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宇多丸 宮崎駿『風立ちぬ』を語る

宇多丸映画評論 宮崎駿『風立ちぬ』 宇多丸のウィークエンド・シャッフル
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とにかく、自分では飛べない人。この時点でジブリのキャラクターとしては、乗り物のってイエーイ!ってやるんじゃないの?そうじゃないと。で、冒頭に夢のシーンがあって、自分で飛行機を運転するという夢のシーン。そっから始まる一連の、で起きてみたらメガネなしだとよく物が見えないんだという描写。夢のシーンでも、最初勇ましくゴーグルをかけるんだけど、あれ?よく見えない。目がワーッ!ってなったら、これが実はメガネになっててみたいな、非常に意地悪な、よく見えないことに対するそういう描写があるというね。それが、まず宣言されているわけですよね。冒頭のところで。

これ、この番組でやった福田里香先生をお招きしてやったメガネ男子特集で、福田里香先生が軽くふれられていた今回の風立ちぬ、非常にメガネ男子を萌えさせるフェティッシュ描写満載です!みたいなことを言ってたけど、つまりそれにはキャラクターとしてのちゃんとした必然性があるわけですよ。自分では飛べない、レンズ越しにしか見えない、そういうコンプレックスを抱えたキャラクター。

あ、ちなみに福田里香先生的な萌えポイントで言うと、本庄っていうね、これも実在の本庄季郎さんですか?という飛行機設計者がいるんだけど、その本庄との関係性も、原作マンガとかだと敬語で話してたりしますから。とか、史実ね。史実はたぶんそんなに親しくないだろうと言われてるんだけど、よりもずっと親密かつ対比的に扱われるようになっている。たとえばハシゴでこう、『おい本庄、ちょっと見てみろ!』っていうと、一緒に見るのはいいとして、その瞬間にグッ!と腰を抱き寄せるという、そういう過剰な萌えポイント描写が。萌え刺激描写があったりしましたけど。

何の話だっけ?あ、メガネ!メガネフェティッシュには、ちゃんとキャラクターとしての必然があった。これはたとえばですね、作画監督の高坂希太郎さんていうね、ジブリ作さまざま関わられてますし、監督作で『茄子アンダルシアの夏』っていう自転車のやつ、ありますけどね。高坂さん曰く、宮崎監督自身がレンズを通してしか物が見られないというコンプレックスをお持ちだと聞いたので、そのあたりも慮りながらメガネというものを記号的に描かずに、たとえば作画の時にはレンズには影を描きこむであるとか。

あるいは、僕はすごい度が強いメガネをかけているので、もう超納得描写の連続でしたけど、レンズの中にたとえば眉毛とかも含めて何かダブって見える。あるいは、顔の輪郭とか内側に引っ込んで見えるとか。度の強いメガネあるあるが全編に渡ってある。それは単にメガネフェチ女子を萌えさせるためじゃなくて、というワンクッション置いて夢を実現するしかない二郎というキャラクターの、キャラクター付けのあれだということですね。とにかく、そういう自分では飛べないというキャラクターが主役の話ですから、夢のシーン以外はですね、宮崎駿アニメ・ジブリアニメの十八番でもある飛行シーンにカタルシスは置けないし、置いてないっていうことなんですよね。

だからその二郎は、せっかく大空に思いを馳せてるんだけど、基本的には見上げるばかりの人だし。わあ、飛んだ!飛んだと思ったら、墜落みたいな、そういうところばっかりっていう。あるいは、ラストのラストにせっかく思い通りの、ついに夢が現実に飛んでも、そこに起こるのは虚しさばかりであったりとかっていうことで。さっき言ったように、歴史の流れなどの説明とか解説は、直接はしないし。あくまで会話の中に出てくるだけであったりとかであったりするし。物語上の大きな転換点みたいなところも、あえて直接描かなかったりするわけですよね。

