感じになるじゃないですか。でも、あの時のたとえば1400年代後半の人気のボッティチェリっていう作家なんかは、もう本当にバブリーな時代にワーッと時代の寵児となったバブリーな美人漫画家みたいな。なんて言うか、そういう感じなんですよ。それで、人気が出てチヤホヤされて。で、美人ばっかりを描いて。それがまたみんなに求められていたものだから、まあ売れるし。

(荻上チキ)うん。

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締め切りに追われるルネッサンス時代の画家たち

(ヤマザキマリ)で、他の作家たちもみんなボッティチェリ風に絵を描いてみるとかっていうことをしてみたりとかね。まあ、そういう時代だったわけですよ。ものすごく似ていたと。で、契約書もちゃんと交わして。当時は、締め切りに遅れるとペナルティーが発生するんですよ。

(荻上チキ)ええっ、ペナルティー?

(ヤマザキマリ)そう。1日遅れるにつき、いくら払えみたいな。

(南部広美)お金を払うんですか?

(ヤマザキマリ)払わなきゃいけない。画家の方が、払われる金額から差し引かれていくんです。だから日本とかもそうなったらヤバいですよ。あの、締め切りが遅れた分だけ、いくら差し引かれますよ、みたいな。

(荻上チキ)うわー、嫌だ嫌だ。

(ヤマザキマリ)でも、おかしいんですよ。その当時の文献なんかね、みなさんのメモ書きみたいなのがデッサン用紙の脇にあるんだけど。まだもらってもいない報酬で皮算用したりとかね。これであれを買って、なにを買って・・・みたいな。やめた方がいいよと思うんですけど(笑)。

(荻上チキ)(笑)

(ヤマザキマリ)もう、いまの人たちとなんの変わりもない。で、本当に職人さんなんで。さっきも言ったように絵描きさんというよりは、装飾職人というカテゴリーですね。で、要するに絵を描くにつけて、その顔料っていうのは薬屋さんで買わなきゃいけなかったので。だから薬学ギルド。薬屋さんのギルドに入っていたんです。絵描きさんは。

(荻上チキ)ほうほう。

(ヤマザキマリ)なのでぜんぜん、『芸術家の先生、はははーっ!』っていうんじゃなくて、そのへんの職人のおじさんやお兄さんっていう感じの扱いだったわけですから。ものすごく、もっと気軽な・・・

(荻上チキ)まあ、依頼主のオーダーに合わせて似顔絵を描いたりとか。なにか、華やかな宗教的なものに対して、壁画を描いてくれとか。天井を描いてくれとか。

(ヤマザキマリ)そう。あれも結局、やっぱり教会の中でお金持ちが持っているスペースがあるんですよ。で、『あれに負けない、もっと美人な聖母を描いてくれよ』とか言われて。『ええーっ?』とか言いながら。『色も特別、いい色を使わせてやるからさ』みたいな。そういう契約を交わして、そういう祭壇画を描くと。そうすると人気が出るわけですよ。『あそこの祭壇画の聖母、いいよね。あっちに行ってお祈りするか?』みたいな。

(南部広美)ああーっ!

(ヤマザキマリ)そう。ルネッサンスっていうのはだから、それまで聖母画って、宗教の絵にしても、ものすごく記号化された表情のない、面白くない聖母子像だったのを、それをいきなり、アイドル女性をモデルにして描いちゃったおじさんがいるんですよ。おじさんっていうか、僧侶だったんですけど。駆け落ちした修道女がまた美人で。その人をモデルにした絵を表に出したら、もう大センセーショナルになっちゃって。

(荻上チキ)うん。

(ヤマザキマリ)どうせ飾るならね、聖母も美人がいいよね!みたいな感じで。それが、ひとつのるルネッサンスのさきがけでもあったんですけど。

(荻上チキ)ああ、じゃあ結構俗っぽい反応で絵の評価が決まっていくんですね。

(ヤマザキマリ)そうそうそう。で、やっぱりこの時は経済っていうかお金がものすごく動いていた時期ですから。それに焚きつけられるように、ものすごくサイクル、ニーズがやっぱりこう・・・発注が多かった。もう、どんどんいろんな人が『あれと同じマドンナがほしい!あれと同じ聖母子像がほしい!』っていう人が増えて来てたりとかね。

