町山智浩『ナワリヌイ』を語る

町山智浩『ナワリヌイ』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年5月31日放送のTBSラジオ『たまむすび』で映画『ナワリヌイ』について話していました。

(町山智浩)今日、紹介する映画はこの間まで映画の存在自体を隠されていた映画です。『ナワリヌイ』という映画で、6月17日から日本公開なんですけれども。これはロシアでプーチン大統領に逆らい続けている政治運動家のアレクセイ・ナワリヌイさんの暗殺を巡るドキュメンタリー映画なんですね。これね、この間までこの映画が存在すること自体、作っていること自体、秘密になってたんですよ。それがバレると関係者が殺されるかもしれないから。

で、ナワリヌイさんっていうのはどういう人かっていうと、この人は45歳で。結構いい男ですね。この人は元々、投資家だった人なんですけど。投資をしようとしたら、ロシアの経済っていうのは政府と完全に癒着していて。まともな投資なんかできやしない。まともな商取引とかができないし、株主も何にも保護されてないし。これ、資本主義がちゃんと動いてないっていうことで、ロシアの企業と政治家の汚職を暴く仕事へと、彼は変わっていったんですね。ナワリヌイさんは。「こんなところじゃ、投資なんかあり得ないだろう。これは根本的にこの社会を直さなきゃならないんだ」っていうことでね。

で、最終的には大統領選でプーチンに対抗して立候補するんじゃないかと言われるところまで人気を集めていった人なんですよ。ただ、彼がやってることっていうのはプーチン周りの汚職の暴露なんですね。次々といろんな証拠を押さえていて。たとえば国営の石油会社がどれだけひどいことをしてるかとか。最近、すごく話題になったのはプーチン御殿を暴いたんですね。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)これは日本でも報道されたと思うんですけれども。黒海のリゾート地に1400億円という価値の巨大なお城をプーチンがこっそり築いてたというのを暴きまして。国民の金を使って何をやってるんだ?っていうことで。そういうのを暴き続けてるんで、プーチンが最も嫌っている男というのがこのナワリヌイさんなんですね。で、彼が大統領選の前に、モスクワ市長選に立候補しようとした時があって。2013年。この時は彼は善戦したんですが、落選をして。その時に彼が立候補をしようとするのを妨害するために、詐欺でナワリヌイさんのことを逮捕したんですね。

ところがこの詐欺っても謎で。フランスの化粧品会社のイヴロシェというところからお金をパクッたっていう罪で逮捕したんですが。ただ、そのお金をパクられたと言われているイヴロシェの方は「いや、うちは別にお金、取られてないですけど?」って言ってんですよ。

(赤江珠緒)おかしな話じゃないですか……。

(町山智浩)おかしな話なんですよ。で、詐欺罪でパクッたんですね。その後も、まあ大統領選に立候補しようとすると彼を逮捕するというのを繰り返して。とにかく選挙に出れないように逮捕するということをずっとやってるんですが。それでこの間も、3月22日に彼は9年の刑を受けましたね。で、この9年の刑とは一体何なのか?っていうと、彼がやっていた反汚職団体の反汚職財団がテロ組織に認定されたんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)プーチン政権によってね。で、彼はテロリストということになってしまって。それでテロリストと取引をしていたってことで、逮捕なんですね。

(赤江珠緒)うわっ、そんな、何とでもできちゃいますね、これは……。

(町山智浩)なんとでもできちゃうんですよ。自分の気に食わないことがあれば、「あれはテロリスト団体なんだ」って認定をすればいいだけなんで。まあ、そういうことがずっと行われているんですが。とにかくプーチンはナワリヌイさんが憎らしいわけですよ。自分のお金関係の汚い事ばっかりを暴いていくわけで。で、2020年にナワリヌイさんがシベリアの方に仕事で行った時に、帰りの飛行機で突然、彼は呼吸困難に陥って。ほとんど死にかけたんですね。

(赤江珠緒)ああ、これはニュースでもありましたね。

(町山智浩)飛行機に乗っている時に。で、途中で飛行機が緊急着陸をして、病院に担ぎ込まれて。それで彼は助かったんですけれども。その原因は一体何なのか? なんでそんな風になったのか?っていうことで、彼は「ちゃんとした調査をしてほしい」と言ったんですが。まあ、ロシア国内ではそんな調査はされないわけですよ。で、彼はドイツに行きまして、ドイツでちゃんと体の検査をしてもらったら、体内からある毒物が発見されたんですね。それが「ノビチョク」という物質なんですよ。

(赤江珠緒)はい。

ノビチョクという神経毒

(町山智浩)このノビチョクっていうのはロシアが開発した特殊な神経毒なんですね。で、これをやられると、呼吸困難とかになって自然死のように死ぬんで、証拠が出ないというものなんですが。体内からその痕跡が発見されて、ノビチョクによって彼が死にそうになったということがわかるんですよ。それを知った時にね、死のギリギリのところまで追い詰められたそのナワリヌイさんがね、「なんだ!」って喜ぶんですよ。この映画の中で。

(赤江珠緒)どうして?

