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町山智浩『由宇子の天秤』を語る

町山智浩『由宇子の天秤』を語る たまむすび
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町山智浩さんが2021年9月13日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『由宇子の天秤』を紹介していました。

(町山智浩)でね、今日紹介する映画は今のところ、今年見た映画の中でベストです。ベストワンと言っていいと思います。まだ結構、今年ありますけどね。残ってますけど。で、日本の映画なんですが、『由宇子の天秤』というタイトルの映画ですね。これ、監督さんはですね、 春本雄二郎さんという人で、この映画が長編二作目という、まあ新人ですよね。で、主演の瀧内公美さんという人も『火口のふたり』という映画で注目されたりしてるんですが、そんなに知られてない人なんですよ。テレビとか、そんなに出てないし。

瀧内公美さんはね、『凪のお暇』とか、あとはジェーン・スーさんが原作の『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』っていうめちゃくちゃ長いタイトルのドラマとかにも出ていた方らしいんですけども。この映画でスターになるだろうなと思いましたね。

(山里亮太)あれで拝見しました。『日本で一番悪い奴ら』の道警のあのポスターの婦警さんですよね?

(町山智浩)ああ、僕、全然覚えてないですね。

(山里亮太)綾野剛さんが調子のいい時だけ近づいてきて……。

(町山智浩)ああ、いましたね!

(山里亮太)あの婦警さんの役で。

(町山智浩)あれ、軽い役でしたよね?

(山里亮太)本当にちょっとした役です。

(町山智浩)今回はね、『由宇子の天秤』の由宇子という役なんですけども。映画の最初から最後までほとんどずっと映っているっていう、堂々の出演ですね。普通の映画ってこう、いろんなシーンに行って、その人がいないシーンっていうのがあるじゃないですか。でも、ほとんどのこの映画ではないんですよ。

(宇賀神メグ)へー!

(町山智浩)最初から最後まで、この由宇子さんが画面にほとんどいます。だからもう、こんな主演はないなっていうぐらい、すごい主演なんですけども。で、この映画、主人公の瀧内公美さん演じる由宇子さんっていう人がテレビ局が外注している制作会社のディレクターなんですね。で、報道部の依頼を受けて事件を追っているんですけども。3年前に起こった、田舎の方で教師と女子校生が関係を持ったと噂されて、その女子高生がいじめられてるうちに自殺してしまって。それで関係を持ったとされる教師も自殺をしたという事件のその後を追っているんですね。

それで、調べるうちにその生徒とその先生の間に本当に関係があったのか?っていうこともだんだんと疑わしくなってくるんですよ。で、更にその遺族の人たちに話を聞いていくと、非常にスキャンダラスに報道されてしまうために、自殺した女子高生の両親も先生の母親とか、その兄弟とかもどんどん巻き込まれて。その町にいられなくなっているということがわかっていくんですね。で、そういったその報道被害みたいなものをテーマに、その由宇子さんは番組を作ろうとするんですけども。それはテレビの……テレビにはお偉いさんがいるわけですね。テレビ局というのはね。

その人に自分が撮った素材を見せると、「こんなもん、使えねえよ!」とか言われるんですよ。というのは、その遺族の父親がね、「うちの娘は報道に殺されたんです」っていうシーンがあるんですね。「『報道に殺された』とか、こんなの使えねえよ! 放送できねえよ!」とか言われて。「こんなの、カット、カット!」っていうような感じなんですよ。

(山里亮太)うわあ……。

(町山智浩)このへんがすごくリアルなんですけども。それでもこの由宇子さんは真実を撮ろうとして遺族に食らい付き続けるんですね。ただ、彼女自身が「ただいい人」ということではなくて、「とにかくいい番組を作りたい」っていう人なんで。その向こうの弁護士から「この建物の外見とか、特定されると遺族に被害が及ぶので撮らないでください」って言われてるのに撮ったりしているようなところもあるんですよ。

(宇賀神メグ)手段を選ばない感じですね。

(町山智浩)そうなんです。そのへんはものすごくチャレンジングな人で。しゃべり方とかも「うるせえんだよ!」みたいな感じでもう、バリバリやっていくんですね。男勝りで。ただ、彼女は家に帰ると、お母さんはもういなくて。60がらみの光石研さん演じる父親と2人暮らしで。で、お父さんは町の学習塾の経営者をしています。で、由宇子さん自身もその塾で先生を時々やったりしてるんですけども。その学習塾に通う女子校生がある日、妊娠していることがわかるんですよ。で、この由宇子さん自身も、彼女が追っている事件と同じようなものの中に巻き込まれていくっていう話なんですね。

