町山智浩 映画『渇水』と水道のビジネス化を語る

町山智浩 映画『渇水』と水道のビジネス化を語る こねくと

町山智浩さんが2024年7月2日放送のTBSラジオ『こねくと』の中で映画『渇水』についてトーク。日本中で進行中の水道のビジネス化などと合わせて話していました。

(石山蓮華)そして、今日は?

(町山智浩)今日はですね、前回は水中物だったんですが、今回は水が全くない世界の話で。それこそ『マッドマックス 怒りのデス・ロード』みたいなんですけど。『渇水』という去年、公開された日本映画をちょっと紹介したいんですよ。これ、去年公開されているにも関わらず今、この話をしたいと思いまして。これはAmazonプライムとかU-NEXTとか、配信で見れますんでぜひ、ご覧いただきたいんですが。『渇水』っていうのは水がなくなってる状態ですね。

だから全く、本当に『マッドマックス』の世界みたいな、砂漠の世界みたいなんですけども。これ、舞台は群馬県前橋市で。市の職員で水道局員である主人公を生田斗真さんが演じています。で、彼の仕事は水道のメーターを検診するんじゃなくて、水道料金を払わない人の家に行って「水道料金を払わないと、水を止めるぞ」と言って実際に水を止めて鍵をかけるっていう仕事なんですよ。これはね、原作を書いた人が実際にその仕事をやっていた人なんですね。河林満さんという人が1990年にこの小説で芥川賞を取ったのかな? この人自身は東京都立川市の職員として水止めをやってた人なんですよ。

(町山智浩)で、水を止めに行くわけですけど、水道料金を払えない人たちっていうのはみんな、お金がないわけですよ。で、だいたい今だと1人1ヶ月2000円ぐらいが平均の水道料金らしいんですけど。家族が増えれば、人数分増えていくわけですけど。それも払えない人たちがいる。で、何回かその家を訪ねていって。それで水道料金を払えない人の水道を止めていくことが彼の得点になるんですよね。

(石山蓮華)ああ、そうなんですね……。

(町山智浩)そうなんです。払ってもらえれば、それもまたひとつの得点になるんですけども、払ってもらえない場合は止めるってことは彼の仕事だから。これ、非常に残酷な仕事をすることになりますよね。で、止めなければ上の人から怒られるわけですよ。「なんで払えないのに、止めないんだ?」って。だから彼はだんだんつらくなっていって。その中で彼がとうとうぶち当たったのが非常に貧しいシングルマザーの家なんですけど。これ、門脇麦さんが演じてますけど。

彼女は夫に逃げられて、シングルマザーをやってるんですが、就職ができなくて。それで、なんていうか、マッチングアプリで売春をして暮らしてるという。で、娘さんが2人いて、上の子は中学生。下の子は小学生で。彼らは夏休みで、家にいるんですね。そうすると、給食がないから貧困家庭の家はご飯を食べさせられないんですよ。そこで、水の料金を払えないということで、水道を止めなきゃならないということで、この生田斗真さんがものすごい葛藤を中で苦しんでいくというお話なんですけど。

これ、面白いのは一緒に水止めをやる相棒というか、若手がいて。これは磯村勇斗さんですね。彼がやっているんです。で、彼は最近、水を愛する男の役をやっていましたね。

(でか美ちゃん)『正欲』で。

(町山智浩)で、それとも繋がっていて。非常にこの『渇水』と『正欲』って結びついてるところがあって面白いんですけど。そっくりのシーンもあります。言いませんが。で、どっちの作品も「水とは何か?」っていう。これは、ひとつの象徴なんですよ。実際は水道局員の話ではあるんですけれども、人の心の潤いみたいなものも象徴しているんですね。で、途中からその水を止められた幼い姉妹が、お母さんが家に帰ってこなくなるんですよ。

このへんはね、『誰も知らない』っていう是枝裕和監督の映画に非常によく似てるんですけれども。あれも実話が元だったんですけども。子供たちだけで何とかサバイバルしなきゃならなくなるんですね。で、この主人公の生田斗真さんは彼女たちが水が止められてもなんとか暮らせるようにって、水を汲んであげたりして、いろいろ助けるんですけれども。やっぱり、「これ以上、この姉妹を助けていいのか?」ってことで悩むんですよ。

(でか美ちゃん)一生、世話できるわけじゃないですもんね。その場で助けたとして。

どこまで手助けをすればいいのか?

