松尾潔さんがNHK FM『松尾潔のメロウな夜』の中でR&Bの定番曲、TOTOの『Georgy Porgy』を紹介。様々なカバーバージョンを聞き比べながら解説していました。
(松尾潔)続いては、いまなら間に合うスタンダードのコーナーです。2010年3月31日に始まった『松尾潔のメロウな夜』。この番組は、メロウをキーワードにして、僕の大好きなR&Bを中心に大人のための音楽をお届けしています。さて、R&Bの世界でも、ジャズやロックと同じように、スタンダードと呼びうる、時代を越えて歌い継がれてきた名曲は少なくありません。そこでこのコーナーでは、R&Bがソウル・ミュージックと呼ばれていた時代から現在に至るまでのタイムレスな名曲を厳選し、様々なバージョンを聞き比べながら、スタンダードナンバーが形成された過程を僕がわかりやすくご説明します。
第6回目となります今回は、ロックバンドTOTOが1978年に発表した名曲『Georgy Porgy』について探ってみます。これは、いま、ロックバンドってあえて言いましたけども。この間のキャロル・キングじゃないですけども、これはこんなにブラックコミュニティーに愛された白人作家の曲はないですね。TOTOのデヴィッド・ペイチ(David Paich)というキーボードプレイヤーが作って。そこには、マザーグースからの引用ですね。『Georgy Porgy』というタイトルはね。実際あの、曲の中にその引用がございます。
歌の中に歌があるという意味に置いて、八代亜紀さんの『舟唄』みたいなもんですね。ダンチョネが入っているっていう。かえって話、わかりにくくなってますか?曲、聞いてみましょうか。まいりましょう。TOTO feat.シェリル・リン(Cheryl Lynn)で『Georgy Porgy』。こちら、オリジナルです。そして、99年のR&Bシーンにおいて、この曲の名声を決定的にいたしました。エリック・ベネイ(Eric Benét)のバージョンもお届けしましょう。こちらはfeat.フェイス・エヴァンス(Faith Evans)。『Georgy Porgy』。
Toto『Georgy Porgy』
ERIC BENET ft. FAITH EVANS『Georgy Porgy』
今週の、いまなら間に合うスタンダード。今夜、ご紹介しておりますのは、TOTOが1978年に発表した名曲『Georgy Porgy』です。これはTOTOのファーストアルバムに収録されていたんですね。TOTOのメンバーたちがバックアップした女性ソウルシンガーっていう言い方をしましょうか。シェリル・リンをフィーチャーしております。1978年のリリースなんですけども、79年にブラックコミュニティーに人気が波及いたしまして。79年の夏にR&Bチャートで18位を記録しておりますね。これは、ちょっとした快挙でしたね。もちろんシェリル・リンの人気もありました。
『Got To Be Real』とかそういったものと、時代は前後しますけども。同時期の曲なんでね。彼女の声が当時の時代の声であったというのはあるにせよ、まあポップチャートで48位の曲が、当時ブラックチャートって言い方をしましたけど、これ、18位っていうのは結構なものですね。時代背景を考えますとね。で、そのTOTOの曲がチャートインしてから、ちょうど20年後にあたります99年にリリースされたエリック・ベネイとフェイス・エヴァンスのカバー。これはエリックの『A Day in the Life』という彼のセカンドアルバムに入っていましたけど。
R&Bチャートでは15位という、オリジナルを上回るヒット。これ、もしかしたら最大のリスペクトと言ってもいいかもしれませんね。で、ポップチャートでも55位という、まあエリックにとってはね、知名度を飛躍的に高めるきっかけになりましたし。フェイス・エヴァンスがね、やはり20年前のシェリルがそうであったように、フェイス・エヴァンスが時の声でしたから。時代の歌声でしたから。この曲は新しく感じられたという、そういった事情もありました。