で、この映画、タイトルが『由宇子の天秤』となってるんですけども。この「天秤」というのは彼女自身の中にあるモラルとか、しがらみとか、家族とか、自分自身の人生や他の人の人生や、そういったものがいろいろ載ってる天秤なんですね。で、これがずっと映画を見てる間、絶えず揺れ動く感じなんですよ。で、だいたいね、この映画は見ていると5分ぐらいごとにまったく新しい事実が出てきて。それまで観客とか由宇子さんが信じてたストーリーが次々と覆されていくんです。

この天秤が絶えず、揺れ動くんですよ。だからまず最初、彼女は最初の事件を調べてる時に、「これは無実の先生と生徒が勝手に噂を立てられて、その学校側によって糾弾されて。マスコミによって叩かれていじめられて死んだんだ」っていう悲劇として追っているんですが、それもだんだん怪しくなってくるんです。で、それ自体を追求していく彼女自身もほとんど同じようなケースに巻き込まれていくんですね。で、その時に何を守らなければいけないのか? 関係者の生活なのか? 自分自身のドキュメンタリー作家としての作品を作るということなのか? 正義なのか? そういったことが次々と出てきて、何を選んだがいいか分からない状況に追い詰められていくという話なんですよ。

(山里亮太)へー!

絶えず揺れ動く「天秤」

(町山智浩)これはね、話としては非常に地味なんですけれど、見ていてものすごく面白いんですよ。で、それは撮り方なんですね。これね、152分というすごい長尺なんですね。2時間半もあるんですけども。こういった非常に重い素材であるにも関わらず、ものすごいスピード感なんですよ。というのはね、ほとんどが手持ちカメラで撮っていて、主人公の由宇子さんを追いかけ続けるんですね。で、由宇子さんは常に何かをしているか、何か移動してるんですよ。何かをしてるから、画面が全く止まらないんですね。ほとんど。で、どんどんどんどん展開していって、話が先にどんどん進んでいくんで。まあ、アクション以外に非常に近いんですよ。見ていて。

で、もう次々とどんでん返しがあるので、ジェットコースターに乗っているような感覚を観客が味わっていくという。「ええっ! そうなの?」みたいな、もう驚きの連続なんですね。で、それをまたね、これだけ地味で、話がかなり重いものでも撮り方で完全にエンターテイメントにすることはできるんだってことがわかるんですね。それともうひとつは彼女自身がドキュメンタリーを撮っている人なんだけども、実際はこの映画は彼女のドキュメンタリーなんですよ。

(宇賀神メグ)ああ、面白いですね!

(町山智浩)だから入れ子構造になってるんですよね。ドキュメンタリーの中にドキュメンタリーがあって。私たちはそれを見てるっていう形になっていて。で、いつも人を追っかけてる由宇子さんがこの映画のカメラに追われてるという形になるんですね。そのへんもすごくよく出来ていて。テーマはやっぱりそのドキュメンタリーとか報道ということの正義はどこにあるのか?っていうことと、ひとつの事件があっても見方によって全く違うものになるんだということなんですね。で、遺族に焦点を当てれば、遺族の被害の話だし。報道という問題に変えると、報道はどこまでやっていいのか?って話だし。というものがあって、そのカメラの置き場所、撮り方によってこれだけ話が違うんだってことが非常に、この映画そのものの構造で分かるようになってるんですよ。

で、この映画は海外で非常に高く評価されてるんですけども。それはね、これはベルギーの映画監督でダルデンヌ兄弟っていう人がいるんですね。日本でも『少年と自転車』とか『ロゼッタ』とかですね、いろいろと評価された映画があるんですけども。この人たちはいつも、そのベルギーの貧困層の生活を撮り続けてる人なんですけども。ダルデンヌ兄弟っていうのは。そしたら非常に地味な映画になっちゃうじゃないですか。でも、すごく面白いんですよ。というのは、見せ方なんですよ。常にカメラが主人公を追いかけ続けていて。

たとえば、こういう話があるんですね。『ロゼッタ』っていう映画があって。それは非常に貧しい母親、母子家庭で暮らしてる18歳ぐらいの女の子が仕事を探しに行くんだけど、仕事が全然見つからないっていうだけの話なんですよ。ところがその、仕事をもらうために駆けずり回って。お母さんがアル中で、お母さんをぶったたいて部屋に入れて。お母さんがね、また酒目当てで売春とかしてるから、そこに行ってバンバンぶったりして。もう苦労して回るのをずっとそのカメラが追いかけ続けるっていう、まるでその場にいるみたいな感覚で見せるのがダルデンヌ兄弟なんですね。

(宇賀神メグ)より臨場感が出るんですかね?

