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K.I.Nと宇多丸 日本のフリースタイルラップバトル誕生の瞬間を語る

K.I.Nと宇多丸 日本のフリースタイルラップバトル誕生の瞬間を語る 宇多丸のウィークエンド・シャッフル
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メローイエローのK.I.NさんがTBSラジオ『タマフル』に出演。K.I.Nさんが日本の中でいちばん最初に即興ラップを始めた件について、宇多丸さんと振り返っていました。

(宇多丸)今夜お送りする特集は、こちら! 日本語ラップ史上最も過小評価された男。日本語フリースタイルの元祖、K.I.Nという男特集! 本日、10時台のオープニングトークでも予告編的にやらせていただきましたが、現在テレビ番組『フリースタイルダンジョン』で本当にもう大ブレイク中。いま、巷は空前のフリースタイルラップブーム。即興ラップブームでございます。テレビやラジオ、雑誌などあらゆるメディアで特集が組まれておりますが、特にやっぱり突っ込んだ特集をやるかな? なんて思っている音楽的なことをやる雑誌で、あれ? なんでこの男の名前が1回もでないの? おかしい……っていうか、取材に来ないのがおかしいだろ?っていう。この番組にも前に出ていただきましたDABOくんなんかもね、ツイートで「なんでK.I.Nちゃんに話聞きに行かないのかな?」ってことを書いてくれたりなんかしましたけど。

DABOさんのツイート

ということで、本日は現在の日本語フリースタイルラップの礎と言いますか、少なくともこの男がいなければ即興フリースタイルの浸透はすごい遅れていたと思います。ご紹介いたしましょう。メローイエローはまだ解散してないもんね?

(K.I.N)解散してないです。

(宇多丸)メローイエローのK.I.Nちゃんでーす!

(K.I.N)はい、どうも~!

(宇多丸)よいしょ~! フォーッ!

(K.I.N)(笑)

(宇多丸)フォーッ! ウェーイ、K.I.Nちゃ~ん!

(K.I.N)こういう場、久しぶりなんで(笑)。嫌だなあ。あんまりこんなカジュアルな感じじゃないんですよね?

(宇多丸)カジュアルだよ、カジュアル。全然カジュアル。だって、君の知り合いとかばっかり出ている番組だよ。

(K.I.N)ああ、まあね。じゃあ、カジュアルに行きますか。

(宇多丸)小岩のスーパー銭湯の気分でいいんですよ。

(K.I.N)例のね(笑)。

(宇多丸)小岩のスーパー銭湯で海開きかなんかしているニュースを朝方、ビール飲みながら見ていて、「おっ! この子、小5ぐらいかな? かわいいなー」っていうあのくだりでいいんですよ(笑)。

(K.I.N)それで行きましょう(笑)。

(宇多丸)ということで、K.I.Nちゃんをご紹介しておきましょう。1992年、KOHEI JAPANらとヒップホップグループ、メローイエロー(MELLOW YELLOW)を結成。MCを担当。アルバム、何枚出している?

(K.I.N)3枚? 4枚?

(宇多丸)もっと出しているだろ? 5枚ぐらい出してないか?

(K.I.N)です。そんぐらい。

(宇多丸)(笑)。で、先ほどご紹介したソロアルバム『Ivory Tower』を出しておりますし、リップスライムのメンバーPESとともにメンズファッションブランド『Optimystik』を立ち上げ、デザイナーとしても活動。

(K.I.N)もうPESはいないですけどね。

(宇多丸)ああ、そう。でも、デザインをやったりとか。

(K.I.N)デザインをやったり。

(宇多丸)足立のダ・ヴィンチということで。「足立」っていうのはポイントですか、やっぱり?

(K.I.N)(笑)。まあ、足立にはいないんですけどね。たまに帰ってますけどね。

(宇多丸)という、K.I.Nちゃんでございます。まあ、僕とK.I.Nちゃんの関係性みたいなのを言い出すとキリがないので、今日はぜひ、フリースタイルの話をうかがいたい。まあ、フリースタイルブームじゃないですか。

(K.I.N)そうですね。俺、見たことないんですよ。『フリースタイルダンジョン』って。

(宇多丸)マジで!?

(K.I.N)マジで。

(宇多丸)これがやっぱりその感じか。まあさ、フリースタイル。後にむちゃむちゃ上手い子がいっぱい出てきてさ。それこそ、R-指定とかすごいじゃん。

(K.I.N)ああ、R-指定のは見たんだ。R-指定のを見てちょっとね、嫌な気分になったんですよ(笑)。

(宇多丸)嫌な気分になるだろ?

