林剛と松尾潔 2010年代のR&Bシーンを語る

林剛と松尾潔 2010年代のR&Bシーンを語る 松尾潔のメロウな夜

林剛さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』にゲスト出演。松尾潔さんと2010年代のR&Bシーンについて話していました。

(松尾潔)改めまして、こんばんは。『松尾潔のメロウな夜』、先週に続きまして音楽評論家の林剛さんをゲストにお迎えしております。こんばんは。

(林剛)こんばんは。今週もお邪魔します。

(松尾潔)はい。先週は林さんといえばニューオリンズのエッセンスフェスティバルに精通してらっしゃいますが、その最新レポートを語っていただいたわけなんですが。もう、ちょっと僕も聞いていて楽しいもんですから、グダグダな感じで。

(林剛)もうね、本当に一部しかお話できなかったのが僕もちょっと悔しい感じなんですけどね(笑)。

林剛と松尾潔 ESSENCE Festival 2017を語る
林剛さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』にゲスト出演。松尾潔さんと現地取材をした『ESSENCE Festival 2017』の模様について話していました。 (松尾潔)林さんに今日、お越しいただいたのはもちろん、ニューオリンズの観光案内

(松尾潔)しかし、本気を出した時の林剛は違うぞということを今週、見せていただきたいなということで再度、お越しいただきました。で、じゃあ林さんに何をお話ししていただこうかなと思いまして、この春。4月に林さんは『新R&B教本』というご本をお出しになっていまして。これは荘治虫さん、末崎裕之さんという林さんに負けず劣らずR&Bに精通したみなさん3人で作られた本でございまして。この紹介を番組でしていただければなと思ったんですね。というのは、この番組のリスナーの方で結構な割合で「もう読んだよ、持っているよ」っていう方もいらっしゃるんじゃないかと思いますが……クリス・ブラウンが表紙になっておりまして。

『新R&B教本 2010sベスト・アルバム・ランキング』


『新R&B教本 2010sベスト・アルバム・ランキング』

(林剛)そうですね。

(松尾潔)「NEW R&B reader」と英語で書いてありますけども。これ、日本語に直しますと「新R&B教本」なんですが、2010年代に特化しているんですよ。そこがこの番組で語っていただきたいなと思ったところでありまして。なぜなら、これは2011年から2016年までの6年分のベストアルバムランキングなんですね。各年で25枚ですか。

(林剛)はい。

(松尾潔)これをね、ランキングされているんで。ご存知ですか? 『松尾潔のメロウな夜』は2010年の3月にスタート。そしていま、2017年。すっぽり入っているんですよ。

(林剛)それについては松尾さんのインタビューも実はこの本に載っていまして。松尾さんにも「ラジオの番組が2010年から始まった」というお話を(笑)。

(松尾潔)僕は著者ではないんですけども、巻末で「松尾潔のメロウな時間 スペシャルインタビュー」っていうちょっとおまけのようなチャプターがあって。そこでもね、そうだ。『メロウな夜』とほぼ同時期に作られたこの本に関して、同時代にラジオをやってきた立場からお話をしているんですよね。で、あれば、『メロウな夜』とこの『新R&B教本』をドッキングしちゃおうじゃないかということで。

(林剛)うれしいですねえ。

(松尾潔)で、この『新R&B教本』の2011年から16年のベスト25アルバムを紹介しつつも、この本に書かれていない2010年。そして今年2017年のベストアルバムは僕が決めさせていただくという(笑)。サンドイッチ企画でございますけども。じゃあまずは、ちょっと聞いてみたいと思いますね。この『新R&B教本』の中では触れられていない2010年にリリースされたR&Bアルバムの中で、「これが最高の1枚!」というわけでもかならずしもないかもしれないけども、僕は個人的によく使う表現で言うと「偏愛の対象」。そしてもっと言うと、この曲が2010年、僕はいちばん好きだということで、まずはご紹介したいのがトレイ・ソングスでアルバム『Passion, Pain & Pleasure』の中に収められていました。坂本龍一さんネタとしても日本人の耳にとっては非常に馴染みがいいかなと思って選びました。トレイ・ソングス『Can’t Be Friends』。

