町山智浩 映画『バイス』を語る

町山智浩 映画『バイス』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でブッシュ政権の副大統領を務めたディック・チェイニーを描いた映画『バイス』について話していました。

(町山智浩)今日は『バイス』という映画を紹介します。

(曲が流れる)

(町山智浩)はい。ノリのいい曲が来ましたけども。『バイス』の映画の中で流れる曲なんですが。アメリカのニュース番組の始まりみたいな音楽なんですけども

(赤江珠緒)そうですね。

(町山智浩)これが政治的な映画なんですよ。『バイス』というのは「バイス・プレジデント(副大統領)」という意味なんですね。で、この映画の主人公はブッシュ政権……2000年から二期務めたブッシュ政権の副大統領だったディック・チェイニーという人なんですよ。

(赤江珠緒)チェイニーさんに焦点を当てた映画?

(町山智浩)副大統領についての映画って普通、作らないですよ。

(赤江珠緒)たしかに。あんまり記憶にないですね。

(町山智浩)副大統領のことってあんまりみんな知らないじゃないですか。日本の人はもちろん、アメリカ人もそんなに関心がないんですよ。だからこれはすごく珍しいことなんですね。でも、この映画は現在、もうすぐ授賞式があるアカデミー賞で最優秀作品賞、脚本賞、主演男優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞、メイクアップ賞でノミネートされているんですよ。

(赤江珠緒)すごい! 大注目。

(町山智浩)すごい映画なんですよ。副大統領がですよ。で、いったいどういう映画なのか?っていう話をしますと、このディック・チェイニーという人は歴史上もっとも力を持った副大統領と言われたんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)で、ブッシュ政権を裏から操っていた参謀とか、黒幕とか、ダースベイダーとかって言われていた人なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(山里亮太)ブッシュ政権の時って結構いろんなことがあった時ですよね?

(町山智浩)そうですね。いちばんこの人がやったことで大きかったのは、9.11テロがあった時にテロと無関係なイラクに攻め込んだことなんですよ。で、あれをブッシュにやらせたのはディック・チェイニーだと言われているんですよ。

(赤江珠緒)ああ、はー!

(町山智浩)だから、これは監督のアダム・マッケイっていう人に「なんでディック・チェイニーを映画にしようと思ったんですか?」って僕、直接会って聞いたんですけども。そしたら「普通、副大統領のことなんてみんなあまり一生懸命考えていないだろう? 裏にいる人だ。もともとこの映画のタイトルは『Back Seat』っていうタイトルにする予定もあった」って言っていたんですよ。『Back Seat』っていうのは車の後の座席のことなんですよ。

(赤江珠緒)ああ、はい。

(町山智浩)後の座席の人が運転手にいろいろと文句をつけて車の行き先を決めていたんだっていう話にしようとしたんですよ。で、みんながあまり注目をしていないディック・チェイニー副大統領が実はそのイラク戦争を始めて。しかもそのイラク戦争によっていま現在の世界の状況が作られてしまったという。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)全世界の人にものすごい影響を与えた、歴史を変えた男が実は、誰にも注目をされていない副大統領だったんだっていう。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)「だからこのディック・チェイニーっていうのは一体何者なんだ?っていう映画を作ろうと思った」って言っているんですね。

(赤江珠緒)ふんふん。

(町山智浩)で、この映画、まずいちばんびっくりするのは、このディック・チェイニーというまんまるのハゲデブ親父なんですけども。これを演じているのがクリスチャン・ベールなんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)これ、写真を見てください。

(山里亮太)いや、すごい。これ、痩せている時と……。

(町山智浩)ディック・チェイニーにしか見えないでしょう?

(赤江珠緒)そっくりになっていますよ。

(町山智浩)すごいでしょう? クリスチャン・ベールっていうのは『バットマン』とかに出ている痩せた俳優さんですよ。本来は。

(赤江珠緒)ですよね。

(町山智浩)今回、体重を20キロ、増やしていますね。

(山里亮太)これは特殊メイク?

(町山智浩)お腹とかにはパッドを入れたんですけど、顔の部分はこの人、本当に20キロ太って。とんでもない体型になっている写真、ありますよね?

(赤江珠緒)ああーっ! 1回ね、ガリガリに痩せている時の写真と……。

(山里亮太)中年のおじさんの体と……。

(赤江珠緒)ドテッと太った時の写真が届いています。

20キロ増量したクリスチャン・ベール

(町山智浩)はい。この人ね、映画ごとに20キロぐらい増やしたり減らしたりしているとんでもない俳優さんなんですよ。クリスチャン・ベールって。

(赤江珠緒)ええっ? 髪型も?

(町山智浩)髪型はね、頭を剃っていますね。この人、ハゲを表現するために。すごいですよ。で、『マシニスト』っていう映画に出た時には不眠症の役だったんですけども。骨と皮になっているんですよ。本当に骨と皮になっているでしょう?

