町山智浩さんが2022年10月4日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中でロマンティックコメディ映画『Bros』を紹介していました。
(町山智浩)でね、今日はちょうど、先週アメリカで公開されたゲイのロマンティックコメディの話をしたかったんで。これはちょうどいいなと思ってるんですけれども。今日、ご紹介する映画は『ブロス(Bros)』というタイトルのロマンティックコメディなんですね。
これ、先週公開なんですが。ユニバーサル・ピクチャーズというハリウッドのメジャーな、大会社ですね。大手がお金をかけて製作した男と男のロマンティックコメディなんですよ。これね、『ブロス』というのは「ブラザーズ」を短くしたもので。「男同士」みたいな意味ですね。で、これね、脚本を書いた人も本当にゲイをカムアウトしている人で。ビリー・アイクナーというコメディアンの人なんですけども。彼が主演で、主人公役もしています。
で、彼と恋人になる人とかも本当のゲイの人ですね。で、このビリー・アイクナーが演じる『ブロス』の主人公はですね、ニューヨークに住んでいるゲイの人で、LGBTの歴史の研究家なんです。で、ニューヨークにアメリカ初のLGBT歴史博物館というのを建てようとしていて、そのための資金集めとかをしたり、その中で何を展示するかっていう計画をしたりしてる人なんですね。
(赤江珠緒)ほうほう。
(町山智浩)で、映画の一番頭のところでですね、ハリウッドの映画プロデューサーが、このビリー・アイクナーが演じるのはボビーという人なんですけど。そのボビーに「ハリウッドのためにゲイのロマンティックコメディを作ろう」って持ちかけるところがあるんですよ。これは実際にあったことなんですね。そのまんまね。
(赤江珠緒)そうですね。そこは現実と一緒なんですね。
(町山智浩)はい。で、現実では彼は実際にそコメディを作るんですけれども。この映画の中では、「いや、僕はやりたくない」ってボビーは言うんですよ。で、プロデューサーが「どうして?」って聞くと「僕は40歳になるけれども、今まで一度も恋愛をしたことがないんだ」って言うんですよ。「セックスしたいとか思うんだけれども、愛し合ったり、愛されたり。そんな経験はまるでないんだ。だから、そんなロマンティックコメディなんて作りたくない」って言うんですよ。で、このボビーっていう人は40歳で独り者で、すごくコメディアン的に面白いことは言うんですけど、それがすごく意地悪なことばっかりで。いつも非常にイライラしてるんですね。それはやっぱり愛がないからですね。
で、ゲイのクラブなんかには行くんですけれども、クラブに行くと筋肉モリモリのイケメンたちがね、ダンスを踊ってるわけですよ。みんなね。でも、それも彼は見てるだけなんですよ。せっかくクラブに行くのに。でね、「ああいう筋肉モリモリで顔のいいだけのやつらはもう見た目だけで、面白くない頭が空っぽのやつらだよ」みたいなね。これは「酸っぱいブドウ」ですね。
(赤江珠緒)そうですね。手に入らないということで、「酸っぱいブドウ」っていう。イソップですな。
(町山智浩)そうそう。ひねくれちゃってるんですよ。まあ、彼自身がなんて言うか、いわゆるインテリで。背は高いんですけれども、生白くて、筋肉とか全然ないんですね。でも「寂しいな」と思って出会い系サイトに入るわけですよ。それで話して、「うまくいきそうだな」と思うと、向こうの相手がね、「お尻の写メを送ってくれ」って言うんですよ。で、やっぱりね、ボビーのお尻はプリッとしていないんですよ。でね、これはプリッとしていなきゃダメなんですって。
(赤江珠緒)ああ、ボビーはそんなに鍛えていないんだ。
(町山智浩)鍛えていないんですね。でも、頑張ってお尻を送って「どうかな?」って思うと、相手からブロックされちゃうんですよ。だからあんまりよくない……プリッとしてなかったんですね。だからそういうね、コンプレックスの塊なんですね。僕、ちなみにね、もう還暦なんですけども。お尻のプリッとしているところだけは自信があるんですが……。
(山里・赤江)フハハハハハハハハッ!
