町山智浩『天才作家の妻 40年目の真実』を語る

町山智浩『天才作家の妻 40年目の真実』を語る たまむすび

町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中でグレン・クローズ主演の映画『天才作家の妻 40年目の真実』を紹介していました。

(町山智浩)で、今回お話するのは、ゴールデングローブ賞で主演女優賞を受賞した『天才作家の妻』という映画の主演女優、今年で72歳になるグレン・クローズさんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)グレン・クローズさん、いちばん有名な映画は『危険な情事』ですよ。

(赤江珠緒)ああーっ! そうそう。このお顔、すごく拝見したことありますもんね。

(町山智浩)『危険な情事』っていうのは80年代の映画なんですけども。マイケル・ダグラスが妻子あるサラリーマンで。グレン・クローズ扮する女性と浮気をするんですけど。そうなるとヤバいと思って手を切ろうとすると彼女がストーカーになって襲ってくるっていう後半、ホラー映画になっていく話なんですね。

(赤江珠緒)ふんふん。

(町山智浩)あれが大ヒットして。あれがこのグレン・クローズのいちばんの当たり役なんですけども。この人ね、すごい人でね。ゴールデングローブにいままで14回ノミネートされているんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)で、過去にテレビ番組でもすでに2回受賞していて。アカデミー賞でもしょっちゅうノミネートをされているんですけど、この人が受賞しそうな時にはかならずメリル・ストリープもノミネートされていて、メリル・ストリープに取られてしまうという非常にかわいそうな人でした(笑)。

(赤江珠緒)そうなんですか。ふーん!

(町山智浩)でも今回はこの『天才作家の妻』で彼女はアカデミー賞の主演女優賞を取るかもしれないと言われていますね。メリル・ストリープがいないんで(笑)。まあ、レディー・ガガさんと一騎打ちになるだろうと言われています。難しいところなんですが。で、今日はこの『天才作家の妻』という映画が今月末に公開になるんで、その話をします。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)正式な日本タイトルは『天才作家の妻 40年目の真実』というタイトルなんですけども、原題はただの『The Wife』。「奥さん」っていうタイトルなんですが。これはこの天才作家っていうのはノーベル賞を受賞した小説家のことなんですね。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)話は1990年代が舞台で。70歳代になった小説家のジョゼフ・キャッスルマンという男がノーベル文学賞の受賞通知を受けるところから始まります。で、奥さんとは結婚40年目なんで『40年目の真実』ってなっているんですけども。この主役は奥さんの方なんですよ。で、グレン・クローズがその奥さんを演じているんですね。ちなみにこの夫婦、70代でもエッチしているんですけども。

(山里亮太)映画の中で?

(町山智浩)はい。だからみんな、がんばらなきゃね。はい。

(赤江珠緒)フフフ、なんの情報を入れてきているんですか?

(山里亮太)でもやっぱり裸情報はほしいのよ。

(町山智浩)重要なんですよ。すごく重要なんですよ、今回。映画のストーリー上。それで、この2人がノーベル賞の授賞式に出席するためにスウェーデンのストックホルムに行くんですね。旅をするんですけど。で、その間にいろんな人たちがみんな挨拶をするわけですよ。この奥さんにね。「あなたの旦那さんの作品は世界の文学史に残る偉大な作品です。素晴らしい旦那さんをお持ちですね」とかね。「奥さんの内助の功のおかげですね」とか言われるんですけど、そう言われるたびにこのグレン・クローズ扮する奥さんは非常に微妙な表情をするんです。「ありがとう」と言いながらも、うれしいのか悲しいのか怒っているのかよくわからない、どれにでも見れる非常に複雑な表情をするんです。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)この映画ね、自分の心を一切グレン・クローズは語らないんですよ。ほとんど。

(赤江珠緒)うん。なぜ?