(町山智浩)その通りなんです。で、じゃあ彼らにご飯を食べさせてあげるのか? それこそお金を払ってあげるのか?ってことになってくるんですよ。「何人に対してそれができるのか? 1人、助けてもしょうがないじゃないか」ということになっていくんですけれども。で、またその幼い姉妹の演技が素晴らしいんですよ。本当に……まず、そのお姉ちゃんの方は絶対に泣いたりしないんですよ。母親が帰ってこなくても。

(でか美ちゃん)幼くして、お姉ちゃんなんだな。

(町山智浩)そう。お姉ちゃんだからずっと、いつも「大丈夫だよ、大丈夫だよ。お母さん、帰ってくるよ」って言って、明るく振舞ってるんですよ。

(石山蓮華)それもなんだか、うーん……。

(町山智浩)ものすごく、見ていてつらくてね。で、「泣くのは水がもったいないよ」っつって泣かないんですよ。

(石山蓮華)うーん……。子供にそんなこと、言わせないでほしい。

(町山智浩)そうなんですよ。これ、そのお姉ちゃんを演じている子は山崎七海さんという素晴らしい子役なんですけども。で、子供たちは今度は公園に行って、公園の水道の水を汲んでくるんですけど。ものすごい雨が降らなくて水不足になって。公園の水道の水も止められちゃうんですよ。で、「どうやって暮らしていくんだ? どうやって生きてくんだ?」っていう話になってくんすけど。それで途中から、万引きをしたりしなきゃならなくなってくんですけど……水を万引きするんですよ。それで能登で地震が起きた後、水が出ない時に岸田総理大臣が「能登で水が出ないんです」っていう質問をされた時に「いや、水はペットボトルが買えるはずです」って国会でトンチキな答えをしして、それは恥ずかしかったんですけど。そういう話になってくるんですよ。

で、やっぱり同じように水止めをやってる職員たちはつらくて、メンタルやられるからみんな、辞めていくんですよ。「こんな仕事はもう、できない」って。でも、督促状を出しただけでもう水を止めるっていうのは非常に残酷だから、直接会って、事情を聞いて。1人1人に「どうやったら払えるのか?」っていう話をしてくんですよ。たとえば、生活保護をもらうとか。で、そのもらい方とかも教えていくんですよ。

(石山蓮華)しかるべき機関に繋いだりとかっていうことも、そうですよね。

(町山智浩)あとは「親戚はどういう人がいるんですか?」とか。そうやって1人1人に実は、この水道局員の人たちが話を聞いて。ただ水を止めるっていうんじゃなくて、何とか払えるように手伝おうとするんですよ。「お父さんとかお母さんは、どこにいるんですか?」とか聞いて。でも、この場合はお母さんが逃げちゃっているからこの姉妹って児童相談所に行くしかないんですけど。でも、子供たちが児童相談所に行くと、自分たちのお母さんと離れなきゃならないから、子供たちは行きたくないわけですよ。じゃあ、どこに行ったらいいのか?っていうことで、八方ふさがりになってくるんですけど。

それでなぜ、この1年前の映画の話を今、しなきゃならないと僕が思ったのか?っていうと、今年もまた日本の夏はめちゃくちゃ暑いですよね? そんな中で水道を止められた人たちは、死にますよ。でもね、すごい今、日本は水道を止めてるんです。どうしてか?って言うと、日本って地方は水道業務が全部ダメなの。赤字。というのは、人口がものすごく減っていて。水も以前ほど使わなくなっているんですよ。世帯人口も減ってるから。子供がいると水はいっぱい使いますけども、子供も減ってますから。で、各地方自治体の水道事業が全く立ち行かないんですよ。

日本はこれ以上、現在の水道システムを維持できない?

(町山智浩)で、もう政府も発表してるんですけども。「このままだと水道管で水道の水を送ることを維持するのはたぶん、不可能である」って。みんな、戦後に作られたものだったり……戦前からあるものはあまりないんですけど。だから、どの水道管も作られてから50年以上経っているわけですが、その水道管を新しくすることができないんです。だから日本の今後は給水車が田舎の方に行って、水を配るという形になるそうです。これはね、アメリカのナバホ国に行った時、先住民の人たちがこういう生活をしてるんですよ。水道管を作れないんですよ。土地が広大すぎて。でも、日本もそうなるみたいですよ。

(でか美ちゃん)でも、すごい不安じゃないですか? 「ひねったら水が出てくる」という環境が変わるっていうことですもんね?

