町山智浩『Coda コーダ あいのうた』を語る

町山智浩『Coda コーダ あいのうた』を語る たまむすび

町山智浩さんが2022年1月4日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『Coda コーダ あいのうた』を紹介していました。

(町山智浩)今日はそろそろアカデミー賞のシーズンなので、紹介する映画はアカデミー賞候補に上がってくる映画が多くなるんですが。非常に素晴らしい映画で。『Coda コーダ あいのうた』という映画をご紹介します。コーダっていうのは、「最終楽章」とかね、あと倖田來未さんとかもいますけども。そっちじゃなくて。これね、「Coda」っていうアルファベットの並びなんですけども。「Children of Deaf Adults」っていう、「聴覚障害のある両親に育てられた子供たち」っていう意味なんですよ。で、こういう人たちは自分自身は耳が聞こえるんだけれども、両親が聞こえないから。その両親と聞こえる人たちの間を取り持つような役割を果たしていくんですね。

だからうちの娘なんかも結構そうで。僕ら、英語があんまりうまくないので。娘がちっちゃい頃から連れていくと、通訳をやったりしてくれてたんですけど。そういう役割をしている子が主人公でですね。高校生の女子高生のルビーちゃんという子なんですが。お父さんもお母さんも、あとお兄さんもいるんですが。お兄さんも先天性の難聴で耳が聞こえなくて。4人家族で自分だけは耳が聞こえるんですね。

で、その子を演じるのはエミリア・ジョーンズという撮影当時、17歳の女優さんが演じているんですが。この彼女がアカデミー賞とか行くんじゃないかって言われてるんですね。主演女優賞で。今はもう19歳ですけども。とにかく素晴らしい演技なんですが。で、彼らはアメリカのボストンっていう町がありますけど。ハーバード大学とか、そういうのがあるところね。そこから車で1時間か2時間ぐらい離れたところにある漁港のグロスターっていうところで漁師をやっている一家なんですね。ロッシさん一家なんですけども。ただ彼らは代々、漁船に乗っているんですが、当時は漁船にはかならず耳が聞こえる人が乗ってないといけなかったんですよ。

(赤江珠緒)乗っていなくてはいけない?

(町山智浩)今は法律が変わったらしいですけど。この映画の舞台となっている時はかならず耳の聞こえる人が1人は乗ってないといけないので、この家族は漁船を持ってるんですけど、このルビーちゃんが乗らないと漁に出れないんですよ。

(山里亮太)なるほど。

(赤江珠緒)それはなんで乗ってなきゃいけなかったんですか?

(町山智浩)たとえばね、緊急無線を受けたりすることができない。あと近くに来た船とかから警笛とかを鳴らされた場合に……要するに「ぶつかるぞ!」っていう時に「バーッ!」って鳴らすじゃないですか。それが聞こえないとよけられないから。で、今は科学技術でそれができるようなものが付いていればいいっていう風になったんですよ。要するに警告が鳴るようにしていたり、目に見えるようなサインが出ればいいってことになったんですけど。

でも、この映画の当時はダメだったんですよ。だから彼女はちっちゃい頃からずっと漁船に乗っていたんですね。ただ、漁船の仕事って朝……要するに夜明け前に出るじゃないですか。朝の3時に出て、魚を取ってきて朝、魚を売ってっていう。だから、昼夜逆転してる生活なんで、彼女はずっとそれをちっちゃい頃からやっていたから、ルビーちゃんには友達がいないんですよ。非常に孤独な……ただ家族とはすごく仲いいんですけどね。

ところがそのルビーちゃんが実は歌がすごいうまいっていう才能があって。それを高校の音楽の先生に見出されるんですね。で、その先生は「君はその歌でボストンにある名門の音楽学校のバークリーに行けるよ」って。このバークリーはこっちのカリフォルニアにあるバークレーとは違って、音楽学校なんですね。「君はバークリーに入れるよ」って言われるんです。これ、超エリート学校なんですけど、アメリカって超エリート学校の多くが才能さえあればお金はなくても入れるというところがほとんどなんですね。