Trey Songz『Can’t Be Friends』

Jill Scott ft. Anthony Hamilton『So In Love』

(松尾潔)音楽評論家の林剛さんをお迎えして2010年。この番組『松尾潔のメロウな夜』がスタートした時から現在、2017年に至るまでのR&Bシーンを総括してしまおうという、無謀かとも言えるような試みを今日は1時間でやってしまおうと思います。お聞きいただきましたのは2010年のベストトラックという風に私は申し上げたい。トレイ・ソングスの『Can’t Be Friends』。そして、ジル・スコット feat. アンソニー・ハミルトン『So In Love』。これは2011年のベストアルバムとしてこの林さんの『新R&B教本』の中で取り上げられております。ジル・スコットの『The Light of the Sun』に収録されております。トレイ・ソングス、ジル・スコット、アンソニー・ハミルトンというもう本当に『メロ夜』なラインナップが(笑)。この番組の常連の人ばっかりですけども(笑)。

(林剛)素晴らしい。うん。

(松尾潔)この2010年、11年。このあたり、もういまから10年近く前になりますが。いま振り返ってみると、このあたりっていうのはどういう位置づけですか?

(林剛)このあたりって、まだゼロ年代。2000年代の残り香。香りがする曲が多かった。だから、この後になると、まあ後でお話をするかもしれないんですけども。アンビエントとか、ブギーとか、トラップとかっていうようなトレンドがR&Bの方にも……。

(松尾潔)たしかに。この頃に「トラップ」なんて言ってなかったな。「EDM」はもう言っていたのかな?

(林剛)うん。ギリギリそんな感じでしょうかね。だから、まあこれを言うと誤解されるかもしれないですけども……。

(松尾潔)誤解を恐れずに言ってください!(笑)。

(林剛)(笑)。まあ、R&BらしいR&Bっていうのがまだメインストリームでヒットしていた時代というか。

(松尾潔)なるほどね。あのね、この間ね、番組のリスナーの方で最近のビルボードのR&Bシングルチャートを見たら、もうビヨンセとリアーナ以外の女性シンガーがなかなか出てくる余地がないんだ。そういった人たちはいわゆるアダルトの方のフォーマットに入っちゃっていて、いわゆるR&B・ヒップホップシングルチャートってありますけど、あそこには本当にスタンダップな女性シンガーが出づらくなっているのは寂しいっていう方がいらっしゃったんだけども。ジル・スコットとかね、この頃はね。

(林剛)そうなんですよね。

(松尾潔)ほんの10年もたっていないのにな……っていう気もしますけども。

(林剛)まあジル・スコットはね、2015年にもアルバムを出していますけどね。

(松尾潔)もう快作と言えるものを。この人はあまり駄作がないですもんね。

(林剛)そうですね。このアルバムに関しては、ジル・スコットってよくフィリー(フィラデルフィア)の人なんで、「Jilly from Philly」なんていう風にね、言われたりもしますけども。このアルバムに関しては、フィラデルフィアから西海岸に住まいを移してからの作品ということで、ちょっとヒドゥンビーチ時代の作品とは若干テイストが違う感じの……。

(松尾潔)そういう話になってきますとね、まあフィリーの90年代以降のネオ・ソウルの盛り上がりでいうと、ジル・スコットはもちろん人によっては異論の余地もあるかもしれないけども。まあ女性の代表格はジル・スコット。男性の代表格はミュージック・ソウルチャイルド。で、それぞれ、ミュージック・ソウルチャイルドの方が先にアトランタに行って、ジル・スコットはフィリーからLAに行った。こういう時って、僕はこの番組で一度話したかもしれないけど、音楽の中における街の色っていうのはそもそもあるのか、それともその人の身体の中にあるのか。いや、やっぱり街の引力があるのか?っていう話になっちゃうんですけど。これはモータウンがデトロイトからLAに行った時も言われた話ですけども。

(林剛)うん。

(松尾潔)林さんはこの時、ジル・スコットが「なんだ、LAに行っちゃうの?」っていうのはどういう感じで捉えたんですか?

