(宇多丸)で、93年。それまでは普通にイベントをやっていて。そのイベントの中で、実はそれまで、その前のシーンっていうのは、たとえばMUROくんと俺たちっていうのは全然違う場所でやってそんなに交流がなかったんだけど、92、3年ぐらいからみんな集まりだして、スラムダンクディスコを。やっぱりマイクロフォン・ペイジャーの登場は大きかったからね。
(K.I.N)ペイジャーだよね。
(宇多丸)ペイジャーだよね!
(K.I.N)衝撃だったでしょ? テープをさ、みんなで。
(宇多丸)92年の暮れにマイクロフォン・ペイジャーのテープが。
(K.I.N)テープが出回って。そればっかり聞いてたの!
(宇多丸)本当だね(笑)。だって、K.I.Nちゃんの車でずーっと俺らね。
(K.I.N)ずーっとペイジャーなの(笑)。
(宇多丸)だし、ペイジャーの歌詞を全部。
(K.I.N)全部そらで歌えるもんね。
(宇多丸)君なんかもう、替え歌を歌えるようになってね(笑)。
(K.I.N)そう(笑)。
(宇多丸)しょーもない替え歌を(笑)。でもやっぱさ、ペイジャーの……俺らはずっとその前から活動をしていたけど、やっぱり仲良しこよしじゃねえぞ!っていうか。ちゃんとヒップホップグループ同士戦って、レベルを上げていかねえとダメだっていうあの姿勢にすごいやっぱり刺激を受けて。まあ、その中でスラムダンクディスコ。だからやっぱりあのペイジャー空気の中でのフリースタイル開始だと思うんだけどさ。さあ、K.I.Nちゃん。それでなぜ、始めた?
偉大なる2回の勘違い
(K.I.N)これ最初、結構偉大なる勘違いが2回あるんですよ。僕、フリースタイルをやるまでに。
(宇多丸)ほうほう。
(K.I.N)それは『The Source』を読んだ時に……
(宇多丸)『The Source』っていうアメリカのヒップホップの雑誌です。
(K.I.N)アメリカの超有名な雑誌なんですけど、91年か92年ぐらいでフリースタイル・フェローシップかソウル・オブ・ミスチーフか忘れたんですけど、フリースタイルについて誰か語っているんですよ。
(宇多丸)ほう。フリースタイル・フェローシップっていうのはね、カリフォルニアのもう伝説的な……
(K.I.N)フリースタイルのチャンピオンを集めて組んだみたいな即興グループみたいな。らしいんだけど、実際はよくわからないですけどね。で、その「フリースタイルをカマして」っていう記事を読んだ時に、それが即興なのかどうなのかわからなかったですけど、俺の英語力じゃそれはわからなくて。「アメリカじゃあもうライブとかも即興なのか! これは日本では誰もやっていないから、ちょっと練習した方がいいな」っていう勘違いがあって。
(宇多丸)うんうん。
(K.I.N)で、その記事は実際はたぶん違うと思うんですよね。「フリースタイルは即興だ」っていう話じゃないかもしれないんだけど……
(宇多丸)まあ、フリースタイル・フェローシップはできたかもしれないけど。さっきもね、10時台に言ったけど、ハイエログリフィックスとかは書いた歌詞で勝負していた。それを指摘されて、バトル負けちゃっているっていうのもあるから。しかもそれ、94年なんだ。アメリカで。
(K.I.N)へー!