(町山智浩)「バカだな! こんなの使ったら、プーチンがやったってバレちゃうじゃないか。ピストルで撃てばよかったのに」って言うんですよ。

(赤江珠緒)すごいですね。このナワリヌイさん。

(町山智浩)この人ね、ちょっと度胸も据わってるし、ユーモアがあるんですよ。

(赤江珠緒)へー! そんなに肝が据わっている?

(町山智浩)そう。でもたしかにそうで。ノビチョクって今までプーチンしか使ってないので。それは証拠になっちゃうんですね。2018年にロシアのスパイがロシアを裏切ってイギリスに亡命したことがあって。それをイギリス国内で殺そうとしたんですよ。ロシアのスパイが。で、その時にノビチョクの存在が、その証拠が見つかったんですね。イギリス政府によって。だからノビチョクを使ったら、それはプーチンがやったに決まってるわけで。「なにやってんだ?」ってナワリヌイさん、笑っちゃうんですけど。このドキュメンタリーはそういうね、なんか度胸の据わったところがよくわかって面白いですね。で、奥さんとね娘さんと息子さんと4人で非常に仲良くして。4人で家族で戦ってるんですよ。

(赤江珠緒)すごいことですね!

(町山智浩)奥さんも泣いたりしているんですけど。やっぱりこんなことばっかりあるからね。でも息子さんもね、ブロガーとしてロシア政府と戦ってるし。娘さんもね、TikTok動画を使ってやってるし。家族全員で仲良くプーチンと戦っているんですけども。で、ドイツのベルリンにいるわけですね。体の検査のために。で、そこでこの監督と会うんです。この映画のドキュメンタリーの監督はダニエル・ロアーっていう人なんですが。この人はカナダ人で。元々、べリングキャットという団体のドキュメンタリーを撮ろうとしてベルリンに行ってたんですね。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、そこにたまたまナワリヌイさんが来たんで映画になっちゃったっていう展開なんですが。このべリングキャットっていうのはね、世界中にいろいろある嘘の情報を暴いていく、なんていうかネットでみんなの知恵を借りて暴いていくオープンソースジャーナリズムというのをやってるところなんですね。べリングキャットの「べリング」っていうのは「ベル」。「ベルをつける」っていう意味ですね。

(赤江珠緒)ああ、じゃあ猫に鈴をつけるみたいな?

(町山智浩)そう、猫に鈴をつける仕事なんで「べリングキャット(bellingcat)」って言っているんですよ。

(赤江珠緒)なるほど!

(町山智浩)普通、「猫に鈴をつけるのは誰なんだよ?」って言われますけど。「お前がやれよ」「嫌だよ」っていうね。でも「俺たちがやるよ」っていう団体なんですよ。で、今までにいくつもの嘘を暴いてきて。たとえばシリアの空爆にロシアが参加した時に、いろんな使っちゃいけない武器をいっぱい使ったんですね。クラスター爆弾だの、いろんなリン剤だとか。そういうのを全部暴いたりしてるんですけど。ネットに寄せられるいろんな情報から、科学者とか専門家の知識とか、あとコンピュータの詳しい人とかから偽情報とか、あと作られたフェイクニュースっていっぱいありますよね? それを暴いたりするっていう。プロフェッショナルのエキスパートの力を借りて。それがべリングキャットという団体で。

最近はですね、ウクライナ戦争で劇場に逃げ込んでいって、避難してた人たちがいるところをロシアが空爆して、皆殺しにした事件がありましたけど。あれはロシア側が「いや、うちはそんなこと、やってないよ。あれはウクライナ側の自作自演だろう」って言ってたんですけど。それはロシアが実際にやったことだと暴いたりね。このべリングキャットがね。あの、産院。産婦人科の病院をロシアが空爆したという事件。これもロシアが「いや、こんなのうち、やってないから。ウクライナのニセのプロパガンダじゃない?」とか言ってたんですけど、それも実際にロシアがやったことを暴いたりして。

この人たち、すごいのはね、2014年にウクライナにロシアが攻め込んだ時に、その上空を飛んでいたマレーシアの旅客機が墜落した事件がありましたよね? あの時、ロシアは「ウクライナ側が地対空ミサイルを撃って、誤射してマレーシアの旅客機を撃墜したんだ」って主張したんですが、「いや、そうじゃない。その近くのロシアの基地からミサイルが発射されてるデータを持ってます」ってべリングキャットが暴いたんですよ。で、今回もすごくて。ナワリヌイさんがシベリアの方に行った時に、同時にそっち方向に行ったらしいロシアの秘密警察の人がいて。