(町山智浩)表情だけで観客に「なにかある」って思わせていく映画なんですよ。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)だからまあ、今回主演女優賞を取るだろうって言われているんですけども。そこでノーベル賞の授賞式にアメリカから取材に来たジャーナリストが奥さんにこう話しかけるんですよ。「私はあなたの旦那様の小説の大ファンです。全部読んでいます。で、奥さん、昔40年前、女子大生だった頃に小説を書かれていましたよね? 私、その小説を手に入れたんですけど、あなたのその文体っていまの旦那様の小説の文体と全く同じですよね?」って言うんですよ。

(赤江珠緒)へー! うん。

(町山智浩)「本当はあなたがずーっと旦那様のゴーストライターをしてきたんでしょう?」って聞かれるんですよ。

(赤江珠緒)あらあらあら!

(町山智浩)「それでノーベル賞を受賞しちゃうんですか?」ていう話になってくるんですよ。で、それと並行してその40年間の夫婦生活が描かれるんですね。フラッシュバック、回想形式で。で、まずこの奥さんは女子大生の頃に大学教授だったこの旦那さんの教え子だったんですね。で、この旦那さんはその時に奥さんも子供もいたんですよ。で、生徒に手を出したんで離婚して、大学教授の職も失っちゃったっていうのが出会いなんですよ。

(赤江珠緒)ほう。

(町山智浩)で、ちなみにこの回想シーンで40年前のグレン・クローズを演じるアニー・スタークっていう女優さんはグレン・クローズの本当の娘さんなんですけどね。

(赤江珠緒)あ、実の娘さんが。

(町山智浩)はい。それが自分の40年前を演じているんですけども。それでですね、まあ旦那さんは職を失っちゃったんで小説家になろうとするんですね。文学の教授だったんで。で、奥さんは出版社の編集部で働いて家計を助けるんですけど、旦那は働いていないから生計を立てるのは奥さんなんですが。で、その出版社で自分の夫の小説を出版してあげようと思うんですよ。で、夫の小説を読んでみるんですけど、とっても下手くそでどうしようもないんですよ。

(赤江珠緒)はい。

(町山智浩)いろいろと不自然でね。で、この奥さんが書き直してあげるんですよ。そうすると、旦那も驚く素晴らしい文章になるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)奥さんの方がはるかに才能があったんですよ。

(赤江珠緒)あら、最近そういう女性の方が才能があるっていう話が続きますね。

(山里亮太)『アリー/スター誕生』の時もそうだったし。

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(町山智浩)そう。そういう話が続いているんでね、アメリカ映画はそういう映画が次々と作られていて非常に面白いなと思うんですけどね。ただ、その出版社の方でもいろんなところでこの奥さんは「女性が小説を書いても絶対に売れないし、それでは食えないわよ」って言われ続けるんですよ。

(赤江珠緒)ええっ? 小説でも女性がダメって?

「女性」というだけで売れない時代

(町山智浩)これ、1950年代の話なんですよ。その頃、女性っていうのはもう専業主婦が当たり前っていうか、専業主婦以外は外れたものとみなされていたような時代なんですね。雇用機会均等法とかもないから、就職もできないし。もうひどい差別があったんだけど。それで要するに自分の書いたその小説……旦那が元なんですけども。それを結局、夫の名前で売り出しちゃうんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、それが売れちゃったからもう後戻りできなくなっていって、ずーっとこの奥さんが夫の名前でこっそりゴーストライターとして小説を書き続けるっていうことになっていくんですね。

(赤江珠緒)へー!

(町山智浩)でね、こういう話は実は結構いっぱいあるんですよ。いちばん有名なのは『ハリー・ポッター』のJ・K・ローリングさんですよね。最近の話ですけども。あれ、「J・K」っていうペンネームは要するに「女性だっていうことがわかると売れない」って出版社に言われたから「J・K」にされたんですよね。

