星野源『Nothing』を語る

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星野源さんがニッポン放送『星野源のオールナイトニッポン』の中でアルバム『POP VIRUS』についてトーク。アルバム収録曲の『Nothing』について話していました。

POP VIRUS (CD+Blu-ray+特製ブックレット)(初回限定盤A)(特典なし)

(星野源)それでは星野源のニューアルバム『POP VIRUS』の中から曲をオンエアーしてメールを読んだり、解説などをしたりするというコーナー。このね、2ヶ月ぐらい。1月ぐらい? まだそんなやってないか? 発売してから1月ちょい、やってまいりましたが。今日は『Nothing』という曲を喋っていきたいと思います。ちょっとなんかメールを読んでみようかしら。

大阪20歳の方。「私は音楽のことも詳しく分かりません。ですが、この歌を初めに聞いた時、灰色でモノトーンな冷たいイメージだったのが、何度も聞いてるうちにあたたかいオレンジ色のイメージに変わってきて、辛い時に寄り添ってくれる音楽になりました。こんな曲と出会えて本当に良かったです」。ああ、嬉しいですね。そうですね。ああ、そうそう。なんかね、最近僕が割と「リテラシー」なんてことを言ってるんで、こういう「音楽の事を詳しく分からないんですが」ってメールを結構もらうのがちょっと申し訳ないなと思って。

なんかね、僕が言ってるリテラシーっていうのはたとえば、「ミュージシャンをたくさん知ってて、音楽理論を知ってて……」とか、そういうことでは実はなくて。何て言えばいいんだろう? 音楽を聞いて、そのまんま自分のイメージを膨らますことができる人ってすごくに少ないんですよね。だから、この方みたいに「何か灰色でモノトーンなイメージだったんです」とかそういうことを言ってくる人って意外とすごく少なくて。「○○って曲に似てますね」とか言う人しかいないの。

で、それは自分の中でたぶん思いつく限りのリテラシーを持たねばならんっていう思いなのかもしれないなって思うんですよ。なんか、「専門的なことを言わなきゃいけないのではないか」と思うと「何かと何かに似ていますよね」とか「何かに影響を受けてますよね」とか言わなきゃいけないみたいな。でも、僕が思うリテラシーっていうか、音楽を感じる力っていうのは……でも音楽って結構本当に耳の筋肉だったりもするんですけど。何回も聞かないとっていうのは正直あるんですけど。

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「音楽のリテラシー」とは?

でも、僕が思う嬉しい感想っていうのはこういう自分の中のイメージを喋ってくれたり、僕はなんだろう。わかんないけど。この曲に限らず、たとえば「自分が生まれ育ったこの街を思い出しました」とか「なんかすごい海が見えたんですよ」とか「僕の子供の時の○歳の時のあの感じがすごいしたんです」とか。「僕のあの時の恋愛の感じがしたんです」とか。なんかそういう話をしてくれたり、あと漠然と「すげー好きです!」とか「すごくよかったです」とかっていうのが僕は嬉しくて。それが僕は音楽といちばんピュアに接しているいちばんいいリテラシーなんだと思っています。

なので、わかんない。他の国がちょっと僕、わかんないんですけど。日本のその音楽に接する時、あとは言葉にする時、感想を言う時っていうのの悪い部分っていうか、あまり僕は好きではないっていうのは、「専門家のように語ってしまう」っていう。で、その専門家のように語ってしまっている、いままでの人たちが過去との比較ばっかりしてた人たちがすごく多いので。日本人の中には。「あの時のあの時代のあそこからの引用なのではないか?」とか。で、そういう事を照らし合わせることによって、何だろう。音楽っていうものをより聞いてもらおうっていうような人がすごく多いので。

そういう人がやっぱり多いっていうのも理由のひとつだとは思うんですけど。やっぱり自然と自分の思いを感じて、自分の思いとしてその音楽をただ受け取ることがなかなか難しいのではないかな。いまの人って。で、自分で感じる前に、たとえばわかんないけど。ネットで評判を見てしまって。自分が感じている思いが不安っていうかね。で、その自分が感じた思いがみんなと一緒じゃないか不安だとか。そういう人がすごく多いんだと思うんですけど。

