町山智浩さんがTBSラジオ『たまむすび』の中で映画『ある女流作家の罪と罰』(原題:『Can You Ever Forgive Me?』)を紹介していました。
※映画紹介時は邦題が決定していなかったため、英語題で紹介しています。
Based on a true story, Can You Ever Forgive Me? stars Melissa McCarthy as Lee Israel, the biographer and forger whose tale of deception speaks volumes about our obsessions with celebrity and authenticity.
Can You Ever Forgive me starts Friday, November 2. pic.twitter.com/FSSvy2fwjy
— The Loft Cinema (@TheLoftCinema) 2018年10月8日
(町山智浩)で、ですね、もう1本非常に(『アンダー・ザ・シルバーレイク』と)よく似た映画があって。今度はニューヨークを舞台にした映画なんですけども。これ、トロント映画祭で見まして、日本公開はまだ決まっていないんですが、『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?(Can You Ever Forgive Me?)』というタイトルで。これは「あなたは私をいつか許してくれるかしら?」っていうタイトルの話なんですね。
(赤江珠緒)うん。
(町山智浩)こちらはね、実話なんです。ニューヨークで成功を目指していた作家、物書きを目指していた女性が50代を過ぎて全く売れなくて食えなくて犯罪に手を染めていったという実話です。
(赤江珠緒)ええっ! なんか生々しい。50代になって犯罪?
(町山智浩)50代になって。で、この人はリー・イスラエルという名前の女性で、このイスラエルさんはとにかくニューヨークの1950年代の文化が大好きで。で、ニューヨークって1940年代、50年代はもう本当に文化の中心で。ジャズと文学者がいっぱいいた都市なんですね。で、その頃の有名人、セレブについての研究書を書いていた人なんですよ。このイスラエルさんっていう人は。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)で、キャサリン・ヘプバーンとかタルラー・バンクヘッドっていう当時のゴージャスな生き方をしていた女性たちとか、あとは化粧品のエスティ・ローダーさんですね。その伝記とか、そういうセレブのゴージャスなことが大好きで、そのことを書いていったんですけど、古くなっていったんで1990年代には売れなくなっちゃっていったんですよ。彼女は。もうみんな、だんだん興味がなくなってきちゃって。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)年齢も若い人が増えてきて。で、食えなくなってきたうちに、彼女はその知識を生かしてそういった有名人の手紙をでっち上げるっていう仕事を始めるんですよ。
(赤江珠緒)うん!
(町山智浩)だから、誰よりも彼女は自分の好きな女優とか作家とかの文体であるとか、彼らの私生活を知っているので。本を書いているから研究をしているので。だから、宛名とかもリアルになるんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ、作っちゃう?
(町山智浩)作っちゃうんですよ。で、タイプライターはその当時の古いものを買ってきて、それで打つんですね。
(赤江珠緒)ああ、そうすればできるか。なるほど。
(町山智浩)いまね、タイプライターはアメリカで古いやつ、安く売っているんですよ。そこらへんで。みんな使わないから。で、当時のやつを買ってきて売って。便箋とかも古いのを見つけてくるんですよ。で、文体をヘミングウェイのものとか真似をして。で、サインもすごく真似するのが得意なんですね。で、サインをして今度はその紙を古くさせるんですよ。水をこぼしたり、オーブンにかけたりして紙自体を劣化させて、本当にその時代のものに見せて。
(赤江珠緒)ああーっ、お宝になりますもんね。
(町山智浩)そうなんですよ。それを鑑定団に出して売るっていうね。それをなんとこの人、400通以上も作っていたんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ!
(町山智浩)で、私文書偽造なんでFBIに追われるようになるんですよ。という話なんですね、これは。
(赤江珠緒)これが実話だ。へー!