NYUとかもみんなそうです。ハーバードも年収が……今はちょっと変わったけど。600万以下だったら全員、学費も食費も寮も全部タダですね。ハーバードとかね。これが日本にないシステムなんですよ。アメリカはもう才能さえあれば、何もかもがタダです。「君は行けるよ」と言われて、ルビーちゃんが「行きたいな、行きたいな」って思うんですけど……ただ、彼女がいないと家族が食っていけなくなっちゃうんですよ。

(赤江珠緒)そうですね。そういう状況だとね。

(町山智浩)で、どうするか?っていう葛藤のドラマがこの『コーダ』という映画なんですけれども。そうすると、厳しい話かなと思うんですけど、例によってコメディです。はい。

(赤江珠緒)コメディ?

(町山智浩)コメディです、これ。すごく楽しい映画です。というのはね、この両親……耳が聞こえない両親がね、またねすごくいい人たちで。お父さんは漁師なんでね、曲がったことが大嫌いっていうね。で、漁業会社の下で働いてるんですけども、そこが非常に過酷な条件を出してくるからバーッと喧嘩して。それで仲間の漁師さんたちを集めて、自分たちで自主運営しようとしたりするっていう、非常にみんなから尊敬されている漁師なんですけども。で、お母さんと結構歳で。2人とも55歳を過ぎてるんですけど、今も仲良くて。エッチを欠かさないんですね。はい。イチャイチャしまくっているんですけども。

で、またお兄さんがね、すごい喧嘩っ早いところもあるんですけども。まあ、ちょっと耳が聞こえなくて言葉がしゃべれないからイライラして時々、喧嘩をしちゃうようなお兄さんなんですけども。ものすごいイケメンっていうことになってまして。行く先々で女の子にモテて、そこらへんでエッチをしているんですね。というなかなか豪快な一家の中で育っていて。この娘さんも苦労してましてですね。それで、彼女はデュエットチームを組まされるんですね。自分がちょっと好きだった男の子のマイルズくんっていうのと。その音楽の先生によってね。で、歌を歌うんですが、ちょっと聞いてもらえますかね? これ、マーヴィン・ゲイの歌を歌うんですね。

(町山智浩)はい。これはマーヴィン・ゲイがタミー・テレルという女性歌手とデュエットした『You’re All I Need To Get By』という歌で。これ、歌詞の中で今、聞こえたと思うんですけども。「あなたは僕の運命です!」みたいな、相思相愛のラブラブソングなんですけど。それをその高校の話したこともない彼氏と組まされて、歌わされても全然、いわゆるケミストリーができないわけですよ。そしたらもう先生がね、「お前たち、もっと親密になれ!」って言うんで。2人ともぎこちなくですね、処女と童貞同士でね。

それでルビーちゃんの家に行って歌の練習をするんですよ。で、ちょっと盛り上がってくるじゃないですか。2人でずっと向き合って歌うわけですよ。「あなたを愛してる」っていう歌を。すると、なんか家のどこかからね、ギシギシギシギシ音が聞こえてくるんですよ。で、「あん、あん……」とか聞こえてくるんですよ。父ちゃんと母ちゃんがやっちゃってるんですね。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)お父さんもお母さんも耳が聞こえないから。だからお客さんが来ているってわかってないんですね。そういう事態になったりして、下ネタがかなりぶち込んであるコメディになってるんですけど。この映画がね、実はこれはフランス映画が元になっていて。これ、日本でも公開されているんですけど。2015年にね、『エール!』っていう映画がありまして、それが元なんですよ。それはやっぱりね、元々そういう風にして育てられた女性がいて。その話を元にした話なんですけれども。

あのフランス映画の方はね、チーズを作る酪農家の一家になっていて。そんなに耳が聞こえる必要があるかというと、それほどでもなくて。漁船の方が大変なんですよ。法律で決まっていたから。だからこっちの方がリアルなのと、あとそのフランス映画のその原作にあたる『エール!』っていう映画が当時、すごく叩かれたのは耳の聞こえない両親の役を、耳が聞こえる俳優さんがやっちゃったんですよ。それがすごい叩かれて。

(赤江珠緒)ええっ?