(林剛)そうですね。まあジル・スコットに関してはこれはでも、彼女の中にやっぱりフィラデルフィアのムードが……。

(松尾潔)やっぱりフィリーのジリー?(笑)。

(林剛)うん。フィリーのジリーっていうね、そういうものがあったし。

(松尾潔)どこに行っても、彼女はフィリーっていう。

(林剛)むしろだからこのアルバムに関して言えば、イヴと共演していた曲もありましたね。

(松尾潔)彼女もフィリーですよね。

(林剛)そう。フィラデルフィアっていう都市をもう客観的に外側から見つめ直したような。だからある意味フィリーらしいというか。

(松尾潔)ああー、逆にね。

(林剛)だから、昔ダリル・ホールが……。

(松尾潔)ええ、ええ。『I’m In a Philly Mood』ってありましたね。

(林剛)あれを作ったような感じを僕はすごくこれに関しては思いましたね。

(松尾潔)「故郷は遠きにありて思うもの」みたいなね。それこそ、ロンドンから東京を眺めた夏目漱石じゃないですけど、やっぱり離れてこそ、客観的に。で、そこの頭の中にあるフィリー像を一度、バラして再構築したのがこの『The Light of the Sun』というアルバムだったのかも、ということですかね。

(林剛)まあ、手がけたのはケルヴィン・ウーテンというラファエル・サディーク一派でもあった人だったりするんですけども。

(松尾潔)ええ、ええ。本当に西海岸の人ですが。

(林剛)でもすごいフィラデルフィアっぽいですよね。で、この時代はまだすごくフィラデルフィアの第一期のムーブメントって……いわゆる僕が「ネオ・フィリー」って呼んでいたようなものが2000年代の前半ぐらいにあったんですけども。その第二期ネオ・フィリー的なムーブメントが2010年代のはじめごろからちょっとあって。世代が入れ替わった感じであったので、それの……西海岸に行ったものの、そういう香りがまだあった時代というか。

(松尾潔)なるほどね。いやいやいや、この感じで話していると2017年までたどり着けないので、本当に断腸の思いで駒を進めますけども。2012年に入りますと、後に大きな意味を持つことになるロバート・グラスパーの『Black Radio』というアルバムがジャズシーンとR&Bシーン、もっと言うとヒップホップシーンとの垣根を全部ぶっ壊すみたいな感じで世の中に出して、実際にある程度の成果は出したという。まあ衝撃度の高いアルバムもありましたけども。そんな時代の作品をこれから聞いていただきたいと思います。2012年のベストアルバムに選ばれておりますのはアリシア・キーズの『Girl On Fire』なんですが。じゃあまずはこの中に収められている、これは「耽美的」と言ってもいいですかね?

(林剛)そうですね。

(松尾潔)アリシア・キーズとマックスウェルのデュエットで『Fire We Make』。

Alicia Keys, Maxwell『Fire We Make』

TGT『Sex Never Felt Better』

(松尾潔)2012年のこの『新R&B教本』におけるナンバーワンアルバムですね。アリシア・キーズ『Girl On Fire』の中からマックスウェルとのデュエットで『Fire We Make』。そして2013年度のベストアルバムに選ばれておりますTGTのアルバム『Three Kings』の中から『Sex Never Felt Better』。2曲続けてお届けいたしました。ちなみにこのTGT、「TGT」と我々言っていますけども、そもそもTGTっていうのはどういう意味なのか?っていうのをご説明いただけますか?

(林剛)TGTというのは、タイリース(Tyrese)、ジニュワイン(Ginuwine)、タンク(Tank)の頭文字ですよね。

(松尾潔)けどこれ、上手い具合に母音が「E・E・E」って重なったもんですよね。これ、キャッチーですよね。その時点でね。3人ともいい男ですからね。

(林剛)まあだからこれは……そうなんですよね。まあ90年代から2000年代の前半にかけてはLSGっていうのが……「Levert.Sweat.Gill」っていうのがありましたけども。