(山里亮太)写真がありますけども、本当に骨と皮。

(赤江珠緒)あばらが浮き出ちゃっているっていう状態で。

(町山智浩)その後に『バットマン』に出た時には筋肉モリモリのマッチョマンになっていて。でもこの映画はね、次々に作られているんですよ。それがすごいんですけど。で、その後に『ザ・ファイター』っていう映画で今度はシャブ中毒の役で今度はガリガリになって。しかも顔の頬をこけさせるために奥歯まで抜いてますね。クリスチャン・ベールは。

(赤江珠緒)本当、役作りがすごいですね。

(町山智浩)その後にまた『アメリカン・ハッスル』っていう映画でデブのおっさんを演じてまた太って。

(赤江珠緒)これも同じ人?

(町山智浩)そう。デブと痩せを何回繰り返すんだ?っていう。で、今回はまあとんでもなく太ってディック・チェイニーになっているんで。アカデミー主演男優賞の最有力候補って言われているですね。で、アカデミー賞っていうのは俳優さんが投票するので、俳優の苦労がいちばんにじみ出ている役が賞を取りやすいんですよ。太ったり痩せたりっていう。仲間内なんでね。

(赤江珠緒)はい、うん。

(町山智浩)だから彼が今回は取るだろうって言われているんですけども。今回、クリスチャン・ベールに会いまして、インタビューをしたんですけども。「もう太ったり痩せたりは終わりにする」って言ってましたね。

(山里亮太)どうしてですか?

(町山智浩)「奥さんと子供に止められた」って言ってました。

(山里亮太)それが理由でやめちゃうんだ。

(町山智浩)心臓がね、ボロボロになるらしいんですよ。これをやっていると。

(赤江珠緒)そうですか。これだけ痩せたり太ったりを繰り返すと、ねえ。

(町山智浩)で、今回はディック・チェイニーが心臓が悪いんで。心臓が悪いっていうのはどういう状況か?っていうことをいろいろとリサーチして研究したり、医者に話を聞いたら「あんたがやっていることがいちばん悪いよ」って言われたっていう(笑)。

(赤江珠緒)アハハハハハハハッ! ちょっとそれ、皮肉すぎる(笑)。

(町山智浩)そう。だから今回が最後の激太り映画っていうことになりますね。

(赤江珠緒)でも本当にチェイニー副大統領にそっくり。髪も白くして。

(町山智浩)もう本物にしか見えないんですけども。はい。でね、この『バイス』っていう映画が面白いのは、この人の若い頃ってアメリカ人のほとんどが誰も知らないんですよ。で、いままで彼はものすごく頭の切れる……まあ、ブッシュがああいう天然の人だったんで、その代わりに考えるブッシュのブレーンと思われていたんですよ。参謀だと。ところが、ディック・チェイニーは若い頃、全く勉強ができなかったんですよ。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)で、いろんな人からお金の援助とかを受けて、名門のイェール大学に入るんですけども。成績が悪くて落第して落とされて、学校から蹴り出されちゃうんですよ。2回も。で、故郷に帰って……この人、ワイオミングっていう田舎の人なんですけども、何をしていたか?っていうと、電信柱に電線をつける作業員として働いていたんですよ。そんな人が副大統領になるとは、誰も思わないですよね?

(赤江珠緒)たしかに。そこからどうやって副大統領に?

(町山智浩)だって大学もちゃんと行けてないんですよ。で、ところが彼の幼馴染がリンさんっていう人で結婚をするんですが、そのリンさんっていう人はものすごく頭がよくて。政治家を目指しているような女性なんですよ。「でも、自分は非常の保守的な人でワイオミングだから、女性が大統領になるなんていうことは考えられない。だから、あなたを大統領のようなものにするよ!」っていう。で、ケツを叩いて彼を政治家にさせていったんですね。奥さんが。

(赤江珠緒)奥さんの内助の功みたいな感じで?

(町山智浩)そうなんですよ。だから、よく言われているのはブッシュ大統領はディック・チェイニーの操り人形だったっていう風に言われているんですね。ところが、そのディック・チェイニーは奥さんの操り人形だったっていう話なんですよ。

(赤江珠緒)ほー!