(荻上チキ)ああー。じゃあいま、めっちゃ評価されているけど、当時は通俗の極みだという風にみんなから思われていたやつとかも、あるわけですね。

(ヤマザキマリ)います。ええ。いまね、だから東京都美術館とかでやっているような人(ボッティチェリ)とかはね、もう本当に、当時で言えば、なんて言うんですか?当時の若いサブカルの連中の中で、『いま、俺の時代が来たぜ!』みたいな感じで脂の乗った時代の絵がいっぱい来てますけども(笑)。

(荻上チキ)おうおう。

(ヤマザキマリ)別に私、その時代にいたわけじゃないんですが。あまりに、模写とかをたくさんやったり。彼らが使った顔料の研究とかをしたおかげで、ものすごく身近にいた人たちに感じるんですよ。

(荻上チキ)うんうんうん。

(ヤマザキマリ)だから、さっきもおっしゃったように、漫画家になる漫画を描いたっておっしゃったけど、私はやっぱり絵の畑で来ているので。そういう人たちの方が、バーチャル的に、脳内接触率が高いんですね。イメージしやすい。

(荻上チキ)ああー。だから、その人たちについての本をお書きになったわけですね?

(ヤマザキマリ)そうです。

(荻上チキ)こっちを活字でお書きになったのは、理由はあるんですか?漫画ではなく。

(ヤマザキマリ)いや、活字の方が手っ取り早いじゃないですか。だって、絵を描くのは本当に大変なので。漫画化するとなると、もう至難の業ですから。

(荻上チキ)たとえばダ・ヴィンチを描いて、モナリザを描く姿を描くとかになると・・・

(ヤマザキマリ)ええ。いや、もうこの、本当にその新書本を1冊出す何百倍もの時間がたぶんかかってしまうので。やっぱり早く出したい。もう早くみなさんに気づいてほしい。そして今年は日伊友好150周年記念ということで、もう軒並み素晴らしい画家の絵がどんどん日本にも来るので。その前に、もっと、その恐れ多さと余計なあれは捨ててしまって。もっと身近な感覚でルネッサンスに接していただけたらなという感じで。

(荻上チキ)はい。今日は身近に感じていただくために、何人かのルネッサンス時代の巨匠の話をね、伺いたいと思うんですけども。まずは、何人か挙げて頂いてますけども。本の中で、『伴侶にするならラファエロ』っていう風に挙げていただいてますよね。

(ヤマザキマリ)まあね。『伴侶にするなら』ってだって、まあこの中で誰かを選べって言ったら・・・

(荻上チキ)(笑)

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『いい人過ぎた』ラファエロ

(ヤマザキマリ)だって、ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、ラファエロの3人のうちで誰か選べって、まず女の人に興味があるのはラファエロしかいないじゃないですか。伴侶にできるのが。他の2人は本当に、男子の美しさの方が好きだった人かもしれない。まあみんな、恋とかしてるんだけども。ミケランジェロに至っては、ミケランジェロの彫刻っていうのはもう筋肉ムキムキの男子におっぱいをつけたようなもんですから。

(荻上チキ)はいはい。

(ヤマザキマリ)これ、女の人じゃないでしょう?っていうような彫刻を彫っちゃっている。

(荻上チキ)ムッキムキですよね。進撃の巨人みたいな感じの。

(ヤマザキマリ)すっごいですよ。あれはもう・・・だからあれが好きな方も当然いらっしゃるんだけども。ラファエロはものすごく気遣いの人で。やっぱり、きっとこの人、本当はもうちょっと冷たい感じの人だったんじゃないかな?というような女性像も、すごくその人の特徴を引き出した、美しい肖像画に仕立てる能力があった。それはやっぱり、モテるでしょう。

(荻上チキ)はいはい。求められているものにちゃんと応じてくれる。

(ヤマザキマリ)しかも控えめで、先輩を立てる。『僕なんかじゃなくて。本当にそれはこちらの先生の方に・・・』っていう、そういう感じ。謙虚で、すごく探究心が旺盛で。でも、出ちゃばらない。でも、ちょっとイケメンで女子にもモテてみたいな。モテ要素が旺盛だったっていう。

(荻上チキ)まあー・・・腹が立ってきましたね(笑)。

(ヤマザキマリ)腹が立ってきた(笑)。でも、働き過ぎちゃって。受注するものを断りきれなくて。全部やりすぎて。ラファエロはよく、女の人と付き合いすぎて早死しちゃったって言われますけども。

(南部広美)付き合いすぎて!?