で、みなさんがジブリアニメっていうと思い浮かべるような楽しい飛行シーンっていうのは、まあ夢シーン、それも前半だけだったりで。要は、ベタなカタルシス描写みたいなものが、あえて避けられてると言えるわけですよね。あと、史実と夢と実際のメインの物語がシームレスに移行するような話なので、非常にアヴァンギャルドな作りにもなっていると。ベタじゃないという。そのくせ、さっきから言っている堀辰雄の小説からのインスパイア部分は、これまでになくストレートに男と女のメロドラマを描いてもいるというね。そのメロドラマ部分、さすがに僕、駅で再会するシーンは演出も含めてちょっとメロメロ・ベタベタすぎないか?とは思いましたけど。ジブリ過去作を知る誰もがビックリして、そして気まずくなった初夜のシーンとか。『来て・・・』っていうね。妙に鎖骨が生々しいっていう。これもまた、ジブリアニメに期待されるものというベタを大きく裏切る挑戦なのは確かということですよね。

あと、一方では、かつて一部の日本人は持っていた矜持っていう、もうひとつ宮崎さんが描きたい部分。たとえば、結婚をしますって若い男女に言われて見込んだら、仲人的なというか、そういう儀式のひとつもできるみたいな(笑)。そんな矜持の部分であるとかっていうのはちょっと、時代が変わりますけど『コクリコ坂から』。息子さんの前作ありましたよね。宮崎吾朗さんの。とも通じるコンセプトかな?とは思いましたけど。

とにかくですね、ベタを避けてるっていう意味では、例の僕がオープニング・トークで『催涙ガスですよ!』って言った4分間の予告編ありましたよね?荒井由実さんのひこうき雲が丸々流れる予告編。

宇多丸 宮崎駿『風立ちぬ』予告編を見た感想
ライムスター宇多丸さんがTBSラジオ ウィークエンド・シャッフルで宮崎駿の最新作『風立ちぬ』の4分間予告編を見た感想を語っていました。

あれとは実は180度異なるトーンの作品でしたね。あの4分間で僕は何に感心したかって言うと、ひこうき雲っていうのにテーマそのものが集約されてるっていうこともあって、話としてはね、あの通りの話だよと。あれが伝えている通りの話なんだけど、それをギュッと4分間に凝縮して、それこそ今までのジブリにはなかったような、ベタなエモーションが爆発する4分間になってて。あれはあれで本当に見事な予告編だと思いますけどね。板垣恵一というクレジットがありましたけど。予告編製作ね。はい。

予告編がいちばん期待に応えていた

で、大衆性っていう意味ではあの予告編がいちばん期待に応えてたと思うんですね。たぶんだから、風立ちぬ本編見て首ひねった人は、みんなあの4分間見ればいいっていう話。じゃあね、本編ダメなのか?っていうと、実際の本編はむしろアンチ・カタルシス。そしてアヴァンギャルドな作りの側にふれてたわけだけど、その分噛みしめるほどに味が出るっていうか。ぶっちゃけ僕はですね、最初1回目はキョトーンだったです。期待したものと違ったので。回を重ねるごとにズシーン度が増してくるっていうね。

まずですね、これ僕個人の話で申し訳ないんですけど、僕個人の好みとして。これ、前もこのコーナーで言いましたけど、俺の好きなタイプの映画の・・・エンターテイメントかな?の形が分かったと。まさに、ほかの人にはわからない何かに取りつかれた人の話っていうのが俺は好きなんだ。そこにグッと来ちゃうんだっていうね。というのが、前も言いましたけどあって。っていうことですね。

これ、なぜか?っていうと、僕がそうだからっていうことなんですね。それは何か?っていうと、日本のヒップホップだったりするわけですけど。しかもそれが、たとえば国に、環境的に絶望的に、本当に理想とするものに追いつけない立場にいながら、でもK.U.F.U、工夫するんだよ!っていう話でもありっていう。これまさに日本のヒップホップと俺、みたいな。おいおい、また俺の好きな要素、1個重なっちゃったよ。そしてしかも、その結果はしかし、報われないかもね・・・報われない結果になるかもね・・・でも、なのに!っていう。たとえばこれは、映画とかじゃないですけど、鈴木亜美とキリンジの名曲、『それもきっとしあわせ』っていうね。

『それもきっとしあわせ』

「わたしには造りたい飛行機がある。そのためになら、不幸になってもかまわない」。こういう話か!ってなると、オイオイ!と。ツボすぎるやないかー!ってやっぱりこういう風になるわけですね。しかもだからその、ハードな覚悟があると。なので、ツボすぎるっていう話なので、たとえば主人公の二郎がですね、はじめて三菱に入社して黒川さんっていう上司、これも見た目の話だけど宮崎駿モデルっていうことみたいですけどね。に、課題を与えられて、それこそ計算尺をバッ!って取って。ちなみに計算尺萌えっていうね、文房具勃起する古川(耕)さんなんかは計算尺萌えしまくるらしいですけど。計算尺使って、こうやってやる。