(町山智浩)そう。ひねったら飲める水が出てくるっていうのは本当に幸せなことで。世界中でもそんな国って、すごく少ないですよね。僕は今、オレゴンにいるんですけど。オレゴンはアメリカでも数少ない、水道水が飲める場所なんですよ。ここと、コロラドのボールダーとあと数ヶ所しか、水道水をそのまま飲めるところってアメリカにはないんですよ。でも日本なら、どこに行っても水道水を飲めるんですね。水が豊富だから。でも、それを供給するシステムがもううまくいかなくなってきていて。

(石山蓮華)水はあるのに、行き渡らないってことなんですか?

(町山智浩)行き渡らないんですよ。それを配れなくなっちゃってるんですよ。それでこの間、東京新聞がこういう記事を出したんですけれども。東京都で水道水を止められてる人がどんどん増えている。2022年度では18万世帯が水道を止められた。それは、その以前と増えている。どうしてそうなったのか?っていうと、東京の水道料金を払えない人たちに対して、この映画のように1人1人、訪問をして説明して話を聞くっていうことを、やめちゃっているからなんです。

(石山蓮華)でも、水道を止められた側からすると急に水が……たとえば忙しく働いていてとか。あと体調とか、いろいろなことに事情があって。ちゃんと紙を受け取って、読めるかどうかってわからないじゃないですか。行かないと。

(町山智浩)要するに催告書が郵便で送られて、何回か催告書が送られた後、そのまま払われない状態だと自動的に水を止めるという方式に今、東京はなっちゃっているんですよ。

(石山蓮華)怖い、怖すぎる……。

「水を止めればすぐ払ってくれる」 水道料金の滞納対策、東京都の「効率化」が情け容赦なさすぎないか:東京新聞 TOKYO Web
<7.7東京都知事選・現場から> 水が出ない―。水道料金の催促状は来ていたが、都の職員らからじかに「止めますよ」と言われたことはなかっ...

(でか美ちゃん)私の場合は本当に恥ずかしい話なんですけど。とんでもなく性格がだらしないので、水道代を払い忘れまくって、実は止まっちゃったことあるんですよ。別に払えるような環境ではあるのに……という、これは本当に自分の反省の部分なんですけど。本当に止まっちゃったことあって。その時は、たぶん2022年度以降だったのかな? 突然、止まってましたね。で、「ああ、やべえ! そうだ。払ってないわ」と思って、すぐに封筒を持って……なんか私の記憶だと、電気とかとは違って。これ、間違っていたら申し訳ないけど。電気は結構、コンビニとかでパッと払えるけども、水道を止められちゃった場合は近所の水道局まで行って支払いをして。「開けてください」みたいな手続きをするみたいな。自分が住んでいる自治体の場合はそうだったなって。なんか大変だった。

(石山蓮華)大変でしたね。

(でか美ちゃん)急に止まった記憶があって。もう、めちゃめちゃ絶望しましたよ。ひねっても何も出なくて。お風呂にも入れない。

(石山蓮華)トイレを流そうと思っても、急に流れないみたいな?

(でか美ちゃん)そう。で、「本当にごめんね」って言って友達の家に行ってその時はお風呂に入らせてもらったんですけど。でも、私の場合はともかくとして、それが貧困とかが理由だったり。子供だけでサバイバルしていかなきゃいけない状況に置かれた子たちってなったら、やりようがないというか。本当に。

(町山智浩)それぞれの払えない状況っていうのが全部、違うから今まで訪問してたんですよ。水道局員が。それで事情を聞いていたんですけども、その訪問をやめちゃったんで、それぞれの事情っていうのは聞かなくなったんですよ。現在、水道局はね。それはどうしてか?っていうと、実は催告をしたり訪問したりするっていうのは東京は水道局の局員がやっていなくて。民間の「東京水道株式会社」という企業に委託してやっているんですね。民間企業って言っても、その株式のほとんどを東京の水道局が持っている企業なんですけども。そこがそういう新しい方針で催告するのをやめたということなんですね。その新聞記事によると。そうすることによって、職員の数を削減するという効率化が目的なんですよ。それで訪問をしないようにしたことで7億円、コストを削減したっていうんですよ。