(松尾潔)この忘れがたき、「R&Bシーンの三代テノール」ってね。テノールじゃないじゃん!って僕がよく言っている(笑)。声域がテノールじゃないんだけど。けど、男が3人集うとこう、独特の色っぽさとか。やっぱり3人いるとドラマの始まりというか。「Three is a crowd」っていう言葉があるけど。やっぱりデュオとは違うんですよね。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)グループの始まりっていう感じがするじゃないですか。だからやっぱり物語がなにか、不穏なことも含めて始まるっていうのがこのTGTの、やっぱり3人いるからバッチバチの感じもあるけど……なんて言えばいいのかな? やっぱり仲良しなんだろうなって思いながら聞いていましたけども(笑)。

(林剛)あと、LSGなんかに比べるとすごくマッチョというか、そういうイメージで。卑猥なジェントルマンというか、そういう(笑)。

(松尾潔)ちなみにLSGっていうのをご説明すると、90年代のジェラルド・リバート、キース・スウェット、ジョニー・ギル。まあそれに倣って作ったものであるというのはTGT、自分たちで言っていましたけども。

(林剛)はい。

(松尾潔)TGTは正直なところ、僕は「やる、やる」と言いながらずっと出ないのかと。

(林剛)そうですね。しばらく、なんかね。

(松尾潔)2007年ぐらいからやっていたでしょう?

(林剛)やっていましたね。だけどアルバムはなかなか出てなかったっていうね。

(松尾潔)出したらやっぱり、すごいものをドロップしてくれたなっていう感じ、ありましたね。ちなみにこの2013年というのはTGTが1位に選ばれている年。林さん、荘さん、末崎さんが2位に選んでいるアルバムがジャスティン・ティンバーレイク。で、3位がジャネル・モネイ。4位がビヨンセ、5位がロビン・シック。つまりこのベスト5の中でジャスティンとロビンという白人アーティストが2人入っているんですよ。もっと言うとね、9位にティーナ・マリーが入っていたりするんですけど。さっきちょっとクロスオーバーっていうお話をされましたけど、このR&Bっていう言葉の定義自体がもうもはやR&Bっていうのは黒人文化という一言では語れないみたいになってきたのがこのあたりなのかなっていう気もしますね。

(林剛)うーん。そうですね。まあ、ただこのTGTに関しては本当にもうザ・R&Bっていう感じなんですけども。

(松尾潔)そういう時代だからこそTGTのこの漆黒の輝きが目立ったというのもありますよね。

(林剛)ということになりますよね。

(松尾潔)まあいわゆる、これこそがまさにサウンズ・オブ・ブラックネスっていう感じでしたね。

(林剛)本当、そうですよね。あと、これを手がけているのがバム(B.A.M.)っていう、まあブランドン・アレクサンダーという……。

(松尾潔)よくみんなね、ブライアン・アレクサンダー・モーガンと間違えるという、バム。

(林剛)そうですね。彼はすごく歌ものに強いプロデューサーで。

(松尾潔)そうですね。そういうイメージ、あるな。

(林剛)オーセンティックなR&Bの作り手っていう感じがしますけども。まあ、いろいろとその2010年代ってプロデューサーで言うと、たとえばポップ&オークとか、あとはDJキャンパーとか、あとエリック・ハドソンなんかがいますけども、特にこのバムに関してはこういうオーセンティックなR&Bを作らせると右に出るものはいないという感じのクリエイターですよね。

(松尾潔)まあちょっと、誤解を恐れずに言うといまのお名前を出されたプロデューサーの方々というのは、最新作のメアリー・J.ブライジにつながっていくようなね、そういう人脈なんで。結局、この4、5年の歌もののど真ん中のトレンドを作っている人たちというのかもしれませんね。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)さあ、そんな2012年、13年。そして2014年にはこれ、ディアンジェロが復活するんですよね。

(林剛)ちょっとびっくりしましたね。

(松尾潔)あれは本当にびっくりしましたね。2013年にTGTのアルバムが出た驚きどころじゃないですよね。

(林剛)そうですね。これも前々からもう、「出る、出る」「○%完成した」みたいな話が出ていて。で、もうたぶん出ないだろうと諦めかけていたところに突然のリリースっていう(笑)。

