町山智浩『COLD WAR あの歌、2つの心』を語る

町山智浩『COLD WAR あの歌、2つの心』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でポーランド映画『COLD WAR あの歌、2つの心』について話していました。

(町山智浩)この時期、いっつも日本に来ているんですけども。それはアカデミー賞の授賞式が来週の月曜日ぐらいで。来週月曜の日本時間だと朝からアカデミー賞の授賞式の中継があるんで、僕が一応解説で出ていますんでぜひご覧になっていただきたいんですけども。

(山里亮太)どちらでやられるんですか?

(町山智浩)WOWOWです。で、今回のアカデミー賞はすごくいろいろと大変で。まず、いちばん作品賞を取りそうな『ROMA/ローマ』っていう映画がいちばん作品賞を取りそうにないんですよ。

(山里亮太)ええっ? 町山さん、ここでもすごい絶賛されていて。

(赤江珠緒)カメラワークがすごくて……って。

(町山智浩)あれ、ハリウッド映画じゃないから。

(山里亮太)やっぱりそれは大きいんですか?

(町山智浩)大きいです。だってアカデミー賞はハリウッドの組合員たちの投票で決まるから。アカデミー賞っていうのはもともと労働組合と経営者側が労使の話し合いを持つために作ったものなので、完全にハリウッドの映画業界人の集まりなんですよ。

(赤江珠緒)そうか。だからそういう意味でじゃあハリウッドじゃない映画はすごく不利ですよね。

(町山智浩)まあ、関係ない映画だから取れないですよね。それで、特に『ローマ』っていう映画は完全にメキシコ映画で。監督のアルフォンソ・キュアロン以外の人はハリウッドの映画業界の組合に入っていないんですよね。だからそれは投票するっていっても票が集まらないだろうっていう。で、もうひとつはNetflix映画なので、劇場で公開しないんですよ。それに関しては、アカデミー賞の規定で劇場でちょっとでもやっていない映画はアカデミー賞にノミネートできないっていう決まりがあるんですね。だから劇場でかけようとしたんですけど。一応、ちょっとはかかったらしいんですけど、かけようとしたらアメリカの劇場組合がボイコットしたんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)だから「Netflixというのは我々劇場を滅ぼすためのものだ。なんでそれに協力をしなきゃいけないんだ?」って。

(赤江珠緒)ああ、そういうことか。

(町山智浩)で、ハリウッドっていうかアカデミー賞の人たちはずーっと劇場と一緒にやってきたわけじゃないですか。それを裏切ってNetflix作品に投票をするっていうことはしにくいですよね。

(赤江珠緒)そういう裏側を聞くと絶対に選ばれなそうですね。

(町山智浩)というような気がするんですよ。あと、作品自体も前に僕がここが紹介した時、ものすごくメキシコの歴史とかかわっていたり、あとは特撮技術がすごかったり、玄人にしかわからない内容なんですね。深すぎて。パッと見には普通の、さっぱりしすぎた映画というか。

町山智浩 映画『ROMA/ローマ』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でアルフォンソ・キュアロン監督の映画『ROMA/ローマ』を紹介していました。

(赤江珠緒)白黒の映画ですもんね。

(町山智浩)白黒の地味な映画にしか見えないので、それがアカデミー賞というそれこそ何千人も会員がいるところで票を集められるかどうかがわからなくて。すごく、いちばん賞を取りそうなものがいちばん賞を取りにくいという異常な事態なんで。アカデミー賞は今回、予想がつかないんですよ。そういういろんなことがあって。で、日本からは是枝裕和監督の『万引き家族』がノミネートされていて。普通だったら取れるんですよ。というのは、是枝監督の映画の中ではアメリカで最も興行的に当たっているんで。興行的に成功している。お客さんが入っているんですよ。だから普通だったら取れるんだけど、外国語映画賞部門だから『ローマ』がいるので。

(山里亮太)ああーっ!

(町山智浩)で、『ローマ』が作品賞ノミネートされて、外国語映画では初めての作品賞ノミネートですよ。で、前にフランス映画の『アーティスト』っていう映画が作品賞を取ったことがあるんですけど、あれはサイレント映画だったから、外国語映画じゃなかったし。しかも、ハリウッドについての映画をフランス人が撮ったからハリウッドの人たちは「ああ、このフランス人はハリウッドが大好きなんだな」って喜んだんだけど。でも『ローマ』の場合は全くそれですらないんですけど。ただまあ、作品賞のノミネートにも入っているぐらい強い作品が是枝監督の前に立ちふさがっているので、なかなか難しい。それと、もうひとつライバルが出てきちゃったんですよ。それを今日、今回はお話するんですが。『COLD WAR あの歌、2つの心』というポーランド映画なんですよ。

(山里亮太)ポーランド映画。

(町山智浩)で、これがすごい映画でね。これがまたすごい人気で。また『万引き家族』が賞から遠ざかっていくという。

(赤江珠緒)そうですか!