昔はKGBって言ってたんですけど、今もKGBは存在するんです。名前だけ変えて。FSBっていう団体になってるんですけど、KGBなんですよ。ロシアの秘密警察だったところが。で、そのFSBの関係者の中に5人の殺しのプロがいて。その5人がこの事件に関係しているらしいってことをべリングキャットがハッキングとかいろんなことして暴いちゃうんですよ。ただ、この5人のうちの誰やったのかがわからない。「どうしよう?」っていうことで、この5人の携帯の電話番号も手に入れたんですよ。

(赤江珠緒)すごいな。べリングキャット。

(町山智浩)そうなんですよ。で、「直接電話をしよう」って話になって。このナワリヌイさん、どうやって毒を盛られたのか、わかんないんですよ。何も飲んだ覚えがないし。で、電話をしちゃうんですよ。本人、ナワリヌイさんが殺し屋の携帯に。

(山里亮太)ええーっ?

自分を殺そうとした相手に直接電話する

(町山智浩)でね、「私はFSBの○○部の△△室長なんですけども。ナワリヌイの暗殺に失敗したそうじゃないか? どうして失敗したのか、ちゃんと説明してくれないか。調書を作らなきゃなんないんだ。上司に報告しなきゃなんないんだ」っていう風に芝居をするんですよ。「どうして君は失敗したんだね?」って。そこで、そのコンスタンティン・クドリャフツェフっていう化学の専門のスパイというか、FSBの職員が「いやいや、ちゃんとやったつもりなんですけども……飛行機で途中で降りられちゃって。それで治療を受けたんで生き延びちゃったんで。あれがもうちょっとね、タイミングが合ってれば殺せたはずなんです」っていう風にしゃべっちゃったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? そんな嘘のような……なんていうんでしょう? 映画っていうか、作った話みたいな。でもこれ、ドキュメンタリーですもんね?

(町山智浩)「これ、書類を作らなきゃなんないんで。どうやって彼に毒を吸わせたのか、ちゃんと報告をしてくれないか?」って聞いたら、ホテルに忍び込んで。要するに政府の役人だっていうことで。それで「ホテルに入って、彼の着替えのパンツの縫い目のところに毒を染み込ませた」っていう風にしゃべっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? ああ、飲ませたんじゃなくて?

(町山智浩)飲ませたんじゃなかったんですよ。パンツに毒が染み込んでたんです。というね、すごい展開になっていくんですけども。

(赤江珠緒)犯人が手口を本人にしゃべったんですか?

(町山智浩)殺し屋本人が殺そうとした相手にしゃべっちゃうんですよ。そんなことって、普通ないですよね?

(赤江珠緒)そうですよね。考えられないことだらけですね。

(町山智浩)殺されそうになった本人が聞いてるんですよ。「ふーん、そうなんだ。そうやったんだ」って。すごい展開になってるのがこのドキュメンタリー『ナワリヌイ』なんですけども。で、こういう自分が殺されるっていうことになっているにもかかわらずですね、国に帰るんですよ。ナワリヌイさんは。

(赤江珠緒)ええっ? もう亡命した方が……。

(町山智浩)亡命した方がいいと思うんだけど。それじゃダメなんだってことでね、あえて帰るんですけども。それで刑務所に入れられて、今ね、9年の刑を受けてますけど。

(赤江珠緒)その禁錮9年の刑は確定して、刑務所に入ってる? 心配になりますよ、それは。

(町山智浩)まあ勇気ある人ですね。奥さんもそれを受け入れてるんですよ。理解ある奥さんですけどね。とにかくね、勇気ある人なんですが。非常にユーモアがあるんですよね。そういう点で。ちょっとふざけてるように見えるところがすごいんですね。

(山里亮太)このテーマで?

(町山智浩)そう。「パンツに入ってたんだってよ!」みたいなこと言ったりしてるんですよ(笑)。それでまた、その電話をYouTubeに流しちゃったんですけど。そのおかげで、うっかりしゃべっちゃったクドリャフツェフさんは今、行方不明ですよ。

(赤江珠緒)もう……それはそれで怖い話が。あら……。

(町山智浩)恐ろしい。なんでもありだな、プーチンっていうね。まあ、すごい話で。それが『ナワリヌイ』というドキュメンタリーで、もうすぐ公開ですね。日本で6月……。

(赤江珠緒)6月17日から、新宿ピカデリー他で公開スタートということで。

(町山智浩)だから本当にね、パンツは気をつけた方がいいですよ。昔、勝新太郎さんは「もう二度とパンツは履かない。薬が入ってるかもしんないから」って言ってましたけどね。

(山里亮太)伝説の会見ね(笑)。

(赤江珠緒)でもこれ、今まさに起きていることとは思えないね。なんなんでしょう、これは。その世界は。

(町山智浩)これがロシアの現実なんですね。『ナワリヌイ』でした。

『ナワリヌイ』予告

<書き起こしおわり>

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