(松尾潔)本当ですよね。あれは驚きました。そんな時代の作品をじゃあ、これからご紹介したいと思います。2014年、ディアンジェロが復活した1年で、ディアンジェロの年という言い方をする人もいますし。『Black Messiah』という彼のアルバムのタイトルはね、彼自身が……まああれはディアンジェロ&ヴァンガードっていうバンド名義で出していましたけども。彼自身が「自分がメサイア(救世主)である」っていうような。「(希望)」っていうようなところもあったんでしょうが、そんな年に1位に選ばれたのがトニ・ブラクストンとベイビーフェイスのデュエットアルバムだったんですね。

(林剛)うん。なんかディアンジェロの年という割には、非常にこれまたオーセンティックな(笑)。

(松尾潔)ここがやっぱりね、林さんと僕との共通項なのかもしれませんけどもね(笑)。

(林剛)まあでも、ディアンジェロってやっぱりこう、シーンでどういう風な……ディアンジェロってすごく異端な人というか。

(松尾潔)わかります。異端であることに価値があるっていうところがある。

(林剛)もうディアンジェロはディアンジェロなんですよね。だから2014年がどうこうというか、2014年のR&Bシーンがどうこうという人ではないというか。もうディアンジェロはディアンジェロ。

(松尾潔)言い切りましたね。ええ。じゃあ、聞いていただきましょう。トニ・ブラクストンとベイビーフェイスのデュエットアルバム『Love, Marriage & Divorce』。この中から『Hurt You』。

Toni Braxton, Babyface『Hurt You』

Tyrese Gibson『SHAME』

(松尾潔)音楽評論家の林剛さんをゲストに迎えてお届けしております『松尾潔のメロウな夜』と林さんのご本『新R&B教本』のドッキング企画。2010年から2017年のR&Bシーンを総括しております。2014年のベストアルバムに選定された『Love, Marriage & Divorce』の中からトニ・ブラクストンとベイビーフェイスで『Hurt You』。そして、翌2015年のベストアルバムと林さんのご本の中で認定されております『Black Rose』というアルバム。タイリースの『Shame』。これは2015年から『メロ夜』で年間トップ20みたいな、曲単位で発表するようになったんですけども。タイリースは年間1位でしたね。この時ね。

https://miyearnzzlabo.com/archives/32752

(林剛)そうですね。

(松尾潔)「おっ、一緒だ!」って思いましたもん。この本が出た時に。

(林剛)これはだから今回、松尾さんのインタビューの中でも最後の方で『Shame』については語っていただいていますけども。この本は僕はもう、タイリースの『Shame』が入っている『Black Rose』を1位にしたくて作ったようなもんですから(笑)。

(松尾潔)(笑)。そんなタネ明かしを。しかしまあ、タイリースって正直日本ではそうそう語られる名前でもないと思うんですが。まあソロ名義ではないものの、2013年には彼が参加したユニットのTGTをここで1位に選んでらっしゃいますし。15年にはこのタイリースの単独の『Black Rose』を。もう満を持してという感じですよね。

(林剛)そうですね。これもバムが関わっていますよね。

(松尾潔)そうでした。そうでした。まあ、オーセンティックなラインナップが続きますが、2014年の1位がトニ・ブラクストンとベイビーフェイス。そして2位がケム。3位がクリス・ブラウンというランキングになっておりまして。2015年は見てみますと1位がタイリース。2位がジ・インターネットの『Ego Death』ですね。そして3位がベイビーフェイス。で、4位がクリス・ブラウンなんですね。だからクリス・ブラウンっていうのは1位こそ取っていないけども、このあたりはコンスタントに3位、4位と。この人はちょっとR&Bの歴史の中でもR.ケリーとかトレイ・ソングスとかと同じで、まあ多産型の人じゃないですか。クリス・ブラウン。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)で、これを見たら2011年から16年まで一度もね、林さん、荘さん、末崎さんはクリス・ブラウンを年間1位には選んでいないんだけども。一度も1位に選んでいない人を表紙にしているっていうのは、この6年ぐらいで見るといちばんはクリス・ブラウンかなっていう感じもあるんですか?

(林剛)うーん、まあそうですね。それとやっぱり人気とかを考えると、日本での知名度を考えると、やっぱりクリス・ブラウンなのかな?