(町山智浩)臨場感があるのと、このロゼッタっていうヒロインが「撮らないでよ!」って感じなんですよ。で、この由宇子さんもすごく、カメラから逃げてる感じがするんですよ。こう、いやがってる被写体にドキュメンタリーとかテレビとかっていうのは追いかけていくでしょう? 見ている人はその感覚を味わうんですよ。嫌がってる主体を追いかけている感じなんですよ。それともうひとつ、音楽を全然使わないんですよ。

(山里亮太)へー!

(町山智浩)これね、ダルデンヌ兄弟の映画は音楽は一切、出てこないんですよ。で、この『由宇子の天秤』も音楽はなかったと思うんですよ。映画における音楽って……まあ、テレビとかでもすごく音楽を使いますけども。あれって、何だと思います?

(山里亮太)演出でね、誘導していくというか。

(宇賀神メグ)そうですね。盛り上げるとか。

(町山智浩)そうそう! まさにその通りなんですよ。つまり、この映画『由宇子の天秤』っていうのは「テレビの報道っていうものは物語を作り上げてるんだ」っていう。撮り方とか、音楽とか、テロップの字の書き方とかで「この話、事件はこういう風に見て、この人が悪役なんです!」って作っちゃうわけじゃないですか。でも、この映画は「それは、やらない」っていうことなんですよ。

(山里亮太)はー! なるほど!

(町山智浩)音楽で「ジャジャジャジャーン!」みたいなのを入れていくと、「ここは邪悪なシーンなんです」とかね、楽しい音楽を入れると「ここは楽しいシーンです」とか、そんな風な誘導はしないよっていうことなんですよ。だから、一般のテレビ番組であるとか映画に対するアンチテーゼともなっているんですね。そういう点で非常にいろんなことを訴えかけていく映画ではあるんですけども。これ、面白いことにね、プロデューサーが『この世界の片隅に』の監督の片渕須直さんなんですよ。

(山里亮太)へー!

片渕須直プロデュース

(町山智浩)片渕須直さん、アニメーションの監督ですよね? で、『この世界の片隅に』というのは第二次世界大戦の時、軍港だった呉に嫁入りした若妻の話なんですよ。ご覧になりましたか?

(山里亮太)見ました。

(宇賀神メグ)はい。

(町山智浩)すずさんという若い、まだ10代のお嫁さんの話なんですけども。それと、この映画はどう繋がりがあるのかと思うじゃないですか。『由宇子の天秤』って。それは、撮り方なんですよ。『この世界の片隅に』という映画もすずさんという若妻にカメラがずっと密着していて。ほとんど全部のシーンで彼女が映っているんですね。で、彼女が出てこないシーンっていうのはほとんどないんですよ。ちょこっとあるんですけど。この映画『由宇子の天秤』もそうなんですね。だからものすごく構造が似てるんですね。で、そのやり方をやるともうひとつは観客はその由宇子さんないし、すずさんにくっついているから、彼女がたちが知らないことは観客も知らないんですよ。

(宇賀神メグ)ああ、そうか!

(町山智浩)だから次々と彼女が驚く衝撃の事実に出会っていくと、観客も全く同じ衝撃を受けることができるんですよ。普通、映画とかってそうなんですけども、こっちで何かの事件があると「その裏では別のところでこの人はこういうことをしてました」って見せちゃうじゃないですか。

(宇賀神メグ)たしかに。知った状態で見ますよね。

(町山智浩)そうそう。それをやっていないんです。だから、この由宇子さんが次々と彼女自身の天秤を揺るがされていくのを観客は全く同じように体験していくというところで、非常にジェットコースター感覚の強い映画になってますね。

(山里亮太)なるほどな。一緒に驚けるんだ。

(町山智浩)一緒に驚けるんですよ。だから今回ね、僕はいつも「こうなって、ああなって」っていう話をするんですけども。この映画に関してはその説明ができないんですよ(笑)。

(宇賀神メグ)たしかに(笑)。

(町山智浩)それをやったらもうこの映画を台無しにしちゃうんですよ。すごい難しくて。本当にみんな、苦労していると思いますよ。この映画を紹介することは難しくて。言ったら面白くなくなっちゃうんですよね。

(山里亮太)でも見たら、152分間だけども、ずっとドキドキしながら、揺さぶられ続けながら?

