町山智浩さんが2024年12月31日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『MR. JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』を紹介していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得て、町山さんの発言を抜粋して記事化しております。
(町山智浩)今日はドキュメンタリー映画なんですが。アメリカ監督が作ったアメリカ製の日本についてのドキュメンタリー映画で『MR. JIMMY ミスター・ジミー レッド・ツェッペリンに全てを捧げた男』という映画を紹介します。音楽、どうぞ。
(町山智浩)これ、僕が中学生の時なんですけども。『レッド・ツェッペリン 狂熱のライヴ』というライブアルバムの1曲目の『Rock and Roll』。曲名が『Rock and Roll』という、わかりやすいんですが。これが僕がちょうど中学生の時にアルバムが出まして。それで『狂熱のライヴ』という映画が公開されたんですけど。これでもううちの麹町中学はみんな、学年がぶっ飛んだんですよ。「うわーっ! とんでもないものが出てきた!」ということで。それでもうみんな、レッド・ツェッペリンにやられちゃったんですけど。
この映画、僕と同じ世代の人が主人公です。ドキュメンタリーでジミー桜井さん、桜井昭夫さんっていう僕より1学年下の人ですけど。で、やっぱりこのアルバム中学の時にノックアウトされて。それからずっと、レッド・ツェッペリンになりたくて何十年もやってきた人のドキュメンタリーなんですけど。
この人はレッド・ツェッペリンというバンドにはジミー・ペイジというギタリストがいまして。その人はロック三大ギタリストのうちの1人なんですが。ちなみに他の人はエリック・クラプトンとジェフ・ベックなんですけども。で、彼はこのジミー・ペイジになりたくて。この人はサラリーマンとして、着物のセールスとかをやってた人なんですけど。その全財産をジミー・ペイジになるために、全てのものを費やしてるんですよ。
全財産をジミー・ペイジになるために費やす
(町山智浩)たとえば当時、ジミー・ペイジが持っていたのと同じギターを手に入れるわけですよ。それは何百万円もするんですよ。ただ、ギターを手に入れても古いギターっていうのは完璧なものって、ないんですよ。エレキギターにはピックアップっていうのが付いていて。マイクなんですね。弦の振動を拾うもので。その部分は劣化するので、変わっちゃうわけですよ。ジミー・ペイジが弾いてた頃っていうのは1970年代なので、もう何年前ですか? 50年以上前ですね。それと同じ音を作るために、マイクだからコイルを巻くところからやるんですよ。
これ、業者も出てくるんですけど。そういう昔のギターを昔のまま再現する業者というのは日本にいるんですね。いろんな職人さんがいて。特にエレキギターって、ここにはコントロールノブというのが付いてるんですね。つまみ。ボリュームとかトーンを動かすダイヤルが付いているんですけど。それはプラスチックと金属が組み合わさったものなんですよ。レスポールという、ギブソンのギターなんですが。で、当時のものはプラスチックじゃなくて、セルロイドだったので。だから「その透明の部分はセルロイドじゃなきゃ嫌だ」っつって、セルロイドのやつを探すんですよ。
で、そういったものは取引されてるんですよね。あとアンプもね、全く同じもんじゃないと嫌だっていうことで。その頃はデジタルじゃなくて、アナログなんですね。アンプって。それで今のものにはチップが入ってるんですよ。で、チップが入るとこのぐらいになっちゃうのを、ハンダゴテでコンデンサーとかトランジスターとか、そういったものを繋げていったものが当時のアンプに入ってるんですけど。当時のアンプと全く同じコンデンサーを見つけるんですよ、彼は。そういったものはまあ、秋葉原にもあるんですけどね。
これ、昔の機構なんで、すごく変な話なんですけど。こういう音楽のギターって、音が歪んでるでしょう? これは昔のアンプの機能があんまり良くないから、歪んでるんですよ。よくあるディストーションっていうのはエフェクターでギターの歪みをシミュレートしてるんですけど、本来はギターの音が歪んでるのは規模のちっちゃいアンプででかい音を出そうとすると割れるっていう、それだけのことなんですよ。そこからロックって始まるんですよ。