(赤江珠緒)ええーっ! あんなに売れたのに……。

(町山智浩)ねえ。日本だったら女子高生かと思うんですけども。

(山里亮太)「JK」ね(笑)。

(町山智浩)JKがゴロゴロ転がっているのか?っていうね(笑)。J・K・ローリングって(笑)。

(赤江珠緒)そんな捉え方している人、いないと思いますけども(笑)。

(町山智浩)ああ、そうか(笑)。あれなんかは本当に差別的な状況ですよね。「女の名前じゃあ出せねえよ」って言われたっていうね。で、あともうひとつ、最近の映画でティム・バートン監督の『ビッグ・アイズ』っていう、これも実話を元にした映画があるんですけども。これはマーガレット・キーンという女性の画家の話で。

(山里亮太)ああ、はいはい。ここでも紹介していただきました。

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(町山智浩)そうそう。夫が「女の名前じゃあ売れねえよ」って言って自分の名前で絵を発表して……っていう、実際にあった話ですよね。結局裁判になりましたけど。だから、こういうことっていっぱいあるんですよ。

(赤江珠緒)そうかー。

(町山智浩)あと、アメリカでこの『天才作家の妻』と同時期に『Colette』という映画が公開されたんですけども。これもコレットっていうフランスの作家がいるんですね。20世紀のはじめから小説を書いていた人で、日本でも翻訳書がいっぱい出ている人なんですけども。『クロディーヌ』シリーズという小説で女性の生き方とか自伝的な話を書いたんですけども。これも夫の名前で最初出版されているんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ!

(町山智浩)そう。「女の書いたものなんて誰も読まねえよ。俺の名前で出せ」っていう。そういうのがずーっとあって、最近までそんな感じなんですよね。だからJ・K・ローリングなんて最近ですからね。だからまあ、そういう状況を描いたのがこの『天才作家の妻』なんですけども。この『天才作家の妻』のグレン・クローズはジャーナリストにね、「あなたはずっと40年間、旦那さんの陰で甘んじていたんでしょう? 耐えていたんでしょう? ノーベル賞を取るべきなのはあなたですよ!」って言われても「面白い想像ですね」って微笑むだけなんですよ。

(赤江珠緒)ええーっ! もうそこまで行ったら、認めてもいいんじゃないですか?

(町山智浩)決して彼女は本当のことを言わないんですよ。でもね、その裏にはなにか彼女のたくらみがあるわけですよ。という話なんですよ。

(赤江・山里)はー!

(町山智浩)それで物語はノーベル賞の授賞式に向かっていくわけですよ。いったい何が起こるのか?っていう。なかなか面白い話なんですけども。このグレン・クローズさんっていう女優さんは非常に、いわゆるハリウッドの女優さんとはちょっと違う役をずっと演じてきた人なんですよね。

(赤江珠緒)ふんふん。

(町山智浩)「女性とは何か?」みたいなことを問いかけるような映画が多くて。この人、デビュー作は『ガープの世界』っていう82年の映画で、36歳の時にデビューしているんですけども。これでいきなりこの人、アカデミー賞にノミネートされているんですね。

(赤江珠緒)へー! デビューは結構遅いですけどね。

(町山智浩)遅いですけどね。この『ガープの世界』って話はご存知ですか?

(赤江珠緒)いや、ごめんなさい。

(町山智浩)これね、とんでもない話ですよ。主人公のガープという男の母親役なんですよ。グレン・クローズは。これがね、異性にも同性にも全く愛とか性的な気持ちを持たない女性として描かれているんですよ。これは現在は「アセクシュアル」って呼ばれるようになったんですけども。この原作小説が書かれた頃にはそうした言葉がまだなかった頃なんですよ。

(赤江珠緒)うん。

(町山智浩)全く性的な感情を持たない人っていう役なんですね。でもね、子供はほしい。子供に対する愛情はあるんですよ。だから、戦争で脳を損傷してあそこ以外はまるで動かなくなった兵隊さんにまたがって、子種をもらってガープを妊娠するんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)デビュー作からこれですからね。ものすごい攻めているんですよ。で、グレン・クローズさんはその後に『危険な関係』っていう、これは逆にセックスで男も女もコントロールしていこうとする女の人を描いているんですけども。フランスの昔の貴族社会において、女性差別が非常にある中で、逆にセックスを使って女性として男性をコントロールしていくっていう非常に画期的な役でもあるんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)で、この人が自分で自費で映画化した映画があって。2010年に『アルバート氏の人生』という映画があるんですね。で、グレン・クローズさんが演じている役は両親を失ってしまって、夫もいない、結婚もしていない女性が1人で生きていくために「アルバート」という男性として生きていくっていう話なんですよ。男性の格好をして。