(町山智浩)そう。運が悪くて。本当に敵が多い時に入ってきちゃったんだなって思いますけども。

(山里亮太)年がズレていれば取っていたのに……っていう。

『万引き家族』の強力なライバル

(町山智浩)そうなんです。というのはこの『COLD WAR』って外国語映画賞だけじゃなくて監督賞と撮影賞にもノミネートされているんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だから各部門で評価を受けているから、やっぱり賞を取る可能性が高いんですよね。投票をする人たちは各部門の職種の人たちが投票をするので。だから本当に強敵が多くてかわいそうなんですけども。是枝監督。でね、このポーランド映画の『COLD WAR』っていうのは、これはコールド・ウォーは「冷戦」っていうことで。東西冷戦っていうのがずっと1989年までありまして。特にアメリカがリードする資本主義国のグループとソ連がリーダーシップを取る共産主義国のグループが世界で全面戦争にまで発展するような、非常に緊迫感があったのがその冷戦時代で。僕なんかはその時代に育っているので、いつ核戦争でソ連とアメリカが戦争をして世界がなくなるのかっていうのを普通に、日常的に感じながら生きていた世代なんですけども。それが1989年にソ連が崩壊してなくなっちゃうんですけども。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)その時代の愛の物語なんですよ。で、それを聞くとすげー面倒くさそうな堅苦しい映画なのかな?って思うんですけど、圧倒的なエンターテイメントでした。

(赤江珠緒)エンターテイメント?

(町山智浩)しかも、ミュージカル的な映画でした。ほとんどミュージカルに近い映画です。面白かったです。ものすごく面白かったです。で、政治的な話なのかと思ったら、それは目くらましで。全然政治的な話じゃなかったです。

(赤江珠緒)『COLD WAR』とまで言っているのに?

(町山智浩)『COLD WAR』っていうタイトルはソ連とアメリカの冷戦っていうことを意味していなくて。実はこの映画の中では男と女の違いみたいなことを意味しているタイトルです。

(赤江珠緒)ええーっ?

(町山智浩)でね、これ話は戦争が終わってしばらくした1950年前後ぐらいのポーランドの田舎から始まるんですけども。主人公の人物、ヴィクトルっていう人が音楽家なんですね。で、共産主義の中でどんどんどんどん抑圧されて消えていくポーランドの民謡を民俗学的に採取して、それを録音して集めてなんとか保存しようとしている人なんですよ。そのヴィクトルっていう主人公は。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)で、いろんな歌を聞いていくと、まずそこでずっと歌い継がれている歌っていうのはほとんどが恋愛の歌なんですよね。で、そういったものはやっぱり「共産主義的じゃない。労働の素晴らしさを歌っていない。革命を歌っていない!」っていうことで抑圧されていった時代なんですよ。その当時は。で、それをなんとか保存しようとして録音していくんですけど。で、まあ田舎に行くとそのキリスト教の教会が廃墟になっていたりするんですよ。共産主義の中で「キリスト教なんて!」っていうことで宗教弾圧を受けていたんでね。そこでなんとか、その文化を、昔の古いポーランドの心を見つけようとして探していくと、そこである女の子が出てきて。ズーラという非常に美人の女の子を見つけて。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)その子がオーディションを受けるんですよ。というのはこの主人公のヴィクトルっていうのは実在の人物をモデルにしていて。ポーランド民族民謡舞踊団という物がありまして。実在するんですけども、それを結成した人がいるんですよ。その人は名前がね、タデウシュ・シジェテンスキっていう人が実在するんですよ。

(赤江珠緒)そうですか。難しいですね。

(町山智浩)この人が民謡をたくさん集めていって、それを実際に歌い継いでいかないと消えちゃうから。そういうグループを作って。劇団を作ってそれをみんなで歌って踊って……というのを始めた人なんですね。で、じゃあこの集めた民謡を歌わせようっていうことでオーディションをすると、各地から歌の上手い子たちが来てオーディションを受けるんですけども。そこで1人のズーラっていう女の子がオーディションである歌を歌うんですよ。それがね、『心』という歌なんですけども。ちょっと聞いてもらえますか?

(町山智浩)はい。これね、この女の子が歌っている曲じゃないですけども。聞いて、こ音楽のジャンルってなんだと思いますか?

(赤江珠緒)街角でアコーディオンとかで歌っているとちょうどいいような。

(町山智浩)タンゴなんですよ。

(赤江珠緒)タンゴか!