(ヤマザキマリ)いやいや、たぶんね、それは後の人が作った伝説だと思うんですよ。もうたぶん過労死。働き過ぎて、30代後半で亡くなった。

(荻上チキ)自分で自分をブラックにしちゃったっていう?

(ヤマザキマリ)そう。もうなんか、あれもこれもやりたいって断りきれなくて。本当に締め切りに追われる感じで毎日すごしていくうちに、どんどん土気色になっている肖像画があるんですよ。『これ、どう見ても病気でしょ?この人』っていうような。心配させられるような。だからそれを見ていると、『ああ、この人はたぶん過労死だったんだな』という風に思っていますけどね。

(荻上チキ)なるほど。そのラファエロはそういったキャラクターだから、たとえば絵の方でも、やっぱり相手をよりよく美しく描くようにしたと。リアリズムそのものっていうよりは、ちょっと内面の美しさを引き出してくれるような?

(ヤマザキマリ)そうですね。だからみんなもう、すごく特異なというか、変わった人たちばっかりで。私はこの本の中で『変人』っていう言葉を使っているんだけど。それは卑下する意味じゃなくて、ものすごく、人がやらなかったことをやる勇気があった人たちという意味で使っています。

(荻上チキ)うん。

(ヤマザキマリ)で、ラファエロもそうではあるんだけども、まあ気遣いながら、ちゃんと社会性と自分の独自性のバランスを取っていた人じゃないかな?と。だからすごく古代ローマが好きだった人なんで。ぜひお会いして、『いま古代ローマの研究はここまで進んでいてね。あなたが描いたこれとか、間違っているの。実は』みたいな指摘がしてみたくなっちゃう感じの。別にいじめたいわけじゃないんだけど。

(荻上チキ)(笑)

(南部広美)うわー、もう会ってもたいたい!叶うなら。

(ヤマザキマリ)会いたかったな。あの世でそういうチャンスがあったらいいなと思いますけども(笑)。

(荻上チキ)そしてミケランジェロ。筋肉フェチですよね。

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『筋肉フェチ』ミケランジェロ

(ヤマザキマリ)そうですね。だからミケランジェロはさっきも言ったように、やっぱり彼も固執した・・・自分流の美徳観念で描いていた人ですよね。描いたり、作っていたりした人ですし。まあ、たとえばダビデ像とか、すごく有名ですけども。

(荻上チキ)ねえ。あのムキッとした感じの。

(ヤマザキマリ)で、あれはもうもともと、変な形をした石を任せられて。『これで彫れるものを』じゃないですけど。だから、自由になんでも彫られる石ではなかったんですね。

(荻上チキ)素材ありきだったんだ。

(ヤマザキマリ)そう。生み出したのが、あのダビデだったっていう。

(荻上チキ)すごく変わったポーズをしてね。

(ヤマザキマリ)変わったポーズをしてね。まあ、だからでもやっぱり、すごく秀逸な才能があったっていうことですよね。

(荻上チキ)はいはい。そういう風な、それぞれのやっぱりこだわりがキャラクターの反映でもあると。ミケランジェロのキャラクターっていうのはどういう風にお感じになられました?

(ヤマザキマリ)いや、偏屈ですよ。この人なんて。だからちょっといちばん付き合いにくかった人なんじゃないかな?と思いますけども。私、ミケランジェロに対してはそんなに強いシンパシーを持っていなくて。なんか、やっぱりちょっと厳かなイメージがものすごく強いですし。

(荻上チキ)厳格な感じ、しますよね。

(ヤマザキマリ)そう。流行りとかそんなチャラチャラしたもの、私は関係ありません!って。そこまで行き過ぎてもちょっとね。お坊さんに果てしなく近いイメージがちょっと・・・

(荻上チキ)ああー、ストイックな。

(ヤマザキマリ)だからヴァチカンから気に入られるし。仕事はしやすかったと思うんですけど。うん。

(荻上チキ)でも大変な大作とか任されて。大変そうですけどね。

(ヤマザキマリ)ええ。なんかね、天井画を描きながら、目に絵の具が入って見えなくなったとか、いろんな・・・

(荻上チキ)癇癪を起こしたとかね。

(ヤマザキマリ)いや、癇癪を起こしそうな顔してますもん。

(荻上・南部)(笑)