僕が音楽を聞いてる頃はもちろんネットもないし、僕が聞いてる音楽は中学生とか高校生の時は周りの誰も聞いてなかったんで。それこそ、なんだろうな。まあ誰も聞いてないというか、どうしても共有できる人がすごく少なかったんで、自分で感じて自分で膨らませるしかなかったんですよ。で、それってすごく豊かなことで。自分がその音楽を聞いて自分だけのイメージだったり、自分が思うままの景色を広げるっていうのって音楽においてすごく素敵な、豊かな楽しみのひとつであると思っていて。

なんかだから、この方は「音楽の詳しいことはわかりませんが」って言わなくて全然大丈夫で。で、こういう話をいつかちゃんとしなきゃなって思っていたんですけど。いいきっかけをありがとうございます。で、また「あたたかいオレンジに変わってきて」っていうのがのまたすごくそれが、耳の筋肉だったり自分の曲への理解だったり。「理解」っていうものは左脳で理解するというよりも、なんかこう曲が深く染み込んでくるようなイメージで捉えてもらえるとわかると思いますが。まあ、深まったっていうことなんだと思います。すごく嬉しいです。ありがとうございます。

北海道、男性の方。「僕はアルバムの中で『Nothing』が大好きな曲です。アルバム『POP VIRUS』発売頃にずっと付き合っていた彼女と別れてしまいました。その頃、フラゲしたアルバムを夜、1曲ずつ部屋で聞きました。あっという間に『Nothing』まで来て、最初の亮ちゃんのギター。何とも素晴らしい音楽。歌詞の『変わらぬ愛を知って 瞳輝き増して 時間よ止まれよ』のところでとても感動したのを覚えています。夜、彼女と電話をしていて学校があまり好きじゃなかった自分はいつも『このまま時間が止まればいいのに』と思っていた頃を思い出し、あの頃に戻りたいとも思い、やはり恋愛は奥が深いなと思った、そんな1曲です。

いまでは通学路や落ち込んだ時に聞いています。また愛し合える人を作るぜ、源ちゃん。これからも体に気をつけてツアーがんばってください。札幌参戦します。楽しみに今週のテストをがんばります」。がんばって下さい。ありがとうね! 素晴らしいですね。そうか。ずっと付き合っていた彼女と別れた後にこの曲を聞っていうのもね、またちょっと切ないというか。でも、それでなんかすごく素敵なイメージを膨らませてくれたのは非常に嬉しいです。ありがとうございます。じゃあ、そんな感じで1曲、聞いていただきましょうかね。ニューアルバム『POP VIRUS』収録曲でございます。星野源で『Nothing』 。

星野源『Nothing』

(星野源)お送りしたのはニューアルバム『POP VIRUS』収録曲でございます。星野源で『Nothing』でした。ありがとうございました。ちょっとメールをいろいろ来ているので読もうかな。長崎県の方。「感想をお伝えしたくメールしました。曲を聞いて最初に思ったのは5歳になる娘のことでした。小さな体には溢れる未来が詰まっているのに、私はこの子に何を残してやれるだろうか。娘の日々の重ねを共に過ごすことしか渡せるものなど何もない。その自分の無力さに体がすくみます。『Nothing』は私のそんなどうしようもない無力感を柔らかく包み込んでくれる、そんな曲でしたね。

源さんはお子さんがいらっしゃるわけではないのに、母心までもこんなに優しくすくい上げてくださるなんてすごいです。何度も何度も何度も聞いています。『やまない愛を知って 世界色付きだして 命を続けよ』。私の隣で安心して眠る娘の手を握るとギュッと握り返してきます。小さくても力強いその手を包み込みながら、いつも感謝しています。私たちの元に来てくれてありがとう。あなたに会えて私はこんなにも人を愛せることを知りました。『命よ続けよ』。無限に優しく愛に溢れる曲をありがとうございます。いつも娘と一緒に歌っています」。ああ、嬉しいですね。ありがとうございます。