で、この『Georgy Porgy』が生み出された背景なんですけども。先ほど、ロックバンドとご紹介しましたTOTO。いまでも活動していますよ。メンバーを何人か失いながらね。ポーカロ兄弟を失いながらも、最近も新譜を出したばかりですが。LAの凄腕ミュージシャン軍団だったっていうのは、まあ僕らぐらいの世代の洋楽ファンには常識かもしれませんね。元々、ボズ・スキャッグスのセッションの時に、土台となる形ができたなんてことはよく言われますけれども。もちろん、その時のセッションの『Lowdawn』ですとか、そういった曲も。本当、名曲数多ありますけども。
じゃあその、ねえ、セッションマンが自分たちでグループ作ればヒットするか?っていう時に、よく言われるのが『でもあの人たち、華がないでしょ?』なんてことをね、言われがちだし。当時もそういうことを、揶揄されたりもしたんですが。この人たちはちゃんとスターになったんですね。スーパーバンドとして、現在に至る活躍を展開しております。で、この『Georgy Porgy』を書いたキーボーディストのデヴィッド・ペイチなんですけども。まあ、僕がデヴィッド・ペイチのことを意識し始めた頃、もうデヴィッド・ペイチ、おじさんって思っていたんですけど(笑)。
ちょっとこう、愛嬌のある大きめの体で。そうですね。僕が高校生ぐらいの頃は、彼がリードボーカルをとる『Holyanna』っていう曲がヒットしましたね。で、これはそれよりもちょっと前の曲です。ファーストアルバムに収められているわけで。で、ギターを弾いております、スティーヴ・ルカサー(Steve Lukather)がボーカルをとっている。で、スティーヴ・ルカサーっていうのはギタリストとしては本当に凄腕で有名な方です。クインシー・ジョーンズ(Quincy Jones)の、一時はファーストコールギタリストでした。マイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の三部作にもその名を見ることができる、そんなスティーヴ・ルカサーなんですが。ボーカルも器用なんですよね。ええ。たしか当時、河合奈保子さんともデュエットしてましたね。ええ。
いや、本当多芸な集団だったんですね。TOTOっていうのはね。ですがまあ、上手くありますけども、その、ソウルフルに熱唱するっていうタイプではないので。そのあたりが、逆にこの曲の熱いシェリル・リンのボーカルとの好対照で良かったと。肌の色ですとか、人種を問わずヒットしたのは、そういう、結果としてなんか、ゾーンが広くなったのかな?と思って。うん。歌声はあるけど、歌いすぎないっていうことの効用を教えてくれるような気がしますね。この曲におけるスティーヴ・ルカサーのボーカルっていうのはね。
で、あの、この曲の歌詞なんですが。まあ、1人の女の人を好きになってしまって。けど、ちょっとにっちもさっちも行かなくなった時に、自分自身を問い詰めるような、そういう歌詞の内容なんですよ。『僕が好きなのは君だけ。君を愛せるのは俺だけとかっていう風に、決めけなければよかった。そう思い込んでしまったから、いまのこの苦しみが始まっているんだ』っていう。これは本当、2015年のいま聞いても、非常に現代性を失わない、普遍的な心情を歌った歌詞だと思います。
で、面白いのは、やっぱりマザーグースの『Goergy Porgy』っていうのを引用しているところですよね。『Georgy Porgy, … made them cry』っていうところ。ジョージー・ポージーと呼ばれる、ちょっと不埒な男の人が描かれているんですんですよね。僕も、不勉強晒すようで恥ずかしいんですが。マザーグース、さほど詳しくないんですが。その、なんて言うんだろうな?寓意に富んだ子ども向けのお話っていうのがアーバンなサウンドに織り込まれることの落差によって生まれる面白みっていうのかな?それがこの曲の懐を深くしていますよね。
やっぱりこの曲はもう、エリック・ベネイとフェイス・エヴァンスが歌ったということもありますけども。それと前後してね、いろんな人たちがカバーしてるんですよ。ヒップホップシーンの中でね、MCライト(MC Lyte)という女性ラッパーが『Poor Georgie』という曲をやったりですとか、
