町山智浩 映画『バイス』を語る

町山智浩 映画『バイス』を語る たまむすび

(赤江珠緒)でもこのチェイニー副大統領なんてもう、政治の暗部中の暗部っていうか。そこに切り込んでいっているんですか?

(町山智浩)はい。しかも地味な問題で難しそうに見えるんですけども、お笑い番組のノリだから。この人は。だから誰が見てもわかりやすいし面白いっていう。この人、その前に撮った映画が『マネー・ショート』という映画で。2008年に起こったサブプライムローンをきっかけにした金融危機をお笑い映画にした人です。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)あの中では「サブプライムローンっていうものはどういうものか、わかるかい?」ってこの間亡くなったアンソニー・ボーデインっていうシェフが出てきて。「ここにある古い腐った魚とここにある新しい魚を混ぜて料理にしちゃえばわからないだろう? この腐った魚がサブプライムローンなんだよ」っていう説明を観客に向かってするというシーンがあるんですよね。『マネー・ショート』の中に。

町山智浩『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を語る
町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で、サブプライムローン破綻の際に空売りで大儲けした投資家たちを描いた映画『マネー・ショート 華麗なる大逆転』を紹介していました。 (町山智浩)ということで、今日もブラピの映画です。今日、紹介するの...

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)それと同じことをやっているわけですよ。だからイラク戦争が起こった時も国民を監視するシステムっていうものをレストランでウェイターが出てきて、「こういう風な感じで国民を監視するシステムっていうのはいかがでしょうか?」「ああ、それいいねえ! このメニュー、買った!」とかいうシーンになったりして。非常にわかりやすいコメディーとしてチェイニーの陰謀を描いていますね。

(山里亮太)なるほど。

(町山智浩)で、チェイニーが9.11テロに乗じてイラクを攻撃した理由っていうのは、いまでもすごく言われているのはこの人がハリバートンという石油開発企業のCEO、社主だったんですよ。天下りをしたんですね。この人、もともとはお父さんの方のブッシュ政権の時の閣僚だったんで、それを辞めた後にそこに天下りをしたんですよ。

(赤江珠緒)思い切り利権があったっていうことですね?

ハリバートン社の利権とイラク戦争

(町山智浩)利権があったんです。だからハリバートンはイラクをアメリカが占領した後にイラクの油田を管理することになったんですよ。

(赤江珠緒)うーん!

(町山智浩)それだけじゃなくて、ハリバートンは災害とか戦地の復興事業も請け負っているんですよ。だからイラクに爆撃をしてめちゃめちゃになったのを復興させる事業をアメリカ政府から請け負っているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ? 「イラクが大量破壊兵器を持っているから」っていうことでは……。

(町山智浩)「大量破壊兵器を持っている」っていうのは嘘だったんですけども、その「大量破壊兵器をイラクは持っていない」っていうことを暴いたCIAのエージェントのヴァレリー・プレイムさんっていう人がいるんですけども。その人の名前を明らかにするよう、情報をリークしたのもディック・チェイニーなんですよ。

(山里亮太)はー!

(町山智浩)だからそういう陰謀家なんですけども、彼自身はそんなにそういうことがやりたかったかっていうと、どうもそうじゃなくて。この人は釣りが大好きでアウトドアな人なんですよ。で、釣りをするシーンがやたらとあるんですよ。で、フライフィッシングで毛針で釣るんですね。で、毛針っていうのは要するに魚を騙すことじゃないですか。

(赤江珠緒)そうですね。うん。

(町山智浩)で、毛針で釣るシーンと9.11テロとかいろんなことをエサにして国民を釣るっていうのが重ねられているんですよ。この映画は。

(赤江珠緒)うーん!

(町山智浩)だから「テロだぞ、テロだぞ……戦争、みんなやりたいだろ?」ってやって。それが毛針なんですよ。で、国民がそれに食らいついちゃう。で、なにがあったのか?っていうと、4000人のアメリカ人が死に、10万人のイラク人が死に、そしてイスラム国が生まれることになったんですよね。

(赤江珠緒)うーん!