で、ジミーさんは「オリジナルの歪みにしたい」って言って、そこまでこだわるんですよ。で、このジミー桜井さんは衣装も全部、ジミー・ペイジと同じにしようとして。それで当時のジミー・ペイジの写真がいっぱいあるんですけど。それをもう、いろんな写真をたくさん集めて、それで刺繍をする業者さんにそれをそっくりに刺繍させるんですよ。で、それを確認するとジミーさんは「このバラの刺繍だけど、葉っぱの数が違うよね?」って言ってやり直しにしたりするんですね。もう、すごいんですよ。俺の世代はめんどくさいジジイが多いのかな?っていう気もしたんですけども。
あと、それだけじゃなくて……それは要するに形なんですけど。彼はテクニックがすごくて。レッド・ツェッペリンっていうバンドはすごく不思議なバンドで、ライブごとに全部演奏が違うんです。きっちり正確に同じようにやらないんですよ。で、どのくらい違うかっていうとまずアルバムで、スタジオ録音したやつが出るじゃないですか。そうすると、その曲は3分とか、長くて5分とかのところをライブでやると10分、20分、30分とやるんですよ。1曲で。
元の曲が5分しかないのに、30分ぐらいやるんですよ。『セッション』のような感じで。その頃はね、クリームとかディープ・パープルとかレッド・ツェッペリンとか、そういうバンドはみんなね、演奏が全部違うんですよ。ライブごとに。で、レコードは1枚か2枚しかライブアルバムあh出ないんですけど、それ以外は海賊版で出るわけですよ。で、このジミー桜井さんはそれを全部聞いて、全部完璧にコピーしてるんですよ。
この人、弦をひっかく音まで真似しようとしてるんですよ。これ、ジミー・ペイジもできないと思う。すさまじいんですよ、この人は。で、彼は途中からジミー・ペイジ業に専念するために会社も辞めちゃうんで、お金もどんどんなくなっていって。職業:ジミー・ペイジってなっていって。それでジミー・ペイジはね、この本人に直接、会いに来るんですよ。これね、監督もそうだし、ジミー・ペイジもそうなんですけど、この人は自分の演奏の動画をYouTubeとかに上げてたんで、世界中のレッド・ツェッペリンファンの間で有名になっちゃうんですよ。
YouTubeきっかけで世界中のレッド・ツェッペリンファンに認知される
(町山智浩)で、この映画の監督アメリカ人なんですけれども。ハリウッドに住んでる人で。そのYouTubeを見て「この人、すごい!」ってなってわざわざ日本に来て撮っていて。ジミー・ペイジさんもわざわざ来てですね、聞いて感動して、彼にお墨付きを与えてるんですよ。もうジミー・ペイジ公認ですよ。そこでね、感動して映画が終わるのかと思うんですけど、ここでは終わらなくて。アメリカにはトリビュートバンドというのがいくつもあって。日本にもあるかな? たとえばビートルズだとビートルズの曲を完璧にコピーして、いろんなコンサートを回ったり、パーティーとかに呼ばれてやっている人たちがいるんですけど。各バンドごとに結構、トリビュートバンドってあるんですよ。
で、レッド・ツェッペリンのトリビュートバンドがアメリカにあるんですけど、それに呼ばれて、そこのギタリストになるんですね。このジミー桜井さんが。本当に職業になるんですね。で、全米ツアーをやったり、日本でもホールでその『狂熱のライヴ』の再現コンサートとかやったりするんですけど、そこからうまくいかなくなってくるんですよね。
彼は完璧に……だから1979年のマディソン・スクエア・ガーデンの2日目のギターを完璧に再現するとか言うんですけども。他のメンバーたちは「いや、そうじゃないよ。僕たちはレッド・ツェッペリン好きな人のために、彼らを楽しませるためにやってるんだ。だからみんなが聞きたい曲をやるべきだ。ヒット曲をやるべきだ」みたいな話をするんですけども、それはジミーさんのやりたいことじゃないんですよ。
