町山智浩さんが2025年3月25日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『BETTER MAN/ベター・マン』について話していました。
※この記事は町山智浩さんの許可を得た上で、町山さんの発言のみを抜粋して構成、記事化しております。
(町山智浩)ではもう1本の猿の映画、『BETTER MAN/ベター・マン』ちょっと一気に紹介します。
(曲が流れる)
(町山智浩)これ、ミュージカル映画ですね。このあいだもボブ・ディランの『名もなき者』が公開されたんですけど。今、世界的なミュージシャンの伝記映画が次々と作られてるんですが、これもそうで。イギリスの2000年代の最高のミュージシャンのロビー・ウィリアムズの伝記映画なんですよ。ただ、ロビー・ウィリアムズって日本ではそれほど知られてないかな?
でも、この映画『BETTER MAN/ベター・マン』は知らなくても、めちゃくちゃ楽しめる。まずね、曲がいいんですよ。これは全部、ロビー・ウィリアムズが書いてる曲なんですけど。本当にバラードからロックから、何から何まで全ジャンルやっていてですね、最高に曲がいいんですけど。もうひとつは監督がこれ、マイケル・グレイシーっていう人なんですが。これ、日本でもね、カルト的なヒットをした『グレイテスト・ショーマン』というミュージカル映画の監督です。
あれはね、ヒュー・ジャックマンが19世紀の見世物小屋の見世物師の役をやったんですよ。P・T・バーナムという。で、見世物師ですからいろんな体をされた人たちがいっぱい出てくるんですが。その人たちが「これが私」っていう歌うところが非常に感動的なんですね。『グレイテスト・ショーマン』は。で、こっちの主役のロビー・ウィリアムズはいろんな体っていうか、チンパンジーです。主人公がチンパンジーなんですよ。
これね、映画を見ていて1回もロビー・ウィリアムズの顔は出てきません。伝記映画なのに、出てきません。ずっとチンパンジーです。なぜか?っていうと、そこに写真があると思うんですが。5人集まっているテイク・ザットっていう彼がいたアイドルグループの一番左側の彼ですね。猿顔ですよね?
まあ、イケメンではあるんですけど本人は自分のことを猿だと思っていたらしいんですよ。「俺は所詮、猿だぜ」みたいなことをやたらと言っていて。「だったら猿でやろう」っていうことで、チンパンジーを彼に置き換えて。CGIで作ってるんですが。モーションキャプチャーで撮って、人が演じてるのを猿に置き換えてるんですが。で、猿で彼の人生を映画化したという非常に奇妙な伝記映画なんですね。
でね、これはなぜそういう風に彼は猿でやらなければならなかったのか?っていうと、彼にはすごいコンプレックスがあって。もう世界的なミュージシャンとして、それこそ今の歌が流れてるとこはお客さんが15万人いるところでやってるんですよ。地平線の彼方まで人がいるようなところでやっているのに「所詮、俺は見世物の猿だよ」みたいなコンプレックスから彼は離れられなかったんですよ。
なぜ自分を猿だと思うようになったのか?
(町山智浩)で、それはどうしてかっていうとお父さんが……この人、ミュージシャンを目指そうとした理由っていうのはお父さんが元々、ミュージシャンというか、歌手志望だったんですけど。で、酒場を経営しながらマイクを掴んでお客さんにカラオケを歌わせて。自分は司会をして、時々自分も歌うっていうような商売をしていた人なんですね。田舎の町で。大歌手になる夢が破れてね。
ただ、それをちっちゃいから主人公のロビー・ウィリアムズはね、わからなかったわけですよ。だからお父さんの真似をして、歌う真似とかしてたんですよ。ロビー・ウィリアムズは。まだ3歳とか、そのぐらいの時にね。そしたらお父さんからいきなりね、「お前な、歌手になるっていうのはそんなに簡単なことじゃねえんだよ。才能がなきゃ、お前はただの人だ」って言われるんですよ。で、それはお父さんが自分が成功しなかったから、なんというかその言い訳みたいな感じで。「大変だったんだよ」っていう意味で言ったんだと思うんですよ。
ただ、子供はちっちゃいから、わかんないから。「お前はダメだ」って言われたと思っちゃったんですよ。で、しかもこのお父ちゃんは家で出ちゃいます。家族を捨てて家を出ちゃうんで。「俺がダメだから、お父ちゃんが出ていっちゃった」って思っちゃうんですよ。このロビー・ウィリアムズは。で、「何が何でも芸能人になる」っていうことで。今、かかっている曲なんすけどテイク・ザットっていうアイドルグループで、そこでも世界的なスターになるんですよ。
でも、それでもね、「自分は所詮、猿なんだ」っていう気持ちから逃れられないんですよ。トラウマなんですね。子供の頃に父親から「ダメだ」って言われたということで。で、酒とドラッグに溺れてって、どんどん大変なことになって。コンサートに行けないとかっていうレベルじゃなくて、もうそこら中で問題を起こして、大問題歌手になっていっちゃうんですけども。で、好きな女性もできるんですが、それも非常に荒れ狂ってくうちにその関係も壊れちゃって。それでどん底に落ちてくんですね。このロビー・ウィリアムズが。
で、バンドをクビになっちゃったから、目の前が真っ暗になって。それでソロ歌手になろうとして曲をちゃんと、歌詞を書き始めて。で、その時に作曲を一緒にする相棒から「いや、そんなチャラい歌はいいんだよ。心の底から思ってることを歌わなければ絶対に人は動いてくれないよ」って言われて。それで今、流れてるような歌を作り始めるんですよ。で、この歌が『Better Man』という主題歌なんですけども。「もっといい人になりたいんだ!」っていう歌なんですよ。
(町山智浩)『ベターマン』っていうのを猿が言ってるわけだから、すごく意味があるでしょう? 「進化して立派な人間になりたいんだ」っていう。あのね、世界中の人に認められてもやっぱり父親に幼いころ、否定されちゃうとずっとそこの部分が空洞になっちゃって。それが埋められないんですね。大金持ちで、大邸宅に住んで、ありとあらゆるものが手に入って、みんなから天才とか言われても、やっぱりダメなんですよ。子供の頃、親に否定されちゃうと。これね、ロビー・ウィリアムズって人に全然興味なくて知らない人でも、学びがあります。
親は子供を全肯定するべき
(町山智浩)やっぱり親はね、子供をもう全肯定でいくしかないよ、これ。子供は覚えているんですよ。親は言ったことを覚えてないと思うけど。子供は忘れないから。ちょっとでも自分の人生とかを反映させて「世の中ってのは厳しいんだよ」みたいなことを言って否定すると、それがその後、ずっと尾を引くんですよ。子供には。そういうことでも非常に、お子さんを持とうという人とか、お子さんを持ってる方とかはぜひこの『BETTER MAN/ベター・マン』を見てください。子供を意味なく叱っちゃダメだっていうのを学んでいただきたいと思います。その子が他の人にも迷惑をかけるしね。本当に気をつけてほしいと思いました。はい。僕も気をつけてました。はい(笑)。