(町山智浩)まあ、それはいいんですが。そんな風にね、偏見とコンプレックスだらけのボビーくんがですね、筋肉モリモリのスポーツマンに一目ぼれしちゃうんですよ。これはゲイクラブで会ったアーロンという男性でですね。「自分は絶対にああいうのは嫌だ。ああいうのは頭が空っぽなんだ」とか言ってたような人なんですが、やっぱり一目ぼれってそういうのはしょうがないですね。しちゃうものだから。でも、相手は高嶺の花なんですよ。で、こういうね、非常にオタクみたいな暗い、いわゆる陰キャのボビーと、本当にもう爽やかな笑顔の白い歯がキラッと光るような筋肉ムキムキのアーロンとの恋がね、果たしてうまくいくのか?っていう。
(赤江珠緒)はー! まあ、これはある意味、王道ですね。
筋肉ムキムキの彼に一目ぼれ
(町山智浩)で、音楽もね、今ナット・キング・コールの曲がかかっていると思うんですけども。そちらで非常にロマンティックな曲がかかっていません? このナット・キング・コールのラブソングがずっとかかっていて。もう本当に王道のラブコメをやってくるんですね。ロマコメを。で、これはこの主演で脚本を書いたビリー・アイクナーは「昔から『恋人たちの予感』とか、そういうラブコメ、ロマコメが大好きだったんだ。だけれども、ゲイの人向けのいいロマコメがなかった。だから自分で……」って。
(赤江珠緒)そうか。ちょっとだけのない主人公と高嶺の花みたいな相手とがどう付き合っていくのか?っていうね。
(町山智浩)そうなんですよね。「それで自分で書いたんだ」って言ってるんですけど。最初はアーロンのことを反発してね。「あいつは体だけ、顔だけだ」とか言ってんですけども。でもアーロンは弁護士でですね、非常に頭もよくて。で、話してみると、非常にお互いに気が合うことが段々わかってくるんですよ。ユーモア感覚とかも非常に近くて。で、仲良くなってデートをしていくんですね。ただ、このボビーはやっぱり自分のその見た目に非常に自信がなくて。で、イライラしちゃうんですよ。で、このアーロンがちょっと美しい男性たちをチラチラと見ているような気がして、気になってしょうがなくて。で、とうとうブチギレちゃうんですね。「君は本当はね、胸がドーンと出てて、お尻がプリッとしてる、かわいいセクシーな、そういう人が好きなんでしょう? 僕みたいなのには全然興味ないんだよ!」とか言って、キレちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ああ、恋人によくある。なるほど。
(町山智浩)よくあるやつなんですよ。「本当はああいうのがいいんでしょう!」みたいな。で、ボビーがジタバタジタバタするから、アーロンがかわいくなってね。「かわいいな、お前」っていう感じで抱きしめちゃって。ジタバタしているところを押さえつけてですね、そのうちにキスをしちゃうわけですね。で、結ばれるわけですよ。で、2人が結ばれて、2人で裸でキスをしていると、カメラがね、ぐっと降りていくんですよ。カメラが降りていって、イケメンの方。アーロンの下半身の方にカメラが降りていくと、2人で結ばれる時なのに、その下半身の方に行くと全然関係ない男の人が2人、アーロンの股間に顔をうずめているんですね。
(赤江珠緒)ええっ?
(町山智浩)「ええっ?」っていうシーンなんですけども。これね、アーロンという人はすごくフリーで、オープンなゲイの人なんで。4Pとか3Pとかの人なんですね。だから間にいろんな男が入ってきちゃうんですよ。
(赤江珠緒)あら、まあ!
(町山智浩)で、またボビーはそれが嫌なんですよ。彼は、なんというか2人きりがいいんですよ。このへんが男女ラブコメとちょっと違うところなんですよね(笑)。で、ボビーはイライラするんですけども。これ、この映画が公開されてね、いろいろ賛否両論があって。たとえば、保守的な人たちは「ハリウッド映画が堂々と、こういう男性同士の同性のHシーンとかがある映画をバンバン公開して。これはすごく社会に対する挑戦である。許されない!」って怒ってる人もいれば、ゲイの人の中でもこの映画に対して不満だって言ってる人がいて。それはこの主人公のボビーが、いわゆる一夫一婦制を信じてるというか。「2人きりがいいんだ」と言ってるから。「その考え方は古い」って怒ってる人もいるんですよ。
(赤江珠緒)ああ、いろんな見方がありますね。
(町山智浩)「3人夫婦」っていうのもあるんですよ。3人ですごく仲良く、夫婦というか家族をして。そういう関係も今、できてきてるんで。そういう時代になんというか、一対一っていう関係性を押し出していて。「それは古い」って怒っている人もいるというね。で、まあいろんな論争があるんですね。このLGBTの世界では。で、LGBT博物館をつくるために、会議をするわけですよ。そのレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの人たちが会議をするんですけども、みんなそれぞれの立場があるから、なかなか噛み合わなかったりするんですね。で、博物館に何を飾るのか?っていう話になって。レズビアンの人はですね、「巨大なジョディ・フォスターを天井から吊るしたい」っていう風に主張するんですよ(笑)。巨大なジョディ・フォスターって、彼女も迷惑だろうと思うんですけど。
で、この主人公のゲイのボビーは「リンカーン大統領を展示したい」って言うんですね。で、リンカーン大統領はゲイだったっていう風に言われてるんですよ。で、恋人もいたし。あと、男性と一緒に寝たりしてたことは記録されてるんですね。そうするとね、「リンカーンはゲイじゃない」と怒る人も出てくるんですよ。それはバイセクシュアルの人で。「リンカーンは奥さんがいて、子供も4人いたんだから、彼はゲイではなくてバイなんだ」って言うんですよ。
それで言い争いになって。「ゲイだ!」「バイだ!」「ゲイだ!」「バイだ!」って言い争ったりすんですね。そういうね、そういうところが笑いどころになってるという映画なんですよ。で、今度は「お金を出してくれ」って言って、いろんな金持ちに寄付を募るんですけども。そうすると、ある金持ちが「お化け屋敷をやってくれたら、いいよ」って言うんですよ。
(赤江珠緒)それはちょっとどういう……コンセプトがもう、いろいろありすぎて。ねえ。お化け屋敷?