だから、だんだんバンドメンバーと話が合わなくなってくるんですよ。だって、さっき言ったように30分とか、やるんですよ? 延々と30分もウネウネとしたサイケデリックなギターソロとかをやるわけで。そうすると、他のバンドメンバーは「それ、客は聞きたくないんじゃない?」って言うんですよ。で、うまくいかなくなってきて、バラバラになってくるんですよ。で、彼にはマネージャーもつくんですよ。「上手い」っていうことで。それで「これから世界ツアーとかをやって、稼ごうよ」みたいなね。
あとひとつ、大きい問題があって。レッド・ツェッペリンっていうのは永遠に再結成は不可能なんですよ。まずドラムの人、ジョン・ボーナムっていう人は死んじゃったんですよ。1980年に。お酒を飲んで、吐瀉物が詰まって亡くなっちゃって。それで解散したんですけど。だからドラムがいないし、ジミー・ペイジさん自身も最近はギターを弾いてないんです。おそらくは関節炎だと思うんです。歳を取ると大変なのよ。本当に痛くて。だから彼らは必要なんですよ。だから、これはでっかいビジネスになるという風に周りの人たちもみんな、思うわけですよね。ところがジミー桜井さんはそこには興味がないんだ。
これ、ある意味で研究に近いわけ。「僕は1979年の◯◯コンサートの△△をやりたいんだ」みたいなことばかり言っていて。これ、『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』みたいなもので。ものすごいこだわりで、どんどん彼は孤独になっていくんですよ。で、「この話、どこで落ちになるの?」と思って。それで監督も、ずっとドキュメンタリーで密着して撮影しているんだけど、どんどん泥沼に入っていくから、お金がなくなっちゃって。
監督はね、ハリウッドにあるアカデミー賞とかの授賞式やっているコダックシアターっていうところがあって。そこにある博物館のキュレーターをやってる人なんですけど。だからこれ、自費で撮っていたんですよ。ところがお金がなくなっちゃって。それでまた、日本に行く飛行機代とかどんどん上がっていたりするのもあるんで。でも映画を作り続けないと、ジミーさんの冒険が続いてるから、撮り続けるっていうことで。もうしょうがないから、彼は財産を処分し始めるんすよ。監督、巻き込まれて。車も売って、借金を次々と重ねていくんですよ。
ジミーさんに巻き込まれていって、みんな人生を狂わされていくの。だからね、ロックには興味なくても1人のものすごいこだわる男の冒険の物語として面白いし。あと僕、すごく面白かったのはこの監督の師匠にあたる人がいて。その人はデイミアン・チャゼルっていう監督なんですよ。彼が作った映画が『セッション』という作品で。これはジャズドラマーになりたい男の子がドラマーを極めるために友達はいなくなるし、恋人すら切っていく。私生活を全部犠牲にしてドラムに打ち込んでいくっていう一種の狂気を描いていたんですけど、これも似たようなものなので。これ、面白いんですよ。
それでこれも、ちゃんと見に行った分のあれが来ます。大丈夫です。返ってきます。俺も「どうなるんだろう?」と思ったけど、ちゃんと大丈夫でした。まあこの作品、ちょっと『セッション』に似ていますけどもね。ドキュメンタリーですけども。でもこれ、『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』もそうだけども。やっぱりある程度、やりたいことがあったら孤独とか、しょうがないんじゃないかっていう。彼もある種、神に見出された男みたいになっていて。宗教にはまっていくのに似ていて。
「僕は神を求め続けるんだ」っていうことになっていっちゃってるから。そしたら周りの人の理解とかよりも大事なことがあるのでね。だからどっちが幸せか?って。『I Like Movies アイ・ライク・ムービーズ』で高校生活をエンジョイして「イエーイ!」ってやってたのとどちらが幸せか? どっちも人生だなっていう気がします。あと奥さんが偉いです。奥さんがついていっているんですよ。まあ、ついて行っているところだけ映してるのかもしれませんが。
あとなんで僕、この映画を見ることになったかというと、羽田空港にいたら、ジミーさんに声をかけられたんですよ。4年前、ジミー桜井さんに。「町山智浩さんでしょう?」って言われて。「僕、ジミー・ペイジやっています」って名刺をもらったんですよ(笑)。それでこの映画を見ることになったんです。そういうところもね、いろいろ神がいるなと思いました。はい。