広島県16歳の方。「『Nothing』、質問がありますアルバム『POP VIRUS』では『Nothing』は13曲目。最後の『Hello Song』の前に収録されていますが、源さんがこの曲順にされた理由はありますか? アルバムを通して聞く時、最後の曲の前にバラードが入っていることで僕はそれまでのアルバムが見せてくれたいろいろな景色をいったん心の中で落ち着かせて、最後の1曲をしっかりと噛み締めるように聞けます。源さんがこの曲順にされた意図があったとして、その理由を知ることができたならば、もっとアルバムを奥深くまで聞けるような気がしました。教えてください」という。なるほどね。ありがとうございます。

そうですね。この曲は最後から2曲目、13曲目に入っている曲ですね。その前が『Family Song』という曲なんですけど、曲順を考えてる時にあんまり……左脳で考えないようにしていてですね。何も考えずに聞いてすごい心地いいというような曲順、曲間みたいなのをいつも目指すんですけど。なので、いちばんの正解は「なんとなく」ってのが答えではあるんですけど。でも、その時の自分のイメージとしては、たとえば映画だとして。この作品がひとつの物語だとして、『Family Song』で大団円を迎えて『Nothing』がエンドロールっていうようなイメージだったんですよね。静かに文字が流れていく。淡々とした。

で、今回はヤオヤ(TR-808)の音でリズムを全部奏でていますが、そのヤオヤの音が淡々としているビートで。でも腰が動いてしまうっていうようなビートなので、なんというか文字が淡々と動いてるイメージと自分の中で重なったんだと思うんですけど。で、その後の『Hello Song』がすごい急にバーン!って盛り上がる曲なので。何か僕、映画の中でエンドロールの後に打ち上げみたいなシーンがあるのがすごく好きで。

なんだろう。今回のアルバム、自分の中のポップっていうものを詰め込んだアルバムではあるんですけど、シリアスな部分とか自分のモヤモヤした感情だったり、いまの日本のモヤモヤした雰囲気っていうのを詰め込んだ部分もあるので。なんかこう、シリアスな部分も全然ある、負の部分っていうのもあるアルバムだと思うんですけど。なんかその『Nothing』ですごく落ち着いた状態でエンドを迎えた後に『Hello Song』を持って来た時に、なんていうかアルバムを通して聞いた後、「なんかさ、いろいろあるけどまあ楽しもうよ!」みたいな(笑)。そういう、「楽しくやろうぜ!」みたいな、そういう感じがすごいあるなと。

で、その感じがすごい自分の中で爽快で。なので、この曲順にいたしました。そんな感じで、あ、もう1個。埼玉県の方。「『Nothing』の『夜を看取った』という歌詞を聞いた時、職業柄何十人、何百人といままで看取った時に迎えた、まだ星が残りながら朝になりかける空が頭に浮かびました。看護師になる時、看護学校で『看護師の”看る”は目と手を使って患者さんを見るという意味があると教わります」。へー、そうか。「看」は「手」に「目」って書くんだね! たしかに。「……『夜を看取った』という言葉に込められた思いがあれば知りたいです」という。なるほどね。

「夜を看取った」

じゃあ、歌詞の話なんぞしていきましょうかね。うーん。なんか音楽、僕は60年代末とか70年代頭ぐらいな? そのぐらいのいわゆるメロウなラブソングが好きで。その中で、ヤオヤというビートマシンでリズムを奏でているメロウなラブソングがすごく好きで。大体そういう曲ってスケベな曲が多いですけど。なんかその、スケベな曲っていうのは意外とこう、海外の何て言うか、「基準」っていうのもあれだけど。なんか海外の雰囲気からすると割とストレートなラブソングっていうようか、体。性ってういのも含めてラブソングっていう感じがすごくして。

なんか「純」なイメージが逆に僕にはあったりして。それがすごく好きで。でも踊れるっていうところがすごく好きで。今回のアルバムを作る際に、そういう曲も作りたいなって思って。で、なんとなくもう最初からイメージはあって。こういう曲を作ろうという。で、曲を作っていって、編曲もしていったっていうのが『Nothing』という曲です。その中でセクシーなイメージっていうのもあるし、あとは自分の中でのすごく純な部分の恋愛っていうものの感情みたいなもの。なので、いわゆる僕のエピソードみたいなことでは全然ないんですが、自分がいままで恋愛をしてきた中での、なんかこう感情の欠片みたいなものをしっかり入れられたらいいなと思って。