(ヤマザキマリ)絵を見るだけで、これは普通のおじさんじゃないでしょう?って。みんな肖像画がちょっとどうかしてる感じで。

(荻上チキ)ちょっと眉間にシワが寄る系の。

(ヤマザキマリ)ええ。眉間にシワで、口もへの字だし。そう。難しそうな。親戚に1人、こういう人がいるとちょっとやりにくいよね・・・みたいな。

(荻上チキ)ちょっとね。年末とかで場が(笑)。

(ヤマザキマリ)はい。そういう感じですね。

(荻上チキ)ダ・ヴィンチの方はダ・ヴィンチの方で。レオナルド・ダ・ヴィンチもね、また変わった人ですよね。

(南部広美)この人は多才ですね。

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『人嫌い』レオナルド・ダ・ヴィンチ

(ヤマザキマリ)そう。だからまあ、単に多才というよりは、この人は本当にちょっと特殊な環境に生まれてしまったというのもあると思うんですけども。やっぱり、自然科学と人文。さっきも言ったけど、人文主義の間に立てていた人だっていうことで。

ヤマザキマリと荻上チキ 人文系教育の重要性を語る
漫画家のヤマザキマリさんがTBSラジオ『荻上チキSession22』にゲスト出演。荻上チキさんと人文系学術の教育の重要性について、荻上チキさんと話していました。

(荻上チキ)絵も描くし、発明もするし。医学とかにも興味があるし。

(ヤマザキマリ)もうね、結局彼は他のエリートと違って、学がそんなになかったんですよ。教育環境で学べなかったってことが少しコンプレックスになっていて。もう50才になっても、ハタチの若い解剖学医に『弟子入りさせてくれないかい?』って言ったぐらい。ものすごく、やっぱり自分の姿勢に対して謙虚な探究心っていうのが旺盛な人だったと。

(荻上チキ)はいはい。

(ヤマザキマリ)でも、実際はものすごく・・・それも彼の側面なんだけども。非常に付き合いにくい、偏屈な爺さんだったらしいです。彼もね。で、いっつも変な格好をしていたみたい。人と違う格好をする。たとえば、短い丈のジャケットが流行った時に、わざとくるぶしまであるのを着てみるとか。

(南部広美)へー!天邪鬼だ。

(ヤマザキマリ)天邪鬼です。だってこの肖像画もそうですけど。なに?このヒゲと落ち武者みたいな・・・

(南部広美)落ち武者ですよね(笑)。

(荻上チキ)そうですね。

(ヤマザキマリ)でも、これだと目立つっていうか。やっぱり自分の自己主張。だから、ダ・ヴィンチっていうのははじめて職人であるっていうカテゴリーの画家から逸脱して、実は絵描きっていうのは別に人に媚びる絵ばっかり描くわけじゃないよっていうことをやっちゃった人です。

(南部広美)ふーん!

(ヤマザキマリ)なので、おじいさんの絵とか、素晴らしいんですよ。ダ・ヴィンチに関しては。おじいさんの絵、私も模写しましたけど。デッサンを。それがいまだに私の強い影響力として、いまだにおじいさん描いていると好調!みたいな。若い女の人は描きにくいっていうのがあるんですけど。

(南部広美)おじいさんを描いていると好調(笑)。

(荻上チキ)いまみたいな紹介のされ方でダ・ヴィンチに迫ると、なんか美大によくいそうなやつに見えてきますよね(笑)。

(ヤマザキマリ)いや、いますよ。だから絶対にどれかのカテゴリーに入る人、いますよ。この中の誰かに。

(荻上チキ)目立ちたがり屋で、他のやつと違う格好をして。だけどそれなりに、自分の好きなものに対しては、ギーク性というか、謙虚性があって。

(ヤマザキマリ)で、『別に売れなくていいし』みたいな。すごいカリスマな姿勢があって。『そんなもん、売れることばっかり意識してどんないい絵が描けるんだ?』って感じの。でも、ちゃんとパトロンが彼にはいつもついていて。で、上手いんですよ。すごくやっぱり才能があって。技巧力も高い、クオリティーも高いっていうことで。そういう人には、そういうこと言えますよね。やっぱりね。