ディック・チェイニーを操る妻

(町山智浩)これはね、結構はじめてなんでびっくりするんですけども。で、この奥さん役をやっている俳優さんはエイミー・アダムスさんという、この人はご存知ですよね? 最近だとスーパーマンの恋人役。あとは『メッセージ』という素晴らしい映画で……。

(赤江珠緒)宇宙船のやつだ。

(山里亮太)ばかうけの。

(町山智浩)そうです。ばかうけに似た宇宙船の。あれの主役で非常に評価されている女優なんですけども。で、今回はそのチェイニーを操る奥さんという役ですね。この人、そういう役は2回目なんですよ。その前は『ザ・マスター』っていう映画がありまして。それは新興宗教のサイエントロジーの教祖を操っている奥さんの役なんですよ(笑)。

(赤江珠緒)黒幕が多いですね。

(町山智浩)いや、2回目なんですけども。その『ザ・マスター』の方はすごくてね。このエイミー・アダムスは旦那さんの射精管理までするっていう。すごかったですけども。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)いや、映画を見るとびっくりしますよ。でね、この映画はこの奥さんがまるでシェイクスピアの『マクベス』のマクベス夫人みたいなんですよね。『マクベス』っていうのは奥さんに操られて。「あなた、権力を目指しなさい」って言われて殺人もしていってのし上がっていくっていう男の話なんですね。

(赤江珠緒)そうですね。はい。

(町山智浩)だから「マクベス夫人みたいだな」って見ている人は思うんですけども。この映画はね、「それ、シェイクスピアみたいよね?」って言っちゃうんですよ。このエイミー・アダムスとクリスチャン・ベールが映画の中で。

(赤江珠緒)自分たちで?

(町山智浩)自分たちで言って。「じゃあ、ここから先はシェイクスピアみたいにやってみましょうか?」って。急にそこから先、セリフがみんなシェイクスピアになっちゃうんですよ。古い英語で。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)これはね、コメディーなんですよ。『バイス』っていうのはコメディーなんですね。で、それ以外にもギャグがいっぱい入っていて。いわゆる「第四の壁」っていうのを破るという。観客に向かって話しかけたりね。

(山里亮太)『ハウス・オブ・カード』みたいだ。

(町山智浩)そうそうそう。『デッドプール2』みたいなことをやったりするっていう。で、しかもこの映画は謎のナレーターがいて。「カート」という白人の男性が出てきて、「僕がこの映画のナレーターです」って言うんですよ。でも、ただのおじさんなんですよ。で、どういう人か?っていうとそのカートという人はいわゆる白人の中産階級ぐらいのまあ、労働者で。愛国者で、それこそブッシュ政権とかトランプに投票しそうな非常に保守的な真面目な、アメリカという国を愛している人として出てくるんですけども。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)このカートという人はずっとナレーションをし続けるんですよ。

(赤江珠緒)映画に対して?

(町山智浩)映画に対して。でも、そのブッシュ政権によって彼はどんどん貧乏になったり、戦争に送られたりで大変なことになっちゃうんですけど。で、一体何でこのカートという人がナレーターなんだろう?って思うと、映画の最後の最後の10分ぐらいでこのカートとチェイニーの関係が明らかになってびっくりするっていうギャグがあるんですよ。

(赤江珠緒)うーん!

(町山智浩)これは言えないですけども。で、コメディーなんですけど、なんて言うか劇映画なのかドキュメンタリーなのかテレビのバラエティーなのかよくわからないっていう映画なんですよ。で、どうしてかっていううと、この監督のアダム・マッケイっていう人はもともとアメリカのお笑いバラエティー番組の『サタデー・ナイト・ライブ』のスタッフだったんですよ。『サタデー・ナイト・ライブ』ってご存知ですよね?

(赤江珠緒)うんうん。

(山里亮太)コメディーの。

(町山智浩)アメリカ最大のコメディー番組で、日本の『ひょうきん族』もみんなここから生まれたんですよ。ずっとやっている。まあ、わからないと思いますけども、偉大な番組なんですよ。アメリカ最大の番組なんですよ。それの演出とか作家をやっていた人なんですよ。このアダム・マッケイっていう人は。で、『サタデー・ナイト・ライブ』が日本のお笑い番組と決定的に違うのは、毎回毎回、ほとんど毎回、実際のその時の政治家の役をコメディアンが実名で演じて。それでその時その時の時事ネタをコントにするっていうことなんですよ。

(赤江珠緒)ふーん。うんうん。

(町山智浩)「ふーん」っていうか、日本にはないでしょう?

(山里亮太)ないですね。

(町山智浩)まあ、昔はあったんですけども。最近は誰もやらないですよね。安倍さんのマネとかをやって、その時にある時事問題をお笑いにしたりしないでしょう? いまは。

(山里亮太)ザ・ニュースペーパーさんっていうグループがやっているけども、テレビでやるっていうことはないか。

(町山智浩)テレビで毎週、最高の視聴率のお笑い番組でやってるんですよ。ずっと。

(山里亮太)ああ、それはないですね。

(町山智浩)アメリカでは何十年も。

(赤江珠緒)「そういうのがない」っていうことで結構ね、茂木健一郎さんの発言で問題になったりもしましたよね。

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(町山智浩)そう。日本にはないんですよ。でも、それをずっとやっていた人がこのアダム・マッケイっていう監督なんですよ。だからその延長上でこの映画はやっているんです。

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