(町山智浩)で、これね、もともとソ連のミュージカル・コメディーがありまして。『陽気な連中』ってういミュージカル・コメディーがあって。その中から出てきた歌なんですよ。で、この歌は男の人が歌っているんですけど、原曲はこの男の人が映画の中で歌っているんですね。で、ソ連にも楽しいミュージカル・コメディーがあって、しかもジャズコメディーでタンゴとかジャズとかダンスミュージックがいっぱい使われている楽しいコメディーがあったんですよ。

(赤江珠緒)うんうん。

(山里亮太)あんまりそういうのはなさそうなイメージですけど……。

(町山智浩)なさそうでしょう? なくなるんですよ。

(山里亮太)ああ、どんどんとなくなっていく。

(町山智浩)で、この『陽気な連中』っていうのは1934年なんですけども。その後、1935年から独裁者スターリンが大粛清を始めまして。自分に反対する政敵を皆殺しにしていく。それがもう何十年も続いて、ソ連から自由な言論はなくなっていくんですよ。で、もう片っ端から殺して殺して殺しまくるんですけど。スターリンが。その時代が始まっていくわけですね。で、この歌を歌って出てきたズーラっていう女の子が、この歌は『心』っていうタイトルなんですよね。で、「かわいい女の子はいっぱいいるけど、僕の心はあの子に持っていかれたよ」みたいな歌詞なんですけども。この映画のタイトルは『2つの心』っていうタイトルなんで、それが『心』という歌から始まるということですごい計算された映画でね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)まあ、すごいよくできているなって僕は思ったんですよ。そこでね、そのズーラが民謡団に入って歌う歌がポーランド民謡の『2つの心』という歌なんですよ。はい。これをどうぞ。

(町山智浩)はい。これはいかにもポーランドっていうか東ヨーロッパの民謡っていう感じなんですけども。これは実際に昔からある歌をさっき言ったシジェテンスキっていう人が見つけてきて、ヒットさせたというか復活させた歌なんですけど。これ、『2つの心』っていうのは「私と彼の心は愛し合っているんだけども、村のしきたりとか親が反対して、私たちは決して結ばれないの」というようなよくある悲恋を歌っているんですけども。ところが、そういうものは共産主義ではもう許されないわけですよ。「そんな歌、歌ってるんじゃねえよ!」みたいな話で、せっかく彼女たちが一生懸命劇団でやっているのに「お前たちはもっと革命について歌わなくちゃいけない。スターリン様を崇拝する歌を歌え!」っていうこういうスターリン賛歌を歌わされるんですよ。はい。

(町山智浩)もう「ソ連!」っていう感じでしょう? 「ソ連の歌!」っていう。これは「偉大なる指導者スターリン様のおかげで私たちは幸せです!」っていうことを歌わされるんですよ。

(赤江珠緒)いまでもちょっと北朝鮮とかで流れていそうな……。

(町山智浩)完全にもう北朝鮮の歌ですよ、これね。で、美しい民謡で恋とかそういうものを歌わせようと思っていたら、そこに共産党が入ってきて。「スターリンを讃えよ!」ってこういう歌を歌わされるんで「やってらんねえよ!」っていう話になるわけですよ。で、この劇団、舞踊団を始めたヴィクトルは「もうこんなのやってらんねえよ、バーカ!」っていう感じになるんですけど、それを慰めてくれるのがそのズーラという見つけた女の子。新人なんですけども。これね、ヨアンナ・クーリグっていう女優さんが演じていて。まあ演技もすごいし、歌も全部自分で歌っているんで。ちょっと天才っぽい感じで大スターになるんじゃないかと思いますけども。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、このヴィクトルっていう人は40過ぎぐらいなんですけども。このズーラちゃんは18、19ぐらい。でもまあ、できちゃうんですね。

(赤江珠緒)だいぶ若い女性と。ええ。

ズーラのとんでもない魅力

(町山智浩)でもなんかね、このズーラっていう子はすごい魅力があるんですよ。で、実はとんでもない女の子なんですよ。

(赤江珠緒)ほう!

(町山智浩)で、それがだんだんわかってきて。最初はこの共産主義の抑圧の中で結ばれない2人が苦労する話なのかな?って思っていると、共産主義とかまで吹っ飛ばすような女性だったっていうことがだんだんわかってくるんですよ。

(山里亮太)相当強烈ですよ?

(町山智浩)「そんなの関係ねえよ!」みたいな世界になってくるですよ。で、とにかくこの2人は「こんなポーランドとかにはいられねえよ!」っていう感じで、その頃はまだベルリンに壁がなかったんで、歩いていけるんですよ。西側に亡命しようとするんですが……そうすると、悲恋の話で政治に翻弄される2人の愛の物語かと思うじゃないですか。全然違う、予想もつかないような展開にそこからなっていくんですけども。そこから先はちょっと言えないんですが(笑)。

(赤江珠緒)うん。

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