(町山智浩)それはどうしてかというと、耳が聞こえない俳優さんっていうのもいるわけですよ。実際は。でも、そういう人たちの仕事を耳が聞こえる人が奪っちゃったんですね。めったに耳が聞こえない主役の仕事がないのにもかかわらず。そういう人たちにチャンスを与えるべきなのに、それを取っちゃったんですよ。聞こえる人たちが。それで非常に問題になったんですけれども。

これはアメリカなんかでも、東洋人、アジア人の役を白人がやることで問題になってるっていうのは、そういう点なんですよね。アジア人が主役の機会はめったにないのに、それを白人が取ってしまってはダメだっていうことですけども。ただ、今回のこのアメリカでリメイクされた『コーダ』は耳が聞こえない人たちの役は本当に全員、聞こえない人たちが演じているんです。

(赤江珠緒)じゃあ、お父さん役もお母さん役もお兄ちゃんも?

実際に耳が聞こえない俳優が演じる

(町山智浩)はい。ただ、芝居が本当に上手いんですよ。コメディ演技が上手くて。特にこのお母さんの役をやっている人は、マーリー・マトリンさんという人で。この人は実際に耳が聞こえないんですけれども、その役で1986年に『愛は静けさの中に』という映画で21歳でですね、アカデミー主演女優賞を取ってるんですよ。すごいんですけど、でも耳が聞こえない役っていうのはそんなにないから、せっかく21歳でアカデミー主演女優賞を取っても、その後あんまり仕事がないんですよ。

で、今回は久々にすごいいい演技を見せてくれてるんですけど。だから、やっぱり仕事がないってことが一番大きい問題なんですよね。「俳優をやりたい」と思っても。ところが最近、ハリウッド映画はそういう人たちにも仕事があるということになってきたんですよ。マーベル映画の『エターナルズ』ではなんと主役のエターナルという、永遠に生きてるスーパーヒーローたちの1人が耳の聞こえない人なんですね。ローレン・リドロフさんという人がマッカリというキャラクターを演じてるんですけど。でも別にそのスーパーヒーローの中に耳が聞こえない人がいてもおかしくないんだけども、今までは誰もいなかったじゃないですか。

でも、普通に今回、『エターナルズ』ではキャスティングされてて。このローレン・リドロフさんっていう人はその前に出た映画で『サウンド・オブ・メタル』っていう作品で先生役をやっていた人なんですよね。で、『サウンド・オブ・メタル』には『聞こえるということ』っていう副題がついてたんですけど。これ、ものすごいラウドな、めちゃくちゃうるさいハードコアな音楽をやっていたドラマーの人が、そのせいで耳、聴覚をどんどん失っていってしまって……という映画なんですけど。

(赤江珠緒)はいはい。紹介していただきましたね。

町山智浩『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』を語る
町山智浩さんが2021年2月16日放送のTBSラジオ『たまむすび』の中で『サウンド・オブ・メタル 聞こえるということ』を紹介していました。

(町山智浩)で、そのリハビリ施設で手話とかを教えてくれる先生の役のポール・レイシーという人が実際にコーダなんですよ。お父さんとお母さんが聞こえなくて、彼が聞こえるんでその聞こえない人たちと聞こえる人たちの2つのコミュニティーの橋渡し役をやってた人なんですね。ポール・レイシーっていう人は。それを、その彼を実際にそういう役で『サウンド・オブ・メタル』に出したり、最近のハリウッドは聞こえない人たちを普通に主役にしたり、別に最初の脚本には「耳が聞こえない」って書いてない役にも、そういう人たちをキャスティングしたり。すごく状況が変わってきてるってことがよくわかる映画ですね。

で、このルビーちゃんはですね、自分の夢に向かって突き進むと家族は生きていけないかもしれない。漁師が続けられないっていう。あと、もうひとつ、家族の方が娘、ルビーの「歌」っていう才能が理解できないんですよね。

(赤江珠緒)そうですね。そこがつらいね。本当だ。

(町山智浩)そこがつらいんですよ。で、彼女自身もどうしても歌の楽しさみたいなものをお父さん、お母さんに伝えることができないんですよ。で、そこがもう非常につらいことになっていくんですけれども。まあ、あんまり言うとあれなんですが、クライマックスでね、このルビーちゃんが歌う歌があるんですね。これがね、ジョニ・ミッチェルという人が書いてジュディ・コリンズという人がカバーして、日本でも当たった『青春の光と影』という日本語タイトルが付いてる歌なんですけどもね。