(K.I.N)「うんまー!」みたいな。「ちょっと、ヤダヤダヤダ……」っていう。

(宇多丸)この前、来てもらってやってもらったんだけど。まあ、あれでね、世間的にブレイクするのはすごくわかるんだけど、その日本語の即興でラップをするということに関して、僕の知る限り最初に……まあ、いろいろね、試みとしてはあちこにちあったと思うんだけど、特にバトル。人にバトルを仕掛けていく、コミュニケーションの手段としてのフリースタイルっていうのはK.I.Nちゃんが僕は最初だと思う。というか、たぶんそれで間違いないと思うんですね。

(K.I.N)おっ!

(宇多丸)というあたりで、ちょっと今日は日本のヒップホップの歴史を確認するという意味で僕がインタビューしていきたいと思います。

(K.I.N)よろしくお願いします。

始まりは93年の夏

(宇多丸)まず、僕の認識では93年夏が始まりぐらいだったと思うんですが。あなたが初めて即興フリースタイルを。それまで、先ほど10時台にも言いましたけども、イベントごとにフリースタイルコーナーみたいなのがあって。で、オープンマイクで最後に自由にラップするっていう、これはあったんだけど。基本的には持ちネタをベースに、前後にアドリブを絡めるとか、基本的にはそういう感じだったよね。

宇多丸 日本ヒップホップ史 完全即興フリースタイル登場前夜を語る
宇多丸さんがTBSラジオ『タマフル』の中で日本のヒップホップ史についてトーク。日本語ラップ界でK.I.Nさんが1993年に「完全即興フリースタイル」を始める前夜の状況について話していました。

(K.I.N)そうっすよね。

(宇多丸)なので完全に全部、たとえばその場にある状況を読み込んで、とか。そういうのは全くないし。

(K.I.N)ないっすね。さばいたりもしていないですもんね。ちょっとなんか言ってラップを始めるもないっすよね。みんなバースをカマして終わる、みたいな。

(宇多丸)そうだね。バースの部分しかやらないのがほとんどだったし。で、ましてたとえばフリースタイルでバトルをし合うなんていう風習は全くないですよね。ゼロですよね。

(K.I.N)ないっす!

(宇多丸)フリースタイルで会話をする風習はゼロ。だから、即興でやっている人は他にいたかもしれないけど、会話はないはずなんですよ。これはK.I.Nちゃんが最初だと思うのね。それ、覚えている?

(K.I.N)最初っすか? 最初はその93年の……年代はちょっとわかんなかったっすけど、スラムダンクディスコっすね。

(宇多丸)スラムダンクディスコっていうのはですね、下北沢に当時、ZOOという名前のクラブがありまして。後にSLITSという名前になりますが。そこで、MUROくんたち主催だよね? マイクロフォン・ペイジャー主催と言っていいのかな? まあ、MUROくん。非常に世界的にも有名なコレクターであり、ラッパーであり、DJであるMUROくんとTWIGYとかね、そのへんが集まったマイクロフォン・ペイジャーというグループが中心になって……そのスラムダンクディスコというイベントはすごかったんだよね。

(K.I.N)うん。

(宇多丸)僕らRHYMESTERも出ているし、YOU THE ROCK★も出ているし。まあ、後に雷になっていくようなメンツがいっぱいいたりとか。

(K.I.N)LAMP EYEも。

(宇多丸)まだ組んでなかった時代に。

(K.I.N)キミドリもいたな。

(宇多丸)キミドリもいた。SHAKKAZOMBIEになっていないけど、SHAKKAZOMBIEのオースミとかもいた。ECDもいた。で、たとえばレゲエからもBOY-KENとかもいたとか。もうみんなシーンのこのぐらいのレベルのやつがそこに。

(K.I.N)みんないた。

(宇多丸)そして客は別におらず。お互いにカマしあうというか、ピリピリしながらもカマしあうというようなのがあって。で、僕もスラムダンクディスコだと記憶しております。

(K.I.N)そうなんですよ。

(宇多丸)で、RHYMESTERとかも出てライブをやって。メローイエローはその時、レギュラーじゃなかったけど……

(K.I.N)あの、RHYMESTERに……諸先輩方じゃないですか。みんな、ある種。ジェネレーションが1個、実は違うから。

(宇多丸)下だから。

(K.I.N)RHYMESTERにたのんで、「RHYMESTERの枠でちょっとやらせてくんないですか?」っていう感じだったんですよ。

(宇多丸)そんな感じだっけ?

(K.I.N)そう。で、曲も、メローイエロー自体もまだ結成して間もなくて。で、曲もあんまりないから、「ちょっと1、2曲やらせてください」みたいな感じでフェードインみたいな感じ? で、あとからメローイエローで枠はもらえるんだけど。名前もクレジットされるんだけど、その当初はRHYMESTER枠ですよ、俺らは。

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宇多丸のウィークエンド・シャッフル
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