ギャングスター(Gang Starr)っていうね、ラップデュオのMCの方ですね。グールー(Guru)のソロ名義でもね、ソウルIIソウルのキャロン・ウィーラー(Caron Wheeler)をフィーチャーして、『Kissed the World』っていう、曲の一節を取って、換骨奪胎したラップバージョンを作り上げてますけども。
なんて言うんだろう?曲としての汎用性が高いんですよね。リズムも面白いし、曲もキチッと作られているっていう感じですね。ええ。すごくやっぱり、鍵盤奏者が作った曲っていう感じがあるんですよ。丹精な佇まいのメロディーなんですけども。まあ、それ故に、さほど歌力がない人が歌っても、まあちゃんとした形になるし、熱い歌い方でこれを歌い崩しても、多少のことでは曲の中心線がブレることはないという強みがありますね。
ではここで、僕にとっての決定的なバージョンをご紹介したいと思います。TOTOのアルバムが出て、ほぼ同時期にというか、それをヒットしているのを横目で見ながら、チャッチャッチャッと作っちゃったという(笑)。やっつけ仕事の割には、いいじゃん!というものをご紹介しましょう。チャーム(Charme)という覆面ユニットでございます。これ、実態はございません。セッションミュージシャン集団です。
ニューヨークのセッションミュージシャン集団が西海岸のスーパーミュージシャンたちが作り上げたTOTOを、ニューヨークの連中が面白がって取り込んで。そして、ここでシェリル・リンをやるんだったら、こっちはこの男を用意しましょうって、当時のCMのジングルなんかで売れっ子だったルーサー・ヴァンドロス(Luther Vandross)が、なんとクレジットなしで参加しております。まあ、いまとなってはあの特徴的な声ですから、ルーサーの歌声ってすぐに分かっちゃうわけなんですけども。当時は名前を明かさずに歌った曲です。聞いてください。1979年、ルーサー・ヴァンドロス『Goergy Porgy』。
Charme Feat Luther Vandross『Georgy Porgy』
無名時代のルーサー・ヴァンドロスをフィーチャーしておりました、チャームで『Goergy Porgy』。1979年の作品でした。えー、この当時、ルーサー・ヴァンドロスはルーサーという、ちょっと商業的にはヒットに近づけなかった、そんなグループのリーダーでした。で、Cotillionっていうレーベルと契約だったものですから、これは本当に、バイトです。まあ、バイトができたのも、本体が売れてなかったからっていう悲しい現実があったりするわけなんですけども。僕がルーサーにインタビューした時にこの話をしたんですね。そしたら、『ああ、こんなのあったっけ?』ぐらいの感じでしたよ。
たしか300ドルだか500ドルだかで、日本の音楽業界で言うところの、『とっぱらい』っていうんですかね?現金払いで済ませた仕事で。スタジオに入って、ふむふむって聞いて。サーッと、おそらく2、3回歌って。で、帰り電車で帰っていくっていう感じだったと思いますね。それが、30年以上たって、いまこうやって、我々ありがたがって聞いているわけですからね。まあ、名曲っていうのは生まれる時には生まれるんですね。面白いのは、ルーサー・ヴァンドロスがこの3年後には、シェリル・リンのプロデューサーになっているんです。
で、ルーサーとシェリルが82年にはデュエットして、R&Bチャートのトップ10に入ります。マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)とタミー・テレル(Tammi Terrell)の『If this world were mine』っていう曲をデュエットするわけですね。
その時には2人とももう、本格的なソウルシンガーとしての佇まいを身につけているわけで。ほんの3、4年前のこのバイトなんか、なかったことのようだと。本当に人の人生って数年でパッと変わるんですね。実力があればね、という話ですけども(笑)。
<書き起こしおわり>
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