(町山智浩)実話なんです。ただね、それを聞くとすごい悪いやつで詐欺師のように思うんですけど、彼女は猫のエサも買うことができないぐらい貧乏だったんですよ。で、貧乏なんだからやめちゃえばよかったのに、彼女の中には夢があって。ニューヨークのおしゃれでジャジーなその世界で、バーでお酒を飲んで優雅に暮らすっていうものに憧れて、そのままに生きたかったんで。そこから脱出ができなくなっちゃうんですよ。諦めて田舎に帰るとか、普通の仕事をするみたいなことがどうしてもできなくて。でも、彼女の最大の能力っていうのはその有名人のことを誰よりも知っているということなんで、それを生かした作品のつもりで手紙を書いているんですよ。
(赤江珠緒)ほー!
(町山智浩)だから罪悪感もあまりないんですよね。彼女にとって、その手紙は一種の作品なので。
(赤江珠緒)そういう感じですか。うん。
(町山智浩)はい。という話で、このリー・イスラエルさんを演じているのはメリッサ・マッカーシーという女優さんで、この人はコメディー映画にいっぱい出ている人で、ヒット作もいっぱいある人です。顔を見ればわかると思いますが。
(赤江珠緒)わかりますね。はい。
(町山智浩)『ブライズメイズ』とか『SPY/スパイ』とかに出ていて。ドタバタコメディーですごく人気がある人なんですけども。この映画で有名になる、スターになる、ないしはセレブになるっていう夢に引っかかろうとして、引っかかれない感じのその悲しい、寂しい感じを絶妙に出していて。たぶんこのメリッサ・マッカーシーさんはこの『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?』っていう映画でアカデミー主演女優賞のノミネートはたぶんされると思いますね。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)本当に泣けるんですよ。この人。で、服もないんですよ。服を買うお金がないから、パーティーに行くんですよ。で、パーティーに行くとニューヨークって寒いからみんなコートを着ているんですよね。で、クロークがあってコートを預けるんですよ。で、そこに行って最初からコートを持っていないのに「すいません。コートのチケットをなくしちゃったんで。そこにあるコートが私のだから」って言って人のコートを持っていっちゃうんですよ。
(赤江珠緒)ええーっ!
(山里亮太)なんか……そうか、仕方ないのか。
(町山智浩)そういう生活をしているところがすごくリアルなんですけど。それでも、ニューヨークの非常に美しい夜景の中で、セントラルヒーティングの湯気が下から出ているわけですよ。白く。で、タクシーが通って、ジャズが流れて。彼女の夢見るニューヨークに彼女は生きているから。やっぱりね、『ラ・ラ・ランド』と同じで夢の中に生き続けている人たちなんですよ。
(赤江珠緒)はー! 夢の中でがんじがらめで……っていうことでね。
(町山智浩)そう。夢から醒めないように、醒めないようにしている人なんですよ。だから酒ばっかり飲んでいるんですけども。そのへんがすごく悲しいのは、途中でね、僕が思い出したのは北野武監督の映画で『TAKESHIS’』っていう映画、ご存知ですか?
北野武監督『TAKESHIS’』
(赤江珠緒)いや、存じ上げないのですが……。
(町山智浩)これは、たけしさんがコメディアンに憧れたまま、なれないままコンビニで働いている50代から60代の男性を演じているんですよ。で、たけしさんの感覚っていうのは「たまたま自分はこうやって有名になれたけども、そういう全く有名になれない北野武っていうのもあっただろう。そういう世界もあっただろう。その差は本当に偶然の紙一重なんだ」っていうことなんですよ。
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)たけしさん、僕が素晴らしいなと思うのは、「俺はこれだけ才能があるからこれだけ有名になったんだ。これだけ努力したから有名になったんだ」って絶対にあの人、思っていないんですよ。偶然だ。一歩間違ったらただのコンビニでコメディアンに憧れているおじいさんになっていただろうっていうことを映画でやっちゃう人なんですよ。それにすごく近い感じなんですよ。
(赤江珠緒)へー!