そこで、脳内にバッ!ってビジョンがいきなり広がってくじゃないですか。バーッ!っていう。つまりその、脳内のビジョンになんとか追いつこうとするっていうくだりが何箇所かありますよね?たとえば、夢のなかでカプローニさんと話している時に、僕の理想の飛行機はこうですと言ったら、フーッと白い形の飛行機が来て。まだまだ構造とかできてない。そうしたら、ちょっと遠近感がわからなくなるような演出で、紙飛行機のようにそれを持ってフッと飛ばしてみせるみたいな。ああいう一箇所一箇所が、つまり自分の理想としてるものが頭の中にあるんだけど、それはまだ具現化する力は俺にはない。けども、たしかにビジョンはあるんだ!ボーッ!ってこう、まわりから見るとボーッ!って見えるみたいな。そういう感じ。

これね、たとえばマンガ『バタアシ金魚』の最終回ってみなさん読まれたこと、ありますかね?主人公が水泳大会に出てるわけですよ。で、まだまだ実力がないから追いつかない。速く泳ぎたいからバーッ!ってやるんだけど、はるか前方に影がある。なんだ、アイツは?速い!はるか先行くあの影は・・・未来の俺だ!っていう。俺には見える!っていう。ああいうのにちょっと通じる、頭の中のビジョンに追いつこうとする男みたいなので、ウーッ!ってこうなっちゃうっていう。まあこれは、俺の個人的なフェティッシュもあるんですがと。

で、またたしかにね、ただあえて言えばこの話、九試の第一号機ありますよね?逆ガルウィングのね。結構詳しくなっちゃいました(笑)。九試の第一号機のガルウィングの最後にキレイに飛ぶ飛行機。あれを作るプロセス、もうちょっと社内で苦労した感があってもいいかな?とは思いますよ。なんか、まるで三菱の社内はユートピアだなっていう感じ。ただ、おそらく宮崎さんは今回は創造っていうものの過程、ものを造るという過程に関しては、全面的にポジティブに描きたかったんじゃないのかな?全面的にポジティブなものだったのに・・・っていう、悲しみのギャップの方を描きたかったのではないかなと思います。はい。

なので、苦労話はむしろカット、オミットした部分じゃないのかな?だからこそ終盤、ようやく追いつけた夢なんですよ。あのカプローニさんに内部構造も自信ないです、ナントカ・・・って言ってた、あの白い飛行機が。そして、菜穂子にラブコールとしておくったあの飛行機が、やっと現実に成功して飛んだ。最高のカタルシスが生まれる場面のはずなのに・・・っていう、このギャップ。虚しい。いちばん見せたい人は、もういないというこの虚しさ。そして、そこから先の一瞬の、大幅な飛躍ですね。そこから一気に時代がバッ!っと、終戦の後まで飛ぶと。

映画は僕はこういう飛躍の瞬間のためにあると、こそ思うんですね。少なくとも説明と飛躍だったら、うまい飛躍の方が偉いと思いますよ。勿論、さっき言ったように訳わかんないって思っちゃう人がいることは差し置いても、あそこに、そして日本は終戦を迎え・・・なんて入るんじゃなくて、『ああ飛んだ、でも虚しい・・・』って思ったら、全てはカメラが下りていくとだんだんその結果を見せていくみたいな、この方が俺は映画的に素晴らしい飛躍だと思うんですけどね。その悲惨な結末のイメージ。そっからさらに、『紅の豚』の飛行機乗りの墓場っていうのが出てきたじゃないですか。あれそのものみたいな、飛行機乗りの墓場そのものみたいなラストシーン。その流れ。

この世か、あの世か?ハッピーなのか、アンハッピーなのか?分かんないけど、それら全てを含んで受け入れるしかないみたいな、というね、この感じ。劇中のいろんなものがシームレスっていうものの、終着駅ですよね。それが何か、最終的にこの世か、あの世か?みたいな領域。僕は大林宣彦監督の『この空の花』みたいだと思いましたけど。はい。で、そこまで至ると、メロメロな話だなと思われたメロドラマ部分、恋愛エピソードも、優れた恋愛映画っていうのは常に共通する機能としてあると思うんですけど、精一杯恋愛するっていう話は限りある生の可能性っていうテーマを際立たせるという機能があるなという風に思うわけですね。

