(町山智浩)でね、もう1本、実はイランを舞台にしたっていうか、イランについての映画があって。これも再来週、公開されるんですけど。それはイラン映画なんですけど『TATAMI』っていうタイトルなんですよ。これ、柔道の映画です。原題も『TATAMI』でこれ、柔道の世界選手権に女性の選手が出場するんですね。それでこれ、勝ち抜きなんですよ。めちゃくちゃきついと思うんですけど。試合数、すごいからね。
ところが、この主人公の女性はどんどん勝っていくんですよ。で、このままだと一気に優勝するかもしれないとなった時、イラン政府が「棄権しろ」って言うんですね。で、どうしてかって言うともう1人、勝ち進んでるのはイスラエルの選手なんですよ。で、イラン政府はイスラエルっていう国を承認してないんですよ。イスラエルという国は不法にあそこを占拠してるっていうことで。それなのに、国際大会で戦っちゃうと国として認めたことになっちゃうから。だから棄権しろって言うんですね。
実際にあった事件がモチーフ
(町山智浩)これ、実際にあった事件なんですね。男子の柔道で、日本の大会であったらしいんですよ。でも棄権したくないわけですよ、このヒロインは。主人公は。だって一生懸命やってるわけだから。で、勝ちそうなんだもん。優勝しそうなんだもん。そしたらこれ、試合をしてる最中にイランと国際電話で話してるんですけど。お父さん、お母さんがイラン警察に拘束されちゃうんですよ。
「お父さん、お母さんを生かしてほしかったら棄権しろ」って言うんですよ。でもそれでも「どうしよう?」って悩んでると、今度は彼女には旦那と息子がいたので。旦那と息子もやられちゃうんですね。それで旦那と息子さんが国外に脱出しようとするんですよ。ちっちゃい息子さんがね。っていうね、映画自体はその数時間の柔道大会を描いてるんですけど。そこで勝ち進むに従って、どんどん危険になっていくっていうサスペンス映画なんですよ。
これね、どっちもイラン映画なんですけどとんでもない実態を……これもイランの人が国外に脱出して撮った映画なんですけど。だから命がけで映画を撮ってるんですよ。本当に、みんな。すごいなと思いますよ。映画を撮ることで生きるか死ぬかなんですよ。すごい状況なんですけど。で、ちょっと説明すると『聖なるイチジクの種』っていうタイトルだとちょっとピンと来ない感じがするんですけど。イチジクっていうのは寄生系の木で、ヤドリギっていうやつなんですね。
で、他の木に根を差して、その木を枯らして乗っ取っちゃうというものなんで。実は寄生系のヤドリギっていうのは古来から世界中で非常に崇拝されてるんですよ。すごい生命力が強いっていうことで、古今東西。ただ、それをこの映画のタイトルにつけてるのは一体、誰がイチジクなのか?っていうことなんですよ。つまり、イランという国に寄生しているのは一体誰なんだ? そしてその国を枯らそうとしてるのは誰なんだ?っていうことですね。
まあ、そのひどい政府なのか、そこに革命を起こそうとしている女性たちなのかっていうことですけど。この監督ね、同じようなテーマを結構、撮っていて。この前に撮った映画がね、なんと日本の監督の作品とタイトルが同じで『悪は存在せず』っていうタイトルなんですよ。『悪は存在しない』っていう映画と違って、こっちのイラン映画の方は主人公がの善良な優しいお父さんなんですよ。で、家でも優しくて、おとなしくて。それで奥さんにもよくしていて、みんなから愛されているんですけど。
勤め先に行くと、やってる仕事は反体制学生の絞首刑のボタンを押す係なんですよ。で、彼自身は全く善良な市民なんだけれども。ただ、自分の生活を守るために非常に悪い政府に加担してるという話で。だからテーマ的には非常に同じなんですけども。いわゆる「凡庸な悪」と言われてる、ナチスが大虐殺をしている時にそれに加担してた人たち。彼らは「自分はただのお役所仕事としてやっていた。だから自分は悪くない」っていうことを言っていたりするわけですけど。そういったことをこの映画はテーマにしていて。
あと、もうひとつはこの4人の家族がイランという国そのものを表現してるんですね。お父さん、お母さん、娘たちはね。この手法っていうのは実は過去にあって『ミツバチのささやき』というスペイン映画があるんですよ。1973年の。これね、スペインが軍事政権だった時にそこで子供向け映画として作られたんですけど。子供向け映画のように見せて、実はこれ、女の子2人とお父さんとお母さんの話なんですけど。そのスペイン軍事政権下で酷い目に遭いながらも何とか生き延びようとしているスペイン国民自体を表現してるんですよね。
だから、そうしないと作れなかったから。政治的な内容だってことになると弾圧されちゃうから子供映画のように見せかけて作るっていうテイで……ちょっとそれも狙ってたんですけど、途中でばれちゃうんですけど。で、まあ他人事のように思うわけですが……もう僕にとっては他人事ではないんですよ。
もはや他人事ではない
(町山智浩)トランプ大統領が先週ですね、キリスト教徒に敵対する人たちを取り締まる大統領令というのを出しました。これは何と驚いたことに司法省、要するに法律をつかさどるところの下にですね、反キリスト教を取り締まるためのタスクフォース、要するに特別部隊というのを設置するという宣言がなされたんですよ。
これ、事実ですよ? 一応、政教分離の法則というのがあって。イランみたいに政治と宗教が合体しちゃうと大変なことになって国民の自由を潰しちゃうから、アメリカは一応、憲法で政治と宗教、国と宗教は離れていなければならないという風に規定されているんですが……それを真正面からぶち破ってくる大統領令を出しましたよ。
政教分離って、基本中の基本ですよ。これ、完全に憲法違反なんでもう大変な事態になってるなと思うんでね。イラン映画っていうのはもう本当に今まで、遠い国の話だったんですけど……まさか自分の足元で起こるとは。もう本当にびっくりしてますよ、今。ということでね、この映画は今週公開ですね。『聖なるイチジクの種』は。再来週28日には『TATAMI』が公開となります。
もう今の世の中、どこの国もイランが他人事じゃないですよ。本当に。イランは昔、自由な国だったんですよ。実際、本当に。女性がミニスカートを履いていた国ですよ? それもこんな風になっちゃうんで。本当に他人事じゃないので。ぜひ、ご覧ください。