(町山智浩)っていう非常に恐ろしい話をそういう風に毛針を使ったりし、いろんなものを比喩に使って面白おかしく描いているのがこの『バイス』という映画なんですよ。

(赤江珠緒)へー! えっ、じゃあいまこれね、アカデミー賞もこれだけ8部門もノミネートされているっていうことは、アメリカで見ている人も多いですよね? 見ている人たちはどんな感じなんですか?

(町山智浩)賛否両論になっていますね。それは。もちろん共和党を支持している人とかは非常に怒り狂ったりしているんですけども。この映画はやっぱりコメディーだから、途中でね、この映画を見ている観客が怒り狂うっていうシーンがあるんですよ。

(赤江珠緒)へー! そういうのも盛り込まれている?

(町山智浩)明らかに保守的な白人の人がですね、「なんだ、この映画は!」って言うんですよ。「この映画は左翼のリベラルのでっち上げだ!」って言うんですよ(笑)。そういうところまで全部織り込み済みになっているんですよ。というね、非常に面白いコメディーなんですけども。『バイス』っていう言葉のタイトルには非常に深い意味があって。「バイス(Vice)」っていうのはさっき言ったみたいに「副大統領」とか「副○○」っていうような、そういう意味があるんですけどもうひとつの意味があって。それは「悪徳」っていう意味なんですよ。

(赤江珠緒)えっ、そうなんですか?

(町山智浩)はい。「悪徳」とか「犯罪」とか、そういう意味があって。たとえば『マイアミ・バイス(Miami Vice)』の「バイス」はあれ、警察官の話だったですけども、あれは「悪徳」の方の意味なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)そういうのも含めて、映画として非常に面白い出来になっていますね。

(赤江珠緒)そうか。でも実話だけに、ねえ。

日本では考えられない映画化

(町山智浩)そう。でもこれ、日本でたとえばこのディック・チェイニーもブッシュ元大統領もいま、存命中ですよね。リン・チェイニーさんも。で、彼らに許可を取らないで彼らを悪い人として、しかもコメディーにして描くっていう勇気が日本の関係者にあるか?っていうことなんですよ。

(赤江珠緒)いやー……。考えにくいですよね。

(町山智浩)「裁判が怖い」とかね、それこそさっき言ったみたいに「政治的に反対している人たちの嫌がらせが怖い」とかね。しかも、「それにお金を出す人がいない」だとか。ねえ。そういうことでまあ、これはだから日本には作れないということは非常に悲しいことだと僕は思いますね。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)もうなんでもやっちゃうからね。アメリカは。で、もちろんそれは論争を起こすためにやっているんであって、「これは違う!」っていう人がいても別にいいんですよ。それでもやってしまうっていうところがすごいなって思いますね。

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)しかも、おかしいんですよ。真面目な映画じゃないんですよ。

(山里亮太)コメディーなんですよね。

(町山智浩)コメディーですからね。というところがすごいなと思いますね。

(山里亮太)コメディーで本当に歴史のちゃんとしたことが知れるって、嬉しいですけどね。いつの間にか勉強になっているというか。

(町山智浩)そうそう。いつの間にか、笑っているうちにわかるっていうことですからね。はい。でね、ただやっぱり見ただけじゃあ日本の人はわからないところも多いと思うんですよ。で、今度例によって試写で僕がわからないだろうというところを説明します(笑)。

(赤江珠緒)これ、いいですね! 4月5日、日本でも公開なんですが、町山さんの解説付きで『バイス』の試写会があります。2月18日(月)夕方6時半開演の回ですね。会場は渋谷のユーロライブ。これは様々なWEBサイトで試写会プレゼントを行っておりますので「バイス 日本最速町山智浩のトークショー付き試写会」でぜひ検索してみてください。

(町山智浩)音楽の使い方とか細かいネタとかはね、たぶんわからない人も多いと思いますので。それはこっちでテレビを見たりしている僕が説明させていただきます。

(赤江珠緒)これはまだまだ話すことが町山さん、ありそうですね!

(町山智浩)はい。さっき言ったカートという人の意味とかね、そのへんは見た人にしか言えないので説明をします。

(赤江珠緒)そうか。まさか奥さんがね、そんな暗躍というか。そんな状態だったんですね。

(町山智浩)まあ、結構そういうもんですよ。本当に。

(赤江珠緒)わかりました。町山さん、今日もありがとうございました!

(町山智浩)どもでした。

<書き起こしおわり>

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