(松尾潔)まあ、そんなクリス・ブラウン、この番組でも毎週のようにご紹介している時期があって。「今月のクリス・ブラウン」っていま言ってますけども、一時は「今週のクリス・ブラウン」っていう時期があったんですけど。いま、バックで流れておりますクリス・ブラウン feat. アッシャー&ゼインの『Back To Sleep』。これなんかもこの『メロウな夜』でご紹介したリミックスなんですが、このリミックスね、別に「Legends Remix」っていって、R.ケリーとかタンクとかと一緒にやっているリミックスもあるじゃないですか。


(林剛)ええ。

(松尾潔)ああいうことに顕著ですけど、クリス・ブラウンは本人の名義にゲストを呼ぶことも多いし、まあラッパーのタイガと2人でアルバムを作ったぐらいですけど、客演も多いですよね。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)で、こういう人たちじゃないと、いまR&Bシンガーって残っていけないんですかね?

(林剛)うーん、そうですね。やっぱりヒップホップの人と絡んだりとかっていうこともやっていかないと。

(松尾潔)社交ができないと。作品力だけだとちょっと難しい時代に入っているということでもあるんですかね?

(林剛)そうかもしれないですね。まあ、それにしてもクリス・ブラウンはすごいですよね。

(松尾潔)クリス・ブラウン人気を肌で感じるここ数年でもあるわけなんですが。そんな中でね、僕がここでひとつね、番組の中でもかつて言ったことなんですけど、面白いなと思っているのがブルーノ・マーズ、ユナ、ジェネイ・アイコ。こういったアジア系のブラッドラインを持つ人たちがもうスーッとチャートの中に入ってくるような時代になってきたっていうことなんですよね。

松尾潔 アジア系R&Bシンガー特集
松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でアジア系のR&Bシンガーを特集。ユナ、ジェネイ・アイコ、ジョイス・ライス、ジェフ・バーナットなどを紹介していました。 (松尾潔)改めましてこんばんは。『松尾潔のメロウな夜』、早いも

(林剛)これはすごいことですよね。だって昔というか90年代ってアジア系っていうと、たとえばカイっていうグループがいましたけども。

(松尾潔)いましたね! グループでね。

(林剛)彼らもそんなに別に大ヒットしたっていう記憶もないですしね。あと、西海岸でプレミアっていうフィリピン系の女性の3人組がたぶんいたと思うんですけど。

(松尾潔)あの、フィリピン系アメリカ人のグループっていうのは割とコンスタントに出ているイメージもありますし。それで言うと、台湾系のココ・リーとか、時々出てくるじゃないですか。まあ、トシ・クボタさんもそこに含めていいと思いますけども。そんなあの時代のストラグルみたいなものがいま実ってきたということでもあるんですかね。

(林剛)そうかもしれないですね。

(松尾潔)どうなんでしょう。まあ、その中でもやはり、中でもこの人の活躍がモンスター級だなというのが、我らがブルーノ・マーズですね。

(林剛)ブルーノ・マーズ!

(松尾潔)これは『New R&B Reader』。この『新R&B教本』の中で最後の年。2016年のナンバーワンアルバムがブルーノ・マーズっていうのはもうこの本の象徴的なトピックですよね。

(林剛)まあ、これを1位にしなければ……というかね。まあ、これはなんだろう? でも、僕はR&Bというよりも最高にポップで、R&Bとしても訴求力があるっていうか。なんだろうな? もうマイケル・ジャクソンの『Thriller』を聞いた時のような、そういう高揚感が僕はありましたね。

(松尾潔)はじめて聞いた時はまさにマイケルっていう感じでしたね。2回、3回と聞いていくと、だんだんボビー・ブラウンの『Don’t Be Cruel』みたいな感じになってきたんですけど。まあ、なんにせよやっぱりその時代のトップのアルバムにふさわしい風格があるということですよね?