(町山智浩)そう。一体どこに本当があるのか?っていうことがもうどんどん、分からなくなってくるんですよ。で、これね、是枝裕和監督が撮った『三度目の殺人』という映画もありまして。それが福山雅治さんが演じる弁護士が、ある事件が冤罪であるっていうことでもって裁判を担当するんですが。次々と新しい事実が出てきて、どれが事実だか、もうどんどんわからなくなるんですが。その裁判における弁護士っていうのは、報道と全く同じでひとつの物語を作らなきゃなんないんですよ。弁護士は。

「この人は悪くなくて。こうなって、こうなって、こうなったから、こういう事件なんですよ」という物語を弁護士は提出しなきゃならないんですよ。でも、それはひとつの事件に対するひとつの見方でしかないんですよね。実際は。それと同じことなんですね。この映画も。だからすごく今、いろんな報道があって。特に日本はワイドショーがすごいじゃないですか。

(山里亮太)はい。

(町山智浩)で、ひとつの物語を作って、悪役を作っていくじゃないですか。でも、見ている人たちはその人たちを悪役にした物語なんて、もう見た後で忘れちゃうんですよね。1年とか2年経ったらもう忘れますね。でも、何年経っても、何十年経ってもそれで悪役にされた人たちはずっと悪役のままの人生を背負わなきゃならないんです。その罪というのはものすごく大きいですよね。

(宇賀神メグ)重いですね……。

(町山智浩)はい。重いですね。それで今、たとえば小室圭さんとかもすごいなんかもう、はっきり言って悪役にされているじゃないですか。ワイドショーで。ああいうものに乗っちゃいけないんですよ。やっぱり。

(宇賀神メグ)一マスコミの人間として、考えさせられるというか……。

物語、悪者を作り続ける

(町山智浩)でも、それを「他の局がやるから、うちでもやらなきゃ!」っていうことで。「あっちはもっどひどくやっているぞ? じゃあ、こっちももっとやるんだ!」っていうことでエスカレートをしていくんですけども。それがいかにひどいか?っていうのは、それを作ってる人がその目に遭わなきゃわからないわけですよ。で、この由宇子さんはでも、そういう人じゃなくて本当の真実を知ろうとする非常に誠実な人だからこそ、どんどん逆に追い詰められてくんですよ。

(山里亮太)なるほどな!

(町山智浩)これがね、要するに「こんなの、何でもいいんだよ。あいつを悪いやつにすりゃいいんだよ」みたいなテレビマンだったらこんなに彼女は追い詰められないんですよ。ここにいる人たちみんなのために、弱い人のために頑張ろうと思うからこそ、追い詰められていくという話なんですね。結構厳しい、すごい厳しい話ですけど。非常に今の日本で作られるべき映画だし、見るべき映画だし。で、面白いんですよ。

(山里亮太)しかも、ちゃんと面白いっていう。

(町山智浩)そう。で、特にずっとカメラ、手持ちで撮っているって言いましたけど。その一番ラストのショットっていうのがすごい長回しをやるんですけど。その長回しは本当にまさに息を飲むとしか言いようがない、戦慄すべき長回しなので。そこに至るまでの2時間半をですね、もう本当に緊張の中で楽しんでもらえるといいなと思いましたね。

(山里亮太)見たい、これ!

(町山智浩)これはすごいですね。9月17日から渋谷ユーロスペースほかで公開ですね。『由宇子の天秤』です。

(宇賀神メグ)『由宇子の天秤』。

(山里亮太)これ、朝の情報番組とかで紹介するのはなかなか難しそうな……。

(町山智浩)本当は朝の番組やワイドショーとかでやるべきなんですよ。ワイドショーの人たち、みんな見て感想を言わなきゃダメですね。

(宇賀神メグ)伝える側として、これは見なくちゃいけないなと思いました。

(町山智浩)そうですね。そう思います。ああ、そうだ。ワイドショーやってるんだもんね。

(宇賀神メグ)そうなんですね。見ましょう、これ。

(町山智浩)『スッキリ』も見た方がいいですよ?

(山里亮太)ちょっと友人の天の声に伝えておきます。

(宇賀神メグ)町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どもでした。

『由宇子の天秤』予告編

<書き起こしおわり>

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