(宇多丸)94年に即興でやるべきか? 論争がアメリカで起きているぐらいなんだって。だから、実は全然統一見解がないんだよ。
(K.I.N)ないんだ。それで、俺が19、ハタチぐらいに……だからそのスラムダンクディスコの1年か半年かわからないですけど、そのぐらいに結構大学で――東海大学だったんですけど――やることがなくて。で、ずっと友達のタンタンの家でずーっとフリースタイルを練習していたんですよ。
(宇多丸)やっていたんだ! 92年に。
(K.I.N)やっていたんですよ。で、フリーメイソンことGALAXYの例会に……
(宇多丸)あの、説明が必要だけど、(GALAXYというのは)早稲田のソウル・ミュージック研究会で。RHYMESTERであり、メローイエローであり、いろんなグループの母体になったというね。まあ、ジェーン・スーもいましたよ。
(K.I.N)そうそう。それの例会に行くのに、僕は東海大学だったんで2時間ぐらいかかるんですよ。
(宇多丸)ああ、遠かったんだ。
(K.I.N)で、タンタンっていう友達と2人で車の中でずっと、「イエーッ! 前に走っている車が……♪」みたいなことをやっていたんですよ。暇で。
(宇多丸)ああ、やっていたんだ。そうなんだ。それ、知らなかったわ。
GALAXYの飲み会で話す
(K.I.N)そうなんですよ。で、ある日、やっぱりフリースタイルがちょっと上手くなったっていう自負っつーか。「ヤバいんじゃねえか?」みたいな感じでGALAXYの飲み会で士郎さんに俺、言ったんですよ。
(宇多丸)「士郎さん」というのは私のことでございます。
(K.I.N)ああ、士郎さん(笑)。宇多丸さんにね。飲み会でですよ。
(宇多丸)これ、92年?
(K.I.N)92年ぐらいだと思うんですよね。まだこのスラムダンクディスコの前。その時に、「士郎さん、フリースタイルってあるじゃないですか。みんながバースをカマしあうやつ。あれを即興でやるべきだと俺は思うんすよね。俺、いま即興を練習してて……」って。覚えてないですか?
(宇多丸)全然覚えていない。
(K.I.N)全然覚えていない? で、ビールが置いてあって、そん時に俺がなんかやるんですよ。「ビールがあって、それを注いで、飲んで……♪」みたいな。韻も踏んでないのよ。そしたらその時、士郎さんは「へー。K.I.Nちゃん、がんばんなよ」みたいな感じで(笑)。
(宇多丸)(笑)
(K.I.N)「冷てえ!」みたいな(笑)。すげーかわいがってくれてたのに、士郎さん。「K.I.Nちゃん、がんばんなよ」みたいな。
(宇多丸)なんだろうね、それ?
(K.I.N)あれ、なんだったんだのかな?って。
(宇多丸)ごめん。悪いけど、なんにも記憶にないわ。
(K.I.N)で、そこから……士郎さんは俺に理解があったから、「士郎さんでもこんなもんなんだ。これはあんまりライブでやっちゃいけねえな」っていう感じになっていたんですよね。
(宇多丸)ああ、そうか。ごめんね。それは俺が悪い。
(K.I.N)(笑)。それから、まあそういうフリースタイルっていうみんなの持ち歌詞を出す場があったけど、そこでは披露してなかったんです。
(宇多丸)まだね、やっていなかった。
(K.I.N)まだやっていなかったんだけど、2回目の勘違いがね、スラムダンクディスコであったんですよ。それはね、ZOO(SLITS)の入り口でね、YOU THE ROCK★が後輩か誰かにすごい怒っていたの。すぐ怒るじゃん?
(宇多丸)うん。YOU THE ROCK★が後輩に怒るのは、もう(笑)。
(K.I.N)「俺はさ!」みたいな。
(宇多丸)「お前さ、上野! ダメだよ、それじゃ!」って(笑)。
(K.I.N)あのトーンでさ、後輩がなんか、歌詞が飛んだのかな? わかんないんだけど。とにかく、「俺だったら、ああいう時は即興でやるね!」みたいな感じのことを言っていて。で、俺はそれを聞いていて、「マジか! YOU THE ROCK★、できるんだ!」って。まあ後日、できないことがわかるんだけど(笑)。
(宇多丸)(笑)
(K.I.N)当時やっていないしね。YOU THE ROCK★はね。
(宇多丸)これ、ユウが悪いんじゃなくて、要は「部分的に飛んだとしても、それはカバーしろよ」っていう意味なんだね?