(町山智浩)はい。これ、実際にこの映画の中でこのエミリア・ジョーンズさんが歌ってる歌なんですけど。これね、歌詞がすごく不思議な歌で。「飛行機に乗って雲の上に出た時のことを歌ってるんですよ。で、雲の上から見るとアイスクリームのお城みたいな雲が見える」。いつも雲の上だと晴れてるでしょう? 非常に美しい、白い山みたいに見えたり、非常に美しいんですけど。「でも、地上にいる時は雲はいつも太陽を遮って、人に雨や雪を降らせて。いいものとしては思われてないじゃないですか。でも、上に行ったら違っていた。私は雲を上と下、両方から見たんだ。その時にわかるのは、今まで、片方の側からしか見ていなかった雲というものについて思ってたことは本当ではなかったんだ。片側から見たもの、片側から見て考えていたことは幻に過ぎないんだ」っていう歌詞なんですよ。

で、その後に愛についてとか、人生についてこの歌は歌っていくんですね。「私は愛は最初はおとぎ話みたいに思っていた。いつか王子様が……みたいに。でも、いろいろあって苦労した今では愛はそんなものじゃないってことはわかっている」っていう歌詞なんですね。で、ここで人生について彼女が歌うんですけれども。で、「昔の友達が首をひねって私に言った。『君は随分変わったね』って。そりゃそうよ。私は何かを失って、何かを手に入れたんだから。それは一体何か? 人生の両側を見たの」っていう。つまり、いい面だけじゃなくて悪い面も見たっていう。

で、この歌をなんで最後に歌うかっていうと、彼女は両面を見たんですね。つまり、耳が聞こえない人たちの人生と、聞こえる人の人生と。「その両方を私は知っているんだ」っていう歌なんですよ。それで今、両方を知っている。片側からしか見てない人生っていうのは所詮、片側からしか見てないもので。それは本当じゃないの。人生の裏も面も、右も左も、上も下も見た今、言えるのは『人生はこうだ』という、その人生の真実なんてものはわからないということなんだ」っていう歌詞なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)「いろいろ見たからこそ、『こうだ』とは言えないんだ。『人生の真実は、はっきり断言できないんだ』という結論になったんだ」っていう。

(赤江珠緒)ああ、見たからこそ、そこになるっていうのがね。断言してるっていうのは見てないっていう可能性が高いですね。

(町山智浩)そうなんですよ。でもこれは逆に、何もわからないってことは可能性は無限なんだっていう意味なんです。

(赤江珠緒)そうか。じゃあ、このルビーちゃんがどうしていくのかな? ご自身が持っている才能が……ご両親に理解してもらうのが難しい才能ですもんね。

(町山智浩)そう。ええとね、ここでどういう風にこれをルビーちゃんを歌うかっていうのが見せ場なんですけれども。この映画を見る時にひとつ、ちょっと覚えておいてほしいのが、手話があんまり字幕で出ないんですよ。だから、アメリカの手話でひとつだけ覚えておいてほしいのが「I Love You」ともうひとつ、「I Really Love You」なんですよね。「私はあなたを本当に愛している」っていう。それだけ覚えておいて見ると、本当に感動的な映画なんで。

(赤江珠緒)「I Love You」はちなみにどういう感じなんですか?

(町山智浩)「I Love You」はね、あれです。まことちゃんがやっていた「グワシ」です。

(赤江珠緒)ああ、はいはいはい。わかりやすい。うんうん。

(町山智浩)で、「I Really Love You」は人差し指と中指を交差させるんですけども。グワシの状態で。それだけはちょっと覚えておかないとこの映画はね、楽しめないんで。「コーダ」はぜひそれを覚えてから見ていただきたいなと思います。ということで『Coda コーダ あいのうた』は1月21日から公開です。

(赤江珠緒)町山さん、ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。

(町山智浩)はい。どうもでした。

『Coda コーダ あいのうた』予告

<書き起こしおわり>

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