(林剛)そうですね。これを聞いて「○○風」っていう、まあこういう分析をしたりもあとでするんですけども。最初聞いた時は、もうそんなのは関係なく、あれは30分ぐらいですか? スラッと……。

(松尾潔)曲数が少ないのもよかったですよね。やっぱりはじめて聞いた時のその数十分の鑑賞をする時間というのがもう人生の中の体験になるというね。ブルーノ・マーズ・エクスペリエンスというか。もうそういう体験をさせてくれる、まあ数少ない人ですよね。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)じゃあ、聞いてみましょうかね。2016年のベストR&Bアルバムに選んでらっしゃいます。『24K Magic』の中からブルーノ・マーズで『That’s What I Like』。

Bruno Mars『That’s What I Like』

(松尾潔)お届けしたのは2016年のベストR&Bアルバムに林さんたちが選んでらっしゃいます。ブルーノ・マーズ『24K Magic』の中からR&Bチャートでもポップチャートでもナンバーワンですね。『That’s What I Like』でございました。文句なし!

(林剛)そうですね。

(松尾潔)林さん、荘治虫さん、末崎裕之さんがおまとめになりましたのこの『新R&B教本』。これは2010年代のR&Bが本当に手に取るようにわかるように作られた1冊なんですが、この中には林さんのこの6年間のエッセンス・フェスティバルレポートも収められていますね。

(林剛)そうですね。まあ、レポートというよりは覚書というかメモみたいな感じですけどね。

(松尾潔)だけどその時々の記録としてね、いま読むとこれ、面白いですね。

(林剛)そうですね。

(松尾潔)ご興味のある方はぜひ手にとっていただければ。この『メロウな夜』も一層楽しめるんじゃないでしょうか。


『新R&B教本 2010sベスト・アルバム・ランキング』

(中略)

(松尾潔)さて、楽しい時間ほど早くすぎてしまうもの。今週もそろそろお別れの時が迫ってきました。ということで、今週のザ・ナイトキャッップ(寝酒ソング)なんですがね、林さん。2017年。現時点で……まだ半分ちょっとしかたっていませんけれども。暫定でベストR&Bアルバムっていうのを僕なりに考えてみて、メアリー・J.ブライジの『Strength Of A Woman』でもいいんですけども……まあ、『メロ夜』っぽさをもう一歩踏み込んでみようかなと思って、あえて選びましたのが出たばっかりですね。セヴン・ストリーターの新作なんですけども。これは林さん、お聞きになられました?

(林剛)聞きました。これはすごい。まあ松尾さんが絶賛されているぐらいですけど、素晴らしかったですね。

(松尾潔)どこが?

(林剛)これは……。

(松尾潔)褒めて、褒めて! 自分の身内みたいに言っていますけどね(笑)。

(林剛)これ、やっぱり『Before I Do』っていう曲がありますけども。アリーヤオマージュ。だから、これは『At Your Best』を匂わせる曲ですけども。あと、フェイス・エヴァンスの『Soon As I Get Home』を……。

(松尾潔)カバーしていましたね。

(林剛)ねえ。それのオマージュというかリメイクみたいな曲もありましたけども。

(松尾潔)要は、90’sフレイバーに満ちたアルバムっていうことですよね。

(林剛)そうなんですよ。その90’sフレイバーを最新モードで表現というか再現したらこうなるんだろうという理想のアルバムじゃないかと。

(松尾潔)ある種、ブルーノ・マーズの余波がこういう形で出たのかなという気も……アフター『24K Magic』アルバムという風に僕は思ったんですけどね。

(林剛)それがだから、やっぱり2017年、18年。もうちょっと先のトレンドにもしかしたら、より強く90年代のフレイバーがR&Bに反映されていくような感じになっていくんじゃないかな?っていう作品の象徴的なものだとも思うんですけどね。

(松尾潔)なるほどね。わかりやすいお話、ありがとうございます。というわけで今夜はセヴン・ストリーターの『Before I Do』を聞きながらのお別れです。これからおやすみになるあなた、どうかメロウな夢をみてくださいね。まだまだお仕事が続くという方。この番組が応援しているのはあなたです。次回は少々先になりますけどもね、来月8月21日(月)夜11時にお会いしましょう。先週、今週と2週間に渡って林剛さんにゲストにお越しいただきました。ありがとうございました。

(林剛)ありがとうございました。

(松尾潔)お相手は僕、松尾潔と……

(林剛)林剛でした。

(松尾潔)それでは、おやすみなさい。

Sevyn Streeter『Before I Do』

<書き起こしおわり>

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