(K.I.N)っていう意味だと思うんだけど、もう「即興でやるんだぜ」みたいなことをYOU THE ROCK★が言っていて。
(宇多丸)やっぱりK.I.Nちゃんの頭の中にはずっと「即興でやれるんじゃないのかな? でもな……」っていうのがあるから、「即興」っていう言葉にビーン! カーン!って。
(K.I.N)「ほら! YOU THE ROCK★も言うとるがな!」みたいな感じになって。
(宇多丸)(笑)
(K.I.N)それで、そのたぶん次の月なんですよね。スラムダンクディスコでフリースタイルで「みんな、集まれ!」みたいな時に「ここで即興だ!」って。
(宇多丸)ああ、そう? その時ってさ、たとえば事前に「今日、やろうと思うんですよ」みたいなのを俺に言ったりとかもしていなかったっけ?
(K.I.N)していないんですけど、きっかけがあるんですよ。
(宇多丸)ほー! お前は面白いな! おい、面白いな、おいっ!
(K.I.N)TWIGYのいまの本、あるじゃん?
TWIGY『十六小節』の記述
(宇多丸)TWIGYさんという日本を代表する素晴らしいラッパーが『十六小節』という彼の自伝が出ていて。まあ、これはTWIGYの記憶とこっちの記憶というか記録が違うんだけど。微妙に時代の感覚が違うんだけど、でもK.I.Nちゃんとフリースタイルで舞台に立って……これ、でもTWIGYがこの書き方をするのはすごいよ。「コテンパンにやられた」って。「俺らのフリースタイルはおぼこかったみたいな(笑)」。K.I.Nちゃんたちは要するに鍛えていたからすごかったみたいなことを書いてあるんですけども。
(K.I.N)すごい。TWIGYに言われるって。
(宇多丸)TWIGYに言われるのはすごいよ!
(K.I.N)すごいよね。(TWIGYのモノマネで)「ハハーイ!」でしょ?
(宇多丸)うるせえ!(笑)。要するにペイジャーをね……
(K.I.N)ペイジャーへのリスペクトっすよ!
(宇多丸)俺たち、ペイジャーの曲を一時期聞きすぎて(笑)。
(K.I.N)おかしくなっちゃって(笑)。
(宇多丸)ごめん。それで、スラムダンクディスコで要するにみんな持ち歌詞を披露する時代がまだ続いているフリースタイルの場に?
(K.I.N)その時に、「やろうかやるまいか……後輩だし、いちばん年下だし、あんまりガツガツ行くのもあれだな……」とか。こうやってやきもきしていたら、実はその時にTWIGYがマイクを持ってフリースタイルっぽいことをやっていたんですよ。でも、「ステージが四角、四角、四角……」みたいな。
(宇多丸)でも、場を読み込んでいる。
(K.I.N)その場のことを言うみたいな。でも、まあラップにはなっていなくて結果的には持ち歌詞をやるんだけど。でも、それは指差しながらやっていたから、「ああ、これは即興でなにかをやろうとしている! キタコレ!」みたいな。
(宇多丸)これってすごいさ、この本のTWIGYの意識ともすごく一致して。要するに、フリースタイルっていうのはやっていたんだけど……っていう。だから、その場のアレを読み込むという意識は絶対にTWIGYにはあったんだよ。当時ね。で、それを見てそのK.I.Nちゃんは「GOサインが出た!」と?
(K.I.N)「これだ! TWIGYがやっているんだから!」みたいな。で、そっから俺も最初に「四角……」ってTWIGYのをなぞるんだよね。
(宇多丸)あえて。それを受けて。
(K.I.N)受けて、即興でやっているっていうTWIGYのスタイルで、TWIGYはそっから先に行かなかったけど、「四角、四角……」から、「ステージの上はどうのこうの……」って即興で、客もいじって……みたいなことをやった記憶がある。
(宇多丸)へー!
(K.I.N)まあ、ウケなかったよね!
(宇多丸)ああ、そう?
(K.I.N)シーン! だよね。
(宇多丸)(爆笑)
(K.I.N)シーン!っていうか、フワーン!っていうか。「あ、じゃあ次!」みたいな。
(宇多丸)あ、ああ。
(K.I.N)みんな、わかんないじゃん。