コスト削減のために対面での督促をやめる

(町山智浩)これが大問題で。なぜ、そんなことになるのか?っていうと、その東京水道株式会社は経営者が変わったんですね。その訪問をやめる前に。で、その経営者というのは小池百合子東京都知事の秘書だった人で。その人が今、その東京水道株式会社の社長をやってるんですね。野田さんっていう人です。その人は小池百合子さんの秘書だっただけではなく、彼女が始めた都民ファーストの会という政党の代表でもあって。東京都議会議員でもあった人なんですけども。彼、水道業務なんて一切、やったことがないんですよ。だから普通の企業と同じように効率化ということで、訪問をすることをやめたんですけど。でも水道っていうのは企業じゃないんだし、効率化しちゃいけないものなんですよ。

で、この映画『渇水』の中で一番大事なのは生田斗真さんが何度も言うんです。「人間は水がないと死ぬ。太陽光線がないと死ぬ。空気がないと死ぬ。でも太陽光線と空気はタダだ。なんで水だけお金を取るんだ?」っていう。ねえ。それを止めたら、死ぬんだもん。「おかしいだろ?」って生田斗真さんは言うんですけど。実は水道、本当はお金を取っちゃいけないんですよ。それは、憲法違反なんです。これ、実はおかしくて。水道に関しては国や地方自治体は最低限の量はタダで提供しなければならないんですよ。

なぜなら日本国憲法の25条に「すべて国民は健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」って書いてあって。その第2項に「国は、すべて の生活部面について社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」って書いてあるんです。つまり、国や自治体は国民が最低限の生活を保障することを義務付けられているわけですね。水を止めたら、最低限どころじゃないですよ。死ぬんだもん。だから水を止めるっていうことは実はこれ、憲法違反なんですよ。だけど、タダだと水道の業務ができないから、仕方なくお金をもらってますよという形を取っているわけなんですよ。水道に関してはね。

日本国憲法25条「生存権」

(石山蓮華)「いろいろなものの維持費に使いますよ」っていうことですね。

(町山智浩)そうなんですよ。でも、水道は結構大変で。世界中で今、民営化が進んでいて。お金を取ってそれでビジネスするという、水ビジネスっていうのを始めているヨーロッパの会社がいっぱいあるわけですけど。これって『マッドマックス 怒りのデス・ロード』のイモータン・ジョーなんですよ。

(石山蓮華)そうですね。

水で人々を支配するイモータン・ジョー

(町山智浩)彼は砂漠で水を全部支配していて。独占していて。その水をあげる、あげないということで人々の上に君臨している政治家ですよね。イモータン・ジョーっていうのは。あれは大変なことで、それって悪魔ですよね。水がないと死ぬんだもん。それを今、全世界で水ビジネスとしてイモータン・ジョーをやろうとしてるんですよ。で、それが東京都の水道業務になりつつあるっていうことで、これは大変な問題なんでね。

(石山蓮華)本当に死活問題ですね。

(でか美ちゃん)しかもついつい、当たり前のように電気代を払う、水道代を払う。ガスの家庭のところはガス代を払うとかってやるから。こういう問題が表面化してきた時に「払ってないなら、もらえなくて当然じゃん」みたいな自己責任論におちいりがちなんだけど。ちゃんと今、町山さんに教えてもらったように「憲法上、水は保障されてますよ」っていうのを聞いたら、たしかにこの訪問なしである日、突然水が止まっちゃうっていうのはなかなか残酷な……。でも、職員の方はいろんな思いがあっても、仕事だし。それで止めるしかないっていうことなんですね?

(町山智浩)そうなんです。「水を供給するために仕方なく、みんなから水道代をもらっていますよ」っていうものなのに「水道代を払わないなら、水を止めるぞ」っていうのはおかしいんですよ。それは。それって「空気を吸うな」みたいな世界になっちゃうんで。

(でか美ちゃん)そのスタートがおかしくなっちゃってるというか。その認識がずれてきちゃってるってことですよね。

(石山蓮華)なんで、お金がない。お金を払えないと、生きていけないんだろう? お金と生命って切り分けて考えられてほしいと私は思ってるんですけど。そこを一緒くたにされると、本当に嫌だなと思いますね。

(町山智浩)全くその通りなんですよ。だからこの『渇水』っていう映画はね、30年も前に書かれた小説なのに今現在、もっとひどいことになりつつあるっていう。これは本当に恐ろしいことだなと思います。でも、この映画はすごくいい映画なんです。もう、泣きましたよ。本当に。僕は。

(石山蓮華)すごいね、きれいな感じで。ぜひ見てみようと思います。今日はAmazon Prime VideoやU-NEXTなどで配信中の映画『渇水』をご紹介いただきました。町山さん、ありがとうございました。

(町山智浩)どうもでした。

<書き起こしおわり>

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