なんかその中ですごく一緒にいて幸せなんだけど、なんだか寂しいような気がするっていう。あと、それがたとえば明け方だったりすると、なんだかその「この時間が永遠に続けばいいのに」って思うのと同時に何かこう、切ない思いをするっていうような。なんかそういうような感覚っていうのがあったりして。なんかそういう感覚みたいなものを音だったり歌詞にできないかなと思って。で、街のその風景っていうところを考えた時に「夜が明ける」っていう、「朝になる」っていう表現って歌の中にたくさんあって。僕の曲の中でもいっぱいありますし。

その場面っていうものを想像させたり展開させたり始めたりするっていうのがすごくイメージしやすい。自分が曲を作っていてね、なんかものでもあって。その中で、なんだろう。「夜が明ける」っていう言い方。それを「夜は明ける」って言って全然いいんですけど、やっぱり何か工夫をしたいし、いままでに誰も言ったことのない「夜が明けた」っていう言い方っていうものを考えるのが詞だと思うので。その中で、またそれってすごく違う印象だったり違う感情だったりっていうものが込められるチャンスでもあったりして。

なので「夜を看取る」っていうのは単純に「夜というものが朝になる」っていうただの表現ではあるんですけど。そこに「夜を看取った」っていう。で、「空に種火がある」っていう、そのまだ本格的に太陽が出ていないという、なんかそういうような時間。いわゆるマジックアワーみたいな、なんかそういう表現をですね、メロディーの譜割りと歌詞を考えていた時にこういう歌詞が自然と出来たという。なんかそんな意味ですね。

なので、この方は職業柄、看取ったという言葉にそういう思いを抱いてくれるのも本当に素敵だなっていうか、何か「看取った」っていう歌詞にしてよかったなっていう。もちろん僕はそういう意図で書いてはいないんだけど、すごくこの歌詞にしてよかったなって。「夜がー明けーたー♪」とかにしないでよかったなっていう(笑)。「朝になーったー♪」とかにしなくてよかったなって(笑)。ちゃんと文字にぴったりメロディーがはまるように考えて書いてよかったなと思いました。

そうですね。そんな感じですかね。あとはまあなんか、うん。そんな感じかな(笑)。ちょっと恥ずかしいんですよね。なんか……歌詞の説明とかするの。相変わらず野暮だなとも思うし。でも、そのさっき言ったいわゆる僕が思う「音楽リテラシー」みたいな部分っていうもののヒントになればとも思うので毎回こうやってやってるんですけども。やっぱりその、何にも正解が分からない中で何かを感じろっていうのも難しいと思うので。その中で、たとえば僕が思う、僕の中の正解っていうか、そういう成り立ちですよっていうところを示すことによって、ある程度なんて言うかサーチライトがある中で、自分の思いっていうのを巡らせることができるのではないかという思いでいつも解説させていただいております。

メール、来ましたね。「耳を鍛える」という件名。兵庫県22歳の方。「吹奏楽部時代、
『耳を鍛えなさい』と顧問に言われて音楽を聞いて絵を描く時間がありました。音楽を違う形で表すことにより、イメージが豊かになり、演奏しやすくなったことを思い出しました」。ああ、なるほどね。僕は絵が異常に下手なので、それをやれっていわれたらたぶんとんでもないことになっちゃうと思いますけど(笑)。それはでも、面白いですね。でも、たしかに僕が音楽を生むといういちばん最初のプロセスは頭にイメージが浮かぶということなんで。

その頭のイメージを絵にしちゃうと、僕の場合は大変なことになるんですけども。音楽に関しては幸い、仕事にできるぐらいになったので。僕はそのやり方が多いですけども。なるほどね。たしかにイメージっていうものがよりつかめたりするかもしれないですね。それをやってみるのもすごくいいですね。素敵なメールをありがとうございます。そんな感じでお送りした曲は星野源で『Nothing』でした。次は『Hello Song』はやったんだっけ? やってないか? じゃあ、とりあえずやるか。次は『Hello Song』でございます。

<書き起こしおわり>

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