まあそれとは別にしても、たとえばあの、風を介して気持ちが通じ合う、気持ちのキャッチボールシーン。あれはもう、最高としか言い様がないでしょうし。あと、夫婦描写。特にやっぱり今、物議をかもしているタバコのところ。タバコをその・・・あんなの、勿論描いてる側が正しいことと思って描いているわけがないでしょう。そうじゃない。正しくないことも含むというところに、メッセージがあるわけじゃないですか。だからあのスパー!ってところに、ハッ!っていう息を飲むような感じ。そこまで・・・っていうことですよね。ちなみに、駿さんもですね、あそこで菜穂子を病院に帰したほうがいいかな?ってちょっと迷ったらしいですよ。さすがに。でもそれはちょっとねーだろっていうことで。

ちなみに、あと二郎は仕事にアレしてタバコ吸ってエゴイストだ!っていう意見もあるみたいだけど、あれは菜穂子さんだって十分自分のエゴを通した結果の行動ですからね。俺、思ったもんね。テメー、伝染るだろ!って(笑)。テメー、伝染るだろ!あっち行け、この野郎!って(笑)。まあそれはいいんだけど。はい。で、エンド・クレジット。ひこうき雲にのせて。ちなみに、ひこうき雲っていう曲、これを深読みするならば、あれ、プロコル・ハルムの『青い影』っていう曲を下敷きに、その世界に憧れた若きユーミンが作った曲でもあるわけじゃないですか。だからつまり、彼女にとっても追いつけない理想の、ひとつの具現化なわけじゃない?っていうのもあるのかな?って思いました。その歌詞だけじゃなくて。

あるのかな?っていうか、それは勝手な深読みですけどね。ひこうき雲にのせてエンド・クレジットで、今までの場面。これっていうのは、二郎の生の痕跡じゃないですか。精一杯生きた男の痕跡。ああいう、いなくなった後のショットの連なりって僕は、それだけで泣いちゃうんですけど。はい、ということでね、しかしここが大事なんだけど。これほど無常感みたいなのに着地するね、もうどうにもならなかったみたいな話なのに、大事なのはたとえば、草木の風の吹いた時のゆらぎであるとか、あるいは飛行機でさえ息吹を感じさせるような作りになっている。

これ、作画監督の高坂さんが言ってるんだけど、デジタル撮影。今回完全にデジタル撮影なので、完全に止め絵だと、飛行機の画とか死んだ画になっちゃうので、同じ画を2枚描いてそれでブレを演出して。つまり、飛行機も息づいてるし、あるいは二郎がウッ!って何かに集中しだすと、メガネもグーッて細かく息づきだす。そういう、とにかく描かれる世界自体は、こんだけ無常感、死の話なのに、世界そのものは生命感、生命力にあふれているという。つまりこれは、さっき言った、それでも生きていくしかないじゃんっていうテーマそのものにピッタリ手法としてあっている。つまり、アニメの特性と技法と技術とがピッタリ一致して、この逆説的メッセージを作品自体が伝えてるということじゃないですか?これは素晴らしいですよね。ということでございます。

あー!もうこんな時間になっちゃった!もう、いろいろあります。参考文献おすすめとかありますけど、そういうの全部飛ばしましょう。いろいろね、言及しきれない部分いっぱいあります。たとえば、魔の山がどうこうとか、会議が踊るのあの歌がどうこうとか。あと、声優さんのこととか全然ふれられませんでしたけど。

本当に切り口、無数にあるという時点で素晴らしい作品だと思いますし。全然面白くねー!ってなる可能性も大ですし、それはあなたが悪いんじゃない!この作品が特殊なんです。歪なのは織り込み済み。僕も一回目は咀嚼しかねてました。っていうか、一回目は結構寝てました(笑)。なので、ただしハマればデカい作品だと思います。是非是非劇場で、リアルタイムで、ウォッチメン!

<書き起こしおわり>

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宇多丸のウィークエンド・シャッフル
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