(赤江珠緒)うんうん。

(町山智浩)男性だったら仕事が得られるわけですよ。で、就職の枠も広がる上に、給料も女性よりもいいわけですよ。だからそうやって生きていこうっていう話なんですよ。それと、女性だといじめられるでしょう? セクハラとかいろんなことで。そういう目にもあわないという話なんですよ。

(赤江珠緒)うわー、たしかにそういう女性の世の中の生き辛さとか、そういうのを演じてこられたんですね。

(町山智浩)ねえ。いま、日本なんてね、女の人が医者になろうと思って医大を受けても女性というだけで落とされちゃうんですからね。

(赤江珠緒)そうね。いまだにね。うん。

(町山智浩)それだったら男性の名前で男装して医学部に入る女性の物語があってもいいですよね?

(山里亮太)そうですよね。たしかに。これもそういうことですよね?

(町山智浩)そういうの、作った方がいいと思うんですけどね。日本は。どうしても医者になりたい女の人が……とかね。それは置いておいてですね、このグレン・クローズさんがデビューが遅れた理由っていうのは特殊なんですけども。あと、この人は『天才作家の妻』の耐える奥さんっていう役作りは自分の母親を見て参考にしたって言っているんですよね。このグレン・クローズのお父さんって、世界的に有名な人なんです。医者として。コンゴでエボラ出血熱が大流行した時、コンゴで活躍したお医者さんなんですよ。

(赤江珠緒)すごい人じゃないですか。

(町山智浩)そう。だから世界中を駆け巡って生活をしていたんですけど、そんな有名人の旦那さんに奥さんはただ黙ってついていくっていう人だったらしいんですよ。それでこのグレン・クローズのお父さんっていうのはカルトに入っちゃっていて。MRAっていうね、非常に右翼的なキリスト教団体に入っていっちゃうんですけども、その時も奥さんは黙ってついていって。グレン・クローズ自身も子供の頃から入れられて、世界中まわって「共産主義と戦え!」とか歌を歌わされていた人なんですよ。

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)日本にもそういう学校ありましたけども(笑)。そういう右翼教育を受けていて、結局彼女はそこから脱出をしたんですけど。そういういろんなことがあって。だから今回、ゴールデングローブの授賞式でもグレン・クローズさんは「女性は子供を産んで育てることばかり期待されています。でもなぜ、女性が自分自身の夢を追ってはいけないんですか?」っていうことを受賞の言葉で言っていましたね。

グレン・クローズのゴールデングローブ賞スピーチ

(赤江珠緒)ふーん!

(町山智浩)だからそういういろんなものを込めてね、作られた映画が『天才作家の妻』でね。だんだんこの夫の正体が暴かれていくんですけども。それに対してこの40年間も耐えてきた妻がどういう決断を下すのか?っていうサスペンスもあって。

(赤江珠緒)それは見たいですね!

(町山智浩)最大の見せ場はいちばんいちばん最後のグレン・クローズの表情なんですよ。セリフじゃなくてその顔だけですべての決着をつけるので。そこまでご覧になっていただきたいと思います。

(赤江珠緒)ほー! だってのうのうと、自分が書いてないのにノーベル賞をもらおうとしているんですもんね。旦那さんがね。どうなるんだろう?

(町山智浩)どうなるか?っていうことですね。『天才作家の妻 40年目の真実』は1月26日から日本公開です。

(赤江珠緒)町山さん、今日はありがとうございました。『天才作家の妻 40年目の真実』を紹介していただきました。

(山里亮太)ありがとうございました!

<書き起こしおわり>

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