(町山智浩)だからすごくわびしい、悲しいところがあって。でもしみじみといい映画で。彼女は途中で気づくんですけども、有名になる・ならないよりももっと大事なものに気づくんですよ。
(赤江珠緒)ああ、ちゃんと映画の中でも? どうなっていくのかな、この映画は?って思いましたけども。へー。
(町山智浩)そう。彼女の変な詐欺を黙って手伝ってくれるゲイのおじいさんが出てくるんですね。で、なにを言われても文句を言わずに彼女の詐欺行為を手伝ってくれるのがそのリチャード・E・グラントっていう俳優さんが演じているゲイのおじいさんなんですけども。だから、性的関係とか恋愛関係とか全くないんですけども、本当の親友なんですよ。
(赤江珠緒)ふーん!
(町山智浩)で、彼だけはなにも言わないで、文句も言わないでずっと彼女の味方をしてくれるんですよ。実は有名になったりお金を儲けることよりも、そっちの方が本当は大切だったんじゃないのか?っていうことなんですよ。有名になったって、友達がいない人はいっぱいいますよね?
(赤江珠緒)うんうん。
(町山智浩)お金があっても友達が去っていったり、カネ目当ての友達しかいない人っていっぱいいますよね。でも、友達って金では買えないものですよね? それこそ、見た目の良し悪しで恋愛もできますよね。セックスもできますよね。でも、本当の友達って金でも見た目でもなんでも手に入らないんですよね。それがいちばん大切なんじゃないのか?っていうことを問いかけているのがこの『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?』で。「あなたは私をいつか許してくれるかしら?」っていうタイトルともかかってくるんですよ。
(赤江珠緒)はー! そういうことなんですか。
(町山智浩)はい。で、いま流れている曲がこの映画の中で流れるルー・リードの『Goodnight Ladies』っていう曲なんですね。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)このルー・リードっていう人は都会で負けていった人たちのことをよく歌っていたんですよ。道端でお客さんを誘っている年老いた、いわゆるオカマの人。ゲイの娼婦の人とか、そういった人たちの歌を歌っていたんですよ。誰もその人たちの歌を歌ってあげないから。で、この歌は有名になれると思ってずっと生きてきたんだけども、いまは誰も電話もかけてこない。なのでテレビを見ているのっていう歌なんですよ。そういう女性に対してそっと「おやすみ」って、やさしくおやすみを言ってあげるのがこの歌なんですよ。
(赤江珠緒)そうなんだ。
(町山智浩)この歌が流れた時、この主人公はブワーッと泣くんですけども。そういう非常に切ないいい映画がこの『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?』でしたね。
(赤江珠緒)じゃあ2本ともそうですね。光がものすごく当たっているわけじゃない人たちのね。
(町山智浩)そう。みんな光の方しか見ていないけど、その影の方にも人がいるので。そこにも人生があるんだっていうことなんですね。非常に、この歳になってくるとしみじみと泣ける映画でしたね。『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?』、日本公開はまだ決まっていないのでぜひ公開していただきたいと思います。
(赤江珠緒)はい。1本目の『アンダー・ザ・シルバーレイク』は10月13日、間もなく日本で公開です。2本目の『キャン・ユー・エバー・フォーギブ・ミー?』。こちらは日本公開はまだ未定ということです。町山さん、来週はクイーンの企画をやっていただけるという。
(町山智浩)はい。クイーンのフレディ・マーキュリーの伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』がもう公開なんですよ。日本で。11月の頭に。
(赤江珠緒)はい。
(町山智浩)で、素晴らしい映画になっている! クイーンを知らない人にもクイーンがわかるように、来週はクイーン大特集をさせてください!
(赤江珠緒)じゃあ予習をしておいて映画を見るといいんじゃないかということで。で、町山さん、また日本でということで。スタジオでお待ちしております。
(町山智浩)はい。
(赤江珠緒)ありがとうございました。
(町山智浩)どもでした。
<書き起こしおわり>