(荻上チキ)うん。でもあんまり媚びないっていう。

(ヤマザキマリ)媚びない。だからぜんぜん暗い絵を描いたり。途中で止めちゃう。依頼された絵を、『あ、なんかこれ、完成した感じがもうわかったから、もういいや』って。依頼されている絵なんだから、終わらさなきゃいけないじゃない?もう、やる気なくしちゃうんですよ。

(南部広美)(笑)。自分だけに見えたっていう。

(ヤマザキマリ)そう。もう会ってきた人のようにしゃべっているけども。有名なんで。そういうことでね。で、あと新しいことを試してみたい。絵にしても、他の人が使わなかった顔料でやってみたいっていう、そういうチャレンジ精神を旺盛にしたせいで、どんどん絵の具が剥げ落ちてしまう壁画を描いてしまったりとかね。まあ、いろいろ失敗もたくさんやっているんですけど。

(荻上チキ)はいはい。

(ヤマザキマリ)そういう意味も踏まえてね、やっぱり人間力を旺盛に活用した人だなと感じますね。

(荻上チキ)うん。なんか人が見えてくると、その絵の意味みたいな、見方も変わってきますね。

(ヤマザキマリ)うん、そうですね。あの、前の漫画の担当編集がよく言っていたのは、やっぱり漫画越しに作る人間性の面白さが見えてくる漫画は面白いっていう話をしていて。やっぱりその、漫画から漫画を学んだというよりも、それ以外のものがたくさん注入されてしまって、それが漫画という形になっているという作家が描くものは面白いんだよっていう話をしていたけど。

(荻上チキ)うんうん。

(ヤマザキマリ)それにやっぱり似たようなものが、この新書の中のひとつのテーマとして。私は表現しようとしてることかもしれないですね。

(荻上チキ)何かしらの過剰さがないと、それが表現に結びつかないというような?

(ヤマザキマリ)そうですね。その、世間体を意識したりとか、いま流行りがこれだから・・・とか。しがらみに縛られてばかりいると、やっぱり自由な表現ができない。で、やっぱりルネッサンス的な精神っていうものを深めていく意味でも、そういう人たちでなければなせなかった業っていうのはあると思うので。どんどん変わったことを認めてもらうような社会性っていうのは必要だった。ルネッサンスはそれができた時代だったんです。

(荻上チキ)はいはい。

(ヤマザキマリ)ありだったんですよ。『へー!そんな変わったものを描いたんだ。でも、これはこれでいいよね。いままで見たことがないけどさ』って思える人たちがたくさんいた時代だった。だから、すごく面白い細胞分裂がたくさんあったっていうことですね。

(南部広美)そうか。豊かだったんだな。

(ヤマザキマリ)そう。

(荻上チキ)そんな時代といまの漫画界が似てるってことになるんですか?

(ヤマザキマリ)いまの漫画界、実際にどうなんでしょうね。なんか、あんまり私も漫画をよく読まないので、ちょっとわからないんですけど。どんどん新しいものを出していくっていう方向になっているかどうかは、ちょっとわからないですね。

(荻上チキ)いや、新しいジャンルが次々と生まれているなっていうのはあります。

(ヤマザキマリ)あ、じゃあそれだったら、それは同じかもしれないですね。

(荻上チキ)あの、そこに飛びつきすぎな感じもするけど。たとえば食レポ漫画があって。でも今度は、散策漫画があって。今度は女の各年齢の生き様みたいなものが、ちゃんと丹念に。いままでモブだった存在をちゃんと描こうっていう漫画があって、とか。

(ヤマザキマリ)なるほど。それはもう、どんどん人がやらなかった、新しい領地にどんどん踏み込んでいこう!っていう感じですよね。それはやっぱり、すごく必然的な要素ですよね。

(荻上チキ)はいはい。そういったものをどんどんやっぱり、いま、まさにそうした時代を生きているぐらいの感じで。漫画と同じように絵画に触れてみようっていうのも・・・

(ヤマザキマリ)そう。ありますね。やっぱり、絵っていうものが力を持っていた時代っていうのは大事だと思うので。うん。

(荻上チキ)そこから学べることがいまもね、あると思いますけどね。

<書き起こしおわり>

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