(町山智浩)「LGBTのお化け屋敷って、なに?」っていうと、「そこにはレーガン大統領が出てくるんだ。レーガン大統領が『エイズはゲイに対する天罰だから、治療してやらないよ!』って言うんだ」って言うんですよ。これ、実際にあったことで。エイズがすごく流行した時に、レーガン大統領は何もしなかったんですよね。それでたくさんのゲイの方が亡くなったんですけれども。それをお化け屋敷にしようっていうんですよ。「そしたらお金を出すよ」とかね、そういう結構めちゃくちゃなことがあって。それに対して怒る人もかなりいるみたいですね。ギリギリのことをやってるコメディなんで。
ロマンティックコメディの王道
(町山智浩)でもね、やっぱり根本的にはね、ロマンティックコメディの王道をやっていて。要するにボビーはね、やっぱり自分の中にコンプレックスがあって。見た目があんまり、みんなが求めるようなタイプじゃない。イケメンじゃないというところがあるんだけど。でも、そのアーロンの方は見た目が超いいんですけども、じゃあコンプレックスがないのか?っていうと、実はあるんですね。彼はボビーが一生懸命、LGBTの人たちのためにこういう社会活動をして。で、博物館をつくることをやってるっていうので、自分自身を見つめ直すんですよ。「僕は果たして本当にやりたいことをやってるんだろうか?」って。
彼は優秀な弁護士で、お金持ちなんですよ。でも、ボビーはすごく苦しんで。博物館もうまくいかなくて、喧嘩ばっかりして、お金も集まらなくて、苦労をしてるんだけど。「でも、彼は自分のやりたいこと、やりがいをやってるんだ。でも、僕は違う」って。それで、自分を見つめ直していくんですよ。で、逆にそのボビーの方はコンプレックスばっかりあったんだけれども。すぐ、反論したりするんだけども。「でもそれは、自分が人の言うことを聞くっていうことができてなかったんじゃないか?」って。で、アーロンの方は弁護士だから、人の言うことを聞くのが仕事なんですよ。依頼人の言うことをね。
それで、彼自身も自分を見つめ直して。お互いにくっついたり、離れたりしながら……肉体的にモネ。それで「自分とは何か?」っていうのと、あと「本当に大事なのは、逆にありのままの自分を愛してくれる人なんだ。自分には足りないところがあるんだけれども、それを埋めてくれる人なんだ。互いに埋め合うんだ」っていう。まあ、非常に物理的にもね。はい。そういう、本当に男か女か、男同士か、女同士かとかは関係なく、恋愛っていうものの意味みたいなものをちゃんと見つめていく映画になってるんですよ。
(赤江珠緒)おおー。愛とか恋の本質に迫る部分がありますね。
(町山智浩)はい。だからね、映画館のお客さんも男女半分ずつぐらいでした。で、最後の感動的なところでは、もう本当に泣いてる人もいたし。そこで拍手する人もいましたね。で、今アメリカでは同性婚が認められたのに、それをまた最高裁が否定しようとしたりして、非常に厳しい状況があるんですけれども。今回の中間選挙でも、それがかなり争点になってるんですけど。同性婚とかね、そういった権利が。だからそこにこれをね、ハリウッドのメジャー会社をぶつけてきたっていうのは、すごいことだなと思います。
(赤江珠緒)そうか。『ブロス』。日本での公開日は未定ということでね。見たいですよね。
(町山智浩)未定です。東宝東和さん、公開してください!
<書き起こしおわり>